2022年11月30日

米中新冷戦で世界はどう変わるのか

三尾 幸吉郎

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4――米中新冷戦になったあとの世界

1|世界情勢~G7、中露、第三世界に3つに分断される可能性大
バイデン米政権は2021年12月、日本や欧州などの首脳を招いて民主主義サミットを開催し、中露との関係を「民主主義(Democracy)」と「専制主義(Autocracy)」の闘いと位置づけ、民主主義国の連携強化を呼びかけた。民主主義を「正義」、専制主義を「不義」とした「正義vs不義」の二項対立に持ち込み、「欧米型民主主義」への信認を高めようとしたのだろう。これに対し中国は異を唱えた。民主主義サミットが開催された21年12月、中国の民主主義と題する白書を発表し、「中国の民主主義は人民民主主義であり、人民が主人公となることは中国の民主主義の本質と核心である」とした上で、「民主主義は各国人民の権利であり、少数の国の専売特許ではない」として、米国が欧米型民主主義を他国に押し付けるのは内政干渉であり、各国がどのような民主主義を選ぶかは自由であるべきだと主張、「自由の国」を自負する米国を皮肉った。また「人民民主独裁」を憲法で定める中国にとって専制主義は「不義」ではなく「正義」である。特に「中国の特色ある社会主義」を完成させる途上(社会主義初級段階)では必要不可欠なプロセスと考えられているため、共産党政権が崩壊しない限り変わることのないものである5。したがって米国が二項対立に議論を持ち込んでしまうと、中国が外交的に譲歩しようと思ってもその余地が全く残されてないため、「正義vs正義」の挑戦状を叩きつけられたようなもので、共産党政権の崩壊を望んでいるようにしか見えない6。こうしたことを踏まえると、米国が「民主主義vs専制主義」の二項対立という考え方を取り下げて「中国の特色ある社会主義」の存在意義を認めるか、あるいは中国で共産党政権が崩壊しない限り、米中対立は半永久的に続くことになる。しかも、米国は先端半導体の対中輸出規制に踏み切り、それと同様の規制を欧州連合(EU)、ファイブアイズ、日本や韓国といった同盟国・友好国に協力を求めて中国包囲網を築こうとする一方、中国も2020年頃に「信創目録7」の作成を進め、先端半導体などを国内で設計・開発・生産する体制の構築を目指し取り組んでいる。米中両国は新冷戦に向かって一歩、また一歩と歩んでようにしか見えない。

それでは米中新冷戦下の世界情勢はどんな勢力図になるのだろうか。想像の域を出ないが、欧州連合(EU)やファイブアイズの国々、それに日本は欧米型民主主義という価値観を共有しているので、米国を中心とする陣営に与する可能性が高いだろう。但し、欧州諸国の中には、独自の外交を展開してきたフランスや、中国との関係が深いハンガリーなどもあるので、一枚岩ではないかも知れない。一方、中国を中心とする陣営に与する可能性がある国としては、ロシア、北朝鮮、イランなどが挙げられる。それに伴って上海協力機構(SCO)加盟国、独立国家共同体(CIS)加盟国、BRICSの一部の国が加わる可能性もある。但し、これらの国々は反パクス・アメリカーナという点で一致するだけで、「中国の特色ある社会主義」というイデオロギーを信奉している訳ではないため、「中国を中心とする陣営」というより「反米同盟」に近いものなのかも知れない。

それ以外のほとんどの国は「第三世界」にとどまるだろう。中国に近づきすぎれば米国から「非友好国」と見做されて、米国を中心とする陣営から排除される恐れがある。米国は信頼できる友好国での立地を重視する「フレンド・ショアリング」のサプライチェーンを構築しようとしているからだ。一方、米国に近づきすぎれば中国から「非友好国」と見做されて、報復措置を受ける恐れがある。韓国が2017年にTHAADミサイルを配備した際には、韓国への団体旅行の販売を中止するよう国内旅行会社に命じるいわゆる「禁韓令」が出されたこともあった(いわゆる「経済的威圧」と呼ばれる問題)。その点、第三世界にとどまれば、手厚い支援はどちらの陣営からも期待できないが、どちらの陣営も敵に回さずに済み、米中両国もこれらの途上国を敵に回したくないため、これまでどおりに両陣営との貿易・投資関係を継続できると考えられるからだ。さらにそれぞれ自国の国益に照らして是々非々の判断ができるため、米中両国の意見が激しく対立する国際会議では、キャスティング・ボートを握ることもできる。

インドがその典型である。インドは東西冷戦で第三世界に残り中立を保った国であり、最近でもそうしたスタンスに大きな変化は見られない。日本、米国、オーストラリアとともにQuad(クアッド)に参加するインドは、ブラジル、ロシア、中国、南アフリカとともにBRICSの一員でもある。国境紛争を抱える中国と対立するインドは、中国製品に対するボイコットが広まるなど中国とは緊張関係にあるが、その中国との国境紛争で軍事支援してくれたロシアには恩義があり、一足飛びに米国を信用してロシアと断交することはないだろう。2022年9月に実施された「ボストーク2022(極東地域で実施された合同軍事演習)」にインドはロシア・中国とともに参加している。米中新冷戦に際しても米中両国と一定の距離を保ち、どちらかに完全に与するのではなく、インドが主体的にバランサーの役割を果たして多角的にパートナーシップを展開することによって、自国の地位を高めることができると考えているようだ。実際、2022年11月に開催されたG20サミットでは、ウクライナに侵攻したロシアと、それを非難する西洋諸国が対立して首脳宣言の採択が危うくなったが、ロシアとも西洋諸国とも是々非々で交流してきたインドが双方の歩み寄りを促し、その存在感を高めることとなった。
 
5 習近平政権が取り組み始めた「共同富裕」が実現すれば、もはや社会主義初級段階ではなくなり「人民民主独裁」も無用の長物となるかもしれない。但し、「共同富裕」が実現するのは早くとも21世紀半ばと見られる。
6 バイデン米政権が打ち出した「民主主義」と「専制主義」を強調するやり方は途上国で評判がよくない。途上国の多くが、米国が主張する民主主義を最良の政治形態と信じてさまざまなチャレンジを繰り返してきたものの、それを支える強力な中間所得層の基盤がなかったことなどから、ポピュリズム(大衆迎合主義)に陥ったり、軍政など強権政治に逆戻りしたりした経験をしたからだ。2011年前後に中東・北アフリカで本格化した民主化運動「アラブの春」で唯一の成功例とされたチュニジアでは、失業率の上昇と生活水準の悪化を背景に民主主義に対する失望感が国民の間に広がり、2019年にはサイード大統領が選出され、大統領権限を強化するなど強権政治に逆戻りしてしまった。、2022年6月に開催された米州首脳会議では、米国が民主主義や人権尊重を求めて一部の国を排除した結果、メキシコやボリビアなど8ヵ国が反発してボイコットするという異例の事態を招くこととなった。2021年12月の民主主義サミットに招かれなかったシンガポールのリー・シェンロン首相は「民主主義対権威主義の図式にはめ込むのは、終わりのない善悪の議論に足を突っ込む」と警戒感を示した。ミャンマーの場合には、民主主義と人権のシンボルとしてノーベル平和賞を受賞したスーチー氏が国家顧問として率いていたときには、ロヒンギャに対するジェノサイド(集団虐殺)で国際司法裁判所に提訴されることとなり、その法廷で軍部の行動を擁護したため、パリ市名誉市民の称号をはく奪されるなど欧米から糾弾されることとなった。しかし、結局はミャンマーを国軍による支配に逆戻りする結果となった。アフガニスタンの場合には、米軍が侵攻してタリバン勢力を排除し、親米派のカルザイ政権を支援して民主国家を築こうとたが、長続きせずタリバンが復権することとなった。アフガニスタンで亡くなった日本人医師(故中村哲氏)は、カルザイ政権は「米軍が去れば崩壊する」と指摘していた。それが現地でアフガニスタンの復興の最前線にあった人々の実感だったのだろう
7 パソコンやサーバーなどIT製品(含む半導体などの中核部品)の政府調達で、当該リストに登録された製品や企業に限定しようとするもの
2世界経済~両陣営ともに大打撃を受ける可能性大
それでは、世界経済にはどんな影響があるのだろうか。新冷戦となれば「米国を中心とする経済圏」と「中国を中心とする経済圏」とに大きく分断(ブロック化)されることになるだろう。そうなれば、経済圏をまたがるモノ、サービス、情報、カネの流れが遮断されるため、グローバリゼーションで最適な状態にあった生産体制は、新たに「非友好国は除く」という制約条件の下で最適化し直すことが必要になってくる。これは全体最適から部分最適に移行することを意味し、世界全体の生産性が大きく低下することは間違いないだろう。グローバリゼーションが逆流するからだ。

中国経済に焦点を当てると、これまでグローバリゼーションの多大な恩恵を受けてきただけに、経済成長の勢いが鈍化する可能性が高い。歴史を振り返ると、1990年代後半の中国経済はアジア通貨危機や不良債権問題で成長率に陰りが見られたが、2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟したことで、海外からの直接投資が増えるとともに輸出が急増し、成長の勢いを取り戻すこととなった(図表-7)。特に国家資本主義下にある中国経済は、中央政府が世界需要の長期トレンドを見定めた上で今後の産業政策を打ち出し、その産業を育成する上で必要な資源を国有企業が世界中から寄せ集めた。こうして大量生産した工業製品を、グローバリゼーション下で自由で開かれた世界各国に売り捌くことができたため、「世界の工場」と呼ばれるまでに発展した。しかし、米国を中心とする経済圏から非友好国として排除されるようになると、資源を調達するにしても工業製品を販売するにしても、取引範囲が狭まるため国家資本主義の利点が薄れることになる。なお、WTO加盟が中国経済の発展に多大な恩恵をもたらしたことは中国も十分認識している。実際、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定や環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)にも前向きである。
(図表-7)中国の成長率と輸出額
また、途上国の多くが中立を保ち米国を中心とする経済圏に組み込まれなければ、中国ともこれまでどおりの通商関係が維持できると見込まれるため、途上国からの輸入が大半を占めるエネルギー、鉱物資源、食糧に関しては大きな打撃はないだろう。しかし、輸出に関しては、米国を中心とする経済圏から非友好国として排除されると打撃が大きい。輸出のおよそ半分が米国・欧州・日本などだからだ。中国の輸出は半減する計算になる。もちろん、輸出品のおよそ半分は軍事転用が難しい工業原料や生活用品類なのでゼロにはならないだろう。しかし、電気機器・部品はサーバーテロの仕掛けとなりかねず、輸送用機器・部品は戦闘機や戦車に転用できるなどとして米国を中心とする経済圏へ輸出できなくなれば、メイド・イン・チャイナの機械類のほとんどが使用禁止となる恐れがある。1~3割程度の減少は覚悟せざるを得ないだろう。

一方、米国はインフレに苦しむことになるだろう。米国は中国を自国中心の経済圏から排除しても輸出先に困ることはないだろう。既に中国に対しては半導体などのハイテク製品に厳しい輸出制限を課しているのに加えて、輸出の大半は欧州、カナダ、日本など先進国向けだからだ。しかし、輸入元には困るだろう。中国からの輸入は2割を超えており、代替する輸入元を探しても、中国と同じ品質・同じ価格で十分な量の工業製品を作れる国を見つけるのは難しいからだ。中国の代替として注目されるベトナムは米国が主催して2021年12月に開かれた民主主義サミットに招待しなかった共産主義国だし、招待して参加したインドは軍事的にはロシアと親密で伝統的に中立を保ってきた国である。そして、高くてもいいと割り切って国内で生産することになればインフレが進みやすくなる。グローバリゼーションとインフレの関係を振り返ると(図表-8)、東西冷戦時代(1990年前後まで)はインフレ率が高水準にあったが、その終結と中国のWTO加盟でグローバリゼーションが加速したことで、欧米先進国のインフレは沈静化することとなった。したがって、世界分断でグローバリゼーションが逆流することになれば、インフレが進みやすくなるのが必然といえる。
(図表-8)経済グローバルとCPI
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