2023年07月07日

3つのドーナツで読み解くコロナ禍の人口移動

基礎研REPORT(冊子版)7月号[vol.316]

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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1―人口移動のドーナツ構造とは?

ドーナツ化現象という言葉を耳にしたことのある読者は多いだろう。ドーナツ化現象とはいわゆる郊外化を示し、一方で逆ドーナツ化現象は都心回帰を指す。都市は、中心部と周辺部を形成する傾向にあり、この間の人口移動はドーナツに見立てられて解説されることが一般的である。この中心・周辺構造による分析は、都市圏に限定されない。様々な規模の地域に対して適用可能であり、それぞれの規模に応じたドーナツを描き出すことができる。本稿では、大中小の3つのドーナツをもとに、コロナ禍による国内の人口移動の変化とその特性を読み解いていく[図表1]。
[図表1]大中小の3つのドーナツで見たコロナ禍前の人口移動
この3つのドーナツの中で、大ドーナツは日本全体の視点から人口移動を捉えるもので、東京圏( 東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)と地方との間の人口移動を表している。コロナ禍前は東京一極集中が顕著で、地方から東京圏へと人口が流入していた。次に、中ドーナツは、東京圏内の東京23区とその周辺部(東京都下と3県)の間での人口移動を示すもので、コロナ禍前は東京23区への都心回帰が進行していた。そして、小ドーナツは住宅街(駅単位)における駅近エリアとその他の駅遠エリア間の人口移動を捉えるもので、近年は共働き世帯の増加や駅近の高層マンションの建設などにより、駅近エリアを選好する傾向が見られていた。このように、コロナ禍前は大中小の3つのドーナツすべてで周辺部から中心部へ人口が流入、すなわち逆ドーナツ化現象が進行していたと言える。

2―大ドーナツ:コロナ禍における東京一極集中の変化

コロナ禍で、地方から東京圏への人口流入のペースが減速したものの、東京一極集中の趨勢は反転に至っていない[図表2]。コロナ禍前の2019年には、東京圏の転入超過数が14.9万人に達し、これはリーマンショック前の15.5万人に迫る数字であった。しかし、コロナ禍で、2020年9.9万人(2019年対比67%)、2021年8.2万人(同55%)、2022年10.0万人(同67%)とプラス幅が縮小した。それでも、リーマンショック後の景気低迷期(2011年6.3万人)と比較すると、その落ち込みは小幅であった。
[図表2]地方から東京圏への転入超過数(年次)
また、2023年には、進学や就職、人事異動が集中する3月に、東京圏への転入超過数が2019年の水準に戻った。これは、2023年中に東京一極集中がコロナ禍前のペースを取り戻す可能性が高まっていることを示唆している。

コロナ禍前の東京一極集中の主な要因は、大学卒業後の就職環境によるものであった。そのため、今後、東京一極集中がその勢いをどれほど回復するかは、20代の動向次第である。年齢別に見ると、コロナ禍においてはほとんど全ての年齢層で東京圏への転入超過数が減少した。しかしながら、20代に関しては、2022年にはコロナ禍前の水準に戻りつつある。特に、大阪圏(大阪府、兵庫県、京都府、奈良県)及び名古屋圏(愛知県、岐阜県、三重県)から東京圏への20代の転入超過数は、すでに2019年の水準を超えている。その一方で、その他地方の回復は遅れており、その他地方の20代の動向を注視する必要がありそうだ。

3―中ドーナツ:コロナ禍における都心回帰の変化

東京圏における東京23区と周辺部間の人口移動を見ると、コロナ禍前から都心回帰のトレンドが変化し始めていたことが確認できる[図表3]。2011年以降8年連続で、周辺部から東京23区への転入超過数はプラスだったが、2019年には▲0.4万人とマイナスに転じ、リーマンショック後の2009年(▲0.5万人)と2010年(▲0.3万人)と同水準まで落ち込んだ。コロナ禍は都心回帰から郊外化への転換を勢いづけ、転入超過数は、2020年▲2.9万人、2021年▲5.1万人、2022年▲3.0万人となった。2022年はマイナス幅が縮小したものの、周辺部への人口流出が依然として継続している。
[図表3]周辺部から東京23区への転入超過数(年次)
月次データを見ると、2020年4月に緊急事態宣言が発令されて以降、2023年2月までの期間、全ての月で転入超過数がマイナスで推移してきたが、2023年3月は+0.1万人と微増に転じた。それでも、過去の水準と比較して依然として低いため、東京23区と周辺部間の人口移動について、今後も郊外化が継続するのか、それとも都心回帰が復活するのか、その見極めには時間を要することになりそうだ。

年齢別に周辺部から東京23区への転入超過数を確認すると、コロナ禍前は基本的に20代のみがプラスで、それ以外の年齢層はマイナスであった。特に10歳未満の転出が目立つことから、就職後の数年間を東京23区で暮らし、結婚して家族が増えると、周辺部へ転居するケースが多いことが推測される。前述の通り、2019年に周辺部から東京23区への転入超過数がマイナスに転じたことを考えると、東京都心部の住宅価格の高騰により、コロナ禍前から子育て世代が郊外に転居する傾向か強まっていた可能性がある。

コロナ禍においては、20代の転入超過数はそのプラス幅は縮小したものの、プラスを維持し、20代の都心回帰が続いた。また、2022年は2019年の水準を回復するなど、コロナ禍の影響はほぼ一巡したようだ。それに対して、子育て世代の郊外化は加速した。2020年以降の30~40代と10歳未満の転入超過数はマイナス幅が拡大し、2022年も回復が遅れていることから、在宅勤務の普及が子育て世代の郊外化を後押ししている可能性がある。

4―小ドーナツ:コロナ禍における駅近選好の変化

最後に、東京都の住宅街(駅)における駅近・駅遠エリア間の人口移動について考察する。一般的には、コロナ禍は駅遠エリアを選好する傾向を強めるものと推測された。その理由としては、在宅勤務の普及に伴い、通勤利便性を重視して駅近の物件に高い家賃を払う意義が低下し、住環境の改善に向けて広い間取りのニーズが高まったことなどが挙げられる。

そこで、東京都内の653駅を対象とし、半径0.8km内(徒歩10分圏内)を駅近エリア、0.8km ~1.6km内( 徒歩10分~20分圏内)を駅遠エリアとして、各エリアの居住者数の変化を分析した。具体的には、携帯位置情報データであるKDDI「KDDI Location Analyzer」を使用して、各駅を居住者数の5分位階級に分け、2019年から2022年にかけての平均居住者数変化率を、駅近エリアと駅遠エリアで比較した[図表4]。その結果、居住者の多い駅については、駅近エリアと駅遠エリア間で居住者数の増加率に大きな違いはなく、一方で居住者の少ない駅では、駅近エリアの増加率が駅遠エリアよりも高かった。したがって、駅近エリアから駅遠エリアへ人口シフトは特段見られず、コロナ禍においても駅遠エリアの選好が強まっているわけではないと考えられる。
[図表4]東京都の駅近・駅遠エリアの平均居住者数変化率(2019年から2022年、居住者数五分位階級別)
また、年齢別に見ると、50代を除き、駅近エリアの居住者数の増加率が駅遠エリアより高く、特に20代から30代の若年層ではこの傾向が顕著である[図5]。これは、若い世代が駅近エリアの利便性や繁華性を重視していると解釈できるだろう。

このように3つのドーナツの視点からコロナ禍における国内の人口移動の変化やその特徴を分析すると、コロナ禍によって変化した側面と、変わらなかった部分が見えてくる。コロナ禍の3年間で、人々は都市のリスクを意識した一方、多くの人が集まる都市の魅力に再び目を向けたのではないだろうか。コロナ禍で広まった新たな生活様式がどの程度根付くかは未だ不透明であるが、コロナ禍が人口移動に対する構造的な変化をもたらしている可能性もあるため、今後もデータを丹念に確認していくことが重要だと考えられる。
[図5]東京都の駅近・駅遠エリアの平均居住者数変化率(2019年から2022年、年齢別)
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2023年07月07日「基礎研マンスリー」)

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