2022年03月22日

高齢化の企業利益への影響-産業別マクロ統計を用いた推計

清水 仁志

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2ダミー変数を入れた推計結果
期間前半(2010~2014年度)から期間後半(2015~2019年度)にかけての各属性における生産性、賃金、利益の変化を表す、労働投入シェアと期間後半のみ1をとるダミー変数との交差項を入れた(4)、(5)、(6)式の結果を表3としてまとめた。それぞれの年齢区分における労働投入シェアの係数は、期間前半の生産性、賃金、利益を表しており、労働投入シェアとダミー変数の交差項の係数は、期間前半から期間後半にかけてのそれぞれの変化を表している。
表3:ダミー変数を入れた推計結果
期間前半の生産性、賃金、利益を表す一般労働者男性の労働投入シェアの各係数は、全期間での推計とおおむね同様に、生産性、利益については30歳代をピークとする逆U字型のカーブが確認できる。具体的には、男性の生産性を表す係数は、20歳代が▲4.8、40歳代が▲8.4、50歳代が▲1.3、60歳代が▲5.1(ただし、50歳代は有意ではない)と、すべての年齢区分でマイナスの結果となっている。利益の係数についても、20歳代が▲3.5、40歳代が▲6.6、50歳代が▲0.3、60歳代が▲2.2(ただし、50歳代は有意ではない)と、すべての年齢区分でマイナスの結果となっている。

期間前半から期間後半にかけての生産性の変化を表す、労働投入シェアとダミー変数の交差項の係数は、20歳代と40歳代がそれぞれ2.3と4.3でプラスである一方、30歳代と50歳代がそれぞれ▲2.4と▲4.9でマイナスである。各係数の絶対値は20歳代よりも30歳代、40歳代よりも50歳代の方が大きく、期間後半にかけて、より高年齢者の生産性が大きく落ちている結果となっている。

賃金の変化については、20歳代が1.1と上昇しているものの、そのほかの年齢では、有意な結果は得られていない。

生産性と賃金のギャップである利益の変化については、40歳代で3.7と上昇している一方で、50歳代は▲4.0と40歳代の上昇分以上に低下している。

全体としてみれば、期間前半から期間後半にかけて、より高年齢労働者の生産性が低下することで、利益を押し下げる結果となっており、おおむね第二の仮説である高年齢労働者の生産性低下を通じて利益が押し下げられることが支持された。

生産性は、経験の蓄積により上昇する一方で、加齢による体力や気力の衰えにより低下する結果、中年齢をピークとする生産性カーブが描かれる。しかし、グローバル化が進み、情報の伝達スピードが速くなる中、スキルは陳腐化しやすい環境になっており、経験の蓄積によりこれまでと同程度の生産性の上昇が達成困難になっていると考えられる。特に、ITスキル等の新しいスキルの習得が生産性の維持に重要であるが、そうした変化に対応できない高年齢者の生産性はかつてと比べて相対的に低下している可能性がある。
 
全期間での推計結果と合わせると、労働者の高齢化により賃金が生産性と比べて割高な高年齢労働者の割合が増えることで企業の利益を押し下げることに加えて、近年ではより高年齢の労働者の生産性が下がっていることが、さらなる利益の押し下げ要因となっている可能性があると解釈できる。
 
一方、個別の年齢区分における生産性の変化は、全期間での推計結果同様、線形とはなっていない。

特に、期間前半での生産性が高い30歳代は、期間後半にかけて生産性が低下(▲2.4)している一方で、期間前半での生産性が低い40歳代(▲8.4)では、期間後半にかけて生産性が上昇(4.3)している。また、期間前半で比較的生産性が高い50歳代(▲1.3)では、後半にかけて低下(▲4.9)し、期間前半の生産性が低い60歳代(▲9.3)では期間後半にかけて生産性が上昇(2.2)している。

これらのことから、年齢といった目に見える属性だけではなく、特定の要因として観察が難しいコーホートの影響が指摘できるだろう。つまり、経済社会情勢等により生まれた年代がある程度生産性の水準に影響を与えており、5年ずらした期間後半では、生産性が高い一部の30歳代が40歳代になることで40歳代の生産性が上昇し、生産性が低い一部の40歳代が50歳代になることで、50歳代の生産性が低下する。また、生産性の高い50歳代が60歳代になることで生産性が上昇したと考えることもできる。
 
また、第三の仮説で述べたように、近年では、少子高齢化が進み若年層の人数が減る中、優秀な人材を獲得するために、各企業が賃上げに動いている。その結果、マンアワーを労働投入とした20歳代の男女の賃金の変化(労働投入シェアとダミー変数の交差項の係数)はそれぞれ1.1と4.5と、両者ともにプラスの結果となっている。

7――まとめ

7――まとめ

本稿では、日本の伝統的な雇用慣行である終身雇用、年功賃金が近年見直されつつある背景について、年齢別の生産性と賃金、ならびに利益を推計することにより分析を行った。日本の先行研究では、年齢別の生産性と賃金を別々で推計し、それらを比較することで年功賃金の存在を確認しているが、本稿では、生産性と賃金のギャップを定義することで、年齢別の利益についても直接推計した。

その結果、産業別のマクロデータを用いた本分析は、事業所や企業別のミクロデータを用いた先行研究同様、生産性が中年齢でピークとなる逆U字型のカーブであることを確認し、同時に直接的に利益についても推計することで、第一の仮説である労働者の高齢化によって利益が押し下げられることが支持される結果を示した。これは、高年齢者は相対的に賃金が割高になっているというLazearの理論を支持する内容である。

また、第二の仮説である高年齢労働者の生産性低下を通じて利益が押し下げられるということが支持され、産業構造の複雑化や、デジタル化の進展などにより、現在にかけてより高年齢層の生産性が低下していることが、さらに企業利益を押し下げる要因となっている可能性があることを示した。

以上の2点により、企業は従来の年功賃金、終身雇用の見直しに踏み切らざるを得ない状況である可能性があり、また、今後の労働者の高齢化により、この傾向が加速する可能性があるとの結論を得た。

政策的観点からは、いかに高年齢労働者の生産性の低下を止め、さらには上昇に転じさせるかが重要であると言える。人口の高齢化は止めることはできないため、今後も賃金が割高の高年齢労働者の割合は高くなっていく。また、生産年齢人口が減少する中、日本全体の労働力確保のため今後も定年延長等により高年齢者の労働参加を促すことが求められる。相対的に生産性が低いそれらの層の生産性を向上させるために、人的資本投資の拡大などの対策が欠かせない。

Appendix

表4:法人企業統計調査と賃金構造基本統計調査の産業対応表
表5:基本統計量 期間:2010~2019年度
表6:各属性のマンアワーシェア(中央値)
表7:各属性の労働者数シェア(中央値)
・推計式の導出
Yitをi産業t年における付加価値額、Kitをi産業t年における資本投入量、QLitをi産業t年における属性別の生産性を考慮した労働投入量、Aを全要素生産性とすると、付加価値生産関数は(1)式で表される。
付加価値生産関数
属性の質を考慮した労働投入量QLitは、i産業における属性kの生産性を表す変数μikと、i産業k属性t年年における労働投入量Liktの積を足し上げることで表される。また、産業i、属性0における労働の生産性を表す変数μi0を基準とすると、(2)式となる。
労働の生産性を表す変数
ここで、各属性が付加価値に与える影響を産業間で一定であると仮定し、属性0に対する属性kの相対的な生産性をλkk0、i産業t年における全労働投入量における属性kの労働投入シェアをPikt=Likt/Litとすると、(2)式は(3)式に変形でき、両辺に自然対数をとると(4)式となる。
(2)式の変形
また、相対的な生産性λkは1とは大きく異ならないと考えられ、また、属性kにおける労働投入シェアPiktは小さいことから、マクローリン展開によるln⁡(1+x)≈xの近似を利用すると、(5)式に変形できる。
マクローリン展開によるln⁡(1+x)≈xの近似
(5)式を(1)式に代入すると、労働の質を考慮した付加価値生産関数は(6)式で表され、lnA+αlnμ0=B、α(λk-1)=νk、α-1=γとすると、労働投入量当たりの付加価値生産関数は(7)式に まとめられる。
まとめ
同様のアプローチにより、賃金の推計式についても導出する。

産業間で労働者の属性が賃金に与える影響を一定であると仮定すると、i産業t年における総賃金Witは、属性kにおける労働投入当たりの賃金πkと労働投入量Liktの積を足し上げることで表される。また、産業i、属性0における賃金π0を基準とすると、(8)式で表される。
賃金の推計式
ここで、属性0に対する属性kの相対的な賃金をηkk0、とすると、(8)式は(9)式になる。また、両辺に自然対数をとり、マクローリン展開による近似を用いることで、(9)式は(10)式に、そして(11)式に変形できる。
賃金の推計式
lnπ0=C、ηk-1=τkとすると、労働投入量当たりの賃金は、(12)式にまとめられる。
働投入量当たりの賃金
さらに、(7)式の労働投入量当たりの付加価値から、(12)式の労働投入量当たりの賃金の差を計算することにより、i産業t年における利益Profititを定義することができる。
利益Profitit
ただし、D=B-C、φkkk
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清水 仁志

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