2022年08月05日

個人寄付から社会を変える-新型コロナの経験を活かすために

基礎研REPORT(冊子版)8月号[vol.305]

吉本 光宏

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新型コロナの感染者数は、ここにきて増加傾向が認められるものの、ようやくパンデミック発生前の状況への回復が見通せるようになってきた。とは言え、この2年余りの間に、日本の社会・経済活動が受けたダメージは計り知れない。大幅な収入減に陥った企業や個人事業主を支えるため、政府も大型の補正予算を投入し、様々な支援策を提供してきた。が、注目できるのは、民間主体のクラウドファンディングを活用した個人寄付による支援が活発だったことである。

筆者の専門分野である文化関係に限ってみても、ミニシアター・エイド基金、寄席支援プロジェクト、全国小劇場ネットワークといった特定の芸術分野全体を支援するものから、個別の芸術団体や文化施設、アートプロジェクトを対象にしたもの、さらには、フリーランスのアーティスト支援を行ったアーツ・ユナイテッド・ファンドなど、多岐にわたる。

日本では長らく、個人の寄付文化が定着しない、と言われてきた。しかし、これらのクラウドファンディングを通して、何万人もの人々が苦境に陥った芸術文化を支えた。新型コロナが個人の寄付を後押しし、顕在化させたのである。

「寄付白書2021(日本ファンドレイジング協会)」によれば、2020年の個人寄付総額は1兆2,126億円。その前に調査が行われた16年の7,756億円から56%の増加だ。20年に新型コロナ関連の寄付をした人は8.7%で、クラウドファンディングなどインターネットを通じた支援の輪が広がったこと、医療や生活困窮者、文化芸術分野などの領域への共感と連帯が広がったこと、若年層の寄付者が他の世代と比較して相対的に大きかったことが特徴的な傾向だとされている(同白書)。

筆者がもう一つ注目したのは、クラウドファンディングの中に、寄付金控除の仕組みを活用したものがあったことである。寄付額に応じたリターンではなく、領収書が発行され、寄付者が確定申告によって所得控除などを受けられるというものだ。

日本に寄付文化が根付かない理由のひとつは、寄付税制だと言われていた。しかし、2006年の公益法人制度改革や翌年の税制改正、11年の新寄付税制の導入によって、個人が公益社団法人や認定NPO法人等に寄付した場合、所得の最大40%までの所得控除、もしくは所得税額の25%を上限に40%の税額控除が受けられるようになっている*

個人寄付が活発な米国では、所得の50%までの控除が可能だが、税額控除は導入されていない(「寄付白書2017」)。このことからも、日本の寄付税制は世界トップレベルだと考えて間違いない。

さらに、都道府県や市町村が条例で指定する団体であれば、住民税(県税6%、市税4%をあわせて最大10%)も控除される。対象団体は各自治体のホームページで一覧が公開されており、東京都の場合は主税局のページから確認が可能だ。

仮に対象となる団体に10万円を寄付した場合、確定申告で最大約5万円が還付される。つまり5万円の負担で10万円の寄付が可能となる訳だが、これは所得税・住民税として国や地方公共団体に納めるはずだった5万円分の税金の使途を自分の意志で決定できることを意味する。

クラウドファンディングサイトのひとつ「READYFOR」では、プロジェクトを探すタグに「#寄付金控除型」を設定し、寄付金控除を受けられるプロジェクトを探せるようになっている。

寄付税制を活用するためには、寄付を受け取る側が公益社団法人や認定NPO法人など特定の要件を満たす必要がある。しかし、小規模なNPO団体等がその要件を満たすのは容易ではない。そこで、寄付金控除の対象となる団体が寄付の受け皿となって、寄付者が税制上の優遇措置を受けられる仕組みもある。

例えば、公益財団法人パブリックリソース財団が運営するオンライン寄付サイトGive One(ギブワン)では、寄付の対象者や社会課題、SDGsの17分野などで寄付金控除等の税制優遇を受けられるプロジェクトを検索し、寄付することが可能だ。

新型コロナで活発になった個人の寄付は「困難に直面する人々や団体を支援したい」という動機に基づいている。しかし今後は、その個人寄付の流れを「社会をよりよくする」ために継続・発展させることはできないだろうか―。

VUCAの時代、社会の課題は複雑化する一方だ。国や地方公共団体の既存の政策では対応しきれないものも少なくない。個人の寄付によって税金の一部を民から民への公益的な資金に振り向けることができれば、多様な価値観に基づいた強靱な社会構造を構築できるのではないか。個人寄付に期待する理由はそこにある。

ではどこに寄付すべきか。筆者のお勧めは芸術文化である。それは芸術や文化が人々に生きる力や喜びを与えるばかりか、様々な社会的課題と向き合うアートNPOや文化事業が増えているからである。
 
* 実際の控除額は寄付金額から2,000円を減じた額(2000円以下の寄付金は控除の対象とならない)。
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吉本 光宏 (よしもと みつひろ)

研究・専門分野

(2022年08月05日「基礎研マンスリー」)

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