2022年09月20日

EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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6――その他の規定(DMA9条~15条)

GKの遵守すべき義務に関連して定められているその他の規定の概略は、以下の通りである。

(1)義務の停止 GKが、リスト化されたCPSにかかる5条~7条のうちの特定の義務を遵守したとすれば、GKのコントロールを超える例外的な状況によって、EU域内事業の経済的実行可能性が危機に陥るだろうことを、理由を付して要請した場合には、欧州委員会は、義務の全部または一部を例外的に停止する決定を定めた法(acts)を導入することができる(9条)。
 
(2)公衆衛生または公衆安全を根拠とした免除 欧州委員会は、GKからの理由を付した要求、または自発的に、CPFにかかる5条~7条のうちの特定の義務の全部または一部を免除することが公衆衛生又は公衆安全の理由により正当化される場合には、これらの義務からGKを免除する決定を定めた実施法令(implementing acts)を適用することができる(10条)。
 
(3)GKは3条によってCPSがリストに指定された6か月以内において、3条10項に従って、欧州委員会に対して、5条~7条の義務を遵守するために採用した方策を詳細かつ透明な様式で説明した報告を提出し、開示しなければならない(11条)。
 
(4)委任立法 欧州委員会は5条、6条の義務に関して本規則を補充するために49条に則って委任法令(delegated acts)を適用する権限を有する。委任法令は19条による、CPSの競争可能性を制限する慣行に対処するため、または5条、6条の義務により対処される不公正な慣行について対処するために義務をアップデートする必要性を特定する市場調査に基づくものとする(12条)。
 
(5)回避策への対処 GKは契約上、商業的、技術的手段等を通じてサービスを分割(segment, divide, subdivide, fragment or split)することで3条2項の量的閾値を回避してはならない。このような行為によって欧州委員会が3条4項に従ってGKを指定することを妨げられない(13条)。
 
(6)集中についての情報提供義務 EC合併規則3条に定める合併や買収による集中によってCPS等のサービスをデジタルセクターに生じさせ、あるいはデータの収集を可能にする場合には合併等の届出義務の有無にかかわらず、欧州委員会に報告しなければならない(14条)。
 
(7)独立監査済説明書 3条による指定より6か月以内にGKはその指定されたCPSに適用されている消費者のプロファイリングの技術についての独立監査済説明書(independently audited description)を欧州委員会に提出するものとする。欧州委員会は独立監査済説明書を欧州データ保護委員会に提出する(15条1項)。GKは報告の概要を年一度は公表しなければならない(同条3項)

7――市場調査 

7――市場調査 

欧州委員会は後記17条~19条に基づく決定を適用することを目的として市場調査を行うことを意図した場合には、市場調査の開始決定を行うことができる(16条1項)。また、調査開始決定以前においても欧州委員会は規則に基づく検査権限を行使することができる(16条2項)。
 
1|GKおよびCPS指定に関する調査
 まず、欧州委員会は、CPSを提供する特定の事業者がGKとして3条8項(3条2項の閾値を満たさないが3条1項を満たすとして指定されうる場合)のもとで指定されるべきかどうか、あるいはどのCPSが3条9項のもとでリスト化されるべきかを検討するために市場調査を実施することができる(17条1項、上記3の4|参照)。また、3条2項の閾値を満たすが、GKからGK指定要件を満たさないとの十分に実質的な根拠を有する申出があった場合は調査開始から5か月以内に調査を終了するよう努める(17条3項)。欧州委員会は3条8項に基づいてCPSを提供する、いまだ確固とした永続的な地位を確保していないが、近い将来に確保することが予見される場合には、欧州委員会はそのようなGKに5条の一部条項と6条の一部条項のみを適用することを宣言することができる。欧州委員会は、当該GKが不公正な方法で確固とした持続的な地位を達成することを防止するために、適切かつ必要な義務のみを適用するように宣言しなければならない(17条4項)。
 
 
2|GKの組織的不遵守に関する調査
欧州委員会はGKが組織的な不遵守に携わっているかどうかを検証する目的で、市場調査を実施することができる。欧州委員会は開始から12カ月以内に調査の結果を出し、市場調査結果を決定する実施法令(implementing act)を適用するものとする。市場調査によりGKが5条~7条の義務に、組織的に違反しており、GKとしての立場を維持、強化、拡張していることが示された場合には、実施法令には、本規則を効果的に遵守するために比例的(proportionate)で必要な範囲において、行為的、組織的(structural)な改善策(remedy)を科すことができる(18条1項)。この改善策には、公正さと競争性可能性を維持または再構築するために比例的かつ必要な範囲で、限られた期間内で、GKが、CPSその他のサービス、あるいは組織的不遵守によりデータを結合するサービスに関して、合併等により集中することを禁止することを含む(18条2項)。
 
3|デジタルセクターの発展に関する調査
欧州委員会は2条2項に定められるCPSのリストに新たに加えるべきサービスがあるかどうかについて検証するため、または競争可能性を制限あるいは不公正であるとされている行為であって、本規則では効果的に対処されていないものを探知するために、市場調査を実施することができる(19条1項)。この市場調査の結果、適切である場合には(1)適用対象となるCPSの範囲に新たにサービスを加えるべきことや各種GKに対して新たな義務を追加すべきとする修正を行う立法提案、または(2)5条~7条の義務を補完する委任法令の草案を、報告とともに欧州議会と欧州理事会に提出する(19条3項)。

はじめに

8――エンフォースメント 

1検査権限
欧州委員会は8条(義務遵守)、29条(不遵守)、30条(課徴金)にかかる決定を適用することを目的として手続を開始するには、手続開始決定を行う(20条1項)。ただし、欧州委員会は手続き開始決定前であっても検査権限を行使することができる(同条2項)。

本規則の責務を履行するために、欧州委員会は事業者又は事業者団体から、単なる要請または決定によってすべての必要な情報を要求することができる。同様に事業者の保有するデータ、アルゴリズム、検証に係る情報及びその説明を要求することができる(21条)。

また、本規則の責務を履行するために、欧州委員会は同意をした個人または法人に対して聴取することができる。聴取内容については技術的方法で録音することができる(22条)。

さらに本規則の責務を履行するために、欧州委員会は事業者及び事業者団体についてすべての必要な検査を行うことができる(23条1項)。これには物件への立ち入り、帳簿の調査、帳簿の謄写、すべてのシステム等へのアクセスや説明を求めること、物件の差し押さえを含む(同条2項)。
 
2|中間的措置・確約計画
ビジネスユーザーとエンドユーザーに対して、重大で取り返しのつかない損害が発生するリスクのある危急の場合、欧州委員会は29条の不遵守決定の適用を前提に開始した手続の中で5条~7条違反の一応の侵害認定に基づいて中間的措置を命ずる実施法令(implementing acts)を適用することができる(24条)。

18条(組織的な不遵守に関する調査)の手続において、GKは5条~7条の義務を遵守することを確保するための確約計画(commitments)を申し出ることができ、この場合欧州委員会は確約計画が拘束力を有する実施法令を適用し、これ以上の手続を行う根拠がないことを宣言する(25条)。 
 
3|モニタリング・第三者からの情報・遵守組織
欧州委員会は5条~7条(作為義務・禁止行為)、8条(義務遵守)、18条(組織的不遵守に対する市場調査)、24条(中間的措置)、25条(確約計画)の決定を効果的に導入し、遵守することをモニターするために必要な措置をとる。これらの措置には特に義務や決定を導入し、遵守することを評価するために必要とみられるすべての書類を保管することを義務付けることが含まれる(26条)。

指定されたCPSのビジネスユーザー、競争者およびエンドユーザー、あるいはそれらの代表者は各国競争法当局または欧州委員会へ直接、本規則範囲内の慣行又は行為について通報することができる(27条)。

GKはGKの運営組織から独立した、組織長を含む一人または複数の遵守役員(compliance officers)からなる遵守組織(compliance function)を導入する必要がある(28条)。
 
4|規則の不遵守
欧州委員会は5条~7条(作為義務・禁止行為)、8条2項(6条遵守のための義務)、18条1項(組織的不遵守に対する改善策)、24条(中間的措置)、25条(確約計画)違反に対して、不遵守決定(non-compliance decision)を下すことができる(29条1項)。欧州委員会は20条の開始決定から12カ月以内に不遵守決定をするように努める(同条2項)。

不遵守決定があった場合、欧州委員会は前年度世界売り上げの10%を超えない額の課徴金(fines)を課すことができる(30条1項)。また、過去8年以内に同一CPSで不遵守決定を受けていた場合には、世界売り上げの20%までの課徴金を賦課することができる(30条2項)。

また、8条や18条などの遵守を求めるため、事業者、GK、事業者団体に前年度一日あたり世界売り上げの5%を超えない範囲での日額での定期的な罰則金を支払うよう決定することができる(31条)。これら課徴金等が課せられる行為については5年が時効である(32条)。また課徴金等の納付についての時効も5年である(33条)。

欧州委員会は各種決定にあたって、関係するGK、事業者、事業者団体に対して、中間見解(preliminary findings)および中間見解に基づいて委員会が採用しようとする方策について、意見を述べる機会を付与する(34条1項)。なお、GKの防御の権利を尊重するため、事業者の営業機密の合理的な制限の元、欧州委員会の保有するファイルにアクセスすることが認められる(同条4項)。
 
5|他機関との協働等
欧州委員会は規則の実行と規則の目的に向けた進展についての年次報告書を欧州議会と欧州評議会に提出する(35条)。本規則に従って収集された情報は本規則の目的のみに使用される(36条)。欧州委員会と各国当局は緊密に連携し、本規則の意図する範囲内で整合的で、効果的かつ補足的な利用可能な法的手段を利用しつつ協働する(37条)。また欧州委員会と各国の競争法担当当局は、欧州競争ネットワーク(European Competition Network)を通じて協力し情報交換を行うものとする(38条)。さらに各国裁判所は本規則の適用手続において欧州委員会にその保有する情報と本規則適用にあたっての見解を求めることができる(39条)。

欧州委員会は本規則のためハイレベル会議体を設置する。この会議体には(1)欧州電気通信監督団体、(2)欧州データ保護監督者および欧州データ保護ボード、(3)欧州競争ネットワーク、(4)消費者保護協調ネットワーク、(5)映像メディア監督官による欧州監督団体から構成される(40条)。

3か国以上の域内国は事業者がGKとして指定されるべきとの疑いを持つ十分な理由があると考えるときには17条の市場調査を開始するよう欧州委員会に要請することができる(41条1項)。また、一以上の域内国はGKが5条~7条の義務に組織的に違反し、かつGKとしての地位を維持、強化、拡大していること疑うに足りる合理的な根拠があると考えるときは欧州委員会に18条の市場調査を実施するよう要請することができる(41条2項)。

9――まとめ

9――まとめ

本規則は大胆なルールを定めている。競争法から一歩踏み込んで、市場支配力がなくとも、その巨大さによって行為規制や仕様規制をかせるようにした。この背後には、巨大なプラットフォーム提供者が存在し、一層拡大する一方で、対抗しうる新規事業者がほとんど出てこないという危機感があるのであろう。また、競争法違反が事実認定の問題から、その適用が必ずしも円滑ではないとの懸念もあると思われる。

規制内容は本文で書いた通りであるが、それぞれ個別性が強いので、ご覧いただくしかないが、要するにGKはCPS上のデータを独り占めしてはならず、かつ新規事業者との相互運用を確保すべきとする。独り勝ちはEU経済の利益に反するという価値判断だ。

ただ、対象となるGKが簡単に受け入れるかどうかは不透明である。システム上の対応を要するものも多く、GKとしての競争力のもととなる企業機密に属するものの開示なども含まれ、このことには強い反発も予想される。

そして、日本はどうすべきかということが課題となる。本規則で取り扱われている問題のいくつかは米国の上下院でも法案として提出されているため、その動向も見る必要がある。日本でルールを作っても基本的には米国企業への適用となるため、欧米と足並みをそろえるのが最も円滑だと思われるものの、「国内企業の育成、ひいては業務革新の進展をけん引」という視点からするともっと早く動く必要があるかもしれない。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2022年09月20日「基礎研レポート」)

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【EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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