2022年04月27日

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坊: まず本日の企画「ジェロントロジー座談会」の趣旨について、説明をしたいと思います。今、日本では高齢化によって、あらゆる領域において、消費者ニーズが変化していると思います。本当は高齢者向けの生活支援サービスや福祉サービスに対する需要が拡大しているのに、供給が追い付いていません。

供給が追い付いていない原因として私が考えているものとして、一つは高齢者のニーズが供給側に理解されていない点があると思います。もう一つは、供給側に人手不足という構造的な問題がある。そのような問題にどう対応し、これから益々高齢化と人口減少が進む中で、どのように持続可能な社会を構築していくことができるかについて、この企画で探っていきたいと思っています。

先に私の考えを申し上げると、これらに対応していくためには、まずもって事業者が高齢者のニーズが何なのかを理解することが重要だと思いますし、人手不足を解決するためには、DX(デジタルフォーメーション)やAIなど、高度技術の活用が必要でしょう。また、人やモノなど、有限な資源を有効活用するため、シェアするという方法もあると思います。さらに必要に応じて、法制度の見直しも視野に入ると思います。

今日のテーマの「福祉ムーバー」は、福祉と交通にまたがるトピックですが、いま申し上げた論点を全て含んでいると思いますので、皆さんで幅広くディスカッションできればと思います。

デイサービスへの送迎車両が…

デイサービスへの送迎車両が、走行中に、利用者を別の目的地にも送迎。追加コストを抑えて新たな移動サービスを行う。

北嶋氏: 私は一般社団法人ソーシャルアクション機構で福祉ムーバーの開発をしています。また、株式会社エムダブルエス日高で介護事業を群馬県内で展開しています(筆者注:福祉ムーバーの普及に専念するため、2022年3月末で代表取締役を退任)。

まず簡単に、福祉ムーバーについて紹介します。デイサービスの利用者さんは、スマートフォンの専用アプリを使ったり、コールセンターに電話したりして、送迎の予約をします。予約に合わせて、システムが、いちばん近くを通る車両を選び、配車指示を出します。これによって、最も効率的な配車と運行ができます。送迎車両に搭載された専用タブレットには、利用者さんの自宅位置や走行ルート、送迎順序などが表示されます(写真1)。

利用者さんによって、様々な注意事項があるので、その情報もタブレットに表示されます。例えば「お宅を出る時に2階の長女に声を掛けて」、「玄関の押し車を持ってきてください」と言う具合です。これによって、送迎時のヒューマンエラーが起きにくくなります。これが第一フェーズです。
写真1 送迎車両に搭載した福祉ムーバーのタブレット
第二フェーズは、これまでは無料の実証実験として行っていたのですが、デイサービスの非通所日に、利用者さんを病院などに送迎するサービスです(図表2)。利用者さんが、予めアプリで病院や薬局、スーパーなどの目的地を5か所まで登録しておき、希望の目的地の予約ボタンを押します。そうすると、いちばん近くを走っている送迎車両に配車指示が出て、その車両の運行ルートが変更されます。よく、送迎が終了した車両を使っていると誤解されることがありますが、それだと追加コストがかかってしまうので、送迎途中の車両が立ち寄る仕組みです。新たな予約が入ることによって、デイサービス施設への到着が10分以上、遅れないように設定しています。

システムの管理画面では、エリアの地図を表示すると、走行中の車両の位置がすべて表示され、誰を迎えに行っているか、空きシートがあるかどうかなどが分かります。福祉ムーバーには現在、高崎市内だけでも350人ぐらいが登録しています。
図表2 福祉ムーバーを使ったオンデマンド送迎の仕組み(北嶋氏発表資料)
坊: 地域の高齢者の方の移動手段確保につながるアイディアは素晴らしいと思いますが、第二フェーズは、同じ地域にたくさんの施設と車両があるエムダブルエス日高さんだから成り立つのではないでしょうか。小さな事業所では難しいと思います。
 
北嶋氏: 一つのデイサービス施設の車両台数が少なくても、地域の介護事業者がみんなで協力して実施すれば、地域全体で200台、300台という台数になります。数が増えれば増えるほど効率が上がり、依頼通りに、いろんなところへ送迎できるようになります(図表3)。ただし、朝はまんべんなく車両が走っていますが、デイサービスへの送迎が終了する昼間は走行台数が減るので、工夫しないといけないと思っています。

僕は福祉ムーバーを「パソコンを使った高齢者のヒッチハイク」だと言っています。デイサービス施設の利用者向けサービスとしてやるので、法人の垣根を越えてやりたい。例えば、一つの地域に異なる介護事業の法人があるので、利用者の自宅の位置によっては、別の法人の車両が迎えに行った方が早い、ということもあるのです。そうするとお互い様で、福祉業界の人達は、地域に貢献する活動をしたいと思っているところが多いので、これまでの実証実験でも反対は少なかったです。地域の高齢者の皆さんも、非通所日にもそのようなサービスをしてくれるところと、してくれないところがあったら、してくれるデイサービス施設を選ぶでしょう。

今後、福祉ムーバーのプラットフォームに参加するデイサービス施設には、非通所日に送迎をすれば、お金が落ちる仕組みにしたいと思っています。ソーシャルアクション機構とデイサービス施設で対価を折半できるような仕組みを構築するために、今、案を練っているところです。
図表3 地域のデイサービス施設が共同で地域の高齢者の送迎を行うイメージ(北嶋氏発表資料)

事業所の業務効率化の必要性

事業所の業務効率化の必要性と、利用者の生活の質を上げるために構想をスタート

北嶋氏: もともと株式会社エムダブルエス日高は、群馬県内で11か所ぐらいデイサービスを運営しており、車両を全部で100台近く所有していました。それらが無駄に走っているとまでは言いませんが、どの送迎車両もシートが空いています。群馬県内に限ってドミナントで介護事業を展開しているので、デイサービス施設同士は近くにあります。それぞれの車両が、同じ方向に利用者さんを迎えに行って、同じ方向に帰ってくると、信号待ちで会って挨拶する。見ると、お互い車両のシートが空いているという状況。「これ、統合した方が良いんじゃない」という話から、どうやったら効率化できるかを考えて、システムを使わないとだめだよね、となりました。

このように、福祉ムーバーは元々、自分たちの送迎業務の効率化から始まったのですが、どうせシートが空いているなら、デイサービス施設以外の送迎にも使っていただけたら、地域の高齢者の皆さんにとっても良いのではないかと思いました。それで移動支援をやっていこうと、実際に社内で開発をスタートしたのが6年前です。構想を入れると7年ぐらい前になります。

昨年2月までは、経済産業省の実証実験に採択されて、新潟、栃木、群馬の3エリアで、17事業所が参加し、計222車両を使って、第二フェーズである非通所日の送迎も行いました。前橋市のスーパーシティ構想にも入っていますし、直近では、岸田総理肝入りの「デジタル田園都市国家構想」にも、前橋市の提案の内容に取り入れられました。このように、国の実証実験の公募には、県や市町村から申請するので、市町村から、福祉ムーバーを中核の取組に使いたいとオファーを頂いてやってきています。
 
坊: 今、ご紹介して頂いたのは、事業運営としての側面です。同じ法人の送迎車両が同じ時間帯に、同じエリアをバラバラに走行していて、交差点で会って「ああ」と挨拶をすると、互いのシートが空いていると(笑)。そういったことから、もっと業務を効率化していこうという話でした。

それに加えて、北嶋さんは、利用者さんの視点で構想を始めたとお聞きました。利用者さんは、デイサ-ビス施設に来る時は一生懸命リハビリをやっているけど、そうじゃない日はどうしているのかというところから、外出を促して介護予防を進めるために、移動サービスが必要だと考えられたということでしたね。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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レポート紹介

【デイサービス車両は高齢者の移動を支える「第三の交通網」を形成できるか(上)~群馬県発「福祉ムーバー」の取組から~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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