2022年10月04日

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-欧州大手保険グループの対応状況-

文字サイズ

1―はじめに

保険契約のための新たな国際的な会計基準である「IFRS第17号(保険契約)」については、IASB(International Accounting Standards Board:国際会計基準審議会)が、2017年5月18日に基準の最終案を公表し、その後2020年6月25日及び2021年12月9日に修正基準を公表して、その基準内容が確定した状況になっている。IFRS第17号は、2023年1月1日からの適用が想定されており、適用開始まで残り3か月となっている。

このテーマに関しては、これまでも何回かの保険年金フォーカス等で報告してきたが、直近では、保険年金フォーカス「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-IASB、EFRAG、UKEBの動向等-」(2022.7.29)で、IASB、EFRAG、UKEBの動向等を報告した。

今回のレポートでは、欧州大手保険グループが8月に公表している2022年上半期報告書において、IFRS第17号の適用方針や取組状況等を説明しているので、この概要について報告する。

2―IFRS第17号の概要

2―IFRS第17号の概要

ここでは、以下の報告に関係するIFRS第17号(保険契約)の概要を述べておく。

1|範囲
IFRS第17号は、保険会社が保険契約も発行することを条件として、発行された保険契約、再保険契約及び任意参加機能を有する投資契約(裁量権付有配当投資契約)に適用されるが、以下の構成要素を保険契約から分離する必要がある。(i) 組込デリバティブ(特定の基準を満たす場合)、(ii) 別個の投資要素、 (iii) 保険以外の商品及びサービスを提供する履行義務。 これらの構成要素は、関連する基準に従って個別に会計処理される。

即ち、IFRS第17号は、一定の条件を満たす場合に、組込デリバティブ、投資要素及び保険以外の商品及びサービスを提供する履行義務を分離することを要求している。分離された構成要素は、IFRS第9号(金融商品)(組込デリバティブ、投資要素)又はIFRS第15号(顧客との契約から生じる収益)(保険以外の商品及びサービス)に従って個別に会計処理する必要がある。
2|集約レベル
IFRS第17号は、保険契約債務及び関連する収益性の測定に使用される集約レベルを定義している。IFRS第17号では、保険契約のポートフォリオを特定することが求められており、これは同様のリスクにさらされ、共同で管理される契約から構成されている。その後、発行される保険契約の各ポートフォリオは、次の3つのグループに分けられる。

・当初測定時に不利な契約
・当初測定した時点では、その後に不利となる可能性が大きくない契約
・ポートフォリオの残りの契約

さらに、IASBが発行するIFRS第17号では、1年以上離れて発行された契約を同一グループに含めないという「年次コホート要件」が導入されている。

ただし、EUにおいては、2021年11月19日のEU委員会規則(EU)2021/2036で採択された基準で、次の契約についてこの年次コホート要件の適用をオプションで免除している。

・直接参加型の保険契約のグループ及び任意参加型の投資契約のグループであって、他の契約の契約者へのキャッシュフローに影響を与える又は影響を受けるキャッシュフローを有するもの

・世代を超えて管理され、一定の条件を満たし、マッチング調整の適用について監督当局の承認を受けた保険契約のグループ

なお、EUにおけるこの免除規定は、IFRS第17号のIASBによる事後実施レビューの結果を考慮して、2027年末までに見直される予定となっている。
3|測定モデル
当初測定時や事後測定時の測定モデルとしては、以下の3つがある。

(1)一般モデル(ビルディングブロックアプローチ(BBA))
デフォルトで適用されるアプローチである。保険契約を、以下の履行キャッシュフロー(FCF)と契約上のサービスマージン(CSM)で測定することを要求している。

1) 履行キャッシュフロー(FCF
以下で構成される。

・将来キャッシュフローの見積もり
・貨幣の時間的価値(即ち、割引)及びそれらの将来キャッシュフローに関連する金融リスクを反映するための調整
・非金融リスクのリスク調整

2) 契約上のサービスマージン(CSM
CSMは、未だ提供されていないサービスに関して、契約中の未獲得利益を表す金額(保険契約グループの前受収益)、即ち、将来利益の現在価値を表している。会社が契約者にサービスを提供するため、FCFとは別に財政状態計算書に負債として表示され、契約の保険期間にわたって損益計算書に認識される。なお、CSMは開始時に負であってはならず、開始時のFCFのネットマイナス額は直ちに損益に計上される。

その後の各報告期間の終了時に、保険契約グループの帳簿価額が次の合計となるように再測定される。

・将来のサービスに関連するFCFとCSMで構成される、残余カバーに係る負債

・過去のサービスに関連するFCFとして測定される、発生保険金に係る負債

(2)変動手数料アプローチ (VFA)
直接参加機能を有する契約(直接連動有配当契約)を測定するためのモデルである。契約は、次の3つの要件を全て満たしている場合に、直接参加機能を有する。

・契約者が明確に特定された基礎項目のプールの共有に参加することが契約条件に明記されている。

・会社は、基礎項目の公正価値収益のかなりの部分に相当する金額を契約者に支払うことを想定している。

・会社は、保険契約者に支払われる金額の変動のかなりの割合が、基礎項目の公正価値の変化によって変動することを想定している。

契約がこれらの基準を満たしているかどうかの評価は、契約の開始時に行われ、契約の実質的な変更の場合を除き、その後修正されることはない。

(3)保険料配分アプローチ (PAA)
これらの2つのモデルに加えて、一般モデルと実質的に異ならない測定が提供されている場合、又は保険期間が1年以下である場合には、簡易的な保険料配分アプローチ(PAA)が、残存カバーに係る負債の測定について認められている。PAAでは、残余カバーに係る負債は、当初測定時に受領した保険料から、取得費用及び決算日に保険料収入として既に認識された金額を差し引いた額に相当する。ただし、一般モデルは発生保険金の測定に引き続き適用できる。PAAについては、IFRS第4号(保険契約)に関連する変更は限定的であり、それは主に、全ての準備金の割引、より詳細な不利な契約テスト、非金融リスクのリスク調整を含めることに関連している。
4|表示
財政状態計算書では、繰延新契約費と保険関連債権は区分表示されず、保険負債の一部として表示されることになる。この表示の変更は、総資産の減少につながり、総負債の減少によって相殺される。

財務業績計算書に表示される金額は、保険収益と保険サービス費用で構成される保険サービス結果及び保険金融収益又は費用に分解する必要がある。保有している再保険契約からの収益又は費用は、発行した保険契約からの費用又は収益とは別に表示する必要がある。なお、保険収益にはもはや保険料と保険金に含まれる預り金的要素が含まれなくなる。
5|移行時の遡及適用
2023年1月1日からIFRS第17号が適用される。ただし、移行日は、最初の適用日の直前の年次報告期間の開始日(即ち、2022年1月1日)となる。

IFRS第4号からIFRS第17号への移行については、遡及適用が必要になるが、この場合のアプローチとして、以下の3つが認められている。

(1) 完全遡及アプローチ(FRA
IFRS第17号がずっと適用されていたかのように、保険契約及び再保険契約の各グループを識別し、認識し、測定する。これが、実行不可能な場合、以下の2つの選択肢が認められる。

(2) 修正遡及アプローチ(MRA
完全遡及適用が不可能な場合、会社に過大なコストや労力をかけることなく、移行日時点において入手可能な合理的で裏付け可能な情報に基づいて、可能な限り遡及適用に最も近い結果を達成することを目的として、要件の一定の修正が適用される。

(3) 公正価値アプローチ(FVA
IFRS第13号(公正価値測定)に従って決定される公正価値とFCFとの間の正の差額(負の差額は移行日に利益剰余金として認識される)としてCSMを決定する。
6|分類オーバーレイ(分類上書き)
殆どの保険会社は、IFRS第17号の適用に合わせて、これまで適用の免除を認められていたIFRS第9号(金融商品)を適用することになる。

これに関連して、IASBは、2021年12月9日に、IFRS第17号に対する改正「IFRS第17号及びIFRS第9号の当初適用―比較情報」を公表したが、この改正は、両基準の最初の適用時に開示される比較情報の要件を改善する。IFRS第17号とIFRS第9号を同時に最初に適用する会社は、あたかもIFRS第9号の分類及び測定要件が以前にその金融資産に適用されていたかのように、その金融資産に関する比較情報を提示することができる。即ち、IFRS 第17号の適用開始時に表示された比較対象期間に分類オーバーレイを適用することを認める移行オプションが追加された。

このオーバーレイにより、IFRS 第17号の範囲内の契約に関連しない活動に関して保有するものを含め、全ての金融資産を、IFRS 第9号の適用開始時に、会社がそれらの資産がどのように分類すると想定しているかに沿った方法で、比較対象期間において商品ごとに分類することができる。

なお、この分類オーバーレイの適用はオプションである。

3―欧州大手保険グループのIFRS第17号の適用方針及び取組状況

3―欧州大手保険グループのIFRS第17号の適用方針及び取組状況

ここでは、IFRS第17号の適用方針及び取組状況等について、欧州大手保険グループが8月に公表している2022年上半期報告書における説明から抜粋して、筆者なりの項目立てに応じて報告する。
1|AXA
(1) 適用方針
1) 集約レベル
AXAは、年次コホート要件に関係するEUにおける免除の対象となる保険契約のグループに対して、この免除を適用する予定である。

2) リスク調整
リスク調整については、AXAが保険契約を履行する際に、非金融リスクから生じる将来のキャッシュフローの金額とタイミングに関する不確実性を負担するために、AXAが必要とする補償をその測定に反映させる。

リスク調整の決定は、準備金のリスク要因を参照して信頼水準の維持を反映した、VaR(バリュー・アット・リスク)型アプローチに従う。VaRは、一定の信頼水準内での最大の損失に相当する。生命保険及び貯蓄と損害保険の契約では実施が若干異なる。生命保険と貯蓄契約では、契約グループは、まず、将来キャッシュフローの現在価値の変化を評価するために、信頼水準まで、リスク要因ごとにショックを受ける。次に、リスク間の相関係数を適用して、会社のポートフォリオに内在するリスク間の分散効果を検討する。発生保険金に対する損害保険負債については、信頼水準を反映した、直接的なVaR計算が準備金の全確率分布に適用される。最後に、会社間の分散効果は、同じリスクが全ての会社に同時に影響を与えることはできないことを反映していると考える。

3) 割引率
割引率については、ボトムアップ方式の採用を見込んでいる。IFRS第17号は、保険負債に組み込まれている非流動性を考慮した市場整合的なイールドカーブの使用を要求している。方法論は、殆どの通貨のスワップと他の通貨の国債をベースとした基本リスクフリーレート(RFR)を使用し、取引された債券が十分にある最長満期を意味する最終流動性点(LLP)まで、取引された資産に見られる非流動性の報酬を反映させるために、流動性プレミアム(LP)を追加することで構成されている。マクロ経済学上、過去の実質金利と中央銀行の目標インフレ率の平均値の和として定義される終局フォワードレート(UFR)も考慮される。LLPとUFR満期までの間の割引率は補外法で求められる。

4) 一般モデル(BBA)
一般モデルは、AXAの長期保障契約に適用されることが想定されるほか、直接参加機能のない少数の一般勘定貯蓄契約や、引受長期再保険についても、技術的な前提条件(死亡、罹病、長寿、解約、支出、将来の保険料等)の変更によってもたらされる将来の予想キャッシュフローの変化について、その後の各報告期間でCSMを調整している。ただし、CSMがマイナスであることはできないため、将来のキャッシュフローのマイナスの変化が、残りのCSMを上回る場合は直ちに損益に計上される。また、CSMには、契約の当初測定時に固定された金利(即ち、推定キャッシュフローの現在価値を決定するために開始時に使用された割引率)で利息が付与される。さらに、CSMは、提供される給付量とグループ内の残存契約の予想カバー期間を反映して、カバー単位に基づいて損益にリリースされる。保険契約の多様性を考慮すると、カバー単位の定義には、契約内で定義されたカバー水準(例えば、一定期間の死亡保険金、保険契約者の口座価値、又は保証の組み合わせ)と契約の予想カバー期間の両方を考慮した判断が含まれる。

5) 変動手数料アプローチ(VFA)
変動手数料アプローチ(VFA)は、AXAの生命保険&貯蓄契約の大部分(一般勘定とユニットリンク契約の両方)と、参加機能を有する長期の貯蓄付保障契約に適用される予定である。

これらの契約については、 (i) 変動手数料(保険者の収入に応じた原資産の価値の変化に対する会社の持分)の変動、(ii) 貨幣の時間価値、(iii) 原資産から生じない金融リスク(オプションや保証等)の変化の影響について、CSMを調整している。投資関連サービスの定義と整合的に、CSMの適切なリリースパターンを可能にするために、CSMのリリース係数を決定する際に、リアルワールドで予想されるCSMとカバー単位の進展を考慮する必要がある。

したがって、IFRS第17号では、シャドー会計(即ち、任意参加型の保険契約及び投資契約について、IFRS第4号で認められている未実現キャピタルゲイン及びロスへの契約者の参加を認めること)は適用されなくなる。

IFRS第17号の適用により、VFA契約に関連する基礎項目の未実現キャピタルゲインに対する株主の持分は、現行会計の枠組みでの持分ではなくて、CSMで認識されることになる。

6) 保険料配分アプローチ(PAA)
保険料配分アプローチ(PAA)は、AXAの資産・損害保険契約の大部分に使用され、規模は小さいが、一部の短期保障契約にも使用される予定である。

7) 表示
IFRS第17号では、表示に関して、連結損益計算書(財務業績計算書)で認識される金額を以下のように細分化する必要がある。

・保険収益(他の産業の収益とより比較可能な、期間中に提供される保険サービスに対応)と保険サービス費用(即ち、発生保険金及びその他の発生した保険サービス費用)で構成される保険サービス結果

・AXAが純利益の変動性を制限するために、損益計算書とOCIの間で保険金融収益又は費用を分解するオプションを一般的に適用することを想定しての、保険金融収益又は費用

IFRS第17号では、IFRS第4号と比較して、保険収益は次のようになるため、年度中に引き受けた保険料を反映しなくなる。

・生命保険&貯蓄契約及び貯蓄付保障契約の保険料の大部分を占める投資部分を除く。

・期間中に獲得した保険料の部分、すなわち、FCFのリリース(期間中の予想キャッシュフローに関連するリスク調整のリリースを加えたもの)とCSMのリリース(期間中に獲得した利益の部分に対応するもの)を反映する。

連結財政状態計算書の表示に関して、IFRS第4号と比較したその他の変更は、特に以下に関連している。

・繰延新契約費(DAC)と買収された保有契約価値(VBI)を除去した結果として減少する無形固定資産:これらの資産は、IFRS第4号の将来の利益の一部であり、IFRS第17号の下で暗黙的にCSMに組み込まれている。

・保険関連債権(及び債務)が保険負債と区分して表示されなくなり、総資産・負債の削減につながる。

8) 遡及適用
遡及適用に関しては、実際には、多くの契約グループにおいて、様々な要因(例えば、契約の開始以来モデルを実行できない、履歴データがない等)により、完全遡及アプローチの適用が実行不可能になることが予想される。したがって、AXAは、これらの契約グループに対して、修正遡及アプローチ又は公正価値アプローチを適用することを想定している。

9) 分類オーバーレイ
IFRS第9号の最初の適用時に比較期間を再表示し、IFRS第9号の減損要件を含む「分類オーバーレイ」を全ての適格金融資産に適用する予定である。
Xでシェアする Facebookでシェアする

中村 亮一

研究・専門分野

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-欧州大手保険グループの対応状況-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-欧州大手保険グループの対応状況-のレポート Topへ