コラム
2023年02月03日

なぜ韓国では不動産価格が暴落しているだろうか?

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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高騰を続けてきた韓国の不動産価格が下落に転じた。特に「投資の対象」であったマンション価格の下落が止まらない。韓国不動産院が2023年1月に発表した「全国住宅価格動向2022年12月」によると、2022年12月における全国の住宅売買価格指数1は99.7で、11月の101.7と比べて1.98%低下した。さらに、全国のマンション売買価格指数は同期間に2.91%も低下(11月の101.1から12月には98.2に)し、住宅売買価格指数より大きな下落率を見せた。両方とも韓国不動産院が統計を公表し始めた2003年11月以来最も大きな落ち込み幅である。
売買価格指数の推移
高騰を続けてきた韓国の不動産価格が下落に転じた最も大きな理由の一つとして考えられるのが「金利の急上昇」である。韓国の中央銀行にあたる「韓国銀行」は、2020年5月から1年3カ月間維持してきた政策金利を0.50%から2021年8月に0.75%に引き上げて以来、2023年1月13日まで継続して金利引き上げを実行した。その結果、政策金利は3.5%まで上昇することになった。
韓国銀行の政策金利の推移
韓国銀行は政策金利を引き上げた理由について、高い水準でのインフレ率が続く中で、物価安定のための政策対応を継続する必要があるからだと説明した。しかし、実際は米連邦準備理事会(FRB)が2022年に政策金利の大幅利上げに踏み切り、韓国とアメリカの政策金利の差が広がっていることが利上げの判断につながったものとみられる。つまり、韓国の政策金利がアメリカの政策金利を大幅に下回ってしまった場合、海外投資家による投資資金が韓国から引き揚げられ、ウォン安が一気に進むことを防止するための対策だと言える。
 
韓国銀行の政策金利の大幅引き上げに伴い、住宅ローンに対する金利負担も急増した。例えば、5大銀行(KB国民・新韓・ハナ・ウリィ・NH農協銀行)の住宅担保ローンの変動金利は2022年1月の年3.57~5.07%から2023年1月には5.27~8.12%まで上昇した。エネルギー高の影響で光熱水道費や生活必需品の価格が上昇し家計を圧迫する中、金利上昇による住宅ローンの返済負担増は不動産投資を躊躇させる要因になった。その結果マンションは売れず、価格は低下し続けている。
 
韓国人がマンションを含め不動産への投資を継続する理由は、不動産を買えば、必ず上がるという不動産不敗神話があったからである。低金利の銀行にお金を預けるよりも、マンション等に投資をした方が収益率が高かった。だからお金を借りてでも投資をし続けたのである。しかしながら銀行から借りられるお金には制限があり、住宅ローンだけで家を買うには限界があった。そこで、マンションを購入するための対案として活用したのが韓国独特の賃貸住宅制度である伝貰(以下、チョンセ)を利用した「ギャップ投資」である。
 
チョンセとは、毎月家賃(ウォルセ)を支払う代わりに住宅価格の 5~8 割程度のお金を貸主に「保証金」として預ける賃貸制度である。貸主はこの多額の「保証金」を運用して収益を稼ぐ。一方、借主は賃貸契約時にまとまった保証金を支払うことで、月々の家賃を支払う必要がなく、さらに、引っ越しする際には預けた保証金は全額戻ってくるので家賃をセーブすることができる。
 
アジア経済危機以前とアジア経済危機直後の金利が高かった時期には、銀行にお金を預けておくだけでも1年間に10%前後の利子収入が得られた。しかし近年は銀行の預金金利が大きく下がっていたため、チョンセの物件は減り、ウォルセの物件が増えた。これは貸主のチョンセ保証金の運用収入が低下したからだ。さらに、2022年6月ごろまではマンション価格の上昇に伴ってチョンセの価格も急騰した。
 
一方、「ギャップ投資」とは、住宅の売買価格とチョンセ価格の差額(ギャップ)だけで中古物件を購入する投機の一種である。例えば、10億ウォンの中古マンションに借主が8億ウォンのチョンセで入居している場合、「ギャップ投資」でこのマンションを購入する人は2億ウォンの差額(ギャップ)だけ支払えばマンションを手に入れることができる。仮に2億ウォンを用意することが難しい場合は、チョンセの価格を8億ウォンから9億ウォン等に引き上げて負担を減らすことも可能だ。
 
「ギャップ投資」をする人は売買価格とチョンセ価格の差額が小さい物件、つまり、「チョンセ価率」が高い物件を選好する。「チョンセ価率」とは、不動産の売買価格に対するチョンセ価格(チョンセで家を借りるときの保証金の額)の割合であり、「チョンセ価率」が高いとその分初期資金がかからない。ソウルで「ギャップ投資」を利用して住宅を購入している割合は半分2(2022年1月~8月の住宅売買件数基準)を超えている。
 
人々は「ギャップ投資」と低金利の住宅ローンを活用し、より良い地域の優良マンションに投資を続けた。その理由は「不動産不敗神話」を強く信じていたからだ。韓国では「魂までかき集めて不動産に投資する」、つまり「ギリギリまで借金をしてでも家を買う」という言葉が流行するほど、無理をしてでも不動産に投資をする人が多かった。
 
しかしながら状況は急変した。金利の急上昇によりマンションの需要が急減し、マンションの価格が暴落し始めた。マンションの価格が下落すると資産価値が低下するため、売却する際にその分の損失が発生する。また、マンション価格の下落とともにチョンセの相場も下落し、貸主からチョンセ保証金を返してもらえない借主が続出した。チョンセの相場が下がると、貸主は契約満了時に新たな資金を調達する必要がある。
 
例えば、8億ウォンであったチョンセの相場が7億ウォンに下落すると、新しい入居者からは7億ウォンしか保証金をもらえないので貸主は1億ウォンを新たに用意して、チョンセ契約が終わった既存の入居者に渡さなければならない。しかしながら多くの貸主は借主から預けられた保証金と上限ギリギリまで借りた住宅ローンを合わせて、本人が住むためのマンションを購入するかチョンセの保証金として預けているため、短時間に資金を用意できず貸主が借主にチョンセ保証金を返せない例が増えているのである。
 
韓国政府は2022年12月21日に「2023年経済政策方向」を発表し、不動産価格の急落を防ぐために、住宅購入者の住宅担保の認定比率(LTV)の引き上げに加え、譲渡税、不動産総合税、取得税の重課税負担を緩和するとともに、ソウルなどの特定地域での複数の住宅所有者に対し、譲渡税の重課税の適用期限を延長することを明らかにした。
 
しかしながら、専門家の多くは韓国における不動産価格は今後もしばらくの間は下落し続けると予想している。今後の不動産価格は韓国政府の不動産対策のみならず、金利の動向に影響を受けると考えられる。今回の経験から「魂までかき集めて不動産に投資する」という望ましくない習慣が韓国社会から断ち切られることを強く望むところでる。
 
1 住宅売買価格指数とマンション売買価格指数ともに2021年6月の指数が100
2 中央日報 2022年10月13日「ソウルの「ギャップ投資」割合がさらに上昇53%・・・」
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2023年02月03日「研究員の眼」)

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