2022年03月22日

高齢化の企業利益への影響-産業別マクロ統計を用いた推計

清水 仁志

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4――モデル

本稿では、労働者の質を考慮した形で付加価値生産関数を推計することで、年齢別の生産性、賃金、ならびに利益への影響を直接的に分析する手法を採用する。

モデルは、ベルギーの労働者を対象に、高年齢女性の就業が企業利益にどのような影響を与えるかを分析したVandenberghe(2013)に基づく。

具体的には、一般的に用いられるコブ・ダグラス型の付加価値生産関数を仮定する。ただし、労働投入は、通常観察される単純なマンアワーや労働者数といったものではなく、属性別の労働者の質を考慮した労働投入量とする。

生産性、賃金、利益のそれぞれの推計式は下記の(1)~(3)式で表される5
生産性の推計式
賃金の推計式
利益の推計式
ただし、

i:産業、t:年、Y:実質付加価値、L:労働投入、、K:実質資本投入Pk:属性kの労働投入シェア、W:実質賃金、Profit:利益
 
労働者の属性を、一般労働者で男女別かつ年齢階級10歳ごと(20歳~69歳)の10区分に短時間労働者を加えた全11区分に分け、基準を30歳代男性一般労働者とする。なお、短時間労働者については属性別に別個の労働投入とはみなさず、一つの労働投入として扱う。短時間労働者は途中で就業を中断した人が多く、年齢と生産性との関係を直接結びつけることには慎重であるべきだと考えるためである。その他、推計式には、年ダミーをコントロール変数として加え、産業の固定効果を考慮してFE推定する6

(1)式のνk、(2)式のτk、(3)式のφkはそれぞれ属性kの労働投入シェアが変化した場合に労働投入当たりの生産性、労働投入当たりの賃金、利益がどれだけ変化するのかを表しており、プラスであれば30歳代男性よりも生産性等が高く、マイナスであれば低いと解釈することができる。

先行研究で示されたような中年齢労働者でピークとなる逆U字型の生産性カーブであれば、若年齢層と高年齢層の生産性を表すνkがマイナスであると予想される。

また、高年齢者の賃金が生産性と比べて割高である年功賃金が存在するとすれば、高年齢層の利益を表すφkがマイナスとなることが予想される。
 
続いて、推計期間内において、属性ごとの生産性や賃金、利益が変化していることを検証するために、労働投入シェアと推計期間後半(2015~2019年度)のみ1をとるダミー変数latterdumの交差項を追加する。

生産性、賃金、利益のそれぞれの推計式は下記(4)~(6)である。
生産性の推計式
賃金の推計式
利益の推計式
(4)式のψk、(5)式のρk、(6)式のθkはそれぞれ期間前半(2010~2014年度)における属性kの労働投入シェアが変化した場合に、労働投入当たりの生産性、労働投入当たりの賃金、利益がどれだけ変化するのかを表している。また、(4)式のωk、(5)式のσk、(6)式のκkは期間前半から期間後半(2015~2019年度)にかけての属性kの生産性、賃金、利益の変化を表している。

高年齢労働者の生産性が現在にかけて下がっており、また、それにより利益を押し下げているとすれば、高年齢層の生産性の変化を表すωkならびに、利益の変化を表すκkはマイナスが予想される。
 
5 推計式の導出については巻末を参照。
6 Breusch and Pagan検定を行ったところ、1%有意で帰無仮説が棄却され、変量効果モデルが選ばれた。また、Hausman検定を行ったところ、1%有意で帰無仮説が棄却され、固定効果モデルが選ばれた。以上の結果から、本稿においては固定効果モデルを選択している。また、近年の生産関数の推定にはACFなどの代理変数法が主流となっているが、本稿では後述するように二つの異なるマクロデータを用いているため労働投入の数値と付加価値等の数値が完全に一致しないことから固定効果モデルにより推定を行っている。

5――データ

5――データ

企業活動に伴う数値は、財務省「法人企業統計調査」から、属性別の労働投入量に関する数値は、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」から産業別のデータを取得、算出した。期間は2010~2019年度の10年間、産業数は41、サンプルサイズは396である。

具体的には、法人企業統計調査から、付加価値額は人件費(役員給与+役員賞与+従業員給与+従業員賞与+福利厚生費)+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課+営業純益、資本投入量はその他の有形固定資産額(除く、土地、建設仮勘定)、総賃金は人件費(役員給与+役員賞与+従業員給与+従業員賞与+福利厚生費)として算出した。また、賃金構造基本統計調査から、一般労働者の労働者数は労働者数、マンアワーは労働者数×(所定内実労働時間数+超過実労働時間数)として算出した。短時間労働者のマンアワー(1日当たり所定内実労働時間数×実労働日数)ならびに労働者数は、一般労働者の産業分類よりも粗い分類でのみデータが取得可能であったことから、短時間労働者の産業分類に合わせて一般労働者との比率を別途算出、利用することで逆算した。

法人企業統計調査と賃金構造基本統計調査は産業分類が異なるが、日本標準産業分類に従ってそれぞれをマッチングさせた。

また、付加価値額、資本ストック、人件費の数値は、内閣府の産業別国内総生産デフレーター、産業別固定資本ストックマトリックス(実質ならびに名目)、家計の最終消費支出デフレーターによりそれぞれ実質化した。

なお、属性別の労働投入量については、実際に働いた時間を表すマンアワーのほか、労働者数についても分析した。賃金構造基本統計調査は、事業所を対象とした調査であることから、サービス残業や裁量労働者の残業時間などが統計に反映されないため、調査結果の数値と実際の労働時間が異なる可能性があることを考慮した。また、企業が追加的な労働投入を考える際には、一人当たりの就業時間(残業時間)をコントロールすることに加えて、労働者数をコントロールすることも考えられることから、労働者を労働投入とした場合における結果についても有用であると考える。
 
先述したように、データの構築に当たっては、異なる2つの産業別のデータをマッチングしたことから、労働投入のデータ(賃金構造基本統計調査)と、それ以外のデータ(法人企業統計調査)の対象企業が完全に一致していない点には注意が必要である。法人企業統計調査は資本金により調査対象を決めているのに対して、賃金構造基本統計調査は常用労働者数で調査対象を決めていることに加えて、これら2つの調査は抽出調査であることから、各統計データに含まれる企業は異なる。さらに、産業区分についても完全には一致しておらず、産業別のデータをマッチングさせることによる差異も生じる。

しかしながら、4章で示したモデルでは、属性ごとの生産性、賃金、利益は属性ごとの労働投入シェアの係数により表されるため、各属性の労働投入構成が正確で、かつマッチングによって生じる差異が時点不変的なものであるとすれば、産業の固定効果によりある程度コントロールされるため、各属性の生産性等は推計が可能であると考える。

6――分析結果と考察

6――分析結果と考察

1全期間での推計結果
(1)、(2)、(3)式により推計した全期間での年齢別の生産性、賃金、利益の結果を表2にまとめた。
表2:全期間での推計結果
一般労働者男性のすべての年齢区分における生産性の係数がマイナスとなっていることから、基準である一般労働者30歳代男性をピークとする逆U字型の生産性カーブを確認することができる。具体的には、労働投入をマンアワーとした結果について、20歳代男性の労働シェアの係数が▲4.1となっており、これはマンアワーシェアが20歳代男性から基準の30歳代男性に1%ポイント移動した場合、平均生産性が4.1%上昇することを示唆している。また、同様に、マンアワーシェアが基準の30歳代男性から40歳代男性、50歳代男性、60歳代男性にそれぞれ1%ポイント移動した場合、平均生産性は▲5.3%、▲1.9%、▲3.9%低下する。

産業別のマクロデータを用いたこの結果は、事業所ならびに企業のミクロデータを用いた川口他(2007)や永沼・西岡(2014)における中高年をピークとする逆U字型の生産性カーブの結果と整合的である。

頑健性のチェックのため、労働投入を労働者数に変更した分析についても、労働者数シェアが20歳代男性から30歳代男性に1%ポイント移動すれば、平均生産性は3.7%上昇し、30歳代男性から40歳代男性、50歳代男性、60歳代男性にそれぞれ1%ポイント移動した場合、平均生産性は▲5.2%、▲2.0%、▲5.4%低下する結果となっており、おおむねマンアワーを労働投入とした場合と同様の結果である。また、後述する賃金、利益の係数についても、労働投入をマンアワーとした場合でも、労働者数とした場合でも結果はほぼ同じであるため、以後、マンアワーを労働投入とした分析結果について解説する。

女性労働者については、出産などの理由により年齢と就業経験年数の関係が必ずしも強いわけではないため、川口他(2007)と同様、一部の年齢を除き有意な結果は得られていない。また、2019年の一般女性労働者のマンアワーシェアをみると、20歳代が4.5%、30歳代が4.4%、40歳代が5.9%、50歳代が3.9%、60歳代が1.2%と、一般労働者男性の20歳代(11.1%)、30歳代(16.2%)、40歳代(21.0%)、50歳代(15.5%)、60歳代(5.2%)とくらべて2分の1から3分の1以下となっており、生産性や賃金が高いサンプルのみが分析対象となるサンプルバイアスも生じている可能性がある。よって、こちらについても特に言及がない限り一般労働者男性の分析結果についてのみ解説する。

マンアワー当たりの賃金については、20歳代が▲0.12、40歳代が▲2.9、50歳代が▲1.2、60歳代が▲1.0とすべての年齢区分においてマイナスであるが、40歳代以外は有意ではない。

生産性と賃金の差である利益を直接推計した結果については、20歳代が▲3.7、40歳代が▲3.9、50歳代が▲0.6、60歳代が▲1.8とすべての年齢区分においてマイナスで、50歳代以外は有意である。利益についても生産性と同様に30歳代がピークとなっていることを示唆する結果である。

以上のことから、全体としては労働者の高齢化は、生産性を押し下げる一方で、賃金の減少にはそれほど繋がらず、生産性と比べて賃金が割高の労働者が増えることにより、利益を押し下げる要因になっていると解釈でき、第一の仮説である労働者の高齢化によって利益が押し下げられることが支持される結果となっている。
 
一方で、年齢別の生産性の係数の大きさに注目すると、40歳代が▲5.3、50歳代が▲1.9、60歳代が▲3.9となっており、40歳代の生産性は50歳代や60歳代よりも小さくなっている。通常、生産性カーブは線形であると考えられるため、生産性が30歳代をピークとすると、40歳代、50歳代、60歳代の順に小さくなるはずである。

Liu and Westelius(2016)などの先行研究においても、必ずしも推計された生産性カーブはきれいな線形にはなっていないものの、40歳代の生産性が相対的に低くなっているということは、推計期間における40歳代の生産性が低くなっている可能性と、50歳代以上の生産性が高くなっている可能性の2つのパターンが考えられる。

40歳代の生産性が低くなっている要因としては、現在40~50歳前後とされる就職氷河期世代が、バブル崩壊により非正規で雇用された割合が高く、また、正規雇用者についても継続的に十分な社内訓練を受けられなかったことなど、表面上の属性だけではコントロールできない要因が存在する可能性がある。

また、50歳代以上の生産性が高い理由としては、サンプルバイアスが考えられる。図6の男性の年齢別の就業形態をみてみると、今回の分析の主対象である正規雇用労働者の割合は、年齢が上がるにつれて下がっている。特に60歳以上においては、企業は65歳までの雇用確保への対応として7割以上の企業が再雇用を選択しており、非正規への転換が大きく進んでいる。結果として生産性が高い労働者のみが分析対象となり、生産性が過大推計されている可能性がある。賃金関数を推計した川口(2011)では、関数推定の留意点として、日本の賃金構造は定年退職の影響で60歳を境に不連続となるため、この不連続性をモデルに反映させるか、分析サンプルを 59 歳以下の労働者に限定するなどの対応が必要であると指摘している。生産性についても、雇用形態が変わることで、より生産性の低い職務へ移行したり、同じ職務であっても賃金が引き下げられた結果、職務遂行意欲が減衰したりする可能性がある。

その他、全体の推計結果にかかわることではあるが、就業形態(一般労働者か短時間労働者)や性、年齢別といった属性区分だけではコントロールしきれていない属性要因が存在する可能性も考えらえる。例えば、永沼・西岡(2014)では、非製造業については、教育年数が生産性にプラスの影響を与えていることを示しているが(製造業についてはマイナス)、本分析では、教育年数という属性を考慮できていない。
図6:男性の就業形態
本稿の興味の中心である年齢による影響とは異なるが、短時間労働者の生産性、賃金の係数がそれぞれ▲3.2、▲3.9であり、利益についても▲2.8とマイナスであることは特筆すべきところである。これは、一般労働者30歳代男性と比べて短時間労働者の生産性は低く、賃金も抑制されていることを示しているが、マンアワーシェアが一般労働者30歳代男性から短時間労働者へ移動した場合、生産性と賃金のギャップである利益を押し下げる結果となっている。

短時間労働者(パートタイマー)は、生産性に比べて賃金が割安であるとの指摘も多い。実際、政府は、非正規雇用労働者は正規雇用労働者と比べて賃金が割安である場合があるとの前提に基づき、同一賃金同一労働により非正規雇用労働者の待遇改善に取り組んでいる。

しかし、今回の産業別マクロデータを用いた推計結果では、短時間労働者の利益の係数がマイナスになっており、少なくとも一般労働者30歳代男性と比べて短時間労働者の賃金は割高となっている。30歳代男性の賃金が生産性と比べて著しく割安である可能性があることや、ミクロレベルでは賃金が過少な労働者がいる可能性は否定できないため、この結果をもって短時間労働者の賃金が割安ではないと結論付けることはできないものの、特徴的な結果と言えるだろう。
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清水 仁志

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