2023年05月26日

日本の子どもの性被害(1)-児童買春や淫行罪は懲役と罰金の併科あり、居住自治体の青少年保護条例は要チェック!性被害によるPTSDは生涯続く-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

文字サイズ

2-3|意外と知らない居住地の青少年保護条例
続いて、青少年保護条例(青少年保護育成条例等)とは、青少年の保護・育成とその環境整備を目的に、地方自治体で交付する条例の名称であり、上述の定義を基に、子どもの性被害を防ぐための対策を含め、地方自治体ごとに制定されている。

例を挙げると、東京都では、「東京都青少年の健全な育成に関する条例」(昭和39年8月1日に制定)9において、青少年の環境の整備に加え、青少年の福祉を阻害する行為を防止し、青少年の健全な育成を図ることを目的とする条例である(参照:図表5)。

この条例の中で、子どもの性被害に関連する項目をピックアップすると、「第三章の二 青少年の性に関する健全な判断能力の育成(第十八条の三―第十八条の七)」と、「第三章の三 児童ポルノ及び青少年を性欲の対象として扱う図書類等に係る責務(第十八条の八・第十八条の九)」が該当する。

青少年の性に関する健全な判断能力の育成の項目では、保護者等の責務や、都の責務、安易な性行動を助長する情報を提供しないための自主的な取り組みなどが明記されていることに加え、反倫理的な性交等の禁止や児童ポルノ等の提供を求める行為を禁止すると明確に記されている。

また、児童ポルノや青少年の性に関する図書等の責務に関する項目では、青少年を性欲の対象として扱う紙媒体などに関する責務や、事業者や都民との連携による児童ポルノの根絶に関する都の責務、保護者の保護監督・教育に関する責務や事業者に対する責務についての内容が規定されている。
図表5 東京都「東京都青少年の健全な育成に関する条例」(昭和39年8月1日)
この他にも「夜間の外出禁止」に関する内容は大半の自治体に組み込まれており、青少年の対象年齢も18歳まで(一部6歳以上18歳未満)と定めているのは共通している。

一方で少し特異的な条例内容を持つのが、2016年に「長野県子どもを性被害から守るための条例」10が制定された長野県である。

この条例では、子どもを性被害から守るために県や事業者、保護者や学校等における責務を明記し、基本的施策として、予防・被害者支援・啓発活動の3つの柱を掲げ、深夜外出の禁止に加え威迫等による性行為の禁止まで規則項目に明記し罰則を規定しており、具体的な策を講じていることが分かる。

今回は、都道府県ごとの条例比較は実施しないが、地方自治体ごとに工夫をして子どもの性被害を予防するために取り組んでいる。是非、一度は居住地の条例を確認し、子どもを性被害から守る制度があるか、又は有害図書の提供等により条例違反をしていないか確認して欲しい。

(上記のほか、子どもの性被害に関する法律や規定は、刑法や児童虐待防止法、風営法や労働基準法など様々に関連しているが、本稿では、警察庁が公表する子どもの性被害に関連する内容に限定していることにご留意いただきたい。)
 
9 東京都「東京都青少年の健全な育成に関する条例」https://www.reiki.metro.tokyo.lg.jp/reiki/reiki_honbun/g101RG00002150.html
10 長野県子どもを性被害から守るための条例(平成29年6月23日公布、同年7月13日施行)概要https://www.pref.nagano.lg.jp/jisedai/kyoiku/kodomo/shisaku/documents/20160707shi2gaiyo.pdf

3――子どもの性被害による身体的・精神的影響

3――子どもの性被害による身体的・精神的影響

次に、子どもが性被害を受けた場合に被る心身への影響について整理したい。今回は、性的被害における医学的所見を整理し、身体的、精神的の影響について図表6へ整理した。
図表6 性被害による身体的・精神的影響
3-1|身体的影響
まず、強制性交や、強制わいせつ行為などを受けた後の、身体的な影響として性器周りの損傷が認められる。これは外性器に加え、女児であれば膣内、男児の場合は直腸内の損傷(裂傷、裂創、皮下出血、擦過傷)状態が認められ、性的被害を受けた際に最も特異的な所見となる。

女児の処女膜辺縁部の不整な凹凸等は先天的に認められず、男児の場合にも日常生活で直腸裂傷をする機会はないことから、性被害において特異的な証拠として裏付けられる。

しかし、性被害は強制性交等だけでなく、性描写を見せられることや児童ポルノとして写真を撮られることなども含まれるため、性被害を受けたからと言って、必ずしも性器周りの損傷が認められるわけではないことに留意する必要がある。

特に小児では、性被害に特異的な身体症状が認められずとも、本来の発育発達から逸脱した(年齢不相応な)言動や不正出血、生殖機能の早期発育などが出現する場合がある。

明確な損傷がない場合にも、長期的な身体症状や、性感染症、妊娠兆候等が認められて発覚したケースも存在するため、図表6に示すように、普段から子どもの状態を観察し、様子がおかしい場合や生活環境からの評価を見落とさないようにする必要がある。

子どもの性被害では、長期的な身体症状の訴えや、生殖機能の損傷に性感染症による不妊症、妊娠に対する人工妊娠中絶などの身体的な負荷が伴い、その影響は図りしれない。
3-2|精神的影響
次に、子どもの性被害に伴う精神的な影響として、精神症状やストレス障害に健忘症、抑うつ症状等が認められている。

精神症状としては、恐怖や困惑、羞恥心や怒りなどの複雑な感情が出現し、コントロール不良に陥ることがある。これは、性被害という出来事の回避的な対処としての感情統制の意味合いを持つことがあるため、困惑している感情に対して、周りが責めたり否定をしてはいけない。特に、小児の場合には親へ怒りを向けるケースがあるため対応には留意が必要である。

また、精神的影響として重要な医学的所見は、ストレス障害である。性被害の直後や短期的な反応と示す急性ストレス障害と、長期に渡って症状を示す心的外傷後ストレス障害が認められている。

急性ストレス障害は、日常生活が送れなくなる、逆に以前の日常生活に固執する、感情的苦痛を回避するため全ての出来事に無関心・他人事になるなどの「闘争-逃走反応」がみられる。また、被害に関連した記憶を思い出さないようにする「凍結反応」や、罪悪感や羞恥心、助けてくれなかった悲しみなどの否定的な感情や考え方になる「認知の歪み」が出現する。

上述の急性期の反応が長期化すると、現実感の消失や精神機能の低下により、離人感などの「解離症状」や、睡眠障害やパニック発作などの「身体症状、精神症状」の常態化、匂いや場所などがトリガーとなり被害を想起させることでパニック症状を引き起こす「フラッシュバック」が認められている。

慢性的な症状である心的外傷後ストレス反応(PTSD)は、震災後に有名になった症状であるが、性被害が引き起こす精神的な影響としても代表的な疾患であり、幼少期に受けた性被害がキッカケでPTSDに苦しみ、成人しても社会生活が送れなくなるなど、人生に長期的に影響を与えてしまう疾患であることを認識してもらいたい。性被害による身体的損傷が治癒しても、性被害を受けた児童の心の傷は一生癒えないのである。

4――まとめ

4――まとめ

本稿では、子どもの性被害に関する定義を関連法令や条例を用いて整理し、子どもの性被害による身体的、精神的影響についてまとめた。

子どもの性被害に関連する法令には、児童買春・児童ポルノ禁止法や児童福祉法が存在しており、規定に違反すると懲役か罰金、もしくはその両方の併科が課される重罪である。

また、子どもの性被害に関する地方自治体の条例として青少年保護(健全育成)条例が存在しており、青少年の夜間外出の制限や性的に刺激する情報の提供を回避する責務を求めることなどは全国で共通するものの、具体的に教育機関で人権教育や性教育を組み込み、性被害者の支援について具体的に明記するなど、各自治体での工夫が認められる条例も存在している。

今一度、居住地域の条例内容を確認することで、自身が不適切な情報提供に加担していないか等を見直す機会にしていただきたい。

さらに、子どもの性被害に関する身体的影響では、性器周りの損傷に留まらず、長期的な言動を観察しケアする必要があること、精神的な影響では、日常生活や成人後の社会生活にも長期的な人生に影響を及ぼし兼ねないストレス障害等が生じる可能性があることを認知して欲しい。

次稿では、本稿で整理した子どもの性被害に関する法令に基づき分類された罪種別の被害児童人数等の実態を分析する予定である。
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

経歴
  • 【職歴】
     2012年 東大阪市 入庁(保健師)
     2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了
         (看護学修士)
     2019年 ニッセイ基礎研究所 入社
     2019年~大阪市立大学大学院 看護学研究科 研究員(現:大阪公立大学 研究員)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

(2023年05月26日「基礎研レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【日本の子どもの性被害(1)-児童買春や淫行罪は懲役と罰金の併科あり、居住自治体の青少年保護条例は要チェック!性被害によるPTSDは生涯続く-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

日本の子どもの性被害(1)-児童買春や淫行罪は懲役と罰金の併科あり、居住自治体の青少年保護条例は要チェック!性被害によるPTSDは生涯続く-のレポート Topへ