2023年01月11日

人権尊重が価値という視点-ビジネスと人権でチャンスを掴む

基礎研REPORT(冊子版)1月号[vol.310]

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1―人権尊重経営の最新動向

人権デュー・ディリジェンス(以下、人権DD)は、企業が自らの事業活動に関連する人権侵害リスクを特定し、それを予防、軽減、是正を図る取組みである。

人権DDが、世界的な潮流として定着したのは、2011年の国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則」が承認されたことに始まる。同原則は、1) 国家の人権保護義務、2) 企業の人権尊重責任、3) 救済へのアクセスという3つの柱で構成されており、企業には、( 1)人権方針の策定、( 2)人権DDの実施、( 3)苦情処理メカニズムの構築という3つの取組みが求められる。

人権擁護の取組みは、欧米が積極的であり、人権DDの法制化でも先行する。日本はまだ法制化していないが、国連が策定を推奨する、人権保護のための政策文章「国別行動計画」は公表済であり、今年2022年9月には、企業が人権対応を進める際の指針となる、「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」を策定している。国内で活動する企業は、規模や業種等に関わらず、すべて人権に配慮することが求められる。

2―人権取組みで先行する意義

世界的に人権擁護の企業責任が増す中、日本企業にも厳しい視線が注がれている。

例えば、ミャンマーで起きた軍事クーデターでは、市民を弾圧する国軍関連企業と取引関係のある企業に批判が集まったほか、強制労働が疑われる中国新疆ウイグル自治区の問題では、現地に進出している日系企業に、実態調査や透明性の確保が求められた。また、昨年勃発したロシアのウクライナ侵略では、人権侵害を行うロシアで活動を続ける企業に対し、批判的な声が上がっている。

これらの事案は、企業の人権問題に対する意識や関与の欠如が、大きな経営リスクになり得ることを示唆するものと言えよう。企業は、国際的に認められる水準まで人権擁護の取組みを強化し、企業価値の毀損を最小限に留める必要がある。

ただ、人権擁護の取組みは、法令遵守やガバナンス面で追加のコストを生じさせるため、二の足を踏む企業も少なからず存在する。とりわけ、日本は欧米対比で取組みが遅れてきたことから、国際水準へのキャッチアップもこれからである。

しかし、人権擁護の取組みが、企業活動に大きな影響を及ぼすようになったいま、対応を先延ばしすることで良いことは何もない。人権軽視は売上減少やコスト増、企業価値の毀損につながる経営上のリスクであり、人権擁護の取組みは、そのリスクを回避し、事業にポジティブな影響をもたらす“投資”だという認識を持つべきだろう。本来的には、企業は人権に関する負の影響を回避する観点から、積極的に人権擁護に取り組むべきであるが、投資という別の側面から見る場合には、如何に企業価値に結び付けていけるかを考えることも大切である。すなわち、何に取組み、如何に伝えていくかと言う視点だ。

企業の取組みとしては、横並びを意識するよりも、むしろ先進的な人権尊重の試みを展開していく方が、チャンスは大きいのではないだろうか。企業の人権取組みは、いまや国や国際機関だけでなく、投資家や個人も注目している。他社に先駆けて取組みをアピールできれば、企業のブランド価値や魅力向上にもつながる。

特に今後、デジタル化が進み、経済構造が消費者主導型に変化していけば、消費を決定づける要素として、消費者の価値観は重要さを増す。人権尊重という企業イメージは、消費者のロイヤリティを高め、確保していくのに強力な武器となるだろう。人権擁護の面でも、他社に先駆け先進的な取組みを始める企業には、先行者利益を獲得できる可能性がある。

なお、企業は人権取組みを積極的に行うだけでなく、その成果を社会にアピールすることにも全力を尽くす必要がある。企業が行うどんな素晴らしい取組みも、社会に認知されなければ、新たな価値にはつながりにくい。人権擁護の実践を担う部署は、広報や営業など外部との接点を多く持つ部署と連携し、効果的なアピールを展開していくことが肝要だ。

3―企業から始まる好循環

日本企業の人権尊重に関する取組みは、欧米諸国と比べて、洗練されているとは言い難い。実際、国連の指導原則に基づく「人権報告書」の作成も進んでいない。しかし逆に言えば、企業の取り組み余地は大きく、先行者利益を得られる空間も広いと見ることもできるだろう。企業が人権擁護で切磋琢磨することで、社会全体の人権意識も高まっていく。今後、企業の取組みが加速し、日本全体で好循環が生まれることに期待したい。
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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2023年01月11日「基礎研マンスリー」)

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