2023年06月06日

共同富裕実現、の目安-20年続いた「格差が過度に大きい状態」を解消できるか。

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――格差が「過度に大きい状態」がおよそ20年続く中国

習近平政権下で注目を集める「共同富裕」。所得や貧富の格差を改善することで社会全体が豊かになる、とするものである。歴史をさかのぼると毛沢東が提唱したスローガンであり、各政権の経済・社会状況に応じて段階的に進められてきた。鄧小平はまず、(社会主義)市場経済へ転換、市場メカニズムを導入することで豊かになれる者が先に豊になる「先富論」を推し進めた。しかし、市場メカニズムの導入は社会のシステムも変容させ、所得や貧富の格差が拡大、結果として富が一部に偏ってしまう不均衡な社会となってしまった。

胡錦涛政権では、この不均衡な状況を改善し、国民に経済成長の果実を広く享受する手法の1つとして社会保険の拡充を推し進めた。特に経済成長から取り残された農村部の住民や都市の非就労者の社会保険を整備した。それによって、すべての国民が何らかの社会保険に加入でき、給付をうけることができる状況となった点は評価されるべきであろう。ただし、民生を重視し、社会保険制度を拡充した胡錦涛政権においても格差の改善は思うように進んでいない。

所得の格差を示す指標の1つにジニ係数があるが、胡錦涛政権の中間期の2008年に0.491とピークとなっている1。以降、社会保険制度の給付や財政投入などの拡充で若干の改善はみられるものの、政権最終年の2012年時点でも0.474と格差は依然として大きい状況のままである。中国国家統計局はジニ係数が0.4-0.5の場合、「格差が過度に大きい状態」としている2。また、国際的にみても社会の安定に影響を与える警戒ラインは0.4とされている。習近平政権下の2020年のジニ係数も0.468 となっており3、警戒基準である0.4を大幅に上回っている状態だ。中国はジニ係数が0.4を超え0.5に近く、格差が過度に大きい状態がおよそ20年続いている状況にある。
 
1 中国の国家統計局は所得ベースのジニ係数を推計。2013年に、国家統計局がジニ係数を2003年にまで遡って公表。ただし、これまでも捕捉しきれていない収入などがある点が指摘されており、実質的な格差はさらに大きいとの指摘もある。
2 ジニ係数は0から1の値で示され、1に近いほど所得分布が不平等で格差が拡大していることを意味する。中国国家統計局(2013年)は、ジニ係数について0.2未満の場合は、住民の収入が過度に平均化した状態、0.2-0.3は比較的平均化された状態、0.3-0.4は比較的合理的な状態、0.4-0.5は格差が過度に大きい状態、0.5を超える場合は著しく大きい状態としている。
3 中国国家統計局「≪中国的全面小康≫白皮書新聞発布会答記者問」(2021年9月29日)
http://www.stats.gov.cn/xxgk/jd/zcjd/202109/t20210930_1822661.html 2023年5月17日取得。

2――共同富裕の実現には

2――「共同富裕の実現には、今後、ジニ係数を2020年末時点での0.47から、2025年までに0.4近く、2035年までに0.35まで改善させる必要がある」

習近平政権はこのような状況に対して、(1)第一次分配における報酬の割合の増加、給与決定や最低賃金などの最適化、(2)中間層の拡大、(3)税制・社会保障・移転支出などの再分配機能の強化に加えて、寄付などの第三次分配の活用しながら総合的に改善しようとしている4。特に(1)、(2)の仕組みを活用した格差の改善は中国に限らず、これまでも多くの国々で取り組まれている手法でもある。

一方、習近平政権は共同富裕の実現を21世紀半ばとしているが、政策目標として具体的な達成時期や数値は明示していない。ただし、目安となる時期・数値・手段については、例えば2021年11月、中央銀行である中国人民銀行・貨幣政策委員会の蔡委員の発言が参考になるであろう。蔡委員は共同富裕の実現を示す指標として、ジニ係数とそれを実現する再分配機能について言及している。それは、「中国が共同富裕を実現するためには、ジニ係数を2020年末時点での0.47から、2025年までに0.4近く、2035年までに0.35まで改善させる必要がある」とした発言である5。これに基づくと、中国は今後わずか10年ほどでジニ係数を25.5%も改善する必要があることになる。なお、ジニ係数0.3-0.4は「格差が合理的な範囲にある」と考えられている範囲である。蔡委員はOECD諸国のジニ係数についても言及しており、「OECD諸国では、再分配前(当初所得)のジニ係数が警戒基準である0.4を超えているものの、多くが再分配後に0.3-0.4に改善されている。この点から再分配機能こそが格差の縮小を実現する究極の手段である」とした。
 
しかし、留意すべきは中国もOECD諸国と同様に、社会保障や税制などの再分配機能が格差改善に大きく寄与する構造となっているのか、という点であろう。
 
4 「中華人民共和国国民経済和社会発展第十四五年規画2035年遠景目標綱要」第48章「収入分配構造の最適化」第3節「再分配機能の整備」(2021年3月)。
5 早報「中国央行顧問:共同富裕需降基尼系数」(2021年11月29日)https://www.zaobao.com.sg/realtime/china/story20211129-1218123 2023年5月19日取得。

3――先行研究から

3――先行研究からは、中国の社会保障による再分配効果が小さいことが判明。一方、元は福祉国家に位置付けられた欧州は社会保障による再分配効果が大きい。

中国では、社会保障による再分配前・後のジニ係数の改善度合について国による統計が公表されていない。よって、ここでは学術分野でのこれまでの先行研究からおおよその様相を探ってみたい。

例えば、中国社会科学院が中心となり、中国社会科学院国情調査研究重大プロジェクトの一環としてジニ係数の算出や社会保障制度の再分配効果を検証している(調査結果は2016年に発表)6。ここでは、社会保障の中でも(福祉分野を除いた)社会保険の2012年の再分配効果を検証している。それによると、社会保険による再分配前のジニ係数は0.547、再分配後は0.512と再分配効果は見られたが、その改善度はわずか6.4%としている。社会保険の中でも、年金による改善効果が最も大きく(5.88%改善)、次いで医療保険(0.49%改善)、生育保険・労災・失業保険(合計で0.04%改善)となった。ただし、改善効果が最も大きい年金については加入している制度によって改善効果が大きく異なることが指摘されている。例えば都市の会社員を対象とし、強制加入で賦課方式を採用する都市職工年金については改善効果が5.3%、農村部の住民を対象とし、任意加入で積立方式を採用する農村社会養老保険については改善効果が0.32%にとどまったとしている7
 
また、Li(2016)は2013年の世帯調査データ(CHIP2013)を用いて、欧州全体と中国の社会保障・福祉による再分配後のジニ係数の改善度を分析している。その分析によると、欧州全体で再分配によるジニ係数の平均改善度は30.0%であったのに対して、中国ではわずか8.0%にとどまったとしている8。8.0%ということであれば、社会保障・福祉による再分配後のジニ係数は0.4を超えたままということになる9。2013年となるとほぼ10年前のデータとなるが、この時期に社会保障制度が現行と同様の制度内容に整備されていることからも参考の価値は高いと考える。また、当該調査からは社会保障・福祉によるジニ係数の改善度が高いのはフィンランドやデンマーク、フランスなど、元は福祉国家に位置付けられた国々となっている10。つまり、第二次世界大戦以降、国家が積極的な所得再分配機能を持つ社会保障制度や福祉国家システムを導入し、それが社会に浸透しているという背景がある11。一方、中国は欧州と同様の福祉国家体制の歴史的な経路を歩んでおらず、社会保険は基礎的な部分のみをカバーするとしている12。つまり、元より再分配機能は積極的に働かない制度構造となっているのだ。そのような社会保険制度を補完する上で、国は「多層的な」社会保障体系の構築を目指すとし、民間保険市場など中間団体の活用を推し進めるとしている。
 
6 「中国社会保障制度的収入再分配効応研究重大課題研究進展」2016年5月6日、
http://www.erj.cn/cn/NewsInfo.aspx?m=20100914093025403645&n=20160506102135563100 2023年5月19日取得。
7 都市職工年金に関する再分配効果については、雍煒・金子能宏(2010)「中国における公的年金制度の再分配効果と持続可能性との関係:保険数理的な将来推計による分析」『比較経済研究』Vol.47 No.1比較経済体制学会pp67-79においても分析されている。
8 LiShi(2016)Redistributive effects of social security system in China,EU-CHINA Social Protection Reform Project。
9 国家統計局が発表した2013年のジニ係数は0.473。
10 なお、1990年以降の欧米における福祉国家の分類については、エスピン・アンデルセンの福祉レジーム論が代表的である。それは福祉の生産、供給主体を国家(政府)のみではなく、市場、共同体(家族や地域)をどのように組み合わせていくかに注目し、3つの福祉レジーム論を提唱。市場の役割が大きい自由主義レジーム(アメリカなどのアングロ・サクソン諸国)、北欧諸国を中心とした国家の役割が大きい社会民主主義レジーム(スウェーデン、デンマークなどの北欧諸国)、大陸ヨーロッパ諸国を中心とした家族や職域の役割が大きい保守主義レジーム(ドイツ、フランスなどの大陸ヨーロッパ諸国)である。Esping-Andersen, Gøsta, (1999) Social Foundations of Postindustrial Economies , Oxforsd University Press.(=2003,渡辺雅男・渡辺景子訳『ポスト工業経済の社会的基礎―市場・福祉国家・家族の政治経済学』桜井書店)。
11 広井良典「第1章 アジアにおける「持続可能な福祉社会」の構築-中国・日本・アジアと社会保障」広井良典/沈潔(2007)『中国の社会保障改革と日本-アジア福祉ネットワークの構築に向けて』ミネルヴァ書房pp.3-30。
12 中国社会保険法(2011)「社会保険制度は、広く普及させ、基本を保障し、多層的な構造、持続可能という方針を堅持する。社会保険の水準は、経済社会の発展水準にふさわしいものでなければならない」(3条)(執筆者邦訳)。

4――日本の社会保障による再分配効果

4――日本の社会保障による再分配効果は、高齢化の進展による年金・医療給付の増加、社会保険料の引き上げによって向上。

一方、日本についてはどうであろうか。厚生労働省の「所得再分配調査(平成29年)」を参考に確認してみる。それによると、2017年時点で、再分配前の当初所得のジニ係数が0.5594、再分配後は0.3721と再分配によって33.5%改善されている(図表1)。これは再分配機能によって「格差が過度に大きい状態」から、「比較的合理的な状態」に改善されていることを意味する。改善度である33.5%のうち、社会保障による改善度は30.1%、税による改善度は4.8%であった13
図表1 所得再分配によるジニ係数の変化(日本)
図表1から、日本は税による所得再分配機能が小さい点がうかがえる。その背景として梅原(2015)は、1980年代以降、所得税や相続税の最高税率が引き下げられ、それが経済格差拡大の重要な原因となっている点を指摘している14。また、逆進負担の消費税が増税されており、税制の所得再分配機能は低下してきているとも指摘している。

一方、社会保障による所得再分配機能の向上については日本の高齢化の影響が大きいと言えよう。1993年当初の社会保障による改善度は12.7%と小さく、高齢化の進展によって高齢者が増加したことによる年金・医療などの給付が増加した点が挙げられる。更に、制度改正により社会保険料が上昇したことも再分配効果を高めたと考えられる。
 
高齢化という視点で中国と日本をとらえた場合、中国は2021年に高齢化率(65歳以上の高齢者が総人口に占める割合)が14.2%となり、高齢社会に移行している。日本が高齢社会に移行したのが1994年であることを考えると、日本と中国の高齢化の進展にはおよそ30年のひらきがある。図表1から、1994年とほぼ同じ時期の1993年時点での社会保障による改善度合を確認すると、日本においてもわずか12.7%であったことが分かる。当然のことながら、日本と中国は社会保障や福祉の制度構造や歴史的経緯が大きく異なる。

しかし、高齢化というシンプルな視点で考えた場合、中国でも今後、年金・医療といった社会保険の給付が自然に増加し、それに伴って再分配効果が高められる可能性もある。上掲の蔡委員が言う2035年前後には中国は3人に1人が高齢者(60歳以上)の社会へと変容すると推測され、今後高齢化が更に加速するからだ。ただし、中国の場合は高齢化の進展に伴って社会保険料の負担増加をどのようにするのかという問題がある。それは現時点でも高いとされる企業の社会保険料負担について、高いがゆえに発生する納付逃れをどうするのか、加えて、今後高齢化の進展に伴って保険料負担を更に引き上げることは可能なのかという問題がある。
 
13 改善度をそれぞれ個別の計算式で計算しているため、合計は合わない状況。
14 梅原英治(2015)「日本における税制の所得再分配効果―厚生労働省『所得再分配調査』の検討-」、『大阪経大論集』第66巻第22号2015年7月pp.44-56。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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