2022年09月20日

EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

2020年12月欧州委員会はこれまでの電子商取引指令を現代化するために、デジタル市場法案(Digital Market Act、DMA)とデジタルサービス法案(Digital Services Act、DSA)の二つの法案を提案した。なお、電子商取引指令は「指令」であるため、各国が指令に基づいて立法する必要があった。他方、今回のDMA、DSAともに「規則」であるため、制定されればそのままで各国において法的効力を有する。

その後、欧州理事会と欧州議会との調整のうえ、2022年3月に最終合意がなされた。報道によると2022年秋に公布されることとなっているが、実際の施行は2023年春になる模様だ。

両方の位置づけを簡単に言えば、DMAはプラットフォーム間の競争を確保し、不公正な行為を規制するものであり、他方、DSAはプラットフォーム上の違法なコンテンツ、すなわち、違法な表現、商品、サービスなどをプラットフォームに掲載されないようにするための規制である。

本稿では、DMA(以下、本規則という)について解説を行う。なお、本規則については、原案の段階で、基礎研レポートとして解説を行っているが、内容が相当に変わっていることから、改めて全体像を説明することとしたい。

2――本規則制定の背景

2――本規則制定の背景

1|本規則の基本的な考え方
本規則の前文では、オンライン・プラットフォームは経済市場においてますます重要な役割を果たしているという認識(前文(1))とともに、特にコア・プラットフォーム・サービス(core platform service以下、CPS)は極端に大きな経済主体として、いろいろな特徴を悪用できるとする(前文(2))。この特徴には、極端に巨大な企業規模、非常に強力なネットワーク効果、両面市場において多くのビジネスユーザーとエンドユーザーを結びつける能力、ビジネスユーザーとエンドユーザー双方からの重大なレベルでの依存、ロックイン効果、エンドユーザーのマルチホーミング(複数の経路でアクセスすること)の欠如、垂直統合、データに促進される優位性が挙げられる。この特徴はCPS提供事業者(gatekeeper, GK、以下で定義)の不公正な慣行とあいまってCPSの競争可能性(contestability)を実質的に損なう効果を有しうるとともに、GKとビジネスユーザー・エンドユーザーとの間の経済的関係における公正性(fairness)に影響を及ぼす。実際にこのことはビジネスユーザーとエンドユーザーの選択に深刻な減少をもたらすとする。

すなわち、DMAは主には(1)競争可能性確保の観点から、あわせて(2)公正性の観点から規制を行う。
2競争法との関係
上述の(1)競争可能性(contestability)の概念と、競争法で使われる競争(competition(substantial lessening of competitionのように用いられる))概念との関係が問題となる。

前文では競争法(EU機能条約101条、102条)との関係が説明されている。まず、競争法のほかに本規則が必要となる理由としては、競争法の適用は市場支配力のあるケース、つまり特定市場における支配力と反競争行為がある場合に限られ、かつ事後適用であり、非常に複雑な個別の事実関係についての幅広い調査を必要とする。そしてGKは必ずしも競争法上の市場支配力を有するわけではない(前文(5))。

そしてGKはEU域内の異なる市場において、数多くのビジネスユーザーにエンドユーザーへの入り口(gateway)を提供する。域内上における不公正な慣行とCPSの弱まった(weakened)競争可能性による悪影響が生じた。悪影響には不公正慣行により引き起こされる社会的・経済的に否定的な結果(implications)が含まれるが、このことが各国で立法あるいは規制当局の行動に結びつくこととなった。このような各国別の対応は法令等遵守コストを増大させた(前文(6))。

したがって本規則の目的は、デジタル市場のため及びCPFのビジネスユーザーとエンドユーザーのために、競争可能性と公正性を確保するためのルールを一般的に施行することで域内市場が適切に機能することに貢献するものである(前文(7))。

統一的な運営のため、この規則の射程内にある法律を各国が設けることは禁止される(前文(9))が、各国の競争法の適用は制限されない(前文(10))。

規則は競争法を補完するものではあるが、その目的は、競争法で定義される歪められない競争を守るという目的とは異なり、GKの存在する市場が、GKの慣行による実際の若しくは推測される効果に拘束されず(independently)、競争可能性があり、公正であることを維持することである(前文(11)、図表1)。
【図表1】DMAと競争法

3――本規則の適用対象・範囲・定義(1条~3条)

3――本規則の適用対象・範囲・定義(1条~3条)

1|本規則の適用対象・範囲(1条)
1条1項は本規則の目的を述べている。すなわち、本規則の目的はビジネスユーザーとエンドユーザーのために、GKの存在する域内デジタルセクターにおいて、すべての事業者に対して競争可能性があり、公正な市場を確保する、協調した規律を導入することにより、域内市場が適切に機能することに貢献することである。

本規則の目的や趣旨は前項2で述べた通りである。

2|本規則における定義(2条)
本規則が対象とするGK(Gatekeeper)の定義は2条にある。GKとは3条に従って指定された、CPS(core platform services)を提供する事業体(undertaking)を指す(2条1項)。そしてCPSには以下のものが該当する(2条2項)。例として挙げているのは指定が想定されるサービスであるが、確定したものではない。

(a)オンライン仲介サービス:Amazonの物販サービスやiOSやAndroidのアプリストアなど
(b)オンライン検索エンジン:Google検索など
(c)ソーシャルネットワークサービス(SNS):FacebookやTwitterなど
(d)映像共有プラットフォームサービス:YouTubeやネットフリックスなど
(e)電話番号に依存しない個人間通信サービス:ワッツアップなど
(f)オぺーレーティングシステム(OS):Windows、iOS、Androidなど
(g)ウェブブラウザ:Chrome、ファイアフォックス、エッジなど
(h)バーチャルアシスタント:Siri、アレクサなど
(i)クラウドサービス:AWS(Amazon)、Azure(マイクロソフト)など
(j)オンライン広告サービス:Google検索広告、Facebook運用型広告など
 
ちなみに原案の段階にはなく、後日追加されたのが(g)ウェブブラウザと(h)バーチャルアシスタントである。バーチャルアシスタントについてIOTに関するセクター調査の結果から追加されることとなったもので、またウェブブラウザは昨今の法施行や幅広い技術進化を踏まえたものである1
3|欧州委員会によるGK指定要件(3条1項、2項)
3条はGKの指定要件を定めている。それによると事業者(undertaking)であって、(1)域内市場に重大な影響を及ぼし、(2)ビジネスユーザーにエンドユーザーに到達する重要な入り口であるCPSを提供するものであり、かつ(3)現在または近い将来に確固とした持続的な地位を確保している(することが予見される)ものがGKとして指定される (3条1項)。

そして、これらの要件にはそれぞれ以下の閾値(条件)があり、その閾値を満たす場合に各要件の該当性が推定される(同条2項)。すなわち、上記(1)については、事業者のEU域内市場での直近3年間の売上高がいずれも75億ユーロ以上を継続した場合、あるいは最終決算年度の平均時価総額または公正な市場価値が750億ユーロ以上である場合であって、域内3か国以上の国で同一のCPSを提供している場合に満たす。上記(2)については、事業者がCPSを提供している域内市場で4500万人以上の月間アクティブエンドユーザーが存在するか、または1万以上のEU域内設立の年間アクティブビジネスユーザーが存在する場合に満たす。上記(3)については、上記(2)の閾値を3年度以上該当した場合に満たす。

このようにCPSを有しているだけでは、その事業者は競争可能性や不公正慣行についての深刻な懸念を生じさせるには十分ではない。CPSが重要な入口(gateway)として構築され、運用事業者が域内市場で重大な影響を与え、そして確固かつ永続的な地位を有するか、そのような地位を近い将来達成するとみられる場合にのみ適用がある(前文15)。
 
4|GK指定手続き(3条4項、5項、8項、9項)
CPSを提供する事業者であって、3条2項(上記3|)で規定する閾値を超えたものは、閾値を超えたときより、遅滞なく、かついかなる場合であっても二カ月以内に、欧州委員会へ通知し、関連情報を提供しなければならない(同条3項)。2項の閾値を満たす事業者から、3項によって完全な情報を受領した場合に欧州委員会は、不当な遅延なしに、かつ遅くとも45営業日以内に事業者をGKとして指定するものとする(同条4項)。

事業者は2項の閾値を満たす場合であっても、CPSの運営の環境下に置いては例外的に1項の要件を満たさないということを示すために、十分に実質的な根拠を有する意見を申し述べることができる(同条5項)。欧州委員会はこの申し出が十分に実証されていない場合には却下することができる。逆に、この申し出が十分に実質的なものである場合には欧州委員会は市場調査開始後に5か月以内に調査を終了するよう努める(17条3項)。

他方、欧州委員会はCPSを提供する事業者が3条2項の閾値を超えない場合であっても、3条1項の要件を満たすときには17条(市場調査)の手続に従ってGKを指定することができる(3条8項)。

また、GKが3条4項(閾値を満たすGKの指定)又は8項(閾値を満たさないGK指定)に従って事業者がGKとして指定された場合は、GKにより運営され、ビジネスユーザーがエンドユーザーに到達するために重要な出入口となる、関連するCPSについてリストに指定する決定をくだすものとする(3条9項)。3条8項によるGK指定および3条9項によるCPSの指定について欧州委員会は市場調査を実施することができる(17条1項)。市場調査は12カ月以内に結論を出すように努める(同項)。

4――行為規制(5条)

4――行為規制(5条)

1|総論(5条~7条を含む)
指定を受けたGKにかかる実質的な規制は5条、6条、7条である。GKは、8条により、指定を受けたCPSに関して、5条~7条を遵守しなければならず、遵守していることをしめすことができなければならない(8条1項)とされている。

5条~7条を遵守するためにGKにより導入される方策は、本規則そのものの目的と関連する義務の目的の両方を達成するために効果的でなければならない(同項)。6条と7条は遵守に至るステップがある(後述)が、5条にはなく、CPS指定から6か月経過時までに遵守することが求められる(3条10項)。5条の規定を禁止規定と行為規定に分けると下記図表2の通りである。
【図表2】5条の禁止規定と行為規定
2|禁止規定
(1)個人データの結合等の禁止(5条2項) 
(条文の概略)本項はデータの取扱いについての禁止事項である。GKは1)CPSでの第三者事業者のサービスを利用したエンドユーザーの個人情報を、オンライン広告サービスの目的で利用してはならない(5条2項(a))。また、GKは2)CPSから得られた個人情報を、他のGKのCPSあるいは第三者のサービスから得られた個人情報と統合してはならない(同項(b))。そしてGKは3)CPSから得られた個人情報をGKの提供する他のサービスで利用してはならず、その逆の利用も禁止される(同項(c))。さらにGKは4)個人情報の突合のためにGKの他のサービスにエンドユーザーをサインインさせてはならない((同項(d))。

ただし、これらの義務は他の選択肢を示されたうえで同意をした場合には適用されない。なお、この同意が拒絶された場合において、GKは同一目的で1年以内に複数回同意を求めてはならない(同項)。
イメージとしては図表3の通りである。
【図表3】データ突合等の禁止(イメージ)
(解説)GKがオンライン広告サービスのためにGKのCPSを利用する第三者からの個人データを利用することはGKにデータ蓄積の観点から潜在的な優位性を与え、それによって参入障壁を引き上げる。これはGKが他の事業者と比較してはるかに多い数の第三者からのデータを利用することができるためである(前文36)。

また、本項に関連する事案としては、ドイツでのFacebookによる他サイト閲覧情報(広告効果測定のために第三者サイトでの閲覧者の行動を記録するFacebook Pixelなどを通じて取得)の統合にかかる反トラスト法事件がある。ドイツのカルテル庁は、Facebook ユーザーの第三者サイトにおける閲覧履歴等が、Facebook によって収集され、個人のFacebookアカウントに紐づけてきたことを反トラスト法違反であると差し止めた。これをFacebookが争って訴訟となったが、ドイツ最高裁は、Facebook が支配的なネットワークの運営者として、SNS 市場の既存の競争を維持する特別な責任を負うとした。そしてFacebook はユーザーの自己決定権に影響を与えるとともに、サービスの供給者を切り替える選択肢がないことは反トラスト法に関連して、ユーザーからの搾取につながるとし、競争法違反とした(2020年6月23日判決)。

事実関係は図表4の通りである。
【図表4】Facebookのドイツでの反トラスト事件の構図
このようなエンドユーザーに対するいわゆる搾取型の私的独占の禁止(日本では優越的地位の濫用にほぼ該当)を事前防止するための規定である(図表1)。

このような行為の問題点はエンドユーザーに選択肢がないことであって、より個人情報の取扱いの厳格なサービスとの選択が実際に可能であって、その選択肢が示される場合には問題とならない。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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【EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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