2022年06月14日

欧州経済見通し-高インフレの影響を大きく受ける欧州経済

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.欧州経済概況

( 概観:コロナ禍からの回復が続く一方、高インフレに直面 )
ワクチン接種などで新型コロナウイルスの耐性を高めてきた欧州経済1は、行動制限の緩和によりコロナ禍からの回復を進めてきた(図表3・4)。また、2月のロシアによるウクライナ侵攻後は、経済・金融制裁を通じて「脱ロシア」の動きを加速させてきた。

コロナ禍からの回復により、対面サービス産業が活性化することが経済へのプラス要因となる一方、ロシア・ウクライナ戦争は、資源・商品価格の上昇を通じたインフレ圧力や新たな供給制約をもたらしている。特に、経済的にもロシアと関係の深い欧州では、戦争が経済に及ぼす悪影響は大きい。

本稿では、コロナ禍からの回復期であり、またロシア・ウクライナ戦争の開始当初でもある1-3月期の経済状況を確認した上で、今後の見通しについて考察したい。
(図表3)ユーロ圏での感染状況と封じ込め政策/(図表4)ユーロ圏の物価上昇率
 
1 本稿ではユーロ圏19か国を対象とする。
( 振り返り:1-3月期成長率は前期比0.6%と高いが、個人消費は低調)
まず、22年1-3月期の経済状況をGDPおよび雇用データから確認する。

ユーロ圏の実質GDP成長率は、前期比で0.6%(年率換算2.5%)と、4四半期連続でのプラス成長となり、伸び率も21年10-12月期(前期比0.2%、年率換算1.0%)から大幅に加速した。成長率は、改定値(前期比0.3%、年率換算1.1%)から上方修正されており、その結果、1-3月期の実質GDPの水準はコロナ禍前(19年10-12月期)を0.8%上回っている。
(図表5)ユーロ圏の実質GDPと需要項目別内訳/(図表6)ユーロ圏の個人消費とデフレータ
需要項目別の状況を確認すると、ユーロ圏全体では個人消費が前期比▲0.7%(21年10-12月期は▲0.3%)、投資が0.1%(3.1%)、政府消費が▲0.3%(0.4%)、輸出が0.4%(2.7%)、輸入が▲0.6%(4.7%)であった(図表5)。

また、在庫変動の寄与度が0.62%ポイント(21年10-12月期は0.37%ポイント)、外需の寄与度が0.41%ポイント(▲0.73ポイント)となった。在庫変動を除く内需の寄与度は▲0.13%ポイント(0.20%ポイント)と、1-3月期は在庫の積み増しと外需が成長率の押し上げ要因であり、内需は冴えない状況と言える。

特に個人消費については、2四半期連続でのマイナス成長だった。名目個人消費を見ると、前期比1.5%(21年10-12月期は1.1%)とプラス成長を維持しており、伸び率も加速している(図表6)。実質値が押し下げられたのは、個人消費価格指数(デフレータ)が前期比2.1%(21年10-12月期は1.4%)と加速しているからであり、高インフレによる消費の下押し圧力がうかがえる。

また、輸入価格指数の伸びが輸出価格指数の伸びを上回る状況が続いており、交易条件は1-3月期時点でさらに悪化が進んでいる(図表7)。ユーロ域内からの所得流出は増加しており、家計・企業の負担は増している。
(図表7)ユーロ圏の輸出入物価と交易利得・損失/(図表8)ユーロ圏のコロナ禍前からの回復状況(需要別、22年1-3月期)
主要国別の状況をみると、GDPの前期比ではドイツが0.2%、フランスが▲0.2%、イタリアが0.1%、スペインが0.3%となった。コロナ禍前との比較でドイツが▲0.9%、フランスが0.3%、イタリアが0.0%、スペインが▲3.4%だった(図表8)。これら主要4か国のうち、ドイツ、イタリア、スペインでは特に個人消費の回復が遅れている。
(図表9)ユーロ圏のコロナ禍前からの回復状況(産業別、22年1-3月期)/(図表10)ユーロ圏の総労働時間とその内訳
主要国別の産業別の付加価値を見ると(図表9)、イタリアやスペインでは対面サービス産業(住居・飲食、芸術・娯楽・その他産業、図表の緑系の棒グラフ)が経済回復の遅れとなっているが、ドイツやフランスではこれらの産業はほぼコロナ禍前まで回復している。ドイツやフランスの回復の遅れの主因は工業活動(大部分は製造業、図表の茶色の棒グラフ)であり、コロナ禍よりも供給制約の影響を大きく受けている状況と考えられる。

雇用の状況を確認すると(図表10)、雇用者数は1-3月期に前期比0.6%(+103.1万人)となり、コロナ禍前との比較でも1.0%(+158.8万人)とコロナ禍前の水準を上回っている。総労働時間でみると1-3月期で前期比+1.3%(コロナ禍前比▲0.6%)であり、1人当たり労働時間のコロナ禍からの回復が相対的に遅いため、コロナ禍前水準までには達していないが、回復基調にある。

労働参加率は21年10-12月期時点でコロナ禍前の水準を上回っており(図表11)、総じて見ると、労働環境は堅調と言える。

主要国別に総労働時間の状況を見ると、イタリアを除き雇用者数はコロナ禍前程度まで回復している。一方、1人あたりの労働時間については、ドイツやフランスの回復が遅く、これらの国では対面サービス産業以外の産業でも労働時間がコロナ禍前と比較して短いことが目立つ(図表12)。
(図表11)ユーロ圏の労働参加率/(図表12)ユーロ圏の総労働時間変化(22年1-3月期)
以上、GDPや雇用の状況をまとめれば、コロナ禍からの回復が進み、対面サービス産業とその他産業の二極化はほぼ解消されている。国ごとのバラツキも多少はあるが、小国を除いて回復の格差は縮まってきたと言えるだろう(図表13・14)。
(図表13)ユーロ圏産業別実質付加価値・雇用(コロナ禍前比)/(図表14)ユーロ圏国別付加価値・雇用の変化(コロナ禍前比)
( 現状:対面サービス産業のさらなる回復に期待が持てる一方、戦争の影響も強まる )
次に、上記以外のデータにも触れつつ、最近の状況を確認したい。

足もと、コロナ禍からの回復とロシア・ウクライナの影響がさらに色濃く生じていると見られる。コロナ禍に関しては、人流やフライト数の改善が続いており、引き続き対面サービス産業の伸びには期待が持てる(図表15・16)。

また、ロシア・ウクライナ戦争によるEUの「脱ロシア」の動きも進んでいる。エネルギーに関しては、石炭および固形化石燃料の8月以降の禁輸2、原油・石油製品の段階的な禁輸(原油は6か月、石油製品は8か月かけて実施、原油のパイプライン輸入は禁輸対象外)3に踏み切ったほか、天然ガスも段階的な縮小(年内のロシア産ガス輸入を3分の1に削減、後述「REPowerEU」での計画)を目指している。こうした措置に加えて、ロシア側の対抗措置としてのエネルギー供給停止が一部講じられている4ことから、来年にかけて少なくとも数量ベースでの輸入量は大きく減少することが見込まれる。
(図表15)ユーロ圏のサービス売上高(内訳)/(図表16)ユーロ圏のフライト数・人流と飲食・宿泊業売上高指数
現時点で確認できる3月までの貿易統計のデータを見ると、すでに輸出に関しては、3月にロシア向け輸出の急減するという形で顕在している。一方、輸入についてはロシア産エネルギーの依存度の低下を目指しているものの、3月時点では金額ベースでの輸入量は底堅い状況が続いている(図表17)。ただし、貿易数量で見ると、ロシア向け輸入も3月は2月から減少している(図表18)。
(図表17)ユーロ圏の貿易動向〔金額〕/(図表18)ユーロ圏の貿易動向〔数量〕
なお、エネルギー関係を除けばユーロ圏の対ロシア貿易の金額シェアは小さく、対ウクライナ貿易はさらに限定的ではあるが、半導体製造に必要な原材料の調達(ロシア産パラジウム、ウクライナ産ネオンなど)や、自動車部品工程(ワイヤーハーネスなど)を担うなど、既存供給網の一部となっている産業もあり、製造業における供給制約の一因となっている5。ロシアがウクライナに侵攻する以前から、世界的な半導体不足や供給網のひっ迫といった供給制約が生じていたが、戦争により供給制約が助長されている。

さらに、中国の上海で新型コロナの感染拡大に対して都市封鎖(ロックダウン)を実施したことも世界的な供給網のひっ迫に拍車をかけた。こうした状況もあり、域内の生産活動も自動車産業を中心に停滞が続いている(図表19)。

加えて、商品・資源価格が高止まりしていることによる経済への間接的な影響も大きい。インフレによる購買力の低下と合わせて、貿易面では、資源価格が高騰するなかで、当面は代替国からのエネルギーを確保することが必要であることから、赤字傾向が続くと見られる(図表20)。
(図表19)ユーロ圏の鉱工業生産、小売売上、自動車販売/(図表20)ユーロ圏の貿易収支および非EU国との品目別貿易収支
 
2 制裁第5弾としての措置。EUの石炭輸入は年80億ユーロに相当。Council of the EU, EU adopts fifth round of sanctions against Russia over its military aggression against Ukraine, 8 April 2022(22年6月13日アクセス)
3 制裁第6弾としての措置。禁輸対象は全石油輸入の90%に相当するとされる。Council of the EU, Russia’s aggression against Ukraine: EU adopts sixth package of sanctions, 3 June 2022(22年6月13日アクセス)、European Commission, Russia's war on Ukraine: EU adopts sixth package of sanctions against Russia, 3 June 2022(22年6月13日アクセス)。
4 ロシアガス会社のガスプロムによる供給に関して、ルーブル建てでの決済が行われていないとして、ポーランド、ブルガリア、フィンランド、オランダ、デンマーク、ドイツの一部企業への供給停止が発表されたほか、ポーランド経由の「ヤマルヨーロッパ」によるガス供給を停止すると発表されている。また、ロシア電力会社インテルラオのフィンランド子会社は、電力料金が支払われていないとして、ロシアからフィンランドへの電力の供給を停止すると発表した。
5 なお、半導体の原材料については、在庫があるため短期的には供給制約が顕在化するリスクは小さいとする見方もある。例えば、Asa Fitch,  Chip Makers Stockpiled Key Materials Ahead of Russian Invasion of Ukraine, The Wall Street Journal, March 13(22年6月13日アクセス)
( 財政:未活用RRFを利用した脱化石燃料の加速へ )
財政面に関しては、まずコロナ禍からの復興のための7500億ユーロ(2018年価格、うち補助金3900億、融資3600億)規模の基金(「次世代EU」)の資金利用が進んでいる。

また、欧州委員会ではロシア・ウクライナ侵攻を受けて、エネルギー面での「脱ロシア」を進めるために、化石燃料からの脱却を従来の目標よりも加速する「REPowerEU」計画を打ち出している6。内容は「(1)省エネルギー」「(2)エネルギー調達先の多様化」「(3)再生エネルギー移行の推進」の柱からなり、これらを実現するための「(4)投資拡大」が計画されている。資金調達には、「次世代EU」の中核となる復興強靭化ファシリティ(RRF:Recovery and Resilience Facility)の未活用融資枠(2250億ユーロ)や、EU-ETSの排出枠収入による新規の補助金(200億ユーロ)など活用することを計画し、合計約3000億ユーロの投資支援を予定している。

GDPへの影響という点では、大部分がRRFの未活用資金を利用する形であるため、追加の投資押し上げ効果というよりも、RRFの投資押し上げ効果をより無駄なく発揮させるものと捉えられるだろう。すでに稼働している枠組みを利用するため、実際の利用までの手続きも比較的円滑に進むことが期待される。
 
なお、政治面では4月にフランス大統領選挙が実施された。

結果は、現職である共和国前進のマクロン大統領が続投する形となった(その後党名を「再生」に変更)。決選投票を争った国民連合(RN)のルペン氏が大統領に就任し、政策予見性が低下するといったリスクは避けられた。また、大統領選挙に続いて6月12日には議会選挙の1回目投票も実施されている。左派連合の得票率が与党連合と拮抗しており、今後19日の決選投票を経て、与党連合が過半数を維持できるかが注目される。
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