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大手銀行に対する気候関連リスクの試験的演習の実施(米国)-FRBによる調査が実施される件
保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
1――米国における金融業界における気候変動リスクへの対応
長官は、民間の専門家や非営利団体などで構成する新設の諮問委員会(2022年10月に金融安定監視評議会(FSCO)によって立ち上げられたもの)の会合で、過去5年間の損害規模10億ドル以上の災害の年間発生件数が、物価調整後でみて1980年代の5倍に増えたと指摘した。
保険に関していえば、「保険会社が異常気候に対して既に保険料を引き上げたり、自然災害の高リスク地域での保険の提供を停止したりしている」、と指摘されており、これが住宅所有者や住宅価値に壊滅的な打撃を与え得ると警告した。さらに金融システムの他の分野にも、悪影響が連鎖する恐れがあるとしている。
米国では、気候関連リスクへの対応は、各機関で進められている。
例えば、連邦準備理事会(FRB)は、銀行の気候変動関連の事業リスク管理体制に関する分析を行うことを、1月に表明している。
米国証券取引委員会(SEC)は、2022年3月に企業の気候変動開示規則案を公表し、企業が、気候関連リスクとその対応計画に関する情報などを提供することを求めた。SECの権限・役割の点からどの程度まで規則化されるべきかについては様々な意見はあるものの、この4月にもその更新がなされる予定、との報道もある。
2――FRBのテストについて
1 Pilot Climate Scenario Analysis Exercise(2023.1)
https://www.federalreserve.gov/publications/files/csa-instructions-20230117.pdf
FRBは、大手銀行とその監督において、気候関連の金融リスクを特定、測定、監視、管理する能力を強化すべく、大手銀行組織の気候変動リスク管理を調査している。
そのために、試験的気候シナリオ分析演習を企画し、大手銀行の気候変動リスク管理の実態につき、定性的・定量的両方の情報を収集し、お互いに理解を深めることとした。
今回調査は、以下の6つの大手銀行についての影響に焦点をあてる。
バンク・オブ・アメリカ
シティグループ株式会社、
ゴールドマン・サックス・グループ、
JPモルガン・チェース・アンド・カンパニー、
モルガンスタンレー、
ウェルズファーゴ・アンド・カンパニー
また対象とする地域とイベントについても、米国東北部のハリケーンによる、住宅および商業用不動産ローンポートフォリオへの影響に焦点を当てており、そのあとで、国内の別の地域の火災・干ばつなど別の自然災害による、追加的な物理的リスクの実現による影響を検討するよう要望されている。
調査は、物理的リスクと移行リスクの大きく2つで構成される。
(1) 物理的リスク
物理的リスクとは、人や物への直接の自然災害による被害のおそれのことである。
前提とするシナリオについては、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書で使われている、「共有社会経済経路(SSP)シナリオ」、または「代表的濃度経路(RCP)シナリオ」のうち、政策の対応の程度が異なる、次の2つのシナリオを前提としている。
SSP2-4.5 またはRCP4.5シナリオ (中道的な発展の下で気候政策を導入するシナリオ)
SSP5-8.5 またはRCP8.5 シナリオ(化石燃料依存型の発展の下で気候政策を導入しない最大排出量シナリオ)
このシナリオのもとで、全参加銀行に共通の災害等イベントと、個々の銀行で独自に考慮した災害等イベントの影響を検討する。
まず、共通リスクとしては
100~200年に1度の被害が、米国東北部のハリケーンにより2050年に起こった時、住宅・商業用不動産ローンポートフォリオが受ける影響を検討する。また、それらに対する損害保険のカバーが現在並みに存在する場合と、全くない場合を想定する。
次に個々の銀行で考慮した災害等イベントについては、ハリケーン以外の被害(火災、干ばつなど)が、米国北東部以外の別の地域に起こったときの影響をみることになっている。
影響を考えるものとしては、対象となる融資の債務不履行の確率、内部リスク評価グレード、様々なリスクのパラメーター、デフォルトの影響(損失)がどうなるかなどであり、それをもとに、ガバナンスのあり方やリスク管理方法をどう変えていくか、特定のポートフォリオをどう扱うべきかなどにつき、検討していくことになる。今回はその題材をまずは作り出すことが目的となる。
(2) 移行リスク
移行リスクとは、低炭素社会・経済への過渡期の気候関連の出来事から生じるストレスなどである。
移行リスクについては、現在の政策に基づくシナリオと、2050年までに温室効果ガス排出量ゼロにすることに基づくシナリオ、の2つを使用して、企業向け融資と商業用不動産ローンポートフォリオへの影響を検討する。検討の対象となる期間は2023年からの10年間とされている。
今回報告を要するものの中には、気候変動に関するガバナンスとリスク管理の文書、測定方法、取得データの課題と制約、特殊なポートフォリオに与える潜在的な影響の評価、演習から得られる教訓が含まれ、今後引き続く演習なども想定される中で、生かされる予定である。
FRBはこれまで通常時も、深刻な経済変動が起こった場合のために、大手銀行が充分な資本を有しているかを評価する、いわゆるストレステストを行ってきているが、今回のテストはそれらとは明確に異なる新しいものであるとされている。
例えばこの演習結果は、いまのところ、将来を予測するものではなく、すぐに政策の処方箋とするわけでもない。それよりも、特定の気候関連の金融リスクが、大手銀行に対してどのようにあらわれ、これまでとどう異なるのか、様々な可能性を探ることが目的である、とされている。
3――今後のスケジュールなど
今回は大手銀行に対する検討であったが、他の金融機関あるいは保険業界のほうはどうなっているのか、については、今のところ、これといってまとまった情報がみあたらない。全米保険監督官協会(NAIC)には、気候変動リスクに関する検討組織が立ち上がっているので、内部では動きは始まっているようではある。
03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
(2023年05月10日「基礎研レター」)
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