2023年07月11日

気候変動と熱帯低気圧の変化-高緯度まで低速度で移動することで、災害が激甚化

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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5――熱帯低気圧の予測モデル

熱帯低気圧の影響範囲が広がり、速度低下による被害の甚大化が進むなかで、モデルを通じた予測の重要性が高まっている。熱帯低気圧の予測モデルについて、報告書の内容をごく簡単に見ていこう。
1予測モデルの要件 : 熱帯低気圧の環境要因と活動を正確に表現すること
将来の熱帯低気圧の活動を正確に予測することは、防災や減災の活動を進める上で重要である。報告書によると、予測モデルには大きく2つの要件があるとされている。

(1) 熱帯低気圧の環境要因を正確に表現すること
第5次評価報告書では、確信度のステートメントは、地球の表面温度と水分に基づいていた。しかし、熱帯低気圧の発生、強度、軌跡等の特性には、海面水温の地域構造が影響する。また、周辺の大規模な大気の流れ(環境指向流)や、高層と低層での地衡風の鉛直方向での風向・風速の違い(鉛直シア)といった、大気循環の変化も影響を及ぼす。だが、第5次評価報告書は、これらには基づいていなかった。

熱帯低気圧には、海盆全体の活動、他の熱帯低気圧との間の空間的な分布なども影響するとされており、環境要因を正確に表現することが必要となる。

(2) 実際の熱帯低気圧の活動を正確に表現すること
熱帯低気圧の構造を把握して、モデル化することが必要となる。当然のことだが、一般に、モデルの解像度が高くなるにつれて、予測の確信度は高まる。空間を細かく区切って予測する際のグリッド間隔が100~200キロメートルといった粗いモデルでは、熱帯低気圧のシミュレーションに難が生じる。グリッド間隔を1~10キロメートルとする対流許容モデルを用いることで、熱帯低気圧でよく見られる目の壁雲12の構造を把握し、現実的なシミュレーションが可能となる。また、15~50キロメートルのグリッド間隔を持つ地域気候モデルは、水平境界条件と地表境界条件のさまざまな組み合わせをとることができ、予測の不確実性を調べることに役立つ。これらは、ベトナムやフィリピンなど、特定地域での熱帯低気圧の特性の変化を研究するために用いられる。
 
12 台風の目のまわりには円筒形の領域に密集した高度十数kmに達する背の高い積乱雲群が発生する。この円筒状の雲全体は目の壁雲と呼ばれる。(「図解・気象学入門-原理からわかる雲・雨・気温・風・天気図」古川武彦・大木勇人著 (ブルーバックス, B-1721, 講談社, 2011年)をもとに、筆者がまとめた。)
2人為的な影響があったことは合意されているが、その影響の大きさに関するコンセンサスはない
世界中の研究者の間で、さまざまな予測モデルが構築され、シミュレーションが行われている。

現在までに、報告書が参照している文献の間では、温室効果ガスやエアロゾルの人為的な排出が、熱帯低気圧が発生しやすい地域で観測された海洋と大気の変動に測定できる範囲で影響を与えていることについて、一般的な合意がなされている。

しかし、例えば、大西洋のハリケーン活動の過去の変化に、人間と自然変動が影響した相対的な大きさや、どの要因が大きく寄与したかといった点については、コンセンサスは得られていない。大西洋の熱帯低気圧の活動の変化が、大気と海洋の大規模循環といった自然変動の範囲を超えているかについては、依然として不明となっている。

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

本稿では、気候変動問題と熱帯低気圧の関係について、現在得られている知見を見ていった。高緯度にまで、低速度で移動する熱帯低気圧が多くなることで、風水災の被害範囲や激甚性は高まっているものと考えられる。

ただ、一方で、両者の間の作用機序は複雑であり、エルニーニョ・南方振動(ENSO)など、大気や海洋の大規模循環も熱帯低気圧の発生や発達に影響を与えていると考えられる。熱帯低気圧による風水災の被害を防いだり減じたりするためには、現在進行中の様々な研究の成果をもとに、さらに知見を高めていくことが必要と考えられる。

引き続き、気候変動の動向や、熱帯低気圧等の極端な気象現象に、注意していくこととしたい。

(参考資料)
 
“Climate Change 2021 — The Physical Science Basis”(IPCC WG1, 2021)
 
“Tropical cyclones by year” (Wikipedia, the free encyclopedia)
 
「台風の発生数」(気象庁HP)
https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/typhoon/statistics/generation/generation.html
 
「マッデン・ジュリアン振動」饒村 曜 (日本大百科全書(ニッポニカ), 小学館, 2020年3月18日)
 
「エルニーニョ南方振動(ENSO)」(「IPCC AR4 WG2 付録ⅰ用語解説」, 国立環境研究所)
 
「太平洋十年規模振動」(デジタル大辞泉, 小学館)
 
“Trend Analysis with a New Global Record of Tropical Cyclone Intensity”James P. Kossin, Timothy L. Olander, Kenneth R. Knapp (Journal of Climate, 26(24), 9960–9976, doi:10.1175/jcli-d-13-00262.1., 2013)
 
“Recent intense hurricane response to global climate change” Greg Holland, Cindy L. Bruyère (Climate Dynamics, 42(3-4), 617-627, doi:10.1007/s00382-013-1713-0., 2014)
 
“Past and Projected Changes in Western North Pacific Tropical Cyclone Exposure” James P. Kossin, Kerry A. Emanuel, Suzana J. Camargo (Journal of Climate, 29(16), 5725–5739, doi:10.1175/jcli-d-16-0076.1, 2016)
 
“Third assessment on impacts of climate change on tropical cyclones in the Typhoon Committee Region — Part I: Observed changes, detection and attribution” Tsz-Cheung Lee, Thomas R. Knutson, Toshiyuki Nakaegawa, Ming Ying, Eun Jeong Cha (Tropical Cyclone Research and Review, 9(1), 1–22, doi:10.1016/j.tcrr.2020.03.001.)
 
“A global slowdown of tropical-cyclone translation speed” James P. Kossin (Nature, 558(7708), 104–107, doi:10.1038/s41586-018-0158-3., 2018)
 
“Hurricane stalling along the North American coast and implications for rainfall”Timothy M. Hall, James P. Kossin (npj Climate and Atmospheric Science, 2(1), 1–9, doi:10.1038/s41612-019-0074-8.)
 
 「図解・気象学入門-原理からわかる雲・雨・気温・風・天気図」古川武彦・大木勇人著 (ブルーバックス, B-1721, 講談社, 2011年)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2023年07月11日「基礎研レター」)

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