2022年03月11日

ECB政策理事会-インフレ期待は固定されたと評価、資産購入策の縮小を決定

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:資産購入額の減額を決定

3月10日、欧州中央銀行(ECB:European Central Bank)は政策理事会を開催し、金融政策について決定した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
APPの購入額の減額を決定(4月:400億ユーロ、5月:300億、6月:200億、7-9月期はデータ次第だが、インフレ期待が弱まらなければ購入終了)
利上げのフォワードガイダンスを変更(政策金利の調整は、APP終了後、しばらく後(some time after)に、段階的に(gradual)実施)
EUREPの延長を決定(23年1月15日まで延長)

【記者会見での発言(趣旨)】
ロシアのウクライナ侵攻は欧州の分水嶺(watershed)となった
成長率見通しは22年3.7%、23年2.8%、24年1.6%(12月見通しから下方修正)
インフレ率見通しは22年5.1%、23年2.1%、24年1.9%(12月見通しから大幅上方修正)
コアインフレ率見通しは22年2.6%、23年1.8%、24年1.9%(12月見通しから上方修正)
長期のインフレ期待の広範な指標は、我々のインフレ目標に再び固定された(re-anchored)
理事会はインフレ率が中期的な2%目標で安定する可能性が高まったと見ている

2.金融政策の評価:インフレ率が中期的に2%目標で安定する可能性が高まったとの判断

ECBは今回の理事会にあわせて、新しいスタッフ見通し(ただし、情報は3月2日までに入手したもので、石油価格や為替レートといった技術的仮定の基準日(cut-off date)は2月28日)を公表、ロシアのウクライナ侵攻を受けた初期評価もするとともに金融政策を変更した。

ロシアのウクライナ侵攻で不透明感は高まる一方で、インフレ率は中期的な2%目標で安定する可能性が高まったとして資産購入策(APP)の購入額を12月に決定していた金額から減額した。6月までの資産購入の縮小ペースを早める決定となる。ECBは7-9月期以降については、データ次第としつつ、最新のデータがインフレ期待を弱めないことを支持するものであれば購入策を完了する予定であることも明記した。

一方、ロシアのウクライナ侵攻の金融システムへの影響については、ユーロ圏短期金融市場の大きな制約や流動性不足を引き起こしていないとして、新規の流動性供給策等は打ち出さず、既存の非ユーロ圏との流動性供給枠組み(EUREP)を延長するにとどめている。

なお、今回は資産購入と利上げに関するフォワードガイダンスも変更された。

これまでは、利上げの「直前(shortly)」まで資産購入(APP)を続けるとしていたものを、APP終了の「しばらく後(some time after)」に利上げをすると変更、APPの終了から利上げまでに様子見する期間(バッファ)も設けられる記述になった。ラガルド総裁は記者会見で、これもAPPから利上げまでの、期間を特定せずにデータ次第であることを示している言及している。一方、「APPの終了→利上げ」という順序は従来通りで、資産購入を実施しつつ政策金利を引き上げることには踏み込んでいない。

ECBは6月以降の資産購入策について今回は判断を留保しており、また利上げの判断まで余裕を持たせられる表現に変更しているが、ウクライナでの紛争やロシアへの制裁状況が流動的であることに鑑みると妥当な決定であると見られる。

ECBが評価するように、成長率の下振れリスクおよびインフレ率の上振れリスクは高まっている。今回、ECBが提示したスタッフ見通しは堅調な域内需要を想定しているが、今後資源価格の高騰などで、成長率が下振れ、かつインフレ期待が上昇するようだと、成長率が減速するなかでの金融引き締めという厳しい判断を迫られる可能性もあるだろう。

3.声明の概要(金融政策の方針)

3月10日の政策理事会で発表された声明は以下の通り。
 
  • ロシアのウクライナ侵攻は欧州の分水嶺(watershed)となった。
    • 理事会はウクライナの人々への最大限の支持を表明する
    • 円滑な流動性状況とEUおよび欧州各国政府により決定された制裁の実施を保証する
    • 理事会はECBの物価安定と金融システム安定という責務を達成するために必要なすべての行動を行う
 
(資産購入プログラム:APP)
  • APPの実施(購入額の減少を決定、利上げとの関係を示した文書を削除
    • 新しい評価および不確実な状況を考慮し、理事会は本日、今後数か月のAPPでの購入スケジュールを修正した
    • APPの月あたり純購入額は、4月に400億ユーロ、5月に300億ユーロ、6月に200億ユーロとする従来は4-6月期で月額400億ユーロ購入
    • 7-9月期の純購入額の調整は、データ次第で、その際の見通しの評価を反映させる従来は7-9月期で月額300億ユーロ購入
    • もし最新のデータが、純資産購入の終了後も中期的なインフレ見通しの期待を弱めないことを支持するのであれば、理事会は7-9月期にAPPの資産購入策を完了する予定である
    • もし中期的なインフレ見通しや資金調達環境が、2%の物価目標への進展と不整合となれば、我々は純資産購入の規模や期間といったスケジュールを変更する準備がある
    • 「毎月の購入は、緩和的な政策金利の影響が強化されるまで必要な限り継続」を削除
    • 「政策金利の引き上げが実施される直前(shortly before)まで実施」を削除
 
  • APPの元本償還分の再投資(変更なし)
    • APPの元本償還分は全額再投資を実施
    • 政策金利を引き上げ、十分な流動性と金融緩和を維持するために必要な限り実施
 
(政策金利)
  • 政策金利の維持(変更なし)
    • 主要リファイナンスオペ(MRO)金利:0.00%
    • 限界貸出ファシリティ金利:0.25%
    • 預金ファシリティ金利:▲0.50%
 
  • フォワードガイダンス(APPとの関係を追記、一部表現を変更
    • ECBの政策金利の調整は、理事会のAPPでの純資産購入が終了し、しばらく後(some time after)に実施し、段階的に(gradual)行う(追加)
    • ECBの政策金利の経路は、引き続き理事会のフォワードガイダンス、および、中期的に2%のインフレ率での安定のための戦略的なコミットメントにより決定される(追加)
    • 見通し期間が終わるかなり前(well ahead)までにインフレ率が2%に達し、その後見通し期間にわたって持続的に推移すると期待され、現実に中期的な2%に向けたインフレ率の安定という十分な進展が見られると判断されるまでは、理事会は政策金利を現在もしくはより低い水準で維持する(「対称的な2%のインフレ目標と金融政策戦略に沿って」を削除
    • 「そのため、一時的にインフレ率が目標をやや上回る可能性もある」を削除
 
(パンデミック緊急資産購入プログラム:PEPP)
  • PEPPの継続と終了予定(変更なし)
    • 22年1-3月期に、理事会はパンデミック緊急購入策(PEPP)による純資産購入を、前四半期から減速したペースで実施中(変更なし)
    • PEPPの純資産購入は22年3月末に終了するだろう(変更なし)
 
  • PEPP元本償還分の再投資実施(変更なし)
    • PEPPの元本償還の再投資は少なくとも2024年末まで実施(変更なし)
    • 将来のPEPPの元本償還(roll-off)が適切な金融政策に影響しないよう管理する(変更なし)
 
  • 柔軟性およびPEPP再開の可能性について(変更なし)
    • コロナ禍による緊迫した環境下で、資産購入の設計・実施の際の柔軟性が、金融政策の伝達への悪影響に対抗し、理事会の目標達成への取り組みをより効果的にすることを示した
    • 我々の責務の範囲内において、緊迫した環境下で、金融政策の伝達性が脅かされ物価の安定が危うくなる場合には、柔軟性が引き続き金融政策の一要素となるだろう
    • 特に、コロナ禍に関連して、市場の分断(fragmentation)が再発する場合には、いつでもPEPPの再投資は、実施期間、資産クラス、国構成を柔軟に調整する
    • これには、国構成に関して購入が中断され、コロナ禍の余波からの回復途上にあるギリシャ経済への金融政策の伝達が阻害されることを避けるために、償還再投資についてのギリシャが発行する国債を購入することも含まれる
    • PEPP下での純資産購入は、コロナ禍の負の影響に対抗するため、必要があれば再開する
 
(資金供給オペ)
  • 流動性供給策の監視(変更なし)
    • 理事会は銀行の資金調達環境を監視し、TLTROⅢの満期が金融政策の円滑な伝達を阻害しないよう保証する(変更なし)
    • 理事会はまた、条件付貸出オペが金融政策姿勢にどのように貢献しているかを定期的に評価する(変更なし)
    • すでに公表したように、TLTROⅢの特別条件は今年6月に終了する(政策の変更なし)
    • 理事会はまた、豊富な過剰流動性がある環境下で、マイナス金利政策が銀行の仲介機能を制限することが無いよう、準備預金への付利の2階層制度の適切な運用(appropriate calibration)について評価する(変更なし)
 
(非ユーロ圏中央銀行との流動性枠)
  • EUREPについて延長を決定
    • ロシアのウクライナ侵攻による高い不確実性の環境、および、ユーロ圏の金融政策に悪影響を及ぼす可能性のある地域間の波及リスクの観点から、理事会は中央銀行のためのユーロシステムレポ枠組み(EUREP)を23年1月15日まで延長することを決定した従来は22年3月まで
    • EUREPは引き続き、通常の非ユーロ圏の中央銀行とのユーロの流動性供給の契約を補完する
    • 同時に、これらはユーロ圏の域外において市場の機能不全時におけるユーロの流動性需要が、ECBの金融政策の円滑な波及に悪影響を及ぼすことに対抗する包括的な安全網(backstop)となる
    • 非ユーロ圏の中央銀行による個別のユーロ流動性枠への要望は理事会により、個々に(case-by-case)評価される
 
(その他)
  • 金融政策のスタンス(変更なし)
    • インフレが2%の中期目標に向け推移するよう、適切に、すべての手段を調整する準備がある
       

4.記者会見の概要

政策理事会後の記者会見における主な内容は以下の通り。
 
(冒頭説明)
  • (声明文冒頭に記載のロシアのウクライナ侵攻に対するコメント)
 
  • ロシアとウクライナの戦争はエネルギーや商品価格の高騰、国際取引の混乱、信頼感の低下を通じて、経済活動およびインフレ率に重大な影響を及ぼすだろう
    • これらの影響の度合いは紛争がどのように展開するか、現在の制裁の影響や将来の制裁に依存する
    • 高い不確実性の状況下に鑑み、理事会は本日の会合で、一連のシナリオを検討した
 
  • ロシアとウクライナの戦争の影響は、十分な政策支援により支えられたユーロ圏の強固な環境のなかで評価される必要がある
    • オミクロン変異株の影響が低下し、経済回復は加速している
    • 供給制約には緩和の兆しがみられ、労働市場はさらに改善している
    • 新しいスタッフ見通しのベースラインでは、戦争の初期評価1を織り込んでおり、ウクライナでの戦争のために、GDP成長率は短期的に下方修正された
    • 成長率見通しは22年3.7%、23年2.8%、24年1.6%である
 
  • インフレ率は予想外のエネルギー価格の高さにより、予想以上の上昇を続けている
    • 物価上昇はまた、より広範囲になっている
    • 新しいスタッフ見通しのベースラインは、大幅に上方修正された
    • インフレ率見通しは22年5.1%、23年2.1%、24年1.9%である
    • コアインフレ率見通しは22年2.6%、23年1.8%、24年1.9%であり、これも12月見通しから上方修正された
    • 長期のインフレ期待の広範な指標は、我々のインフレ目標に再び固定された(re-anchored)
    • 理事会はインフレ率が中期的な2%目標で安定する可能性が高まったと見ている
 
  • 戦争の経済・金融の影響に関する代替シナリオ2は、スタッフ見通しと同時に公表され、エネルギーや商品価格のさらなる上昇と、貿易、信頼感の深刻な停滞により経済活動の著しい停滞の可能性を提示している
    • インフレ率は短期的には大幅に上昇する可能性がある
    • しかしながら、すべてのシナリオでインフレ率は次第に低下し、24年には2%前後に落ち着くと予想される
 
  • 新しい評価および不確実な状況を考慮し、理事会は本日、今後数か月のAPPでの購入スケジュールを修正した
    • (声明文に記載のAPPの内容)
 
  • (声明文に記載の金利に関するフォワードガイダンス)
 
  • 我々はまた、声明文に詳細があるように、他の政策手段も承認した
 
  • 経済とインフレ率の状況をどう見ているかの詳細と金融・通貨環境への評価について述べたい
 
 
1 公表されたスタッフ見通しでは、石油価格や為替レートといった技術的仮定の基準日(cut-off date)は2月28日であり、3月2日までに入手可能な上方に基づいて作成されているとしている。
2 スタッフ見通しでは悲観シナリオが2つ提示されており、逆風シナリオ(adverse scenario)では成長率が22年2.5%、23年2.7%、24年2.1%、インフレ率が22年5.9%、23年2.0%、24年1.6%、深刻シナリオ(severe scenario)では成長率が22年2.3%、23年2.3%、24年1.9%、インフレ率が22年7.1%、23年2.7%、24年1.9%となっている。
(経済活動)
  • 21年の経済成長率は5.3%で、年末にはGDPがコロナ禍前の水準を回復した
    • しかしながら、21年10-12月期の成長率は0.3%に鈍化し、22年1-3月期は引き続き低迷すると見られる。
 
  • 経済見通しは、ロシアとウクライナの戦争の展開と経済・金融政策の影響、その他の手段などに依存する
    • 同時に成長への他の逆風は弱まっている
    • ベースラインのスタッフ見通しでは、ユーロ圏経済は、22年は依然として力強い成長となるが戦争開始前の予想よりもペースは鈍化する
    • オミクロン株の拡大に対する封じ込め政策の影響はこれまでの感染拡大期よりも緩やかでまた、現在は緩和されつつある
    • コロナ禍を原因とした供給網の混乱にはまた緩和の兆しがみられる
    • 大規模なエネルギー価格ショックが人々や企業に与える影響は、コロナ禍で積みあがった貯蓄の取り崩しと財政措置により部分的に緩和される可能性がある
 
  • スタッフ見通しによれば、中期的には成長率はと労働市場の強さに支えられた堅調な域内需要によりけん引されるだろう
    • より多くの人々が雇用され、家計所得と支出は増えるだろう
    • 世界的な回復と継続的な財政・金融支援もまた成長率見通しには貢献するだろう
    • 財政・金融支援は引き続き、特にこの困難な地政学的局面においては重要である
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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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