2023年07月24日

【少子化社会データ詳説】日本の人口減を正しく読み解く-合計特殊出生率への誤解が招く止まらぬ少子化

生活研究部 人口動態シニアリサーチャー 天野 馨南子

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1――初めに

残念ながら今の日本においては、人口減少に関する問題に関して喫緊の課題として様々な議論がなされているものの、統計的にみると「誤解に満ちた」議論が多いように感じる。

なぜだろうか。

最も大きな原因と筆者が考えているのは、人口動態に関して発生している現象を「定量的に考える」科学的な思考よりも、「定性的に考える」情動的な思考の方が優先されやすく(回避しているというよりも、そもそも定量的な手法を思いつかないということもあるとは思う)、エビデンスに基づく本質的な解決に取り組む土壌が培われてこなかったからではないか、ということである。

筆者は団塊ジュニア世代であり、2023年現在の日本において最も人口数が多い世代の1人である。つまり、多数決制の下では最も声が大きいグループで、良くも悪くも「社会のご意見番」となる世代ともいえる。筆者は90年代に大学を卒業しているが、当時を振り返ってみると「人口問題」について強い課題意識をもつこともなく、それを専門とする学府があるのかどうかさえ知る者はほとんどいなかった。社会が「人口問題」を真剣にわが事としてとらえ始めたのはつい最近であり、今まで長きにわたってどの世代も多かれ少なかれ何とかなるのではと思い、また課題意識があったとしても、出生減に関して、それぞれの人がそれぞれの立場から、「マイ統計」で語りながら科学的解決になるだろうと思い込んでしまっていた状況にあった。そしてこのことが、国難ともいわれる日本の人口減少の未解決に、ほぼ直結しているということを本稿では解説したい。

2――合計特殊出生率に対する誤解の蔓延

2――合計特殊出生率に対する誤解の蔓延

1|合計特殊出生率は夫婦がもつ子どもの数ではない
メディア等で頻用されている「出生率の低下」・「出生率が1.3へ」などといった「出生率」という表現は、すべて国が発表している「合計特殊出生率」(Total Fertility Rate: TFR)をさしている。しかし、そのような細かい呼び方や、ましてや測定方法まで気に掛ける人々は決して多くはなく、この合計特殊出生率(以下、出生率と表記)のことを「夫婦が平均的にもつ子どもの数」だと誤解している者が後を絶たない状況となっている。

出生率が1.3と聞くと全くの印象論で「なんと、夫婦が1.3人しか子どもを持たなくなったのか。もっと夫婦が子どもを持てる・持ちたいと思えるような子育て支援が何より大切だ!」というようにすぐに子育て支援問題に直結させて考える読者も多いのではないだろうか。大手出版社で沢山の社会分野の出版本を扱ってきた担当者の中にさえも「単純に夫婦のもつ子どもの数だと思っていました」と衝撃を受けている人がいるほど、珍しくない誤解の1つとなっている。

残念ながら、出生率は「夫婦がもつ平均の子どもの数」ではない。そして、この誤解の蔓延こそが、日本の少子化という事象への理解を歪ませ、この誤解をもとにした施策が優先されやすく、少子化政策の有効性を大きく低下させているとも言える。
2|合計特殊出生率は未婚女性を含んだ指標
出生率は、その時代に生きる「全女性」が結婚の有無に関係なく、生涯に持つであろう1人当たりの子どもの数を表す予想平均値、つまり女性1人当たり指標である。

具体的な計算方法は、15歳から49歳のそのエリアに居住する全女性を対象に、1歳ごとに
 
(X歳の女性の出生数)/(X歳の女性数)=X歳の出生率

を計算し、15歳から49歳まで足しあげることで算出する(図表1)。
図表1 出生率の計算方法【X歳女性の出生率】
ここで重要なのは、日本では婚外子比率が長期に2%台と非常に低く、子どもはほぼ既婚女性から出産されている、という点である1。いわゆる「授かり婚」も、妊娠が判明して婚姻届を提出してから出産、といったケースが大半という状況にあるため、授かり婚による出産もほぼ婚外子には当てはまらない。

以上から、未婚女性の出生率は0とみなしても計算上に支障はなく、そのため、未婚女性の割合が分母において高いほど、出生率は低く算出される。以上から、出生率は計算構造上「既婚女性と未婚女性の人数の割合によって大きな影響を受ける」ことがわかる。

以上のように、そもそも出生率は「夫婦がもつ子どもの数という指標ではない」ため、出生率が低下した場合、分母の未婚女性割合が増加した影響ではないか、というケースも想定しなければならない。ゆえに、既婚男女2への妊活支援・子育て支援といった「カップル形成後の対策」が、出生率低下に最も有効かどうかは、この指標の高低だけでは語れない。

くりかえしになるが、図表1からわかるように、出生率は日本のような移民割合が極端に少ない国のエリア単位においては、

(1) 未婚女性の割合
(2) 既婚女性あたりの出生数

の2要因に影響される3

よって、分母における未婚女性の割合が増加すれば、既婚女性1人あたりの出生数が同じであっても、出生率は低下する(図表2:ケース①の出生率 、0.25→ケース ②の出生率0.17)。
図表2 出生率への未婚割合の影響
 
1 2021年の非嫡出子数は1万8602人で総出生数の2.3%
2 結婚後に離婚したかどうかは未婚割合とは無関係。統計上、未婚者は離・死別者と区別されている。
3 都道府県以下の自治体単位においては3つの要因となるため、出生「数」変化で知る都道府県の「本当の少子化」(2)-東京一極集中が示唆する出生減の理由- を参照されたい。
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生活研究部   人口動態シニアリサーチャー

天野 馨南子 (あまの かなこ)

研究・専門分野
人口動態に関する諸問題-(特に)少子化対策・東京一極集中・女性活躍推進

経歴
  • プロフィール
    1995年:日本生命保険相互会社 入社
    1999年:株式会社ニッセイ基礎研究所 出向

    ・【総務省統計局】「令和7年国勢調査有識者会議」構成員(2021年~)
    ・【こども家庭庁】令和5年度「地域少子化対策に関する調査事業」委員会委員(2023年度)
    ※都道府県委員職は就任順
    ・【富山県】富山県「県政エグゼクティブアドバイザー」(2023年~)
    ・【富山県】富山県「富山県子育て支援・少子化対策県民会議 委員」(2022年~)
    ・【三重県】三重県「人口減少対策有識者会議 有識者委員」(2023年~)
    ・【石川県】石川県「少子化対策アドバイザー」(2023年度)
    ・【高知県】高知県「中山間地域再興ビジョン検討委員会 委員」(2023年~)
    ・【東京商工会議所】東京における少子化対策専門委員会 学識者委員(2023年~)
    ・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する情報発信/普及啓発検討委員会 委員長(2021年~)
    ・【主催研究会】地方女性活性化研究会(2020年~)
    ・【内閣府特命担当大臣(少子化対策)主宰】「少子化社会対策大綱の推進に関する検討会」構成員(2021年~2022年)
    ・【内閣府男女共同参画局】「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会」構成員(2021年~2022年)
    ・【内閣府委託事業】「令和3年度結婚支援ボランティア等育成モデルプログラム開発調査 企画委員会 委員」(内閣府委託事業)(2021年~2022年)
    ・【内閣府】「地域少子化対策重点推進交付金」事業選定審査員(2017年~)
    ・【内閣府】地域少子化対策強化事業の調査研究・効果検証と優良事例調査 企画・分析会議委員(2016年~2017年)
    ・【内閣府特命担当大臣主宰】「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会」構成メンバー(2016年)
    ・【富山県】富山県成長戦略会議真の幸せ(ウェルビーイング)戦略プロジェクトチーム 少子化対策・子育て支援専門部会委員(2022年~)
    ・【長野県】伊那市新産業技術推進協議会委員/分野:全般(2020年~2021年)
    ・【佐賀県健康福祉部男女参画・こども局こども未来課】子育てし大県“さが”データ活用アドバイザー(2021年~)
    ・【愛媛県松山市「まつやま人口減少対策推進会議」専門部会】結婚支援ビッグデータ・オープンデータ活用研究会メンバー(2017年度~2018年度)
    ・【愛媛県法人会連合会】結婚支援ビッグデータアドバイザー会議委員(2020年度~)
    ・【愛媛県法人会連合会】結婚支援ビッグデータ活用研究会委員(2016年度~2019年度)
    ・【中外製薬株式会社】ヒト由来試料を用いた研究に関する倫理委員会 委員(2020年~)
    ・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する意識調査/検討委員会 委員長(2020年~2021年)

    日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)
    日本労務学会 会員
    日本性差医学・医療学会 会員
    日本保険学会 会員
    性差医療情報ネットワーク 会員
    JADPメンタル心理カウンセラー
    JADP上級心理カウンセラー

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