2022年09月20日

EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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(3)アプリやサービスの乗り換え制限の禁止(6条6項)
(条文の概要)GKは、技術的あるいはその他の方法で、エンドユーザーがそのCPS上においてアプリやサービスを乗り換え、選択する能力を制限してはならない。これにはインターネット接続サービスに関する選択も含まれる(6条6項)。
 
(解説)このことでより多くの事業者がサービスを提供し、そのことによって究極的にはより多くの選択肢がエンドユーザーに与えられることになる。GKは人為的な技術的制限その他のスイッチングを不可能又は非効率にさせる障壁を高くしてはならない。この障壁には単なる価格の割引や品質向上は含まれない。GKはオンラインのコンテンツまたはサービスへのエンドユーザーへのアクセスを制限できるため、GKの行為によってオープンインターネットが妥協されるべきではない。同時にGKはインターネットプロバイダ事業者間のスイッチングを技術的に制限できる。このような制限はインターネットアクセスサービスの公正な競争の場(level playing field)を歪め、究極的にエンドユーザーの利益を害する(前文53,54)。

なお、下記3|の(3)を参照。
 
(4)不相応な契約解除規定の禁止(6条13項)
(条文の概要)GKはCPS提供に関して不相応な(disproportionate)一般的な契約解除条件としてはならない。GKは解約規定の行使を不当に困難なものとしてはならない(6条13項)。
 
(解説)GKはビジネスユーザーとエンドユーザーが以前、定期購入していたCPSからの定期購入を止めようとする能力を阻止することができる。したがって、ビジネスユーザーとエンドユーザーが利用するCPSを自由に選択できる権利をGKが阻害するような状況を避けるためのルールを構築する必要がある(前文63)。いわゆるダークパターンに関する項目である。
3|仕様上の積極義務規定(6条)
(1)プレインストールされたアプリの削除とデフォルト設定変更の許容(6条3項)
(条文の概要)OS上のソフトウェアアプリを技術的に削除可能とすべきであり、エンドユーザーが容易に削除できるようにすべきである。ただし、OSが機能するために必要であり、第三者アプリでは対応できない場合を除く。また、GKはOS初期設定、特にオンライン検索エンジン、バーチャルアシスタント、ウェブブラウザ(以下、検索エンジン等)といった機能であってGKが提供するサービスを利用するように仕向ける設定について、変更することを容認し、かつ技術的に容易に変更できるようにすべきである。このことには3条9項で指定を受けており、デフォルトで設定されている検索エンジン等をエンドユーザーが最初に利用する際に、主要な検索エンジン等サービスのリストやデフォルトで設定されているもののうちから選択できるように促進(prompt)することが含まれる(6条3項)。
 
(解説)GKは自社あるいは第三者のサービスを、自社OS、バーチャルアシスタント、ウェブブラウザにおいて優遇して、エンドユーザーが他の第三者から取得する他の同様のサービスの害になることがある。このことは特に特定のアプリやサービスが当初から設定されている(pre-installed)場合に顕著である。したがって、当初設定のアプリ等を削除することを認めるべきとする。

また、GKは、OS、バーチャルアシスタント、ウェブブラウザが自社のソフトウェア等を優遇しているときに、エンドユーザーがこれらの初期設定を変更できるようにすべきとする(前文49)。
 
(2)アプリストアのインストール許容(6条4項)
(条文の概要)GKはそのOSを利用または相互運用する第三者のアプリ及びアプリストアをインストールすることを許容し、効果的に利用することを技術的に可能にしなければならない。またGKのCPS以外の方法で第三者アプリまたはアプリストアへアクセスできることを認めなければならない。そしてエンドユーザーが自身のデフォルトとして第三者アプリやアプリストアを設定することを妨げてはならない。ただし、ハードウェアやOSの完全性を危険にさらすことのないように手段を採ること、およびエンドユーザーのセキュリティ確保のための手段を採ることは否定されないが、これらの手段は比例的でGKによって正当化される必要がある(6条4項)。
 
(解説)アプリ及びアプリストアへの制限はソフトウェア開発者が他の販路(distribution channel)を利用する能力と、エンドユーザーが異なるアプリを異なった販路から異なったアプリを選択する能力を制限することとなり、不公正かつCPSの競争可能性を弱めることの原因となるために禁止される(前文50)。

現在、AppleのスマートフォンのOSであるiOSではApp Storeからのみアプリをダウンロードでき、Android端末では別のアプリストアを使うことはできるものの、事実上Google Playからのダウンロードが標準化している。これらアプリストアはアプリが適正であるかどうかを審査していることから、エンドユーザーが安心してダウンロードできることになっている側面がある。ハードウェアおよびOS提供者であるGKにアプリのみならずアプリストアまで排除しないことを求めるのは技術的にも可能なのだろうか。

本項に関連する事案としては、Facebookを米国FTCが訴えた事案がある。それによるとFacebook は、第三者アプリの重要なインフラであるという力を利用して、第三者アプリに競争制限的な利用条件を課している。具体的には 2011 年から 2018 年の間、Facebook上で連動する第三者アプリは Facebook や Messenger と競合する機能を持たないこと、および Facebook と競合する他社を宣伝しないことを求め、実際にこの条件に違反した第三者アプリを締め出した。このことで Facebook と競合する機能開発を思いとどまらせたり、他の企業が SNS で Facebook の独占を脅かす能力を妨げたりしたとFTCは主張した。裁判所は競争法違反を否定したがFTCは裁判を継続している(図表10)。
【図表10】Facebookに対するFTCからの提訴
(3)OS等の相互運用性の確保(6条7項)
(条文の概要)GKは、サービスの提供者とハードウェアの提供者に対して、無償で、効果的な相互運用または相互運用目的のアクセスを提供しなければならない。これらはリスト化されているOSやバーチャルアシスタント経由でアクセスされるサービスやハードウェアに対して行われているアクセスや相互運用性と同程度でなければならない。ただしGKがOS運用の統合性を確保するのに必要な必要最小限の措置をとることは否定されない。さらにGKはGKが提供するOS、ハードウェア、ソフトウェアが得られるのと同等の効果的な相互運用性及び相互運用のためのアクセスをビジネスユーザー及びCPSとともに提供されるサービスの代替的提供者に無償で許容しなければならない。ただし、OS、バーチャルアシスタント、ハードウェア、ソフトウェア機能の完全性を阻害させない手段を必要最小限に限定してとることができる(6条7項)。
 
(解説)GKは、GKであると同時にOS経由で接続するウェアラブルデバイス(ウェアラブルwatchなど)や近接距離通信(Near field communication、NFC)などを利用するサービスの提供という二重の役割を有することがある。この場合、代替するサービスやハードの提供者にOSで同様の条件でのアクセスを認めないとすれば、それらの代替事業者の革新性を著しく損するとともにエンドユーザーの選択肢を損なうこととなる(前文55,56,57)。

本項に関連する事案としては、Apple Payに対する欧州委員会の認定が挙げられる。具体的には、2020年6月16日に欧州委員会は、1)Apple Payを、第三者である事業者が商業アプリやウェブサイトへの組み込む際にAppleが課す条件その他の措置、2)iPhoneを利用して、店舗において支払うための近距離無線通信(NFC)機能(タッチアンドゴー)をApple Payに限定していること、および3)Apple Payへ特定製品(iPhoneなどの競合製品)からのアクセスが制限されたと主張があったことについて、反トラスト法調査を開始すると発表した。その後、2022年5月2日欧州委員会は、AppleはiOS市場で独占的地位にあり、上記②のAppleの慣行は競争制限的であるとの暫定的見解を公表した。
(4)広告測定ツールへのアクセス(6条8項)
(条文の概要)GKは広告主と媒体社(権限を与えられたものを含む)に対して、その要請により無償で、GKの効果測定ツールと、広告主と媒体社が広告在庫(inventory)の独立した検証(verification)に必要なデータ(集計されたものと集計されていないものを含む)にアクセスできるようにしなければならない(6条8項)。
 
(解説)本項の立法趣旨としては、前述の5項9項、10項と同じである(前文58)。ただし、5条9項、10項が手数料又は報酬にかかわる情報であったことに対して、本項では広告効果を計測するのに必要なデータの提供となっていることが異なる。このようなデータ提供はシステム的な対応を要するからであろう。

(5)データポータビリティ(6条9項)
(条文の概要)GKはエンドユーザー(エンドユーザーにより権限を付与された者を含む)に対して、その要求により無償で、エンドユーザーにより提供された情報とエンドユーザーがCPSを利用することで生じた情報について、効果的なデータのポータビリティを可能にし、データポータビリティを促進するためのツールの提供、およびこれら情報への継続的でリアルタイムのアクセスを提供しなければならない(6条9項)。
 
(解説)GKはCPSとその他のデジタルサービス提供によって非常に多数の情報へのアクセスから利益を得ている。GKがスイッチング、マルチホーミングを制限することでCPSの競争可能性およびデジタルセクターの潜在的な革新を阻害させないために、エンドユーザーは、CPSに提供し、またはCPSでの行動を通じて生成されたデータへの効果的かつ即時のアクセスを認められなければならない。データは即時かつ効果的に、アクセスが可能かつデータ移管先でユーザーが利用できるようなフォーマットで提供されなければならない(前文59)。本項はデータポータビリティについて定めたものでGKによるデータ独占を禁止することで、同様のCPSサービスが他の事業者により営まれることを可能にするものである。
(6)生成されたデータへのアクセス(6条10項)
(条文の概要)GKはビジネスユーザー(ビジネスユーザーにより権限を付与された者を含む)に対して、その要請により無償で、高品質、継続的かつリアルタイムの集計されたあるいは集計されていないデータへのアクセスおよび利用を提供しなければならない。このデータにはビジネスユーザーがCPSまたはCPSの付随サービスを利用するにあたって提供し、または生成されたビジネスユーザーまたはビジネスユーザーと取引をしたエンドユーザーのデータを含む。なお、個人データはビジネスユーザーとの直接取引があり、かつエンドユーザーが情報共有に同意した場合に限り提供される(6条10項)。
 
(解説)エンドユーザーにはデータポータビリティ権が付与されるが、ビジネスユーザーには、自社が提供し、あるいはCPS上で行った事業活動により生成したデータについてのアクセス権が与えられる。
 
(7)オンライン検索データへのアクセス(6条11項)
(条文の概要)GKはオンライン検索サービスを提供する第三者事業者に対して、その要求により、公正かつ合理的、非差別的な条件において、GKの運営するオンライン検索サービスにおけるランキング、検索ワード(query)、クリック、閲覧データを開示しなければならない。検索ワード、クリック、閲覧については匿名化されなければならない(6条11項)。
 
(解説)ビジネスユーザーとエンドユーザーに対するオンライン検索エンジンの価値はユーザーの総計が増加するにしたがって増加する。GKによるランキング、検索ワード、クリック、閲覧のデータは新規事業者の参入及び拡大に対する重要な障壁となり、したがってオンライン検索エンジンのサービスの競争可能性を阻害する(前文61)。本項は既存のオンライン検索エンジンに対して、その保有するデータを新規参入事業者に提供すべしとするものであって、競争法の観点からも、かなり踏み込んだ規定となっている。現状で一般検索についてはGoogle一強が続いていることから、独占的な状態を解消することを目指していると思われる。
 
(8)アプリストアへの公平なアクセス条件(6条12項)
(条文の概要)GKは、ビジネスユーザーに対して、そのリスト化されたアプリストア、オンライン検索エンジン、オンラインSNSへのアクセスについて公平、合理的かつ非差別的な一般条件を適用しなければならない(6条12項)。
 
(解説)たとえばアプリストアにおいてはGKとアプリを提供するビジネスユーザーとの間の交渉力に差異があることから不公正あるいは正当化されない差別的取扱いにつながる一般条件(価格条件を含む)を押し付けてはならない。基準としては、他のアプリストア提供者に対する異なる価格・条件の適用、アプリストア提供者からの、関連するか類似するサービスまたは異なるエンドユーザーに対するサービスへの異なる価格・条件の適用、アプリストア提供者からの、異なる地域における同様のサービスへの異なる価格・条件の適用、GKが自身に対して、アプリストアから提供される同じサービスに対する異なる価格・条件の適用がある。またこの一般条件には域内にある、容易にアクセスでき、不偏、独立、無料の裁判外紛争解決手続に基づく規定を含まなければならない(前文62)。
4個人間通信サービス(7条関係)
(条文の概要)GKは、リスト化されたその運営する電話番号から独立した個人間通信サービス(number-independent interpersonal communications services以下、NICS)の基礎的な機能を、他の事業者が提供する、あるいは提供しようとするNICSと相互通信が可能となるようにしなければならない。このことは他の事業者からの要請に基づいて、無償で、必要な技術的なインターフェイスまたは相互運用を可能とする類似のソリューションを提供することで行う。基礎的な機能の相互運用性の解放については、以下のスケジュールが定められている。

(a)GKとして登録された段階
・二人の個人エンドユーザーのテキストメッセージ
・画像、音声メッセージ、ビデオその他の添付ファイルで二人の個人間エンドユーザー間の通信

(b)指定から2年以内
・個人エンドユーザー集団におけるテキストメッセージ
・画像、音声メッセージ、ビデオおよびその他の添付ファイルでグループチャットと個人エンドユーザー間の共有

(c)指定から4年以内
・二人の個人エンドユーザー間の音声通話
・二人の個人エンドユーザー間のビデオ通話
・グループチャットと個人エンドユーザー間の音声通話
・グループチャットと個人エンドユーザー間のビデオ通話
 
(解説)NICSを提供するGKの相互運用性の欠如は、強いネットワーク効果により利益を得ており、それは競争可能性を損なうことにつながる。さらにはエンドユーザーがマルチホーミングできているかどうかにかかわらず、NICSはプラットフォームのエコシステム(生態系)の一部であり、代替サービス提供者にとっての参入障壁を悪化させ、エンドユーザーの乗り換えコストを増加させる(前文64)。

なお、相互通信の義務はGKにのみ課せられているので、GKでないNICS提供者は相互通信を可能とするかどうかの選択権を有する。またエンドユーザーも相互運用が可能な事業者において相互運用を行うかどうかの選択権を有する(同条7項)2
 
2 前掲注1
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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【EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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