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IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-IASB、EFRAG、UKEBの動向等-
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1―はじめに
このテーマに関する前回の保険年金フォーカス「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-EUがIFRS第17号を承認、英国も協議案を公表-」(2021.12.7)(以下「前回のレポート」)で報告したように、EU(欧州連合)では、EFRAG(European Financial Reporting Advisory Group:欧州財務報告諮問グループ)が2021年3月31日にIFRS第17号の最終承認勧告を行い、これを受けて欧州委員会のARC(Accounting Regulation Committee:会計規制委員会)が、IFRS第17号の承認に賛成票を投じた結果として、2021年7月22日に3か月の精査期間のために、欧州議会と理事会に規則案が提出された。その後、EUにおいては、欧州議会や理事会による精査期間が終了して、欧州委員会が年次コホートのカーブアウト等を含むIFRS第17号を最終承認して、2021年11月23日にEU官報を公表1した。
また、英国においても、UKEB(UK Endorsement Board:英国承認理事会)がIFRS第17号の採択の検討を進めてきたが、2021年11月12日にはIFRS第17号を採択する協議案を公表2した。その後、UKEBは2022年5月17日に、IASBによるIFRS第17号の採択を正式に承認している3。
一方で、IASBのIFRS解釈委員会(IFRS Interpretations Committee)は、IFRS 第17号に関して、年金保険契約の利益認識方法等に関する検討を行ってきたが、2022年7月4日にはこの最終結論が出されている。
今回のレポートでは、IASB及びEUや英国におけるこうした動きを含む前回のレポート以降のIFRS第17号を巡る動向について報告する。
1 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:32021R2036&from=EN
2 https://www.endorsement-board.uk/endorsement-projects/ifrs-17
3 https://www.endorsement-board.uk/uk-endorsement-board-adopts-ifrs-17
2―IASBのIFRS解釈委員会等の動向
1|IFRS第17号の年金契約グループに基づく保険カバーの移転―問題の所在―
IFRS第17号においては、保険契約の測定に未獲得利益を含めており、保険会社がサービスを提供するにつれて収益として認識する形になっている。今回の問題は、いわゆる即時払のトンチン年金の契約グループとして、以下の条件を満たす年金契約について、毎期に提供されるサービスをどのように決定するのか、についての質問・要望に対応するものであった。
(1) 保険料を前払いし、契約を解約したり、払戻しを求める権利はない。
(2) 保険契約者が生存している限り、契約開始から定期的な年間給付を受けることができる。
(3) 契約に基づく他のサービスを受けない(つまり、唯一のサービスは、生存に対する保険カバーである)。
こうしたグループの各契約に対して各期に提供される給付の量について、以下の2つの方法が検討された。
方法Ⅰ:定期的な年間給付、即ち、当期に支払われる給付額
方法2:現在及び将来の給付の現在価値、即ち、契約の残存期間に支払われることが想定される全ての給付額
IFRS解釈委員会は、これまでの検討を踏まえて、2022年7月4日に、「方法1のみが認められ、方法2はIFRS第17号のB119項が規定している原則を満たしていない」と結論付けた。その理由や考え方については、スタッフペーパーに示されている4。
また、IFRS解釈委員会は、今回の問題に関して、基準設定プロジェクトを作業計画に追加せず、代わりに、IFRS第17号の適用される要求事項を記載し、該当の年金契約グループに基づいて提供される給付の量を、会社がどのように決定するのかを説明する暫定的な議事決定を委員会が公表することとした。
こうしたIFRS解釈委員会の決定に対して、7月のIASB会議で異議は提示されなかった。
今回の内容については、英国やスペインの保険会社等を中心に多くの保険会社から、方法2を認めるようにロビー活動が行われていた。さらに、EUや英国の会計基準設定主体であるFRAGやUKEBからも、基準適用までの1年を切ったこの時点での今回の対応について、以下で報告するように、保険会社の準備状況に影響を与える等の理由からの懸念が示されていた。
現行の会計基準においては、利益認識の大部分が初日に行われることになるが、新しいIFRS第17号では、保険期間にわたってサービスの提供に伴い利益認識が行われていくことになり、これにより、資本が大きく減少することになる。方法2が認められない場合には、方法Ⅰに比べて、さらにその影響が大きくなる。
いずれにしても、保険会社が今回のIFRS解釈委員会の決定に従うとの判断を下した場合には、これからのシステム対応等の追加コストが発生することになる。こうした観点から、IFRS第17号に関するIFRS解釈員会の活動を一時停止し、適切な基準の安定期間を設定する必要があり、各種の課題に関しては、実施後のレビューの中で、その分析を踏まえて、問題への適切な対応を再検討することが望ましいとの意見も述べられてきている。
IFRS解釈委員会は、年金契約の利益認識に関する検討に加えて、現在、複数通貨のキャッシュフローを伴う保険契約がIFRS第17号に基づいてどのように会計処理されるべきか(具体的には、保険契約のポートフォリオを特定する際に、会社が通貨リスクを考慮すべきかどうか、外国通貨キャッシュフローを伴う保険契約のグループを測定する方法)についても検討を進めている。
3―EUにおけるEFRAGの動向
1|IASBの基準修正に対応した修正
2022年1月2日には、IASBが2021年12月9日に、「IFRS第17号及びIFRS第9号の初期適用–比較情報(2021年7月に公開草案ED / 2021/8として最初に発行されたIFRS第17号の修正(「修正」))」を発行したことを受けて、対応する修正を行っている5。
この修正は、IFRS第17号保険契約及びIFRS第9号金融商品の最初の適用に関して提示された比較情報から生じる保険契約債務と金融資産との間の会計上のミスマッチに関連する重要な問題に対処しており、修正は、比較情報の表示のみに関連している。この修正は、IFRS第17号の最初の適用時に有効になる。なお、この具体的な内容については、保険年金フォーカス「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-EU、英国及びIASBにおける検討状況-」(2021.8.11)で報告しているので、そちらを参照していただきたい。
IFRS解釈委員会(IFRS IC)での「年金契約グループに基づく保険カバーの移転」に対する暫定議題決定(TAD)を受けて、EFRAGは、2022年5月20日にレターを提出(5月23日に公表)している6。
その中で、「EFRAGは、IFRS基準の適用に一貫性をもたらすためのIFRS ICの作業と取り組みを高く評価し、サポートしている。」が、「暫定議事決定及びIFRS第17号の最初の適用日から1年以内に発生する可能性のあるその他の解釈の問題が、基準の実施を不当に混乱させるという懸念を構成員から聞いた。」と述べている。さらに、「保険会社によるIFRS第17号の実施に多大な努力が払われていることを考えると、EFRAGは、議事決定がこの段階での実施に潜在的な影響を与える可能性があることをIFRS ICにリマインドさせる。EFRAGはまた、IFRS ICが暫定議事決定の前にアウトリーチを行うこと、特に、一般的な慣行がこの段階での実施に伴い、まだ出現してきていることを考慮すること、の重要性を強調している。」と述べている。さらに、「IFRS第17号の適用に向けた『準備段階』では、変更に伴う不測のコストが発生するだけでなく、事前のテストやITシステムの更新が必要となるため、導入に時間を要する懸念がある。したがって、IFRS第17号の現行の適用における大幅な変更には、これらの変更を適用するための合理的な期間が必要となるが、現在の適用段階を考慮すると、議題決定後に通常期待される範囲を超える可能性がある。」と述べて、この段階での議題決定に対する懸念を表明している。
4―英国におけるUKEBの動向
UKEBにおいては、当初4月にもIFRS第17号の採択を決議する予定であったが、3月のIFRS解釈委員会における、年金契約の利益認識に関する方法の暫定決定を受けて、決議を延期した。
その後、UKEBは利害関係者からのさらなるコメントを求めていた。これによれば、一部の利害関係者はIFRS解釈委員会における暫定決定に強く反対していたが、IFRS第17号の承認を遅らせることには同意しなかった。
こうした動きを受けて、UKEBは、2022年5月17日に、「英国の会社が使用する国際会計基準審議会(IASB)のIFRS17保険契約の採用を承認した」と発表した3。これは、2021年5月22日に国務長官から委任された権限を受け取って以来、UKEBによって採択された最初の主要な基準だとしている。また、「IFRS第17号は、保険セクターにとって重要な新しい会計基準であり、IASBによる長年の作業の結果であり、幅広い国際的な利害関係者からの広範なインプットがある。IFRS第17号は、あらゆる種類の保険契約に適用できる最初の包括的な国際会計基準であり、会社がそれらの契約を忠実に表す関連情報を提供することを保証することを目的としている。」と述べている。
なお、IFRS第17号は、2023年1月1日以降に開始する年次期間に有効であり、IFRS第9号金融商品をIFRS第17号の最初の適用日以前に適用する事業体には早期適用が認められている。
また、UKEBは、基準の採択の影響のレビューを実施し、調査結果は2028年1月1日までに公開されることになっている。
IFRS解釈委員会での「年金契約グループに基づく保険カバーの移転」に対する暫定議題決定(TAD)を受けて、UKEBは、コメントを提出している。
その中で、「我々は、基準の発効日がこれほど近づいているにもかかわらず、実施プロセスの混乱のリスクに関して一部の人々が表明した懸念を認識しているが、広範な議論にもかかわらず、保険業界がこの問題について合意を見出すことができなかったことに留意する。IFRS第17号の適用を明確にする議題の決定を最終化することは、実務上の潜在的な多様性の要素を排除し、保険会社及び監査人がこの特定の問題に関して確実にIFRS第17号の初期適用に移行することを可能にする。したがって、我々は、実行可能な限り速やかに決定を最終化することを委員会に奨励する。」と述べ、さらに「英国の利害関係者との議論から、一部の利害関係者が委員会のTADに多くの懸念を抱いていることを認識している。こうした懸念の一部は、TADが意図的に焦点を絞っている一方で、関連する問題についてさらなる疑問を生じさせていることを反映している。これらの点については、実務への適用の経験を得た上で、IASBが総体的に見直す必要があると考える。」として、具体的に以下の3点を挙げた。
・保険サービスの概念とそれが何を構成するか、保険契約者への移転がどのように測定されるか、それが保険契約者の期間中に有効な請求を行う能力に必然的にリンクされるか、または制限されるかについての不確実性
・以下を含む、CSM(契約上のサービスマージン)と非財務リスクのリスク調整との相互作用
・リスク調整額が、会社が「必要とする」金額を表しているのか、又は保険契約者にリスク移転のために「請求される」金額を表しているのかを明確にすること
・純損益にCSMを認識することは保険契約者の観点を反映し、リスク調整の測定は会社の観点を反映するという事実の意味
・投資回収サービスの認識基準が意図したとおりに機能しているか、また、異なる保険契約サービス間でのCSMの分割に関する更なるガイダンスが有用であるか。
5―まとめ
EUは結局、IASBが策定したIFRS第17号をそのまま採用するのではなく、保険業界の意見等を踏まえて、年次コホートをカーブアウトした基準を最終承認した。一方で、英国では、今回の年金契約の利益認識に関するIFRS解釈委員会の決定に至るプロセスにおいて、英国の保険会社の中から基準のカーブアウトを求める意見も提出されていたが、UKEBはこうした意見にも関わらず、いまだIFRS解釈委員会の最終決定がなされていない5月の段階(ただし、この段階でIFRS解釈委員会の最終決定内容は想定されていた)で、IFRS第17号をそのまま採択する決定をしている。ただし、4で述べたように、保険業界等の意見も踏まえて、基準の解釈等に関する問題についてのいくつかの課題意識を提示している。
英国を含む欧州の保険会社は、2023年1月1日からのIFRS第17号の適用に向けて、現在は最終的な準備を進めている段階にあるが、今回のIFRS解釈委員会の決定に従えば、少なからずの影響を受ける会社も出てくることになる。その意味で、EFRAG及びUKEBの今後の対応(の有無)等も一定注目されることになる。
IFRS第17号の適用を巡る解釈の問題、IFRS第17号の適用に関するEUや英国の動き、さらにはその他のIFRS適用国の動きは、関係者の関心の高い事項であることから、今後ともその動向を引き続き注視していくこととしたい。
(2022年07月29日「保険・年金フォーカス」)
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