2022年06月09日

2022年度の年金額は0.4%減額、2023年度は増額だが目減りの見込み-(後編)2023年度は68歳前後の改定率が初めて相違する見込

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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2022年1月21日、2022年度の公的年金額は前年度比-0.4%の減額、と公表された。この減額を背景として、3月には年金生活者等を対象にした5000円程度の「臨時特別給付金」を与党が提言したが、現時点では事実上の見送りとなっている。

2022年度の公的年金の最初の支払日(6月15日、4~5月分)を控え、後編(本稿)では前編(別稿)で確認した改定ルールが2022年度分の改定でどう機能したかを確認し、2023年度分以降の見通しを考察する。

1 ―― 2022年度分の年金額改定

1 ―― 2022年度分の年金額改定:現役の賃金と同様に-0.4%の減額。給付調整は再度繰越

ここでは、前編で確認した年金額改定のルール(図表1)が、2022年度分の改定でどのように機能したかを確認する。
図表1 前編(別稿)で確認した年金額の改定ルール(2021年度以降の概要)
1|本来の改定率:新型コロナ禍による賃金低下が影響したが、3年平均を使用するため影響は緩和
本来の改定ルールでは、物価変動率(厳密には前年(暦年)の物価上昇率)が-0.2%、賃金変動率(厳密には名目手取り賃金変動率)が-0.4%となったため、図表2の(4)に該当した。このため本来の改定率は、67歳まで/68歳からの双方とも賃金変動率(-0.4%)となった1。仮に2021年度から適用された制度改正が行われていなければ、67歳まで/68歳からのどちらの改定率も-0.2%となって年金財政が悪化する方向に影響していたが2、制度改正の効果で年金財政への影響は中立的になった。
図表2 本来の改定ルールの全体像(原則と特例)
本来の改定率の決定に使用される賃金変動率(名目手取り賃金変動率)は、「前年(暦年)の物価上昇率+実質賃金変動率(2~4年度前の平均)+可処分所得割合変化率(3年度前)」で計算される。この計算過程を示したのが、図表3である。
図表3 本来の改定率の計算過程
計算要素の1つである前年(暦年)の物価変動率(図表3の①の列)は、消費者物価指数(総合)の値(-0.2%)が用いられる3

実質賃金変動率(図表3の②の列)は、2~4年度前の名目の賃金変動率を各年(暦年)の物価上昇率で割って実質化した値である4。ここで言う賃金は厚生年金の保険料や年金額の計算に用いられる標準報酬5であり、変動率は性・年齢別の人員構成が変化した影響を除去した値が用いられる6。2022年度の改定率には2018~2020年度の実質賃金変動率の平均が使用され、2年度前に当たる2020年度が新型コロナ禍の影響で-0.5%となった影響で、3年度平均でも-0.2%のマイナスとなった。

可処分所得割合変化率(図表3の③の列)は、可処分所得という名称が付いてはいるが、具体的には厚生年金の保険料率の引上げに伴う可処分所得の変化を反映するための項目である。2022年度の改定率に使用される可処分所得変化率は3年度前の2019年度の値になるが、厚生年金の保険料率は2017年9月に引上げが終了しているため、ゼロ%である。

これらの要素を掛け合わせた結果、2022年度の改定率に使用される賃金変動率(名目手取り賃金変動率)は-0.4%となり、これに図表2のルールを適用して、前述した本来の改定率が計算される(図表3の④の列)。

総じて見れば、本来の改定率が67歳まで/68歳からともに-0.4%となったのは、新型コロナ禍の影響で2020年度の実質賃金変動率が-0.5%となった影響が大きい。ただし、実質賃金変動率は3年度平均を用いる仕組みのため、新型コロナ禍が部分的にしか(大雑把に言えば3分の1だけ)現れずに済んだ、とも言える。この-0.5%が2023~2024年度の改定率にも影響する点には留意が必要だが、2022年度の改定率は制度の狙いが上手く発揮されたケースと言えるだろう。
 
1 厳密には、「67歳まで」は「67歳になる年度まで」、「68歳から」は「68歳になる年度から」を指す。以下同じ。前編p.2参照。
2 年金財政の支出を左右する年金額の改定率が、年金財政の収入を左右する賃金上昇率よりも高くなるため。前編p.3参照。
3 このため、年金額の改定率は前年(暦年)の物価上昇率が発表される日(1月19日を含む週の金曜日)に公表される。
4 賃金変動率は年度ベースで物価変動率は暦年ベースと時期が食い違っているが、この方法で計算した実質賃金変動率に暦年の物価変動率を掛けて本来の改定率を計算するため、問題はないと考えられる。
5 標準報酬は、標準報酬月額と標準賞与額の年度合計。標準報酬月額は報酬月額をいくつかの段階に定型化したものであり、現在は8.8~65万円の32段階に分かれている。後述するように、原則としては年1回改定される。標準賞与額は、賞与の千円未満を切り捨て、上限を150万円とした値である。
6 これらの影響で、賃金上昇率として参照されることが多い毎月勤労統計から計算される値とは一致しない。
2|年金財政健全化のための調整ルール:本来の改定率がマイナスのため適用されず
年金財政健全化のための調整ルール(いわゆるマクロ経済スライド)は、前述のように本来の改定率が67歳まで/68歳からともにマイナスとなったため、両者とも図表4の繰越適用(特例b)に該当し、調整率が適用されなかった。この結果、2022年度の改定率は、67歳まで/68歳からともに、本来の改定率と同じ-0.4%となった。名目の年金額は前年比で減額となるが、調整率が適用されないため実質的な価値は基本的に維持されていると言えよう7。なお、適用されなかった調整率(-0.3%)は、翌年度に繰り越された(図表5右)。
図表4 年金財政健全化のための調整ルール(いわゆるマクロ経済スライド)のイメージ (2016年改正後)
図表5 年金財政健全化のための調整ルール(いわゆるマクロ経済スライド)の適用状況(近年分)
年金財政健全化のための調整率(いわゆるマクロ経済スライドの調整率)の計算過程を示したのが、図表6である。調整率は、当年度の調整率と前年度から繰越された調整率の合計である。当年度の調整率は「公的年金加入者数の増加率(2~4年度前の平均)-引退世代の余命の伸びを勘案した率(0.3%)」で計算され、前年度から繰越された調整率は図表4のルールで計算される。

調整率の計算に使用される公的年金加入者数の変動率(図表6の⑤の列)は、2~4年度前の平均である。ここで言う公的年金の加入者数は、国民年金の第1号被保険者と厚生年金の被保険者と国民年金の第3号被保険者であり、年度内の各月末の人数を平均した値(年度間平均)が用いられる。公的年金の加入者数が国民年金の第1~3号被保険者の合計となっていないのは、国民年金の第2号被保険者には厚生年金被保険者のうち65歳以上の人(老齢基礎年金の受給者となり得る年齢の人)が含まれないためである。国民年金の第1号被保険者と第3号被保険者の対象年齢は20~59歳だが、厚生年金被保険者の対象年齢は69歳までであるため、高齢期の就労が進展して60代の厚生年金加入者が増えれば公的年金加入者数は増加する可能性がある8

2022年度の当年度分の調整率には、2018~2020年度の公的年金加入者数の変動率の平均が使用される。2年度前に当たる2020年度は新型コロナ禍の影響があったためか-0.1%の微減となったが、近年は60代の厚生年金加入者の増加によって公的年金加入者数は微増が続いていたため9、3年度平均では+0.1%になった(図表6の⑤の列)。ここから引退世代の余命の伸びを勘案した率(0.3%)が差し引かれ(厳密には掛け合わされ)、2022年度の当年度分の調整率は-0.2%となった。これに2021年度から繰り越された調整率(-0.1%)を加えた-0.3%が、特例に該当しなければ適用されていた調整率である。しかし、前述のように本来の改定率がマイナスとなったため、調整率(-0.3%)は適用されず、翌年度に繰り越された。
図表6 年金財政健全化のための調整(いわゆるマクロ経済スライド)の計算過程
 
7 厳密には、賃金変動と物価変動のどちら(もしくは他の指標)を基準とするかによって実質的な価値は変わる。また、物価変動を反映しているとは言え前年(暦年)の物価変動率であるため、実際の年金受給者は実質的な価値が維持されていると感じにくいかも知れない。しかし、ここでは大雑把に理解するため、調整率が適用されなければ実質的な価値が維持されていると評価した。
8 なお、パート労働者等に対する厚生年金の適用拡大によって20~59歳の厚生年金加入者が増加しても、公的年金の加入者数には影響しない。20~59歳で厚生年金に加入する人は、国民年金の第1号または第3号被保険者からの移行であり、厚生年金に加入する前から公的年金の加入者数に含まれているためである。他方で、厚生年金の適用拡大によって60代の厚生年金加入者が増えれば、公的年金加入者数の増加に寄与する。実際に、厚生年金加入者のうちパート労働者(短時間労働者)の性・年齢分布を見ると、特に男性においては60代の比率が高い。しかし、厚生年金加入者のうち短時間労働者の60代は男女計で16万人に過ぎないため、公的年金加入者数全体(約6700万人)に対しては限定的な影響に留まる。
9 中嶋邦夫(2017)「最近の雇用情勢と公的年金財政への影響」『年金ストラテジー』Vol.255、参照。

(2022年06月09日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

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