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年金基金の気候変動ストレステストの概要と結果(欧州)-EIOPAの報告書の公表(2021年末時点)

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――年金基金に対する気候変動ストレステストの実施について
1 2022 IORP Climate Stress Test 2022.12.13 EIOPA
https://www.eiopa.europa.eu/sites/default/files/financial_stability/occupational_pensions_stress_test/2022/report_-_iorp_stress_test_2022.pdf
2――ストレステストの内容
一般に、気候変動リスクには「物理的リスク」と「移行リスク」があるとされている。
「物理的リスク」は、「急性」と「慢性」とがあり、急性のものとは、干ばつ・洪水など突発的な自然災害そのものである。慢性のものとは、異常気象が長期に続くことで、平均気温が上昇することでおこる作物等の不作、海面上昇による施設の水没などが挙げられる。
一方、「移行リスク」とは、社会的に気候変動に対応していく過程における政策・法規制の変化、技術開発などを含む低炭素への移行(あるいはその失敗)、市場すなわち投資家・消費者の意識や行動変化、風評、原材料の高騰などといった変化を指す。今回のストレステストは、このうち移行リスクの実現を仮定したものである。
より具体的には、移行リスクを踏まえた経済的なリスクシナリオを設定して、2021年末時点の財務状態を基準にして、個々の年金基金に及ぼす影響を見積り、また監督上どういった注意と行動が必要かを見定めていくための調査となっている。
資産への影響の評価が主なものではあるが、年金原資として長期保有となる負債への影響は金利の変動の結果として出てくることになる。また必要なケースでは、スポンサー企業による資金調達の状況も含めて、財務状況全体への影響をバランスシートの変化でみることができるようにした。
その際、各国法定ベースのバランスシートの変動とは別に、統一的な評価として、時価ベースでの変動も試算することで、全年金基金にとって共通で意味のある比較が可能になっている。
このテストの規模については、EEA(欧州経済領域)の全て(30か国)を対象としたものではあるが、ある程度規模の大きな年金基金を調査対象としたこともあり、結果的には18ヵ国の187基金のサンプルが収集され、確定給付年金(DB)・確定拠出年金(DC)合わせた資産ベースで全体の65%以上についての分析となっている。
(参加18か国 オーストリア、ベルギー、キプロス、ドイツ、デンマーク、スペイン、フィンランド、フランス、アイルランド、イタリア、リヒテンシュタイン、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スウェーデン、スロベニア、スロバキア)
今回はこのテスト結果により、合格・不合格を決めるといったものではなく、それぞれの基金や各国の監督が、具体的なリスクの所在と潜在的な影響度合、脆弱性のある事項などを明らかにして、将来の調査にむけた足がかりとし、将来的に問題点を認識、改善していく材料とすることが目的である。
NGFS(気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク)が開発したシナリオをもとに、欧州システミックリスク委員会と欧州中央銀行が共同で開発した枠組みと技法を用いている。
前提となるシナリオは、政策措置の遅れによって、突然、気候への影響をなくすような経営方針へ移行するという事態を想定したもので、まず起きるのは炭素価格の急激な上昇とそれに伴う経済全体へ引き起こされる影響である。
付随してインフレ率の上昇と長期金利、短期金利、各国国債利回りの上昇、不動産価格の変動、石油・ガス価格の上昇、そうしたことから引き起こされる業種別の株式の下落、社債のスプレッド上昇といった項目が、ストレスシナリオの構成要素となっている。
そうした前提の下で、欧州の各年金基金への影響度合いと回復力をシミュレーションするという作業が続く。例えば、セクター毎のショック(例えば株価の下落)を設定しているので、各年金基金の投資ポートフォリオに応じた、資産下落等の影響が結果に反映されることになる。
3――ストレステストの結果
資産面ではストレスシナリオにより全体で12.9%の大幅な下落が引き起こされることが認められた。金額にして2,550億ユーロである。対象となった年金基金全体の現状は、鉱業、電気・ガス、陸上輸送などの炭素集約型産業への投資が、株式で6%、社債の10%を占めているため、価格下落分は主に株式・債券への投資に表れており、このシナリオでは、20~38%の大幅な評価減となることがわかった。
負債側においては、金利上昇により負債総額は減少することとなり、資産サイドの大幅な減少を幾分緩和する効果があるという結果となった。(国によって-2%~-15%の幅はあるが平均11%の減少)
DC方式については、例えば資産減少は加入者の年金減といったリスク負担となるので、積立金の不足といった問題は起きないが、DB方式においては、負債に対して十分な資産を保有しているかが問題となる。
この点をみるのに、DB方式の年金基金の資金積立率(Funding Ratio 資産/必要資金)は、現状の各国法定ベースでは、122.7%から120.2%へと低下する結果となった。また共通の時価方式では119.9%から117.0%へと低下した。また国別にみると、9ヵ国で順調に資金を有しているが、5ヵ国ではストレスシナリオ前から積立不足でありそれが数%ポイント拡大する結果となった。それも-20%以上不足のキプロスから75%以上超過のスウェーデンまでばらつきがある。また基金によってもばらつきは大きい。
また、各国共通時価方式による「資産負債超過比率」(EAL: Excess of Asset over Liability)は、国毎にみると、ほとんどの国で負債に対して0%~20%の間にあるが、2か国(デンマークとスウェーデン)は、とびぬけていて50%超である。
しかし、このEALは、いくつかの資金援助、すなわちスポンサー援助、保護スキーム、年金減額が、使えることを想定していて、実際に適用を見込んだ基金もあるので、よい指標とは言えない。
それら援助をする前の状態を見ると、全体では対負債9.4%から5.3%へ低下する。国別ではキプロスやルクセンブルクで、スポンサー援助が大きいことなどがわかっている。
こうした意味で、仮に今回のような無秩序な移行シナリオを前提とすれば、欧州の年金基金が、気候変動における移行リスクに、大きくさらされていることが、定量的にも改めて示されたと言える。
もうひとつの結果として、気候変動リスクに敏感に反応するカテゴリーに投資する際には、ESG要素を重視することが求められそうだ。
今回同時に実施された定性的なアンケートによれば、90%以上の年金基金が、投資方針決定の際にESG要因を考慮しているという結果ではあったが、実際に自社で環境ストレステストを活用しているのは、対象全クロスボーダー年金基金の14%に過ぎなかった。
環境ストレステストを既に実施しているこうした年金基金では、今回のシナリオにおける資産運用パフォーマンスが他の年金基金より優れている(=シミュレーション上の資産価値下落幅が小さいなど)ことも今回の結果としてでており、ESG要素の重視が、移行リスクへの対応に有効なことを示唆している。
4――おわりに
先に、負債への影響については、今回は資産サイドの下落を緩和する方向に働いたという結果が得られたが、考えられるシナリオは他にもありうるので、その選択によってはこの緩和効果は期待できないかもしれない。そこで今後もさまざまなシナリオを検討していくことが重要であるとの認識に至っている。
(2023年03月03日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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