2023年01月17日

ベトナム生命保険市場(2021年版)

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

ベトナム社会主義共和国(以下、ベトナム)は東南アジアに位置する人口9762万人(2020年)1の新興国である。その面積は32万9241km2であり、日本の約88%である。

名目GDP総額は3661億ドル2、一人当たり名目GDPが3717ドルで、東南アジアでベトナムの7割程度の人口を持つタイの約5割程度である。

新型コロナ前の実質GDP成長率の伸びについてだが、2020年から新型コロナ禍による影響がベトナムにも及び、名目GDP成長率は2020年が前年比2.91%増と鈍化した。2021年も前年比2.56%増と、平均6-7%増を維持していた新型コロナ以前の成長率を取り戻せていない。

ベトナム経済はここのところ農林水産業中心から工業およびサービス業へと重心を移してきた。ただ、新型コロナ禍でサービス業の成長が鈍化した一方で、農林水産業、工業は比較的堅実な成長を見せた。各業態のGDP増加率であるが、ベトナム統計総局の資料によれば、農林水産業は前年比3.27%の増加であり、工業・建設業は前年比3.58%増加である。他方、サービス業は前年比1.57%増にとどまった。新型コロナ禍にもかかわらず、輸出入は好調を続け、輸出額は3361億ドルで前年比14.2増となり、輸入額は3328億ドルで、同じく22%増となり、輸出入額の合計は6690億ドルとなった。

失業率は全体で3.2%と、継続して低下傾向にあった昨年の2.26%から一転悪化することとなった。なお、新型コロナの影響についてであるが、ベトナムでは2021年、デルタ株の感染第四波を受けた。政府は「安全、柔軟な適応および効果的な新型コロナ管理」政策を実施し、当初の経済計画目標を達成できなかったものの、マクロ経済は安定し、インフレも低位(前年比1.84%増)に維持された。

本稿ではベトナム財務省保険監督部が発行した2021ベトナム保険市場年次レポート3のデータを元にベトナム生命保険市場について解説を行う。以降の数字、図表は同レポートよりの引用である。
 
1 外務省HP https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/vietnam/data.html#section1  参照
2 以下、本文の各種数値はベトナム統計総局の数値を引用。https://www.gso.gov.vn/wp-content/uploads/2022/08/Sach-Nien-giam-TK-2021-1.pdf
3 「The Annual Report of Vietnam Insurance Market 2021」ベトナム財務省HP https://mof.gov.vn/webcenter/portal/cqlgsbh/pages_r/l/chi-tiet-tin-cuc-quan-ly-giam-sat-bao-hiem?dDocName=MOFUCM245144  参照。

2――保険市場の概況

2――保険市場の概況

1976年の南北ベトナム統一時、南ベトナムにあった既存生保は消滅した。以降、1964年に当時の北ベトナムで設立された国営保険会社であるベトナム保険会社(現在のBao Viet Holdings)のみが、伝統的損害保険商品に限定して販売するという一社独占体制が長らく続いた。政府は現在も共産党一党独裁制が続いているが、1986年に開放政策であるドイモイ政策が打ち出された後、保険市場の開放が進むこととなった。

保険市場の改革により、1994年に民間保険会社の設立が許容され、1995年には生命保険の販売が再開された。また、1996年には外資系保険会社とベトナム国内社の合弁会社の設立が、1999年には外資系保険会社の100%子会社設立が認められるようになった。これを受け、1999年にPrudentialとManulifeが参入し、以降、外資の参入の本格化が進んだ。2021年末の生命保険会社数は19社である。

市場規模としては、収入生命保険料が年間159兆2220億ドン(8845億円(2022年12月の円ドン為替レートの概算である1円=180ドンで計算、以下同じ))である。ベトナムにおける生命保険の市場浸透率(Insurance Penetration、対GDP保険料収入)は上昇し続けており、2.47%(2020年2.08%)となった。

3――新契約の状況

3――新契約の状況

ベトナムにおける生命保険契約の伸びは大きく、2021年の生命保険新契約件数は3,559,973件で前年比11.94%増となった。うち、個人保険が3,559,973件、団体保険が425件(加入者は176,536人)である。団体保険の規模は大きくない。

新契約について、主契約に係る収入保険料は44兆6600億ドン(2481億円)で前年比20.5%増となった。付保保険金額は1523兆1340億ドン(8兆4618億円)で前年比12.3%増となった。個人保険の主契約平均付保保険金額は4億2160万ドン(234万円)となっている。団体保険の平均付保保険金額は一団体当たり527億ドン(2億9277万円)で、加入者一人当たりに直すと1億2690万ドン(70.5万円)となっている。

新契約の会社別マーケットシェア(新規収入保険料ベース)であるが、収入保険料ベースで順に、Manulife (23.21%)、Prudential(13.60%)、Bao Viet Life(12.27%)、Dai-ichi(第一生命ベトナム、12.08%)、AIA(8.25%)、MB Ageas(7.51%)、Sunlife (4.68%)となった(図表1)。

新契約シェア状況の推移を見ると、2018年からシェアトップを維持するManulifeが前年比3.5%増と順調にシェアを伸ばした。他方、2020年に二位だったBao Viet Lifeは3%減らして三位に順位を落とし、Prudentialが二位に浮上した。
【図表1】会社別新契約シェア
新契約の商品状況を見ると、これまでも収入保険料ベースでは貯蓄・投資性の商品がほとんどであり、特に養老保険と投資連動型保険の販売が活発であった。そして2021年には販売される商品が投資連動型保険にほぼ集中する形となった。

具体的には投資連動型保険(investment-linked products)4が84.24%、養老保険(endowment)が2.55%となっている。他方、保障性の強い保険としては定期保険が1.78%となっている(図表2)。
【図表2】商品別新契約シェア(新規収入保険料ベース)
付保保険金ベースで見ても投資・貯蓄性保険がほとんどである点は同様であり、投資連動型保険が90.53%、養老保険1.18%、定期保険が5.11%となっている。定期保険は販売件数が1,057,434件なので平均的保険金額は7358万ドン(40万円)程度であり、小口契約が多い。
 
4 ユニットリンク保険とユニバーサル保険とをまとめて投資連動型保険として分類している。

4――保有契約の状況

4――保有契約の状況

生命保険の保有契約は、総件数で13,198,726件、前年比13.47%増であり、内訳として個人保険が13,197,893件、団体保険が833件(団体保険の加入者は334,783人)となっている。

保有契約について、上述の通り、収入保険料が年間159兆2220億ドン(8845億円)で、前年比21.76%増となった。また、付保保険金額は4725兆3310億ドン(26兆2518億円)で前年比24.70%増となった。

保有契約の収入保険料ベースの会社別マーケットシェアであるが、新契約シェアの増減にあわせて保有契約シェアはそれぞれ変動し、上位社の順位の変動が生じた。

まず、老舗であるBao Viet Life(19.19%)は首位を維持したものの、二年連続で2%程度ずつシェアを落としている。Prudential(18.08%)は対前年でシェアを落とし、2021年は3位に後退した。代わりに新契約シェアトップのManulife(18.65%)が2位に浮上した。以下、Dai-ich(11.71%)、AIA(10.40%)、Chubb (2.83%)、Generali(2.73%)と続く(図表3)。
【図表3】会社別保有契約シェア
保有契約を商品別に見ると収入保険料ベースで投資連動型保険が68.27%、養老保険が19.85%、定期保険が0.88%である(図表4)。

付保保険金額ベースでみると、保有契約は、投資連動型保険が88.47%、養老保険が7.45%となっており、投資連動型保険における高額加入が多いものと思われる。
【図表4】商品別保有契約シェア(収入保険料ベース)
なお、保険金の支払状況(解約返戻金払戻を含む)であるが、総計で32兆4410億ドン(1802億円)、前年比29.95%増となっている。ほとんどの給付は養老保険と投資連動型保険の満期保険金等である。また、責任準備金は431兆2380億円(2兆3957億円)、前年比27.76%増となった。

5――販売チャネル

5――販売チャネル

販売チャネルとしてはエージェント(個人、法人)、ブローカー、銀行窓販などがあるが、近時は生命保険会社と銀行との業務提携による銀行窓販が活発である。法規制上においては、2020年には保険のコンサルティングには資格を要することとするなど、保険販売における事業の環境整備が行われている。

2021年において、エージェントについては、個人エージェントが増加した一方で、法人代理店に属するエージェント数は減少した。結果として、個人エージェント(営業職員等)と、法人に属するエージェントを足した数は912,089名に達し、前年比1.86%増となった(図表5)。
【図表5】個人・法人エージェント数の推移

6――おわりに

6――おわりに

ベトナムの2022年の新型コロナ感染状況については、2022年3月に一週間の平均新規感染者数が20万人後半という波が来たものの、その後は落ち着きを取り戻している。その結果、ベトナム統計総局の数値によると実質GDPは2022年1Qが5.05%増、2Qが7.83%増、3Qが13.67%増(推計)と順調に成長を続けている。特に3Qにはサービス業が18.86%増と経済全体をけん引している。

本文で見た通り、生命保険事業は新型コロナの感染が拡大している中でも堅調な成長を続けてきており、今後とも生命保険の浸透率の向上が見込まれる。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2023年01月17日「保険・年金フォーカス」)

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【ベトナム生命保険市場(2021年版)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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