2022年05月20日

米国の不妊治療の現状とは?-米国の生産性が日本と比べて10.1%ポイントも高く、35歳未満での治療が12.2%ポイントも高い特徴-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任   乾 愛

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1――はじめに

前稿では1、2022年4月より日本において不妊治療の保険適用が開始されることに際し、過去の特定不妊治療の助成事業の変遷を振り返り、制度の影響や不妊治療成果の限界についての特徴を紹介した。本稿では、これらの日本の不妊治療の実態について評価するため、米国の制度の変遷や不妊治療成果についての現状を整理し、日本と比較検証したい。

尚、本稿は基礎研レター全3回のうちの第2回目にあたり、米国の不妊治療の実態を述べる。次稿では、欧州の制度の変遷と特徴を紹介し比較検証していく予定である。
 
1 乾愛(2022)基礎研レター「日本の不妊治療の現状とは?」2022年3月1日

2――米国の不妊治療に対する経済的支援

2――米国の不妊治療に対する経済的支援

米国の不妊治療に対する経済的支援は、医療保険による保険適用(医療費補助)、州政府による不妊治療助成プログラムによる助成、企業による福利厚生サービス等の制度が存在する2
 
2 米国の不妊治療に対する経済的支援には、保険による医療費補助、州の助成金、企業助成金のほか、財団からの支援や寄付、ローン制度等も存在するが、今回は省略し、保険による医療費補助、州の助成金、企業助成に焦点を当てている
2−1. 医療保険による保険適用(医療費カバー)
まず、米国の医療保険制度は、高齢者や障がい者が加入するメディケア、低所得者が加入するメディケイドなどの公的医療保険3のほか、個人が雇用主等を通じて加入する民間の医療保険が存在し、日本の様な国民皆保険制度は存在しない。そのため、不妊治療を受ける者の経済的な負担は、保険の契約有無や契約した保険プランに大きく左右されることが特徴的である。

公的医療保険による不妊治療の医療費カバーの例を挙げると、ニューヨーク州のメディケイド加入者の場合、FPL4138%以下もしくは138-233%において妊娠中・子ども有等の収入基準があり、21歳から34歳までは12か月以上、35歳から44歳までは6か月以上の不妊期間を有することと定められている。これらの要件を満たした者は、不妊症の診察・診断・排卵誘発剤の費用がカバーされるが、特定不妊治療とされる体外受精や人工授精までは実施できない56。一方で、カリフォルニア州などではメディケイドでの不妊症に対する保険適用は存在せず、個人で民間の医療保険に加入するほかない州も存在する。

一方で、民間保険の不妊治療保障に関する要件やプランは大変幅広いため本稿では割愛するが、2022年4月現在の米国19州(図表1橙色)では、企業や保険会社・居住者に対し、不妊治療保障が含まれる民間の保険プランの提供や加入を義務付けている州法が可決されるなど、不妊治療保障を州政府が後押しする動きも見られる。この19州のうち、5州(図表1赤点)では体外受精について、また3州(図表1青点)では妊孕性温存療法の保障が州法により定められている。78。しかし、これら19州においても定める要件が大きく異なり、通常1・2年である不妊症の定義に対し、ハワイ州やテキサス州のように5年の期間を設ける州もあり、ばらつきが大きい。また、不妊症の診断があれば保険適用となる対象年齢を設けない州が大半であるのに対し、ロード・アイランド州では25歳から42歳まで、ニュージャージー州では46歳未満までと年齢制限を設けている州も存在する。さらに、アーカンソー州やロード・アイランド州、ユタ州では保険給付額上限が決まっているなど、州により保障内容や保険給付額などの要件が大きく異なるのが特徴的である。
図表1. 不妊治療に関する州法が定められている州(地図上プロット)
 
3 HHS.gov website(2022),Programs&Servises,Health Insurance,
 https://www.hhs.gov/programs/health-insurance/index.html(2022年5月13日アクセス可)
4 FPL(Federal Poverty Levels)とは、連邦の貧困基準のことを示す。 
 https://aspe.hhs.gov/topics/poverty-economic-mobility/poverty-guidelines
5 株)野村総合研究所(2022)「諸外国における不妊治療に対する経済的支援等」に関する調査研究報告書,
 p77-79参照
6 NewYork StateHP(2022)「Medicaid Coverage of Limited Infertility Benefit」参照 
 https://www.health.ny.gov/health_care/medicaid/program/update/2019/2019-06.htm
7 resolve: The National Infertility Association,Insurance Coverage by State.
8 NCSL:National Conference of State Legislaures,State Laws Related to Insurance Coverage for Infertility
2−2. 州政府による不妊治療プログラムによる助成
次に、上述の医療保険による医療費カバーとは別に、州政府が独自に実施する不妊治療プログラムの助成制度が存在する。例えば、ニューヨーク州だと、NYS Infertility Demonstration Program9を実施しており、21歳から44歳の年齢制限、総世帯収入が20万ドル以下の収入制限、そして民間の医療保険に加入している者という要件を満たす場合に申請することができ、薬剤治療、顕微授精や体外受精などの医療費をカバーする助成金が支給される10。一方で、ユタ州の助成プログラム11では、この助成金に申請できるのは公務員医療保険の加入者と一部のメディケイド加入者のみで、助成額も4千ドルと決まっている。これら州政府による助成プログラムは、民間の医療保険における適用範囲から漏れる治療法を選択せざるを得ない場合にも、州による助成によってカバーされる二重の支援体制となっており手厚い支援体制ではあるが、居住地域によって偏りが生じることは課題となろう。
 
9 NYS Infertility Demonstration Program,https://www.health.ny.gov/community/reproductive_health/infertility/demonstration_program/
10 支給される助成金の金額は、治療費用の2.5%~97.5%の範囲で設定されている。尚、ドナー卵子の提供に伴う費用や、精子の保存など一部は助成対象外となっている。
11 UTAH State Legislature, S.B. 19 Expanded Infertility Treatment Coverage Pilot Program Amendments, https://le.utah.gov/~2021/bills/static/SB0019.html.
2−3. 企業による福利厚生サービス
 さらに、米国企業では、医療保険とは別に、福利厚生サービスの一環として不妊治療に関する治療を提供するケースも存在する。例えば、carrot fertility12という福利厚生サービスに加入している企業の従業員は、事前に取得した専用のカードを提携のクリニックへ提出することで、医療費を窓口負担をすることなく不妊治療に関する検査や治療が受けられる仕組みとなっている。この福利厚生サービスは、企業がすでに加入している民間の医療保険に不妊治療保障が含まれていなくても、プランを変更したり、保険会社を変更することなく、不妊治療に関するサービスを提供できる。さらに、不妊治療の補助だけでなく、妊孕性の温存療法の提供や養子縁組等の家族形成に関する幅広いサービスを享受できるのが特徴的である。

米国で体外受精を受けた場合、一般的に$12,850ドルから$24,250ドル(1ドル129.20円換算:1,660,284.25円~3,133,221.25円)の高額な費用が必要となるため、不妊治療保障が含まれていない医療保険に加入している企業の従業員の場合、このような企業の福利厚生サービスによる経済的支援の影響は大きいと考えられる。
 
12 carrot fertility,https://www.get-carrot.com/about

3――不妊治療実績件数の年次推移(日米比較)

3――不妊治療実績件数の年次推移(日米比較)

次に、CDCが公表している1995年から2019年の不妊治療実績件数13の推移について図表2に示した。1995年の治療実績件数は、米国が54,358件、日本は38,150件、2019年の最新データでは米国が330,773件 、日本が458,101件となっている。1995年当初の治療実績件数は米国の方が多く見えるが、人口に対する比率(人口千対)14でみると、1995年では、米国0.0002回、日本0.3回、2019年になると、米国0.001回、日本3.6回と、人口千人に対する不妊治療の実施率は、日本の方が圧倒的に高いことが明らかとなった。また、2006年以降、日本の治療実績件数が著しく上昇しているのは、前稿で述べた通り2004年に日本で特定不妊治療助成事業がスタートしたことが影響していると推察される。日本では、米国のような代理母出産や卵子精子の提供が認められていないにも関わらず、治療実績件数や人口比が高いのは不妊治療に対する高いニーズがあるといえる。
図表2. 不妊治療実績件数(年別治療周期総数)日米比較
 
13 本稿で記す不妊治療実績件数とは、総治療周期数のことを示し、治療周期数とは、「月経開始から次の月経開始までを1周期ととらえ治療する回数のことを示す。含まれるデータは、体外受精・人工授精・胚移植等である。
14 人口比(人口千対)の算出は、(1995年及び2019年度の不妊治療実績件数 / 人口実績値 *1000
尚、治療実績件数は人数ではなく回数であるため、ひとりが複数回実績値を計上している可能性があるためさくまでも人口規模を考慮した際の参考値として取り扱うことに留意。
また、米国の人口は、World Poppulation Review,United States Population より、1995年及び,2019年の総人口を用いた。https://worldpopulationreview.com/countries/united-states-population 日本の人口は、国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料「表1-1総人口および人口増加」より1995年及び2019年のの総人口実績値を用いた。

4――不妊治療における生産率(日米比較)

4――不妊治療における生産率(日米比較)

続いて、不妊治療における生産率の比較を実施するため、CDCが公表している2019年ART(生殖補助医療)の治療実績と日本のARTデータから生産率15を算出し図表3に示した。

2019年米国における総治療実績件数は総330,773件、そのうち妊娠数は95,030件、分娩数(出産数)は77,998件であり、妊娠率は28.7%、生産率は23.6%であった。一方で、2019年日本における総治療実績件数は458,101件、そのうち妊娠数は97,041件、分娩数(出産数)は61,623件であり、妊娠率は21.2%、生産率は13.5%であることが明らかとなった。これらの結果から、日本では治療実績件数16が約12万件も多いのに対し、生産率が10.1%も低いことが明らかとなった。
図表3.不妊治療における生産率(日米比較)
日本の生産率が米国に比べて低い要因として、年齢における妊孕性17の影響があげられる。参考に治療実績件数における年齢別分類をみてみると、米国は35歳未満が121,536件(36.7%)、35歳―37歳が75,922件(23.0%)、38歳―40歳が65,869件(19.9%)、40歳以上が67,446件(20.4%)であった。日本では35歳未満が112,066件(24.5%)、35歳―37歳が88,450件(19.3%)、38歳―40歳が109,409件(23.9%)、40歳以上が148,176件(32.3%)であった。これらの結果から、35歳未満の治療者は日本よりも12.2%ptも高く、40歳以上の治療者は11.9%ptも少ないことが明らかとなった。正確に効果をみることはできないが、年齢による妊孕性の限界を示すひとつの指標として挙げられるであろう。
図表4.年齢分類別治療実績件数(日米比較)
 
15 本稿における生産率とは、「総治療周期数」から「分娩(出産)」に至った割合を算出したものである。
16 総治療周期数とは、治療周期数とは、「月経開始から次の月経開始までを1周期ととらえ治療する回数のことを示し、総治療周期数とは、高度生殖補助医療における全ての種類の治療の実績件数を示している。
17 妊孕性とは、生殖機能とほぼ同義語とされ、男女における妊娠に必要な臓器、配偶子、機能のことを示す。(2022年)日本産婦人科医会,17、妊孕性の低下より。

5――まとめ

5――まとめ

本稿では、米国における不妊治療の特徴を日本と比較しながら分析した。米国の不妊治療に対する経済的支援には、医療保険による医療費カバーや州政府による不妊治療プログラムによる助成、企業の福利厚生サービスなどの取組みがあるが、治療内容や保障金額には、地域の偏り等があることが明らかとなった。また、不妊治療における生産率を比較すると、日本は米国に比べて生産率が10.1%ptも低いことが明らかとなり、その一要因として、治療効果が期待しやすい35歳未満の治療者が米国と比べて12.2%ptも低く、妊孕性の限界が訪れる40歳以上の治療者が11.9%ptも高い「治療者の年齢構成」が影響していると推察された。

次稿では、イギリスの不妊治療に対する経済的支援体制や生産率の特徴を日本と比較検証する。
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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

(2022年05月20日「基礎研レター」)

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