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- 日本の物価は持続的に上昇するか~消費者物価の今後の動向を考える
しかし、このように物価が将来上昇するという予想が広がっているからといって、企業が簡単に価格を引き上げられるわけではないだろう。企業が価格を十分に引き上げないなら、物価が将来上昇するという予想もやがて修正されることになるはずだ。
日銀短観の2022年3月調査によると、確かに小売業では仕入価格の上昇に伴って販売価格を引き上げる傾向がみられた。しかし、宿泊・飲食サービスでは仕入価格上昇の割に販売価格の引き上げが限定的にとどまり、レジャーや教育などの対個人サービスでは、販売価格を引き下げるなど、仕入価格DI(上昇-下落)と販売価格DI(上昇-下落)の乖離幅が拡大しており、価格転嫁が十分に行われていない状況が示唆されている1。
そのため、確かに消費者の間では将来物価が上昇するとの予想が広がっているようにみられるが、価格転嫁が十分に行われ、物価が上昇する品目が全般的に広がっていくとは限らない。
価格転嫁が起こるかどうかは、必需品か奢侈品かといった個別の品目の特性に由来する。食品や光熱費のように、価格が上がっても消費量を大きく減らすことが難しい財の場合、企業からすれば、価格引き上げによる負の影響が相対的には大きくならないと考えられ、価格を引き上げやすいだろう。
また、賃金が上昇しない状況では、食品や光熱費、ガソリンなどの価格上昇により、実質的な所得の減少が生じて、それら以外の消費に振り向ける余裕が失われることにつながりうる。
実際、消費者物価指数の各品目を必需品か否かに分類して作成された基礎的・選択的支出項目別指数2によれば、エネルギーや食料の多くを含む基礎的支出項目は前年比で4.8%と大きく上昇している。それに比べて、選択的支出項目は、携帯電話通信料の大幅引き下げの影響を除いても限定的な上昇にとどまる。
加えて、レジャーや宿泊・飲食サービスは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大や緊急事態宣言等の経済活動の制限により休業を迫られるなど、需要が大きく落ち込んだ産業である。そのため、感染状況が落ち着いて需要が大きく回復する状況であっても、コスト増による価格の引き上げは限定的に留めざるを得ない状況に置かれやすくなる可能性がある。
1 仕入価格DIには下方硬直性ないし上方バイアスがあり、販売価格DIには上方硬直性ないし下方バイアスがあるが(鎌田、吉村(2010))、価格転嫁が難しいとの認識がそのバイアスを強めている可能性もある。
2 家計調査から得られる支出弾性値の大きさにより、支出弾性値が1未満の品目を基礎的支出項目、1以上の品目を選択的支出項目としている。
以上を勘案すれば、確かに予想インフレ率は上昇しているが、原材料コスト増の価格転嫁の度合いについては、食料品などの必需品とレジャーなどの奢侈品で違いが生じる可能性が高いだろう。また、エネルギー価格や食料品価格の上昇は消費者の値上げへの拒否感を高め、それ以外の財・サービスにおける価格転嫁を控えめにさせる方向で寄与するだろう。結果として、上昇した予想インフレ率はやがて下落する方向に修正されると見込まれる。ただし、価格が上がる状況をある程度継続的に経験し、物価上昇の環境に慣れることで、消費者の値上げへの態度や企業の価格設定行動が変化し、予想物価上昇率の基調が上昇する可能性もある。
3 渡辺(2022)は、日本と米国の消費者に対するアンケート調査の結果から、日本の消費者は、米国と比べて値上げに敏感な一方で値下げに対してはそれほど敏感でないことを指摘している。
4 品目別価格変動分布の上昇率の高い(低い)順から数えてウエイトベースで 50%近傍にある品目の価格変化率
4――まとめ
5 たとえば、Jordà.et al (2022)は、アメリカの消費者物価上昇率が他の先進国より高い理由として、コロナ禍での財政拡張の規模が大きいことをその要因として指摘している
(参考文献)
黒田東彦(2021)「最近の金融経済情勢と金融政策運営─名古屋での経済界代表者との懇談における挨拶─」、日本銀行ウェブサイト
高橋悠輔、玉生揚一郎(2022)「わが国における家計のインフレ実感と消費者物価上昇率」、日本銀行ワーキングペーパーシリーズNo.22-J-2
内閣府(2019)『日本経済2018-2019』
日本銀行 (2022)『経済・物価情勢の展望 2022年4月』
渡辺努編(2016)『慢性デフレ 真因の解明』、日本経済新聞出版
渡辺努(2022)『物価とは何か』、講談社
Jordà, Òscar, Celeste Liu, Fernanda Nechio, and Fabián Rivera-Reyes (2022), “Why Is U.S. Inflation Higher than in Other Countries?”, FRBSF Economic Letter 2022-07
Rotemberg, Julio J.(2005), “Customer anger at price increases, changes in the frequency of price adjustment and monetary policy.”, Journal of Monetary Economics, vol. 52(4), pp.829-852.
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山下 大輔
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(2022年05月26日「基礎研レポート」)
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