2022年09月20日

EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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(2)最恵国待遇の禁止(5条3項)
(条文の概要)GKは、ビジネスユーザーに対して、他のオンライン仲介サービスやビジネスユーザー自身の販売チャネルでGKの提供するオンライン仲介チャネルと異なった価格や条件で提供することを禁止してはならない(5条3項)。いわゆる最恵国待遇(most favored nation、MFN条項)の禁止である。
 
(解説)GKは契約上の条件として、オンライン仲介サービスを利用するビジネスユーザーに対して、他のオンライン仲介サービスや直販で、より有利な、価格を含む条件を提供する能力を制限することが可能である。このような行為はプラットフォーム間の競争可能性を制限し、ひいてはエンドユーザーが利用できるオンライン仲介サービスの選択を制限することとなる。そのような制限が直販チャネルに関連する場合は、GKは不正にビジネスユーザーのチャネルを選択できる自由を不公正に制限することとなる(前文39)。

また、本項の規制の参考となるのは、米国ではあるが、Amazonの最恵国待遇規定についてコロンビア特別区法務長官室が提訴した事例である。その事例によるとAmazonはオンライン小売業者として米国内シェアの50-70%を支配する有力な事業者であるところ、Amazonは、その設置するプラットフォームに出店する第三者小売業者に対して、ビジネスソリューション契約(BSA)の締結を要求してきていた。このBSAには価格均衡条項(PPP)と呼ばれる最恵国待遇条項があった。この制限により、Amazonの他の小売サイト、たとえばeBayやWalmartなどとの競争を抑圧し、消費者への販売価格を人為的に引き上げたとして2021年5月に連邦地裁に提訴をした(図表2)。2022年3月に連邦地裁は訴えが反競争的行為の結果とされる効果について述べてはいるが、反競争的な行為そのものを立証できていないとして訴えを口頭で退けた。しかしその後、2022年4月に法務長官室はコロンビア地区連邦高裁へ控訴したという事例である(図表5)。
最恵国待遇の禁止
米国では係争中であるが、最恵国待遇条件によってGKのCPSと、GK以外のCPSの間の競争が阻害され、また直販チャネルでの自由な価格設定が行われないためにエンドユーザーの選択肢が不合理に制限されることは競争法の観点からも問題と思われ、このような規律に違和感はない。

(3)苦情申し立て・訴訟行為の阻止の禁止(5条6項)
(条文の概要)GKはビジネスユーザーとエンドユーザーがGKによる欧州法あるいは国内法違反を理由とする行政や司法当局への苦情申し立てや訴訟の提起を阻止してはならない。ただし、ビジネスユーザーとGKの間で苦情処理手続を設置する合意を否定するものではない(5条6項)。
 
(解説)本項の趣旨は公正な経済環境とデジタルセクターの競争可能性を確保するためにビジネスユーザー、エンドユーザー、そして警告者(whistleblowers)が、GKの慣行が法令上の問題を生じさせる場合に当局や裁判所に懸念を伝える権利を保障することが重要であるとする(前文42)。本規制の参考となる事例は見当たらないが、規定としては当然の内容を定めたものと思われる。
 
(4)アプリ内課金システム利用強制の禁止(5条7項)
(条文の概要)GKはエンドユーザーまたはビジネスユーザーに対して、識別サービス、ブラウザ、支払いサービス、アプリ内支払技術の利用・相互運用を強制してはならない(5条7項)。 
 
(解説)本項は、GKが提供する付随サービスである、識別サービス、ウェブ閲覧エンジン、支払いサービスまたは支払いサービスの提供を支援する技術的サービス等は、ビジネスユーザーにとって事業運営上必須のものであり、かつこれらにより事業の最適化が可能となるものである。特にウェブ閲覧ソフトは閲覧エンジンによって仕様が定まるので、ビジネスユーザーにとって依存度を高めるものとなる。したがって、GKは自社が提供するこれらの各サービスの利用をGK利用にあたっての条件としてはならない。また、エンドユーザーに利用を義務付けることでビジネスユーザーが利用せざるを得なくなることも行ってはならないとする(前文43)。

本項に関連する事案としては、アプリ内課金システムの利用に関するAppleの事案があるが後述する。
 
(5)他のCPSへの登録要求の禁止(5条8項)
(条文の概要)GKはビジネスユーザーとエンドユーザーに対して、リスト指定を受けたCPSの利用にあたり、他のリスト指定を受けたCPSや閾値を満たすCPSへの登録を要求してはならない(5条8項)。
 
(解説)GKがビジネスユーザーとエンドユーザーに対して、自社CPS利用の条件として、欧州委員会から指定された他のCPSへの登録を求めることは禁止される。これは、GKに対して新たなビジネスユーザーとエンドユーザーの獲得と囲い込み(lock-in)の手段を与えるものである。またデータの蓄積についても潜在的な有利な地位を与えるもので参入障壁を高めるものとして禁止される(前文44)。これは大規模なプラットフォーム間で利用者を共有化することでますますデータの蓄積が進み、寡占化が進行することを踏まえての規律と考えられる。
3行為義務規定
(1)CPS外取引の容認(5条4項) 
(条文の概要)GKは、ビジネスユーザーがGKのCPSで獲得したエンドユーザーに対して、CPSあるいは他のチャネルを利用して、GKのCPSでの条件と異なる条件で行うことも含め、エンドユーザーと通信し、勧誘を行って契約を締結することを無料で認めなければならない(5条4項)。
 
(解説)ゲームソフトや音楽ソフトはGKのアプリストアでダウンロードができる。さらにゲームのアイテムに課金したり、楽曲などの購入あるいは定期購入したりする場合、1)アプリストアは自社のアプリ内課金システムを利用することを強制し、2)アプリストア外での購入手段での誘導を禁止することとしていた(下記Appleの事例参照)。

本項では、上記2)に関するものであり、GKのCPS経由で取得したアプリのアイテム購入について、他のチャネルから購入に制限を課さないことを求めている(マルチホーミング、前文40)。

本規定の参考となるのは、米国でエピックゲームズ社がAppleを訴えた裁判及び欧州委員会がスポティファイからの申立てを受けて調査を行った事案がある(図表6)。
【図表6】アプリ内課金システムの利用
これらの事案では2つの行為が問題とされた。エンドユーザーがGKのCPS経由で音楽やゲームのアプリを取得した場合に、それらアプリのための楽曲やゲームのアイテムを購入するには、アプリ内課金システム(In-App Payment System)の利用が強制されていた。具体的には1)アプリストア内でアイテムが購入された場合にはアプリ内課金システムの利用が強制され、その価格の30%をAppleに支払う、2)アプリストア外でアイテムが購入できることを告知し、または誘導することを禁止していた。

米国のエピックゲームズ社の訴訟については、カリフォルニア州連邦地裁がAppleによるアプリ外への誘導禁止条項(anti-steering条項、上記2))が州の定める競争法違反として認定された。

またEUでは、2021年4月30日、欧州委員会はAppleが、App Store経由での音楽ストリーミングサービスについて、音楽配信の独占的な地位を乱用して上記①および②を行うことで競争をゆがめたとの暫定的な見解を示した。

これらの判断の影響は日本にもあり、日本公取委がAppleを審査していたところ(Apple被疑事件)上記2)についてアプリ外誘導禁止を取りやめるとの自主的な申し出があり、審査を終了した(2021年9月2日)。

このように日米欧で問題となった類型であり、規制の対象となったのは不自然ではない。
 
(2)CPS外で取得したコンテンツ利用(5条5項)
(条文の概要GKは、エンドユーザーが自社のCPS外でビジネスユーザーから取得したサービス、コンテンツ、定期購読(subscription)、購読物(features)その他のアイテムについて、自社のCPSで取得したアプリ経由での利用を認めなければならない(5条5項)。
 
(解説)本項は上記5条4項の規定に従って楽曲やアイテムなどを、GKのCPS上で作動するアプリで聴いたり、利用したりすることに制限を加えてはならないとするものである(前文41)。5条4項を補完する規定と考えられる。
 
(3)広告主への手数料等開示(5条9項)
(条文の概要) GKはオンライン広告掲出サービスを提供している広告主(advertisers)に対して、広告主(広告主によって権限を与えられた第三者を含む、以下同じ)の要請によって、無償で一日ごとの情報を提供しなければならない。この情報には(a)広告主により支払われる個別の広告に係る価格と手数料、(b)媒体社により受領される報酬(媒体社による同意がある場合に限る)、(c)価格、手数料および報酬が計算されるマトリックスが含まれる(5条9項)。

(解説)本項と下記(4)は広告にかかわるものである。まず本規則の理解として、しばしばオンライン広告は複雑であり、価格等についても不透明さがある。さらに個人情報保護の観点から昨今はさらに不透明さが増した。このように広告が不透明であることは広告効果に対して適正なコストが支払われているかどうかが不明ということであり、過剰に支払いを行っている懸念がある。多くの広告コストは物やサービスの価格の上昇につながり、エンドユーザーの不利益につながるとする(前文45)。
 
(4)媒体社への報酬等開示
(条文の概要)GKはオンライン広告サービスを行っている媒体社(publishers)に対して、媒体社(媒体社によって権限を与えられた第三者を含む、以下同じ)の要請によって、無償で一日ごとの媒体社の在庫(inventory)についての情報を提供しなければならない。この情報には、(a)媒体社が個別の広告掲載によって受け取る報酬と媒体社が支払う手数料、(b)広告主によって支払われる価格(広告主の同意がある場合に限る)、(c)価格と報酬が計算される方法が含まれる(5条10項)。
 
(解説)媒体社とは自社が保有・運営するブログサイトやニュースサイトなどにおいて、広告を掲載して広告報酬を得る事業者のことをいう。条文の解説については上記(3)参照。

5――6条・7条関係

5――6条・7条関係

1総論
6条の義務については、対象となるGKがとるべき方策を具体化する実施法令(implementing acts)を欧州委員会が採択する (8条2項)。そして採択は手続き開始(20条による)決定から6か月以内に行うものとされる(同項)。6条は主にシステム構築が関係することとなる規定であるため、欧州委員会とGKの間で調整することが想定されている。また、7条は後述する通り、所定の過程を踏んで徐々に相互運用を確保することが予定されている(図表7)。

また、GKは6条又は7条の規定の遵守を確保するために、自身が実施しようとしている措置又は実施した措置が、GKの置かれた状況において、本規則の義務を達成するうえで有効であるかどうかの確認手続きを実施するよう要請することができる(8条3項)。
【図表7】6条と7条の規定内容
2仕様上の禁止規定(6)
(1)生成された情報の競争への利用禁止
(条文の概要)GKは、ビジネスユーザーによるGKのCPS利用、あるいはCPSと一体で提供されるサービス利用によって生じた情報あるいは提供された情報(エンドユーザーによって生成あるいは提供された情報を含む)であって、公に取得することができないものをビジネスユーザーとの競争に利用してはならない(6条1項)。

公に取得できない情報には、ビジネスユーザーやエンドユーザーのCPSにおける商業活動(クリック、検索、閲覧、音声データを含む)を通じて集められ生成された、集計され、あるいは集計されていないデータを含む(同項)。
 
(解説)GKはCPS提供を行うと同時に、CPS提供と合わせてビジネスユーザーに別のサービスを提供することがある。その場合に、当該別のサービスと同じサービスを提供するビジネスユーザーがCPSを利用することによって生成・提供されたデータを、GKが二重の立場を利用することが可能であり、そのために有利な地位に立つ。したがって、GKは二重の立場で有利にならないよう集計されあるいは集計されていないデータであって、匿名化され公に取得できないものを利用してはならない(前文46)。そのほか、GKは広告業者であると同時にサービスや物の販売者である場合がある。この場合にCPSを利用する競合ビジネスユーザーが生成・提供した情報を活用して、広告に利用してはならない(前文47)。またクラウドサービスにおいて、クラウドをビジネスユーザーが利用するにあたって、ビジネスユーザーが提供・生成したデータをGKが利用してはならない(前文48)。
 
(2)ランキング優遇の禁止
(条文の概要)GKはGK自身によって提供されるサービスや製品に関するランキングと、それに関連するウェブサイト索引付与と巡回(indexing and crawling)について、類似する第三者のサービスや商品より有利に取り扱ってはならない。GKはランキング付与等にあたって透明性、公平性および非差別的条件を適用しなければならない(6条5項)。
 
(解説)GKはGK自身あるいはGKが支配する企業がサービスや商品を提供すると同時に、GKとしてランキングを付与する二重の立場に立つことがある。この場合においてGK自身等のサービス・商品を他社と比較してランキングの上位に表示することは利益相反である。ここでいうランキングには検索エンジンでの検索結果あるいは検索に伴って表示される結果を含む。また、SNSのニュースフィードに目立つように表示されること、オンラインMarketでの検索上位に表示されること、バーチャルアシスタントから提案されることなどが含まれる。この手法にはランキングの際に加え、ウェブサイトの索引付与と巡回の際に技術的に行われることもある。このような義務を効果的にするために、ランキングは一般に公正でかつ透明である必要がある(前文51,52)。 本項に関連する事案としては、Google Shopping事件とAmazonの事案がある。

Google Shopping事件は欧州委員会が認定したものである。それによるとGoogleは一般検索サービス市場において支配的な立場にあり、その立場を濫用して、検索結果において自社サービスであるGoogle Shoppingに掲載されている商品の情報を、他の商品比較サービスのそれよりも上位に表示することによって、自社サービスへのトラフィック(traffic、流出量あるいは流入量)を増加させ、他のサイトへのトラフィックを阻害したとし、競争法違反とした。これを受け欧州委員会はGoogleに対して課徴金納付命令を出したところ、Googleは欧州一般裁判所に対して命令の取り消しを求めて提訴した。審理の結果、一般裁判所はGoogleの訴えを退けた(図表8)。
【図表8】Google Shopping事件
Amazonのフルフィルメントサービスを利用する(Fulfilment by amazon)第三者小売業者(以下、FBA小売業者)を優遇しているのではないかという点について欧州委員会は調査を実施している。特にFBA小売業者について、Buy Boxの獲得やAmazon Prime会員への優先的な提案を可能とするなどのために行う判断基準において、優先的な取り扱いをしているのではないかとの点について調査を開始した(2020年11月10日、図表9)。
【図表9】Amazonに対する欧州委員会の調査
ランキングはプラットフォームが魅力的であることの源泉ともいえる仕組みであって、GKはこの構築・改善に労力をつぎ込んでいると思われるが、差別的であったり、垂直的統合をしているGKの関係会社を有利に取り扱ったりしないように納得性の持ったアルゴリズムを作っていく必要がある。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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【EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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