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2023年05月23日
総人口の減少、新型コロナウイルスによる医療財政への影響など中国の公的医療保険を取り巻く状況が懸念されている。2022年は加入者や財政など全体としてどのような状況にあるのか。以下では、国家医療保障局が発表した「2022年医療保障事業発展統計速報」(以下、速報)などを参考に確認する。
1――公的医療保険の加入者が減少。原因は、公的医療保険専用プラットフォームの全国統合、制度重複加入者の洗い出しが可能に。
中国の公的医療保険制度は地方政府(基本的には市単位)ごとで運営されている。これまでも社会保険の手続きを経ないままで(市を跨ぐ)新たな居住地への転居、または新たな居住地での制度加入などの現象が見られた。加入者の状況を制度別でみると、都市の非就労者・農村部の住民を対象とした都市・農村住民基本医療保険の加入者が前年比2,538万人減少しており、加入者の減少の多くが農村部から都市部に移動・転居した出稼労働者であることが推察される。
一方、少子高齢化の進展にともなって高齢者の割合も増加している。図表1において、都市の就労者を対象とした都市職工基本医療保険では現役加入者2億6,607万人、定年退職者9,636万人となっている。制度の設計上、定年退職者の多くが医療保険料の支払いが免除されており、現役者2.8人で1人の高齢者を支えていることになる。
一方、少子高齢化の進展にともなって高齢者の割合も増加している。図表1において、都市の就労者を対象とした都市職工基本医療保険では現役加入者2億6,607万人、定年退職者9,636万人となっている。制度の設計上、定年退職者の多くが医療保険料の支払いが免除されており、現役者2.8人で1人の高齢者を支えていることになる。
2――2022年医療保障財政(全体)は黒字へ。ただし、制度を実質的に運営する末端の市単位の状況に留意が必要。
中国の公的医療保険制度は、地方政府が制度ごとに基金を設置し、そこで財政における資金の管理をしている。「基本医療保険基金(全国)」は、全国に分散する地域ごと・制度ごとの基金を合計したものとなる。つまり、全国における都市職工基本医療保険、都市・農村住民基本医療保険の基金で構成されている。
基本医療保険基金(全国)の運営については、新型コロナによるPCR検査やワクチン接種の費用負担などが懸念されていた。国家医療保障局の速報によると、2022年の単年度収支は黒字(6,266億元)となった(図表2)。基金収入のうち保険料収入が安定して増加した点がうかがえ、基金支出も2021年と比較して増加幅を大幅に抑えることができた点も奏功したと考えられる。公的医療保険制度の収支は前年の2021年に続いて黒字となっており、基金残高も前年比17.7%増の4兆2,541億元まで増加した。
基本医療保険基金(全国)の運営については、新型コロナによるPCR検査やワクチン接種の費用負担などが懸念されていた。国家医療保障局の速報によると、2022年の単年度収支は黒字(6,266億元)となった(図表2)。基金収入のうち保険料収入が安定して増加した点がうかがえ、基金支出も2021年と比較して増加幅を大幅に抑えることができた点も奏功したと考えられる。公的医療保険制度の収支は前年の2021年に続いて黒字となっており、基金残高も前年比17.7%増の4兆2,541億元まで増加した。
基本医療保険基金(全国)について制度ごとにみると、都市職工基本医療保険による収入や残高が大きく寄与していることが分かる。特に、都市職工基本医療保険の2022年末時点での残高は当年の支出の2.3年分と残高が潤沢にあることからも、新型コロナ関連のPCR検査費用などへの拠出に期待が寄せられていた。省より小さい行政単位で、医療保険制度を実質的に運営する市単位での基金運営の状況は把握が難しいものの、感染状況や経済状況から財政が厳しさを増していると捉えられていたからである。
3――新型コロナと医療財政―国によるPCR検査は公衆衛生か、医療か。その費用はだれが支払うのか。
国家医療保障局の速報によると、2022年のPCR検査に関する基本医療保険基金(全国)からの拠出はわずか43億元(約860億円)とした。また、ワクチン接種関連での拠出については2021年から2022年の2年間で、財政補助を含んだ金額で1,500億元ほど(約3兆円)とした。2022年の基本医療保険基金の支出2兆4,432億元(約49兆円)で考えると、支出のわずか6.3%ほどになる。速報では2022年に実施されたPCR検査やワクチン接種関連の費用が基金全体に大きな影響を与えたわけではないということになる。
ただし、この支出規模については留意が必要である。報道でも明らかなように、中国はゼロコロナ政策の重要措置としてPCR検査を連日のように実施し、‘常態化’していた。当初、PCR検査は国が主導し、公衆衛生政策の一環として実施していたため、その経費も中央政府が税金や財政からの拠出でまかなうべきという向きがあった。その背景にあるのは、集団による検査、ワクチン接種など感染症の流行や重症化を抑えるための公衆衛生サービスは「社会的な仕組み」の側面をもっているからである。また、政府財政による感染症や疾病の治療・生活環境の整備などは、個人の便益を高めるだけでなく、最終的には社会全体にとっても望ましい効果(外部経済効果)をもたらすからでもある。法的な規定から考えると、社会保険法など関連法・規定からも、公衆衛生として負担するべき費用は公的医療保険の給付の範囲外と定めていた。実際、PCR検査の費用は予算外の支出として計上され、人民代表大会の認可が必要とされていた1。
しかし、国家医療保障局は2022年5月にPCR検査に伴う費用は各地方政府が負担すると決定している2。遡ってみると、国家医療保障局は2020年6月時点で、対応が可能な地方政府については、検査試薬などの省ごとの調達、PCR検査・抗体検査などの費用の公的医療保険の適用、またはその条件の制定を求めていた。この時点で、中央政府、主務官庁は地方政府が管轄する医療保険基金の適用をにおわせていたことになる。
ただし、それまで医療保険の基金は感染の疑いがある患者・感染者の入院治療給付に加えて、ワクチン接種の費用の給付に充てられていた。治療に該当しないPCR検査の保険適用は一部の地域では見られたものの全体的な大きな動きにはなっていなかった。更に言えば、日々増加するPCR検査の費用まで医療保険を適用させた場合、基金の枯渇が問題となると認識されていたと考えることもできる。
このような曖昧な状況の中で、地方政府は2022年5月の国家医療保障局の決定を受け、PCR検査の費用については地方政府財政や公的医療保険による給付の範囲を決定する必要に迫られた。地方政府によって感染状況や財政状況が異なるため、結果として給付についても地方によって異なる対応となったのである。
地方政府はまず、強制検査の対象者とそれ以外の対象者について定めた。強制検査の対象者は主に入管職員、医療従事者・介護施設職員などのエッセンシャルワーカーに加えて発熱の外来患者・入院患者などの罹患者とした。例えば、深圳市では強制検査の対象者は、費用の90%を医療保険基金、10%を市の財政から拠出することとした。一方、広州市は費用の100%を市が管理する医療保険基金から拠出するとしている。強制検査以外の対象者については、公的医療保険専用の個人口座の残高の使用を可能となるなど、実施的な自己負担がなるべく発生しないように対応した地域もあった(遼寧省・深圳市など)。
このように、地方政府にPCR検査費用への対応を任せたことで、末端の市の財政、市が管轄する医療保険基金に多大な影響を及ぼしたことが推察される。加えて、PCR検査のみならず、ワクチン接種関連やコロナ関連の施設建設や備品、人件費など国全体でどれくらい財源が拠出され、そのうち地方政府がどれほど負担をしたのかについても不明のままである3。国全体で対処すべき感染症やその予防・治療について、最終的な責任はだれが持つのか。公的医療保険は、昨今、高齢者デモなど制度改革への不満が表面化しており、国民にとっても身近な問題でもある。今後、医療保険制度改革が進められるにあたり、中央―地方政府間の役割分担を精査し、中央による末端行政への財政投入拡充など検討も必要となるであろう。
1 21世紀経済報道「医保局明確常態化核酸検測費用由地方政府承担、如何科学確定検測頻次?」(2022年5月26日報道)。
2 出典は 「関于做好新冠肺炎疫情常態化防控工作的指導意見」、「関于加快推進新冠病毒核酸検測的実施意見」(2022年5月、国家医療保障局)。なお、2020年5月時点で、国務院は条件が整った地域から、検査試薬などを省ごとに調達し、強制検査の対象者(入管職員、医療従事者・介護施設職員、発熱の外来患者・入院患者など)の検査は地方政府が負担、それ以外は企業や個人が負担するよう求めていた(「関于加快推進新冠病毒核酸検査的実施意見」)。
3 各シンクタンクなどがゼロコロナ以降のPCR検査・抗原検査費用・関連費用などの総額について試算を発表している。いずれも試算の根拠や指標が異なるため比較は難しいが、例えば、民正証券(2022年5月発表時点)では、PCR検査費用については3680億元、抗原検査費用については2138億元、その他人件費、施設関連費用などで7394億元(約14.8兆円)と試算している。
ただし、この支出規模については留意が必要である。報道でも明らかなように、中国はゼロコロナ政策の重要措置としてPCR検査を連日のように実施し、‘常態化’していた。当初、PCR検査は国が主導し、公衆衛生政策の一環として実施していたため、その経費も中央政府が税金や財政からの拠出でまかなうべきという向きがあった。その背景にあるのは、集団による検査、ワクチン接種など感染症の流行や重症化を抑えるための公衆衛生サービスは「社会的な仕組み」の側面をもっているからである。また、政府財政による感染症や疾病の治療・生活環境の整備などは、個人の便益を高めるだけでなく、最終的には社会全体にとっても望ましい効果(外部経済効果)をもたらすからでもある。法的な規定から考えると、社会保険法など関連法・規定からも、公衆衛生として負担するべき費用は公的医療保険の給付の範囲外と定めていた。実際、PCR検査の費用は予算外の支出として計上され、人民代表大会の認可が必要とされていた1。
しかし、国家医療保障局は2022年5月にPCR検査に伴う費用は各地方政府が負担すると決定している2。遡ってみると、国家医療保障局は2020年6月時点で、対応が可能な地方政府については、検査試薬などの省ごとの調達、PCR検査・抗体検査などの費用の公的医療保険の適用、またはその条件の制定を求めていた。この時点で、中央政府、主務官庁は地方政府が管轄する医療保険基金の適用をにおわせていたことになる。
ただし、それまで医療保険の基金は感染の疑いがある患者・感染者の入院治療給付に加えて、ワクチン接種の費用の給付に充てられていた。治療に該当しないPCR検査の保険適用は一部の地域では見られたものの全体的な大きな動きにはなっていなかった。更に言えば、日々増加するPCR検査の費用まで医療保険を適用させた場合、基金の枯渇が問題となると認識されていたと考えることもできる。
このような曖昧な状況の中で、地方政府は2022年5月の国家医療保障局の決定を受け、PCR検査の費用については地方政府財政や公的医療保険による給付の範囲を決定する必要に迫られた。地方政府によって感染状況や財政状況が異なるため、結果として給付についても地方によって異なる対応となったのである。
地方政府はまず、強制検査の対象者とそれ以外の対象者について定めた。強制検査の対象者は主に入管職員、医療従事者・介護施設職員などのエッセンシャルワーカーに加えて発熱の外来患者・入院患者などの罹患者とした。例えば、深圳市では強制検査の対象者は、費用の90%を医療保険基金、10%を市の財政から拠出することとした。一方、広州市は費用の100%を市が管理する医療保険基金から拠出するとしている。強制検査以外の対象者については、公的医療保険専用の個人口座の残高の使用を可能となるなど、実施的な自己負担がなるべく発生しないように対応した地域もあった(遼寧省・深圳市など)。
このように、地方政府にPCR検査費用への対応を任せたことで、末端の市の財政、市が管轄する医療保険基金に多大な影響を及ぼしたことが推察される。加えて、PCR検査のみならず、ワクチン接種関連やコロナ関連の施設建設や備品、人件費など国全体でどれくらい財源が拠出され、そのうち地方政府がどれほど負担をしたのかについても不明のままである3。国全体で対処すべき感染症やその予防・治療について、最終的な責任はだれが持つのか。公的医療保険は、昨今、高齢者デモなど制度改革への不満が表面化しており、国民にとっても身近な問題でもある。今後、医療保険制度改革が進められるにあたり、中央―地方政府間の役割分担を精査し、中央による末端行政への財政投入拡充など検討も必要となるであろう。
1 21世紀経済報道「医保局明確常態化核酸検測費用由地方政府承担、如何科学確定検測頻次?」(2022年5月26日報道)。
2 出典は 「関于做好新冠肺炎疫情常態化防控工作的指導意見」、「関于加快推進新冠病毒核酸検測的実施意見」(2022年5月、国家医療保障局)。なお、2020年5月時点で、国務院は条件が整った地域から、検査試薬などを省ごとに調達し、強制検査の対象者(入管職員、医療従事者・介護施設職員、発熱の外来患者・入院患者など)の検査は地方政府が負担、それ以外は企業や個人が負担するよう求めていた(「関于加快推進新冠病毒核酸検査的実施意見」)。
3 各シンクタンクなどがゼロコロナ以降のPCR検査・抗原検査費用・関連費用などの総額について試算を発表している。いずれも試算の根拠や指標が異なるため比較は難しいが、例えば、民正証券(2022年5月発表時点)では、PCR検査費用については3680億元、抗原検査費用については2138億元、その他人件費、施設関連費用などで7394億元(約14.8兆円)と試算している。
(2023年05月23日「基礎研レター」)
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経歴
- 【職歴】
2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
(2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
(2019~2020年度・2023年度~)
・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
・千葉大学客員教授(2024年度~)
・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
日本保険学会、社会政策学会、他
博士(学術)
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