2022年10月17日

“プレコンセプションケア”とは? (1)-起源はCDC、10歳代の望まない妊娠や早産・乳幼児死亡率などが背景に-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

文字サイズ

1――はじめに

日本では、2018年12月に公布された「成育基本法」1に基づき、2021年2月に「成育医療等基本方針」2が閣議決定され、初めて“プレコンセプションケア”に言及がなされた。 

一般的に、このプレコンセプションケアとは「妊娠前の健康管理」という意味を持ち、妊娠前の女性やカップルに医学的・行動学的・社会学的な保健介入を行うことを目的に提唱されているものである。

しかし、諸外国では、このプレコンセプションケアを提唱するに至る背景に、周産期医療や国際的な健康課題をあげるなど、様々な視点からの理由付けがなされており、今回日本がプレコンセプションケアに言及した意図とは異なる背景が伺える。

そこで、日本のプレコンセプションケア提唱に至る背景要因と提唱意義を探るために、プレコンセプションケアを提唱している諸外国の内容と背景要因を読み解きながら、比較検証してきたい。

本稿では、まずプレコンセプションケア提唱の起源となったCDC(疾病対策予防センター)3の内容を概説し、提唱するに至る米国の周産期実態の特徴についてデータから読み解いていくこととする。

尚、本レターは、全レター3回のうちの第1回であり、CDCの提唱内容を概説及び周産期実態を分析する。また、第2回ではWHOの国際的な健康課題、第3回はそれらの内容を基に日本の周産期実態の特徴を分析し、日本でのプレコンセプション提唱の意義について検証する予定である。
 
1 成育基本法 条文 https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/000689456.pdf
2 厚生労働省 成育医療等協議会 参考資料2「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に
関する基本的な方針について」https://www.mhlw.go.jp/content/000735844.pdf
3 CDC(Centers for Disease Control and Prevention)とは、科学的データを用いて米国国民の健康に関する様々な情報を提供する機関である。

2――CDCの“プレコンセプションヘルス”

2――CDCの“プレコンセプションヘルス” と “プレコンセプション・ヘルスケア”

プレコンセプションケアの起源は、CDCが2006年に提唱した “プレコンセプションヘルス」”と “プレコンセプション・ヘルスケア」”にまでさかのぼる。

プレコンセプションヘルスとは、「妊娠前の健康」という意味で、子どもを産むことができる生殖年齢の女性と男性の健康のことを示している。この妊娠前の健康は、将来妊娠を希望するかしないかに関わらず、全ての女性と男性が妊娠前に健康でいることで、生涯を通じた全体的な健康につながることを強調している。

また、 プレコンセプション・ヘルスケアとは、「妊娠前の健康管理」という意味を持ち、将来妊娠の可能性のある男女の健康を維持するために、個人の健康状態に基づいて、医療専門家から受けられる医療や保健介入を受ける権利があることについて示している。

CDCは、上述の妊娠前の健康を維持することの重要性を訴え、その健康を維持するために保健介入する必要性を示唆しているのである。

これらの考え方から、CDCのプレコンセプションケアに関する考え方には、将来子どもを産む可能性のある生殖年齢にある男女の健康に注目し、将来の自分の子どもの健康を守るために対策を講じる必要性を訴えていることが特徴的であると言えよう。

では、なぜCDCがこれらの妊娠前の健康を維持するための保健介入を提唱するに至ったのかを、米国の周産期の実態から背景を読み解いていこう。
図表1.CDCのプレコンセプション・ヘルスとプレコンセプション・ヘルスケア

3――“プレコンセプションヘルスケア” 提唱

3――“プレコンセプションヘルスケア”提唱に至る米国の周産期の実態

CDCが2006年にプレコンセプションケアを提唱した背景について、米国の周産期実態及び周産期に関する課題についての特徴を以下に示す。
1| 10歳代の高い出産率と意図しない妊娠
まず、図表2に示す通り、米国の平均出産年齢は、1970年に26.1歳、日本の27.5歳と比べて1.4歳若い。米国も日本も徐々に上昇しているが、OECDの平均データが取得できる2000年頃には米国27.4歳、2020年には32.0歳と、いずれの時点においても、日本やOECD平均よりも1、2歳若い傾向が認められている。
図表2.女性平均出産年齢(1970年-2020年の隔10年における国際比較)
次に、出生時の母親の5歳階級年齢別特殊出生率(千分率)を5歳年齢階級別に図表3へ示した。特に15歳から19歳の年齢階級における特殊出生率に注目すると、米国は1970年に68.3‰(■青)と、日本の4.5‰(■赤)と比べると、非常に高い割合であることが分かる。

その後緩やかな下降をたどるが、OECD平均と比較できる2000年には、米国47.7‰、OECD平均22.6‰(■緑)、日本5.4‰、2020年には、米国15.4‰、OECD平均10.2‰、日本2.5‰と、いずれの時点においても出生時年齢が15-19歳母親の特殊出生率(千分率)は、米国が突出して高いことが明らかである。
図表3.女性の5歳年齢階級別出生率における国際比較
続いて、出生時点における母親の法的な婚姻状態が未婚である出生割合(以後、未婚出生率)を図表4へ示した。1970年における米国の未婚出生率は10.7%(■青)、OECD平均は7.0%(♦緑) であり、日本の0.9%(●赤)と比べると、これも非常に高い割合であることが分かる。
図表4.出生時点における母親の法的な婚姻状態が「未婚」である出生割合(1970年から2010年における隔10年及び2018年)
その後、日本の未婚出生率はほとんど上昇していないが、米国及びOECD平均は急激な上昇傾向を示している。2000年における未婚出生率は、米国33.2%、OECD平均は28.7%、日本は1.6%、2018年の未婚出生率は、米国39.6%、OECD平均40.8%、日本2.3%と、米国は未婚でも出生率が高いことが明らかである。

さらに、米国における「計画外妊娠」もしくは「望まない妊娠」いずれかの理由による「意図しない妊娠」についての割合(♦赤)を図表5へ示した。
図表5.米国における意図しない妊娠(計画外・望まない)妊娠率(1982年~2010年)
1982年時点における意図しない妊娠率は36.5%、その後1988年の39.1%をピークに、2006-2010年には37.1%と、30%台で推移していることが分かる。同年時点での日本のデータを確認できなかったが、Guttmacher研究所によると4、1990-1994年の日本の意図しない妊娠率は36.0%、その後下降を辿り2000-2004年には32.0%、2015年−2019年では21.0% という結果が示されている。

日本の意図しない妊娠率は下降傾向を示しているのに対し、米国では、意図しない妊娠が高い水準を保っていたことも、CDCがプレコンセプションケアを提唱した2006年以前の周産期の実態を表していると言えよう。

これら、意図しない10歳代の妊娠では、避妊をしない性行為の割合も高く性感染症の罹患リスクが上がり、エイズや子宮頸がんなどの発症につながることや、人工妊娠中絶や流産の割合が高く、成人女性に比べた母体死亡率が2~5倍も高いことが報告されている5

CDCは、米国における15歳-19歳の妊娠は、ヒスパニック系や低学歴・低所得地域において顕著であることから678、医療提供や児童福祉分野からも公的な保健介入が必要との見方を示したものと思われる。
 
4 Guttmacher Institute,Fact sheet. https://www.guttmacher.org/regions/asia/japan 5 The World Bank, News Release No.B95/S89 ,
“Announcement-of-Teenage-Girls-Most-at-Risk-in-Childbirth-on-May-14-1995.”
6 CDC, NCHS, Recent Trends in Teenage Pregnancy in the United States, 1990-2002.
https://www.cdc.gov/nchs/data/hestat/teenpreg1990-2002/teenpreg1990-2002.htm
7 CDC,National Vital Statistics Reports,(2001),”Birth to Teenagers in the United States,1940-2000.”,Vol49,No10.Sep25.
https://www.cdc.gov/nchs/data/nvsr/nvsr49/nvsr49_10.pdf
8 Ana Penman-Aguilar, et.al(2013) ”Socioeconomic Disadvantage as a Social Determinant of Teen Childbearing in the U.S.”, Public Health Reports / 2013 Supplement 1 / Volume 128.
 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3562742/pdf/phr128s10005.pdf
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

経歴
  • 【職歴】
     2012年 東大阪市 入庁(保健師)
     2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了
         (看護学修士)
     2019年 ニッセイ基礎研究所 入社
     2019年~大阪市立大学大学院 看護学研究科 研究員(現:大阪公立大学 研究員)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【“プレコンセプションケア”とは? (1)-起源はCDC、10歳代の望まない妊娠や早産・乳幼児死亡率などが背景に-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

“プレコンセプションケア”とは? (1)-起源はCDC、10歳代の望まない妊娠や早産・乳幼児死亡率などが背景に-のレポート Topへ