2023年07月25日

気候変動に関するリスク管理の概要

金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志

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1――増大する気候関連リスク

気象庁が公表する世界の平均気温は1981年の統計開始以来、様々な変動を繰り返しながら上昇を続けている1。こうした気候変動の影響により、近年では気候関連の災害は激しさを増しており、大きな人的・経済的損失が生じている。スイスを本拠地とする大手保険会社Swiss Re Instituteは、世界の自然災害による保険損害額は年率5-7%程度で増加し続けていると指摘している(図表1)2

世界経済フォーラムが公表するグローバルリスク報告書2023年版においても「今後10年で最も深刻なグローバルリスク」として「気候変動緩和策の失敗」や「気候変動への適応(あるいは対応)の失敗」といった気候変動関連のリスクが上位を占めており、注目が高まっている)3

こうした自然災害の増加は企業の事業活動にも相当な影響を与えており、気候変動に関連するリスク管理が求められている。その一方で、気候変動リスクは対象となる期間が長期に渡り、かつその影響は複雑で広範囲に及ぶ。このことから、気候変動に関連するリスクを把握するには適切な方法が必要となる。本稿では、気候変動に関するリスク管理の概要について説明したい。
図表1 世界の自然災害による保険損害額
 
1 気象庁
2 Swiss Re Institute(2023)
3 World Economic Forum(2023)

2――気候変動リスクの管理に関するイニシアチブ

2――気候変動リスクの管理に関するイニシアチブ

気候変動に関連するリスクが高まる中、国際機関や各国政府などによる議論が行われ、企業や金融機関などのリスク管理に関するイニシアチブ4が設立され、その元に国際的なルールや各国の制度が策定されている。

気候変動リスクの管理や情報開示に関する代表的なイニシアチブとして、気候関連財務情報開示タスクフォース(Task force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)が挙げられる。TCFDについて、2015年に開催されたG20での財務大臣及び中央銀行総裁会合で要請を受けた金融安定理事会(Financial Stability Board:FSB)が同年12月にTCFD を設置、2017年に最終報告書(TCFD 提言)を公表した。TCFDは企業等に気候変動関連リスク及び機会に関して、自社の「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」に関する11の項目について開示することを推奨している。TCFDの提言は世界的に広まっており、気候変動に関連する情報開示やリスク管理に関する共通の基準となっている。

TCFDでは気候変動リスクを「移行リスク」、「物理的リスク」に分類しており、多くの気候変動リスクの管理や分析でこの分類が用いられている(図表2)5

移行リスクは低炭素社会への移行に際して生じる気候変動政策・規制や技術開発、市場の変動、評判の毀損などリスクを指し、物理的リスクは気候変動の影響により発生・増加する自然災害などによるリスクを指す。

気候変動は台風や洪水など急性・直接的な自然災害だけでなく、海面上昇のような慢性的なリスクや環境規制、市場リスクといった様々な面でのリスクにつながる。これらのリスクは顕在化するまでに長い期間がかかり影響範囲も広いことから、その不確実性は高い。これらのリスクは相互に依存していることから、総合的・長期的なリスク管理が求められる。
図表2 気候変動リスクの分類
また、TCFDでは気候変動リスクの管理においてシナリオ分析をベースとして気候変動による事業への影響を予測し、リスク管理や経営戦略の立案に活用することを促している。TCFDは(1)ガバナンス整備、(2)リスク重要度の評価、(3)シナリオ群の定義、(4)事業インパクト評価、(5)対応策の定義、(6)文書化と情報開示のステップから成るフレームワークを提示し、企業の気候変動に関連するシナリオ分析の実施を支援している。分析には、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)が公表する2℃上昇シナリオや4℃上昇といったシナリオが用いられる。

これらのシナリオについて、気温上昇幅が小さいシナリオが必ずしも影響やリスクが小さいとは限らないことに注意したい。気温上昇幅が小さいシナリオでは、洪水など自然災害による物理リスクは相対的に小さくなるが、脱炭素に関連する規制強化が発動することが前提となり、その場合は規制強化による原材料費や輸送費などの増加が想定される(図表3)。

将来の平均気温の上昇幅は、気候変動対策や技術開発の進捗状況などにより変わり得る。このため、将来の変化に柔軟に対応し事業のレジリエンスを確保する上で複数のシナリオを検討することが重要となる。
図表3 IPCCが公表する気候変動シナリオ
 
4 イニシアチブ(initiative)とは、元々英語で「主導権」、「先導する」、「計画」、「戦略」といった意味を持ち、気候変動対策においては温室効果ガスの排出量の計測や削減目標や情報開示といった気候変動対策に関する取り組みを主導する国際的基準やその運営組織を指す。
5 環境省(2021)

3――金融機関における気候変動リスクの管理

3――金融機関における気候変動リスクの管理

事業会社での気候変動リスクの管理が求められるとともに、金融セクターにおいてはこうした気候変動リスクが金融機関の経営や金融システムの安定に重大な影響を及ぼし得るため、気候変動リスクの管理が求められている。

金融機関や監督当局を対象としたイニシアチブとして、バーゼル銀行監督委員会(Basel Committee on Banking Supervision:BCBS)が2022年に公表した「気候関連金融リスクの実効的な管理と監督のための諸原則」や「気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(Network for Greening the Financial System:NGFS)」が挙げられる。

BCBSによる原則では、気候変動リスクの管理に係る実務の改善と銀行と当局のための国際的なベースラインの提供を目的として、銀行と監督当局に対して18の原則を示している(図表4)6。BCBSは世界中の銀行が気候変動による金融リスク管理を行い、自然災害や資産価格の急落に対応できる資本バッファが十分にあるかを評価すべきだとしている。BCBSは2021年には、気候関連リスクの「金融機関や金融システムへの影響への波及経路」と「計測手法」に関する分析報告書を公表している。報告書では、金融機関の気候関連リスクの大きさは、(1)ビジネスモデルや地理的要因、経済発展度合等に依存することや(2)適切な計測には、フォワードルッキングかつ高粒度データを用いた分析が必要といった点を指摘している。

NGFSは気候変動リスクへの金融監督上の対応を検討するために設立された中央銀行・金融監督当局のネットワークであり、日本の金融庁や日本銀行も参加している。

NGFSは、これまでに世界の中央銀行・金融監督当局・政策立案者に向けた「気候変動リスクへの対応に関する6つの提言」や気候変動シナリオを公表している7。NGFSはシナリオの解説や活用事例などの情報提供を行い、各国の政府や中央銀行の政策決定を支援している。また、投融資先との対話(エンゲージメント)やコンサルティングなど民間での気候変動リスクの分析にも幅広く活用されている。
図表4 バーゼル銀行監督委員会の気候関連金融リスクの実効的な管理と監督のための諸原則
 
6 Bank for International Settlements(2022)
7 NGFS(2019)

4――おわりに

4――おわりに

本稿では、気候変動に関するリスク管理の概要について説明した。気候変動に関するリスク管理はTCFDをはじめとした国際イニシアチブのもと、各国政府や民間企業でのリスクの分析や政策・戦略の立案に活用されている。

気候変動は環境や社会に広範囲、複雑に影響しており、そのリスクの分析は難しい。しかし、現在では自然災害が増加するとともに、クリーンエネルギーなど次世代の産業・社会への転換が先進国を中心に全世界的に進められている。このことから、気候変動は直接的な自然環境の変化のみならず、エネルギーミックスや産業構造の変化等、長期的かつ不可逆な変化を我々にもたらしており、その影響やリスクを把握することは重要である。持続可能な社会の構築に向けて、気候変動に関するリスク管理の進展に期待したい。

【参考文献】

気象庁, 「世界の年平均気温」, https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_wld.html
 
World Economic Forum(2023), 「第18回グローバルリスク報告書2023年版」
 
Swiss Re Institute(2023), “In 5 charts: continued high losses from natural catastrophes in 2022”, 2023年3月29日,
https://www.swissre.com/institute/research/sigma-research/sigma-2023-01/5-charts-losses-natural-catastrophes.html
 
環境省(2021),「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド ver3.0 ~」
 
Bank for International Settlements(2022), “Principles for the effective management and supervision of climate-related financial risks”
 
NGFS(2019), “First comprehensive report: A call for action Climate change as a source of financial risk”
 
 

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金融研究部   准主任研究員・ESG推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、オルタナティブ投資

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
         大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
    2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

    【加入団体等】
     ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・修士(工学)

(2023年07月25日「基礎研レター」)

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