2022年03月01日

日本の不妊治療の現状とは?-ここ数年特定不妊治療実績数はほぼ横ばい、従来の助成事業では34歳から妊娠率が低下、37歳から流産率が上昇-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1――はじめに

2022年4月から不妊治療の保険適用が開始される1。今回の制度改正に伴い、現行の特定不妊治療に対する助成事業が2021年度末で終了を迎えるほか、最も妊娠しやすい時期を指導するタイミング療法や人工授精などの一般不妊治療も今回の保険適用の対象となる。

日本の出生数は2021年時点で84万835人と1899年以来最少を記録する一方で、2019年に体外受精により出生した子どもは6万598人と過去最多を更新しており、晩婚化・晩産化が進む日本では、妊孕性(妊娠するための力)2の低下から不妊治療に向き合う層が今後も増加することが見込まれる。

では、今回の不妊治療の保険適用はどのような影響をもたらすのだろうか。本稿では、日本における保険適用以前の助成制度を中心とした過去の動向を振り返るとともに、実施件数の推移や流産率の現状を整理したい。

尚、本稿は基礎研レター全3回のうちの第1回目であり、日本の現状を述べる。以後、米国や欧州の制度の変遷と特徴を紹介し比較検証していく予定である。
 
1 内閣官房(2021)「全世代型社会保障改革の方針(令和2年12月15日閣議決定)」『第2章少子化対策』
2 妊孕性とは、生殖機能とほぼ同義語とされ、男女における妊娠に必要な臓器、配偶子、機能のことを示す。(2022年)日本産婦人科医会,17、妊孕性の低下より

2――保険適用に至るまでの制度の変遷

2――保険適用に至るまでの制度の変遷

まず、今回の制度改正の概要を簡単に解説する3。一般的に不妊治療は検査に加えて、精管閉塞や子宮奇形などの「原因疾患治療」、タイミング療法や人工授精などの「一般不妊治療」、体外受精や顕微授精など特定不妊治療に分かれており、特定不妊治療に関しては、高額な費用を助成する「特定不妊治療助成事業」が2004年度から開始されていた。しかし一般不妊治療に関しては公的助成がなされておらず、東京都など一部自治体が独自に助成事業を実施している程度であった。

これが2022年4月の診療報酬改定を通じて、保険適用されることになった。これは2020年9月の自民党総裁選で、菅義偉前首相が不妊治療の支援を表明したことを受けた方針であり、中央社会保険医療協議会(中医療、厚生労働相の諮問機関)などで、推進策が模索されていた。今回の制度改正に伴う主な変化は図表1の通りである。
図表1.不妊治療を巡る助成事業と保険適用範囲
実は、これまでも特定不妊治療に関する助成事業は拡充されてきた。ここで日本の動向を簡単に振り返ると、図表2の通り、2004年度に特定不妊治療助成事業がスタートした際、「夫婦合算650万円未満」「支給期間2年間」「1年度あたり1回10万円」といった要件が課されていた。その後所得制限が夫婦合算で730万円未満に引き上げられたほか、助成回数・額は少しずつ引き上げられた。
図表2.特定不妊治療助成事業の変遷
さらに事業の効果を高めるため、2015年度には男性不妊治療も対象に追加された。近年では2019年度に男性不妊治療の助成額が引き上げられたほか、2020年度第3次補正予算で2022年度からの保険適用を見据えた所得制限の撤廃や助成額の引き上げなどが実施されていた。

ただ、対象年齢に関しては、2014年度から「40歳未満」だと通算6回、2016年度から「40歳以上43歳未満」の回数制限も加えられることで、対象者が絞り込まれた。

これらの特定不妊治療助成事業の変遷を経て、2022年度からは、一般不妊治療を含めた保険適用が始まり、不妊治療を望む多くの人の費用軽減が期待できるであろう。
 
3 助成事業とは別に、1996年度から都道府県・指定都市・中核市が設置する「不妊専門相談センター」による相談支援事業が実施されている。

3――不妊治療実績件数の推移と制度の影響

3――不妊治療実績件数の推移と制度の影響

続いて、日本産科婦人科学会に報告された1985年から、最新の掲載データである2019年までの不妊治療の実績件数(年別治療周期総数)4を治療法別にみていくと、図表3の通り、体外受精を示すIVF(GIFT,その他を含む)5は1985年に1195件、顕微授精を示すICSI(SPLITを含む)6は1992年に963件、凍結保存した受精卵を子宮内に移植する凍結融解胚(卵)7は1989年に184件の実績が確認されている。
図表3.不妊治療実績件数(年別治療周期総数)
その後、徐々に増加の一途を辿り、2019年にはIVF(GIFT,その他を含む)が8万8074件、ICSI(SPLITを含む)が15万4824件、凍結融解胚(卵)が21万5203件に増加し、2019年だけでも約46万回分の不妊治療が実施されていることが分かり、不妊治療に対するニーズの高さが伺える。

さらに、前述の特定不妊治療助成事業の変遷と合わせてみると、2007年の所得制限の拡充及び2009年の助成額引き上げ後、不妊治療実績件数は大幅な増加をみせた。

その後、2016年度の制度改正で、40歳~43歳未満が通算3回に制限されたほか、43歳以上が助成対象外になったことで、不妊治療の実績件数はほぼ横ばいで推移している。このため、これらの制度改正は子どもを望む40歳以上の不妊治療希望者層の行動に大きく影響していると言える。今回の保険適用では、特定不妊治療だけでなく一般不妊治療等についても適用されるため、子どもを望む人達が不妊治療に踏み込みやすくなったと言えよう。
 
4 治療周期数とは、「月経開始から次の月経開始までを1周期ととらえ治療する回数のことを示す。
5 IVFとは、体外受精(in vitro fertilization)の略で、GIFTとは受精卵卵管内移植法のことを示す。
6 ICSI(SPLITを含む)とは、卵細胞内精子注入法(intracytoplasmic sperm injection,ICSI)などの顕微授精を示す。
7 凍結融解胚(卵)とは、妊娠成立時の副作用の重症化予防や妊娠率の向上を目的に、受精卵を凍結保存した後に子宮内に移植する方法を示す。

4――年齢別の妊娠率・生産率・流産率

4――年齢別の妊娠率・生産率・流産率

次に、2019年に不妊治療を実施した者を年齢別に分け、各年齢における妊娠率・生産率・流産率を示した。図表4の縦軸に点線を示したように、妊娠率は高齢妊娠といわれる35歳よりも前の34歳から徐々に下降を辿り、それに反比例するように流産率が一気に上昇する。また、37歳頃から流産率が妊娠率を逆転し、一気に上昇する曲線を描いており、高齢での不妊治療の難しさが伺える。
図表4.年齢別ART妊娠率・出産率・流産率(2019年)
今回の保険適用における対象年齢も従来の特定不妊治療助成事業の年齢制限に倣う形で治療開始時点に43歳未満とされたが、図表4に示す通り、43歳時点の妊娠率は5%を下回まわる。それでも対象年齢を引き下げなかったのは、40歳での不妊治療件数が38,221件と一番多く、40歳以上だけで全体の4割を占めており、高齢での不妊治療ニーズが非常に高いことを考慮したものと考えられる8

今回の保険適用における年齢制限は、不妊治療ニーズと医学的妥当性における妥協点であったといえるが、今後も加齢に伴う妊孕性の低下は避けられないものであり、たとえ不妊治療を施しても妊娠率は30%に届かないことや37歳からは流産率の方が圧倒的に高くなることを、妊娠を望む、もしくは妊娠を考える前の段階で知る必要があろう。
 
8 今回の保険適応における対象年齢に関して日本生殖医学会の常任理事である石原理教授は「従来の不妊治療助成事業における年齢制限と同様であり、約半数が40歳以上の治療である一方で体外受精の成功率を考慮すると医学的にやむをえない」と言及している。2021年12月15日『NHKオンライン』参照。

5――まとめ

5――まとめ

これまでの経緯を振り返ると、特定不妊治療助成事業の制度変更で実績件数の影響が認められること、今回の保険適用で広く対象となることで不妊治療に踏み込みやすくなる可能性が判明した。また、特定不妊治療を受けても34歳から妊娠率の低下、37歳から流産率の急上昇が認められるため、保険適用年齢の上限に関わらず、可能な限り早期治療ができるような体制の整備が求められるであろう。

次回は、米国の不妊治療を巡る制度や特徴を紹介し、日本と比較分析を試みる。
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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

(2022年03月01日「基礎研レター」)

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