2022年04月27日

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介護報酬改定で、デジタル化に加算する仕組みができたが、小さい事業所はどう使って良いか分からない。

坊: 福祉ムーバーは、第1フェーズでは送迎車両の配車計画作成と運行指示をデジタル化し、次に第2フェーズで、DXとしてオンデマンド送迎を付加したということです。DXを可能にしたのがAIということでした。そこで、ここからは介護業界と交通業界におけるDXとAIの活用について、議論していきたいと思います。

交通も福祉もDXは遅れていると思います。デジタルのデータも作っていないところが多いと思います。青木さん、改めて、介護事業所のDXの必要性についてどうお考えでしょうか。また、介護の世界では、エビデンスに基づいた介護を進めるという方針から、「科学的介護」が提唱され、2021年度の介護報酬改定で、「科学的介護情報システム『LIFE(ライフ)』」が稼働しました。この辺りについても、お考えを教えてください。
青木正人氏 青木氏: DXについては、業界を問わず、社会課題を解決するために必須だと思います。ことさら介護業界だけ取組が遅れているように言われますが、そうではなく、すべての業界で、小規模零細は遅れているし、大企業は進んでいると思います。小さいところは、やろうと思ってもできないのです。

そういうときに2022年度の介護報酬改定があり、ICT導入が促進されました。まさに報酬で誘導するいつものやり方ですが、いくら報酬で誘導しても、デジタル化のインフラが整っていないところに、あれをやれ、これをやれといっても無理です。

介護報酬がどういう仕組みになっているかと言うと、サービスごとに公定価格が決まっていて、開発費は積算に入ってないのです。普通の企業なら、一生懸命資金を貯めて開発するのですが、小さなデイサービス施設の場合、例えば売上が月200万円、利益率が4%だとすると、もうけは月8万円しかない。それでどうやってDXを進めるのか。介護報酬の仕組みがそういう立て付けになっていないと認識しているなら、ライフを実施する前に、きちんと経費の手当てをした上で、インフラとして事業所のICT化を進めないといけない。あまりにも安直だと思います。

なぜこのようなやり方になったかというと、厚労省の力が弱くなって、官邸主導で進めたからでしょう。厚労省はそんなことやりたくない。介護業界を守っていかないといけない立場だから。でも嫌々、やっているのです。安倍内閣になってから官邸主導が強まり、ライフの導入は2016年の閣議決定で決まってしまったから、厚労省はそれをやっているだけです。だから、当時の介護報酬分科会でも詳しい話ができないうちに導入が決まってしまった。

逆に言うと、介護報酬で誘導すると、DX化の健全な発展に水を差すことになります。人間の手でやらなくてもいいことはデジタル化し、人間がやらないといけないことは人間がやる。あるいは、介護の間接業務の部分をデジタルで行い、成果を見ながら次のステップで、直接、利用者の介護に関わることもデジタルでやっていく、というような段取りで、目指す方向を示した上で進めるべきなのに、「2022年度介護報酬までに科学的介護の一定の成果を出す」と閣議決定で決められちゃったから、やらざるを得なかった。

事業者はそれにひっぱられてデジタル化するが、実際はどう使って良いか分からないのが中小零細です。そういう事業所に対する教育から始めて、「介護によってこういうところを目指そう」と言えば、福祉ムーバーみたいな話で、どんな手順で何が必要か、順序が見えてくると思います。「報酬をつけたらからこれをやれ」というやり方では、追い付けないところは淘汰される。それは、事業者の状況を見ていないやり方です。これでは利用者が何を欲しているか分からなくて、ただ上から言われるから何かしないといけない、という有様です。

本当は、チョイソコを初めて導入した愛知県豊明市の職員のように、叩かれても良いからやるんだ、という介護や福祉に熱意のある人が行政にも事業者にも出てきて、みんなでやっていかないといけない。

移動は、関係者が介護業界だけじゃないから、みんなが同じテーブルについて、限られた資源を活用して解決していく、良いモデルケースになればいいと思います。そういう意味で、移動は良い題材だと思います。

DXもAIも事業の発展には必要

DXもAIも事業の発展には必要だが、方法論に過ぎない。どこを目指し、何のために使うかを見極めることが必要。

坊: 介護報酬改定で誘導してDXを進めようとしているということですが、本来の道筋とはどうあるべきだとお考えでしょうか。介護事業者に対してニーズを示し、ICTの必要性を教育していくということですか。
 
青木氏: それもありますが、介護現場で起きている課題をしっかり見つけて、体系化していくということです。事業所の大小に限らず、これは必須です。例えば北嶋社長の事業所で言えば、「車両のシートが空いている」「だったら非通所日の利用者さんを送迎してあげてはどうか」といったことです。本当に利用者さんの実現したいことは何なのか、と考えると、そこに必要なものとして、ICTやDXは必然的に生まれてくるはずなんです。その判断に至るための、事業経営のなかで必然的に出てくる流れを、介護報酬による誘導は、無しにしているとも言えます。

例えば、地域密着型の小規模のデイなら、別にDXをやらなくても紙だけでも良いのです。それと同じで、何でもかんでもDXが必要だということではなく、事業継続のために省力化すべき部分はどこか、人の関与を減らす部分はどこか、というように課題を提示してやっていかないといけない。

DXもAIも必要ですが、経営者がしっかりビジョンを持って取り入れないと、現場は動きません。ただのバズワードには誰もついてこない。
 
坊: DXもAIもバズワードになっていて、踊らされている事業所もある。でも本来は、DXもAIも方法論であって、利用者が何を希望しているか、何のサービスが必要かを考えた上で、「この部分にはデジタル使えるんじゃないか」という順序で、デジタルを業務に当てはめていくというやり方だと理解しました。

最初に北嶋さんもおっしゃったように、別に小さい事業所では、「うちは紙でも利用者さんが希望するサービスができている、事業所は回っている」というところではDXは必要ないので、無理やり報酬改定で釣らなくても良いのではないか、ということですね。

AIも共通する話だと思います。AIは自動運転にも使用されていますが、複雑な計算を大量にするので、最終的な判断に対して根拠を言えない。万が一事故が起きた時にも、その原因を説明できないという「ブラックボックス」の問題があります。近年、AIを用いたオンデマンド乗合タクシーが次々開発されていますが、使用者がAIの利点と不利な点を理解して、本当に使いこなしているのかは検証が必要だと思います。移動サービスでも、AIをどう活用していくかは大きな課題です。

福祉ムーバーについて、私が大変興味深いと思ったのは、もともとAIを使用して開発したけど、今は使用を中止して、統計のアルゴリズムを使ったシステムに切り替えたそうですね。北嶋さん、その理由を教えてください。

AIのパラメーター

AIのパラメーターを変えれば変えるほど、コストは上がる。実用化し、横展開を目指す上では難点。

北嶋史誉氏 北嶋氏: もともと福祉ムーバーを開発するには、AIを使わないとだめかなと思っていました。配車する車両や運行ルートに関し、大量の組み合わせがあり、計算量が爆発をしてしまうので、配車計画を自動化しようとすると、人の手ではなくてAIを使わないとだめかと思ったのです。

当初は、公立はこだて未来大学発ベンチャーである株式会社未来シェアのSAVS(Smart Access Vehicle Service、サブス)という技術を使って開発したのですが、実際に介護の現場で使っていくには、利用者ごとに必要な設備や時間などが違うので、エムダブルエス日高のエンジニアと未来シェアのエンジニアで、パラメーターをかなり細かく変えないといけない。ほとんど個人パラメーターみたいな作りになってしまう。それを変更すればするほど、コストが上がってしまうのです。

システムの運用コストが高いと、将来的に小さいデイサービス施設に導入してもらいたいと思っても、導入してもらえない金額になってしまう。その分、行政が補助金を出してという方向に営業を変えたのですが、そうすると行政も敬遠する。これまでのお話にあった通り、高齢者向けの移動サービスに対する需要がどんどん増える中で、供給を増やすためには、コスト上がり過ぎると困るということが当然見えてくるので、自分たちで計算方法を開発しないといけないなと思ったんです。それで、公立大学法人前橋工科大学工学部の統計専門の松本浩樹教授と組んで、統計を用いた配車の推薦システムを作りました。その結果をAIの判断と比べてみたら、ほぼ同じ答えが出たのです。

AIの結果が100点だとすると、自社開発による計算が85点だったとしても、その差はそんなに分からない。AIの方が最適配車だったのか、もしかしたら我々の計算の方が良い配車だったのか、わからないのであれば、コストがよりかからない自社開発のシステムを使った方が良い。そこでAIを捨てて、もっと簡単な計算方法にしたら、計算も早く、コストも安くなった。それに統計の場合はAIと違って、判断の根拠が分かるのです。運用する際に、「速度」と「時間」のどちらを優先するかも、システムの管理者が設定できます。自分たちが判断した優先順位に沿って、システムが最適な配車を決定してくれるのです。

大きい事業所がDX

大きい事業所がDXでソリューションを先行開発し、小さい事業所にも普及すれば、業界全体で取り組める。

北嶋氏: 僕らは、行政主導でやっているとだめだと思って「脱行政」を考えています。市役所からお金をもらうのではなく、デイが力を合わせてやっていこうと。そうじゃないと、介護業界もステータスを上げられず、人材を確保できず、事業継続できなくなる。タクシー業界も既に、ドライバー不足で車両が減っています。こうなってはいけない。介護業界が地域の交通インフラを担っていく、交通弱者は介護業界が担っていくという決意です。

インフラを取ったところは強いんですよ。ガスでも水道でもインターネットでも。社会のインフラの一つを担うのが介護業界なんだ、それにはDXが必要だということになると、若い人たちも「介護業界って面白そうじゃない?」と入って来てくれる。「お前の家、親が介護職だから貧乏だな」なんて言われたら、この業界に入ってくる人がいなくなります。

小さい事業所はDXがなかなかできないので、大きい事業所が開発したソリューションを、小さいところにも安く使っていただき、業界全体で取り組む。そうすると、コンビニと同じぐらいデイは数があるので、そこが皆、自分たちの施設への送迎をデジタル化したことによって、第2フェーズである非通所日の送迎サービスもするようになったら、地域における互助、共助にもなります。

社会福祉法が改正されて、社会福祉法人は、内部留保を吐き出しても社会貢献しないといけなくなりました。その方法の一つに、移動支援という項目も入っています。だから、社福がそれをできれば国にも報告できるし、住民も助かるし、みんなにとって良いじゃないかと。介護業界から横展開できる方法を何とか考えていこうと思っているのです。

やはり、交通は地域に合わせてカスタマイズが必要です。福祉ムーバーも、横展開していくためには、カスタマイズが必要です。それをやりながら、地域のデイサービスに1事業所でも2事業所でも使っていただくことで、デジタル送迎網ができていきます。

送迎網ができれば、高齢者も障害者も、スマホやコールセンターへの電話で予約ができる。そうやって大きい事業者がDXで先行開発し、できた商品をみんなに配って安く使っていただいて、業界全体で取り組む。そうして介護業界全体のステータスを上げていかないとだめだと思います。青木さんがおっしゃるように、介護報酬に釣られてライフをやっても、労力が大きくて実入りが少ない。だったら福祉ムーバーに参加して地域貢献した方が、絶対的に生き残る確率が上がると思います。

エムダブルエス日高が福祉ムーバーをやっていると、利用者さんは「非通所日にも外出支援してくれるよ」となる。そうなると他の高齢者の方も「私もエムダブルエス日高へ行きたい」となる。結果的に、本業が儲かる訳です。それを見た他の事業所から「うちも福祉ムーバーのシステムを入れたい」と言われたら、「どうぞ使ってください」と言っています。独占じゃないですから。その代わり、サーバーの費用だけはもらわないといけないので、例えばタブレット1台につき1,000円でどう、という話をしています。

小さい事業所でも、利用者が非通所日に送迎予約を出したら、エムダブルエス日高が出している百何十台の車が拾っていくかもしれない。高崎市の法人が皆でやれば、市内全体で500台走っていると。そうすると、市内のどこから予約が来ても、どこへでも送迎できるようになる。そうすると、本当の交通網ができます。

アイシンさんのチョイソコも、豊明市からコールセンターのお金をもらっているので、例えば福祉ムーバーでも、電話応対をするコールセンターを設置したら、その分だけ補助する方法もあるかもしれません。例えば前橋市でも、バスの赤字補填に3憶5,000万円、タクシー代の助成に2億円弱出しているのであれば、こういった介護業界の送迎にお金を出してくれても良いと思いますし、そのような方法で横展開できれば良いなと思っています。
坊美生子研究員 坊: 問題は、どうやって持続可能な交通ネットワーク、移動インフラを構築していくかということだと思います。どの自治体でも路線バスへの赤字補填や、外出支援等の名目で、タクシー運賃の助成事業などをやっていますが、コロナ禍の影響も加わって、その金額が膨らんでいます。現状の交通は、とても持続可能とは言えません。このままではいけないと分かっているが、今はこれと言って、代わりになる仕組みがないから、どうしましょうと言っている状態です。交通事業には今、ビジネスモデルが無い状態です。

そんな中で、異業種から移動サービスに参入して、大きな追加コストをかけることなく、持続可能な形で実施してもらえるなら、ぜひ実現してもらいたいと思います。スキームに無理が無く、事業として継続していける仕組みを目指すことが大事だと思います。それによって、本業のデイサービス自体も儲かり、介護業界のステータスも上がり、人材確保もできるようになれば理想的です。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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