2022年04月01日

欧州大手保険グループの2021年末SCR比率の状況について(1)-ソルベンシーIIに基づく数値結果報告(全体的な状況) -

中村 亮一

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1―はじめに

欧州大手保険グループの2021年決算の発表が2月から3月にかけて行われており、それに伴い、ソルベンシーII制度に基づく各種数値等も開示されている。

まずは、今回のレポートでは、欧州大手保険グループの2021年末のSCR比率の水準等について、全体的な状況を報告する。

2―欧州大手保険グループのSCR比率の推移

2―欧州大手保険グループのSCR比率の推移

欧州大手保険グループのSCR比率(=自己資本/SCR(Solvency Capital Requirement:ソルベンシー資本要件))の制度導入時の2016年末から2021年末の推移については、次ページの図表の通りとなっている。

なお、Avivaは開示資料の説明で主として会社ベースの数値を使用しているので、監督ベースと会社ベースの2つの数値を掲載している。また、ZurichはソルベンシーII制度の対象ではないが、参考のためスイスの制度であるSST(スイスソルベンシーテスト)に基づく数値等を掲載している。

この図表によれば、過去からの推移の概要は以下の通りとなっていた。

・2016年末から2017年末にかけては、市場環境が良好(金利の上昇、クレジットスプレッドの縮小、株価の上昇等)であったこともあり、各社ともSCR比率を大きく上昇させていた。特に、内部モデル適用範囲の拡大等のSCR比率の算出方法の変更等もあり、Generaliは29%ポイント、Aegonは44%ポイントと大幅に水準を上げていた。

・2017年末から2018年末にかけては、市場環境の悪化(金利の低下、株価の下落等)もあり、AXAのSCR比率とZurichのZ-ECM比率が低下していた。

・2018年末から2019年末にかけても、市場環境の悪化(金利の低下等)により、AllianzとAegonのSCR比率が大きく低下したが、AXA(米国のIPOによるプラスの影響)やGenerali(規制上のモデル変更によるプラスの影響)等のSCR比率は上昇した。

・2019年末から2020年末にかけては、COVID-19による市場環境の大きな変動があったものの、Zurichを除いては、ソルベンシー比率自体に大きな変化は見られなかった。一方で、ZurichのSST比率は市場リスクのウェイトがより高くなっているで、金利の低下と市場の変動の影響を大きく受けて、2019年末から2020年末にかけて、222%から182%へと40%ポイントと大きく低下した。

これに対して、2020年末から2021年末にかけては、市場環境の好転の影響等により、各社ともソルベンシー比率が上昇している。特に、AXA、Aviva、Aegon、Zurichのソルベンシー比率は2桁台の大幅な増加となっている。なお、各社のソルベンシー比率の変動の詳しい要因については、次回のレポートで報告する。
欧州大手保険グループのソルベンシー比率等の推移
このように、SCR比率の推移については、各社の資本充実やリスクテイクへの方針の差異等を反映して、その動向は一律ではなく、また必ずしも市場環境に応じて類似のトレンドを示しているわけではない。

さらには、以下の理由等から、単純な各社間の絶対水準や年度間の推移の比較ができないことには注意が必要になる。

(1) 各社の生命保険と損害保険等の事業や地域別の構成比の差異等から、目標とするSCR比率等が異なっている(例えば、Aegonは生命保険事業が中心だが、AXA、Allianz、Generali、Aviva、Zurichは生命保険事業も損害保険事業も大きな位置付けを占めており、さらにはAllianz等では資産管理事業も営業利益のうちの大きなウェイトを占めている)。

(2) 事業の地域構成の差異からくる為替等の影響の程度が異なっている(例えば、Avivaは英ポンド、Zurichは米ドルと主要通貨や新興国通貨との為替レートが公表数値に大きな影響を与える)。

(3) ソルベンシーII制度導入当初から数年間は、規制当局との交渉等を踏まえた内部モデルの適用範囲の拡大等による算出方法の変更を実施している会社もあり、一時的な要因による影響も大きなものとなっているケースもあった。
(参考)欧州大手保険グループの事業別内訳(2021年)

3―SCR比率算定等に関係する事項

3―SCR比率算定等に関係する事項

この章では、SCR比率算出等に関係する事項について報告する。

ここで述べる項目については、2021年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)が公表されれば、より詳しい直近の内容が把握できる部分もある。具体的には、2020年末数値に関する詳しい内容については、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2020年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(2)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その1)-」(2021.7.1)で、各社の長期保証措置や移行措置の適用状況について、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2020年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(3)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その2)-」(2021.7.5)、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2020年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(4)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その3)-」(2021.7.13)及び基礎研レポート「欧州保険会社の内部モデルの適用状況(標準式との差異)-2020年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)からのリスクカテゴリ毎の差異説明の報告-」(2021.7.27)等のレポートにおいて、各社の内部モデルの適用状況について、それぞれ報告している。

今回は、あくまでも2月から3月にかけての決算の発表において開示された情報等に基づいている。ただし、以下の2|及び3|については、現段階では2021年のデータが得られていないため、基礎研レポート「欧州大手保険グループの2021年上期末SCR比率の状況について-ソルベンシーIIに基づく数値結果報告-」(2021.10.1)で報告した2020年末データに基づく記述を繰り返している。
1|SCR比率の目標範囲
SCR比率の目標範囲に相当する水準は、以下の図表の通りである。会社内部のソルベンシー比率と監督規制上のソルベンシー比率の両方を開示しているAvivaについては、会社内部のソルベンシー比率に基づく目標範囲を設定している。ただし、これらの目標範囲については、各社毎にその位置付けが異なっているので、単純な比較はできない。また、各社とも、適宜目標範囲等の見直しを行ってきており、必ずしも長期で固定されたものとはなっていない。
欧州大手保険グループのソルベンシー比率の目標範囲
例えば、AXAは2020年12月1日に行われた2023年に向けての戦略に関する投資家向けプレゼンテーションの中で、約190%(140%のリスクアペタイ限度に50ptsのバッファー)を目標とするように修正することを公表している。

AllianzとGeneraliとZurichは下限水準のみを公表している。

AvivaはWorking Rangeという名称で水準設定しており、上限の180%を超える超過資本は株主に還元されるとしている。

Aegonは地域別に目標を設定しており、以下の図表の通りとなっている。
Aegonの地域別ソルベンシー比率(目標範囲)
Zurichは、以前は社内指標のZ-ECMの目標範囲100%~120%を設定していたが、2020年からSSTベースの下限を160%と設定している。この際に、SSTの160%は、AAの格付けの資本水準に相当しており、SSTで180%から200%の範囲で事業を運営することを目指していると述べていた。

なお、ソルベンシー比率の水準毎の会社の対応方針をさらに明確にして開示している会社もある。
2|SCR等の算出方法(内部モデルの適用状況)
各社とも内部モデルを適用しているが、その適用対象については、母国に加えて、欧州の主要国やアジア等、実質的に米国を除く主要事業国を含めているケースが多い。米国については、各社とも同等性評価に基づき、米国RBCによって算出したものをグループベースでは一定の換算を行うことで、全体の計算に反映している。

2020年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)に基づくと、各社のソルベンシーIIに基づく分散効果控除前のSCR算出における内部モデルの適用比率(=内部モデルによるSCR/(内部モデル適用後の)全体のSCR))は、以下の通りとなっている。
分散効果控除前のSCR算出における内部モデル適用比率
これによれば、各社によって状況は異なっている。AXAの内部モデル適用比率については、XL事業体について、2019年に同等性評価から標準式に変更になったことにより大きく低下したが、2020年には標準式から内部モデルに変更になったことから再び大きく上昇している。各社とも、内部モデル適用比率はほぼ上昇傾向にある。

内部モデルの適用によって最も影響が大きいのが、子会社間や地域間の分散効果であると考えられているが、(標準式による分も含めた)分散効果による控除率は、以下の通りとなっている。
分散効果による控除率
分散効果による控除率の水準は、Generaliを除けば、ほぼ30%から40%の範囲にある。

なお、各社の数値の水準の差異は、各社の生命保険事業と損害保険事業のウェイトやそれぞれの事業の商品構成の差異等を反映したものともなっている。

これまで、6月に開示されるSFCRにおいても、標準式によるSCRの数値は開示されてこなかったが、過去の影響度調査によれば、内部モデル適用によるSCRの引き下げ効果は2割程度と想定されている。
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中村 亮一

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