2022年12月16日

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-欧州大手保険グループの対応状況(その2)-

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1―はじめに

保険契約のための新たな国際的な会計基準である「IFRS第17号(保険契約)」については、IASB(International Accounting Standards Board:国際会計基準審議会)が、2017年5月18日に基準の最終案を公表し、その後2020年6月25日及び2021年12月9日に修正基準を公表して、その基準内容が確定した状況になっている。IFRS第17号は、2023年1月1日からの適用が想定されており、適用開始まで残りわずかとなっている。

このテーマに関しては、これまでも何回かのレポートで報告してきたが、直近では、基礎研レポート「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-欧州大手保険グループの対応状況-」(2022.10.4)(以下、「前回のレポート」という)で、欧州大手保険グループが8月に公表している2022年上半期報告時の資料等において説明している、IFRS第17号の適用方針や取組状況等の概要について報告した。そこでは、上半期末時点では、適用方針についてはほぼ内容が固まっているが、それに伴う具体的な定量的影響については、欧州大手保険各社とも、現時点で信頼性のある定量化を行うことは現実的ではないとして、公表していなかった。

これに対して、カナダの大手生命保険会社は、2022年4月19日に、3社共同でIFRS第17号に関する情報をリリースし、各社ベースでもその後の2022年の第1四半期業績発表時や投資家向けの説明会等でIFRS第17号の適用による影響等を開示する等、欧州大手保険グループに比べると、より前倒しでの積極的な情報開示を行ってきている。こうしたカナダの大手生命保険グループによるIFRS第17号の情報開示を巡る動向については、基礎研レポート「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-カナダの大手生命保険グループの対応状況-」(2022.10.17)で、報告した。

今回のレポートでは、欧州大手保険グループが、11月から12月にかけて、2022年第3四半期報告時や投資家やアナリスト向けの説明会等において、IFRS第17号及びIFRS第9号(金融商品)の適用による影響度等を開示してきているので、この概要について報告する。

2―欧州大手保険グループのIFRS第17号の適用

2―欧州大手保険グループのIFRS第17号の適用による影響等の開示状況

ここでは、IFRS第17号及びIFRS第9号の適用による影響等について、欧州大手保険グループが11月から12月にかけて公表している2022年第3四半期報告時や投資家やアナリスト向けの説明会時における資料等に基づいて報告する。なお、図表は、筆者の判断に基づいて、各社のプレゼンテーション資料から抜粋したものを、筆者なりの解釈に基づいて(一部修正等も加えて)翻訳して作成している。
1|AXA
AXAは、2022年の第3四半期の業績発表に伴い、2022年11月2日に、そのプレスリリースや投資家向けプレゼンテーション資料「IFRS第17号及びIFRS第9号」において、以下の情報を開示している1。なお、数値は2022年1月1日時点での期首貸借対照表に含まれる予定の数値で、未監査で変更される可能性のある暫定数値である、としている。
(1) キーメッセージ
プレスリリース等によれば、以下の通りに報告されている。

・基礎となる収益力は、移行後の全体では影響を受けない。
・株主資本(OCI(その他の包括利益)を除く)は、移行時に約580億ユーロで概ね安定している。
・約340億ユーロのCSM(契約上のサービスマージン)(注1が移行時に形成される。
・当グループが技術的分野に重点を置いていることを反映して、報告への影響は限定的2
・新しい基準は、グループのキャッシュと資本の管理、ソルベンシーII比率、それらの戦略に影響を与えない。
・グループの「Driving Progress 2023」の主要財務目標(注2が再確認された。

(注1) CSM(契約上のサービスマージン)は、保険契約グループの資産又は負債の帳簿価額の構成要素を指し、事業体がグループ内の保険契約に基づいて保険契約サービスを提供する際に認識する未稼得利益を表す。このプレスリリースでは税抜き価額。
(注2) (i) 2020E(COVID-19 及び超過自然災害による損害を考慮して再設定)から 2023Eまでの間の3%~7%のCAGR(年平均成長率)目標範囲の上限における1株当たり基礎利益の成長、 (ii) 2021E から2023E の間に13%~15%の間の自己資本基礎利益率、(iii) 約190%のソルベンシーII比率、(iv) 2021Eから2023Eの140億ユーロを超える累計キャッシュアップストリーム。
 
2 AXAは、戦略的に、投資マージンに依存する貯蓄事業から、引受利益等の技術マージンに依存する損害保険、医療及び保障事業へとシフトしてきている。
(2) 報告の継続性
技術ラインとフィービジネスに焦点を当てており、影響は限定的
報告の継続性
(3) IFRS第17号とIFRS第9号の概要
AXAの強固なファンダメンタルズは変わらないままである。
IFRS第17号とIFRS第9号の概要
これにより、Driving Progress 2023」の主要財務目標を再確認したとしている。

(4) 測定モデルの適用状況
AXAのビジネスミックスでは、簡素化モデルが大部分を占めている。

また、推定税引前基礎収益(UE)では、PAAモデル(約60%)、BBAモデル(約11%)、VFAモデル(約24%)、資産管理(約5%)となっており、移行時に約65%が影響を受けていないか又は影響が限定的、としている。
測定モデルの適用状況
また、最良推定準備金の割引とリスク調整は全てのモデルに適用される。

(5)主要な会計上の選択
主要な会計上の選択
(6) その他の開示数値について
1) 株主資本
株主資本は移行時にほぼ安定的に推移し、IFRS第4号ベースでの580億ユーロに対して、割引率による再評価での影響が無形資産の消去やリスク調整(約40億ユーロ)及びCSM(約340億ユーロ)で相殺されて、IFRS第17号ベースでも約580億ユーロになる。

2) 割引率
準備金は、今後市場整合的なレートで割り引かれ、金利変動による影響は、CSMやOCIで吸収される。割引効果は投資結果において段階的に巻き戻され、契約期間全体での収益性には影響は無い。なお、流動性プレミアムの算出は、ソルベンシーIIフレームワークに類似したEIOPAの複製ポートフォリオに基づいている。

3) リスク調整
リスク調整は、限定的なP&L(損益計算書)の影響を生むと期待される追加準備金を提供する。
信頼水準を65パーセンタイル(62.5~67.5パーセンタイルの範囲内)に設定し、リスク調整額は30億ユーロ(62.5パーセンタイル)から40億ユーロ(67.5パーセンタイル)となる。
保有するリスク調整のリリースは、新契約のリスク調整の形成によって相殺される見込みであり、P&Lへの影響は限定される。

4) CSM
移行時に、L&S(生命保険&貯蓄)と医療で、約340億ユーロのCSMが計上される。
CSM残高は、持続的な成長が期待される。
CSMは技術的及び金融前提の殆どを吸収する。

5) IFRS第17号及びIFRS第9号により、会計上の貸借対照表と経済実態との整合性が改善する。

6) 自己資本利益率と負債ギアリング
自己資本利益率(ROE)(=基礎利益÷平均株主資本(OCI除き))は、定義の変更がなく、13%~15%のROE目標も変更しない。
負債ギアリング(ギアリング比率)については、分子の金融負債の範囲は変更しないが、分母の株主資本にOCIとCSM(税引後)の両方を含めて、以下の通りとする。
負債ギアリング=金融負債÷(株主資本(OCIを含む)+CSM+金融負債)
これにより、負債ギアリング目標を(現在の25%~28%から)19%~23%に変更する。
(7) 収益性への影響
1) 全体としては、基礎収益力は影響を受けないままであると想定される。
2) P&C(損害保険)の収益は、多くは市場整合的な割引率によって影響を受けるが、契約期間全体での収益性には影響はなく、引受けや準備金における保守的なアプローチに変更はない。
3) P&Cの収益ミックスは、準備金の割引の影響を反映して変化する。
4) L&Sの収益は、多くはCSMのリリースによってもたらされ、より予測可能になる。
5) 新契約価値とNBV(新契約価値)マージンは、L&Sの主要な活動指標になる。
6) 医療の基礎利益は、契約の基礎的性質を反映する。
7) 当期純利益に対する基礎利益は、より変動的にはならない。

これらを踏まえて、「移行後に全体の基礎収益力は影響を受けず、持続的な成長が期待できる」とし、予測可能性が高い、より経済的な収益の見方、基礎利益は引き続き配当政策の基本、当期純利益はより変動はしない見込み、としている。
(8) IFRS第17号とIFRS第9号に関する報告スケジュール
今後の報告スケジュールは、以下の通りとしている。

1) 2022年11月3日:IFRS第17号/第9号の導入と監査人によるレビューは順調、2022年第3四半期の活動指標はIFRS第4号で報告、IFRS第17号/第9号の主要な財務指標のうち、選択されたものの推計値をこのプレゼンテーションで提供。
2) 2023年2月23日:2022年決算をIFRS第4号で発表
3) 2023年3月:IFRS第4号の下での2022年の会計監査済みの決算をアニュアルレポートで公表
4) 2023年5月:2023年第1四半期の活動指標をIFRS第17号/第9号で報告、2022年及び2022年上半期の主要財務情報をIFRS第17号/第9号で報告。
5) その後の全ての将来の財務業績はIFRS第17号/第9号のみで報告。
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中村 亮一

研究・専門分野

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【IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-欧州大手保険グループの対応状況(その2)-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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