2022年01月11日

共同富裕に舵を切った中国-文化大革命に逆戻りし経済発展が止まるのか?

基礎研REPORT(冊子版)1月号[vol.298]

三尾 幸吉郎

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1―問題の所在

習近平政権が“共同富裕(皆が共に豊かになる)”の実現に向けて統制を強化し始めた。アリババ集団など巨大IT企業に対する独占禁止法違反を理由とした罰金徴収、芸能人に対する税務調査強化や罰金徴収、富裕層の財産に対する課税強化や第三次分配(高額寄付)の奨励など金持ち崇拝を戒めるような動きがでてきたのに加えて、高価で庶民の生活を苦しめる“新三座大山*1(教育、不動産、医療)”の退治に乗り出している。さらに、習近平思想を小中高校で必修化したり、ライブ配信では芸能人を応援する“投げ銭(おひねり)”を未成年者には禁止したりと、若年層への教育的指導も目立ってきた。そして、習近平政権が文化大革命を発動した毛沢東が唱えた共同富裕に舵を切ったことで、文化大革命へ逆戻りするのではないかとの懸念が浮上している。それでは、中国は本当に文化大革命に逆戻りしてしまうのだろうか。また共同富裕に向かうことは中国経済にどんな影響をもたらすのだろうか。
 
*1 中国建国(1949年)前の新民主主義革命期においては、庶民を苦しめる帝国主義、封建主義、官僚資本主義の3つを三座大山と呼んだ

2―習近平政権が誕生する前の共同富裕

改革開放前の中国では、共同富裕を優先する毛沢東らと経済発展を優先する鄧小平らが対立していた。鄧小平は当時の状況下で共同富裕を優先すると“共同貧困”に陥りかねないとの考えの下、経済発展を優先すべきだと主張していた。一方、当時最高指導者の地位にあった毛沢東は、共同富裕を損なうと考えた措置には断固として反対したため、1962年頃から鄧小平らが進めていた経済発展を優先する運営を許容することができず、1966年8月には「司令部を砲撃せよ」と題した評論を人民日報に掲載し、文化大革命を始めることとなった。毛沢東が亡くなった後もその路線対立は続いたが、鄧小平が“先富論(一部の地域や一部の人々が先に富を得てもよく、あとで他の地域や他の人々を助けて、徐々に共同富裕に到達することにしよう)”を唱えて、共同富裕を棚上げし、経済発展を優先する運営に舵を切った。そして中国は、世界第2位の経済大国に発展し、一人当たりGDPが増えて、最貧国を脱して徐々に豊かな国になっていった。
[図表]中国の成長率と一人当たりGDPの推移

3―習近平政権が目指す共同富裕

習近平政権が目指す共同富裕の在り方を公式文書などから読み解くと、下記3点から毛沢東のそれよりも鄧小平のそれに近いと考えられる。第一に習近平政権は中国がおかれた現状を“社会主義初級段階”と認識している点である。社会主義初級段階というのは鄧小平時代の1987年に提示された概念で、当該段階では“4つの近代化≒改革開放”が主要任務とされている。第二に毛沢東が目指した画一的な平均主義を明確に否定している点である。21年8月17日に開催された中央財経委員会第10回会議では「共同富裕は人民全体の富裕であり、人民大衆の物質生活・精神生活がいずれも富裕になることであり、少数の人の富裕ではないし、画一的な平均主義でもない」としている。第三に共同富裕を長期目標としている点である。前述の中央財経委員会第10回会議では「共同富裕を段階的に促進しなければならない」として急進的な推進を排除している。さらに、共同富裕モデル区を浙江省に設けて段階的に展開しようとしていることからも、広東省(深圳)や福建省(アモイ)などに経済特区を設けて沿海部が先に豊かになることを許した鄧小平の運営スタイルに近いと考えられる。

4―文化大革命に逆戻りするのか?

文化大革命に逆戻りする可能性を考えると、下記3点からその可能性は極めて低いと見られる。第一に前述したように習近平政権の共同富裕に対する考えが毛沢東よりも鄧小平に近いことが挙げられる。第二にここもとの統制強化は「改革を全面的に深化させる」措置の一環と考えられることである。2013年11月に開催された第18期3中全会で習近平政権は「改革を全面的に深化させる」方針を示した。そこでは「市場が資源配分の中で決定的役割を果たす」とし、「核心の問題は政府と市場の関係」にあること、そして「政府の過剰介入」と「政府の監督が不十分」という両面から問題解決を図ることが肝要であると指摘している。したがって「政府の監督が不十分」だったと反省した所に対しては統制を強化するが、一方で「政府の過剰介入」にならぬよう気を付けることを予定していることになる。第三に習近平の政権基盤が既に固まっていることである。文化大革命を発動した1966年の毛沢東は中国共産党トップ(主席)ではあったものの、中国政府トップ(国家主席)は劉少奇が務めていた。しかし、現在の習近平国家主席は中国共産党トップ(総書記)を兼務しており、2017年に開催された第19回党大会では自らの名前を冠した「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」を共産党章程(党規約)に入れるなど政治基盤がしっかり固まっている。したがって毛沢東のように「司令部を砲撃せよ」として階級闘争を呼びかける動機がない。

5―共同富裕が中国経済に与える影響

他方、共同富裕に向かうには、それを実現する上で必要な統制措置を強行することが必要となるため、中国経済には多かれ少なかれ影響を与える。そのポイントとしては下記3点が挙げられる。

第一は共同富裕に向かうスピードの問題である。急ぎ過ぎれば経済発展を止める可能性が高まり、ゆっくりならその可能性は低くなる。習近平政権は21世紀半ばの実現を目標とし、それに先立って浙江省を共同富裕モデル区に設定して実証実験から始めることとしているため、約30年かけて浙江省から全国へと広げていくこととなる。したがって、共同富裕に向けた措置が、経済発展を止めるような急スピードで進むとは考えづらい。

第二は貧富の格差をどの程度まで縮めるかである。国際連合開発計画の報告によれば、中国では上位1%の富裕層が得ている所得が全体の13.9%に達した。それを一気に縮小するとなれば、リスクを伴う企業家精神(アントレプレナーシップ)が委縮して経済への打撃が大きくなる。習近平政権は「中間が大きく両端が小さいオリーブ型の分配構造」を目指すとしている。現在の所得分布は富裕層が少なく貧困層の多い三角形と見られるが、これを中間層の多いオリーブ型にするには、富裕層の財産を減らすとともに、その資金を貧困層の救済や教育に投入することにより、経済的に自立した中間層を増やすことになる。但し、現時点では目指すオリーブの姿は明確でない。浙江省での実証実験を待つしかないだろう。

第三は「第1次分配、再分配、第3次分配」に関する具体的な制度設計である。第1次分配で生産性の改善ペースを上回るような労働分配率の引上げを行なえば企業は疲弊するし、再分配で不動産税(日本の固定資産税に相当)の全国展開を急ぎ過ぎれば不動産バブルが崩壊する恐れも排除できない。一方、労働分配率を適切に引上げ、個人所得税の累進性を適切に強めることができれば、中間層が育ち個人消費を盛り上げる可能性もある。さらに第3次分配で先に成功した企業家が、その潤沢な資金をスタートアップ企業の支援や育成に向けるように導くことができれば、企業活動の生態系(エコシステム)を大きく発展させる起爆剤となる可能性もある。

6―経済成長率の見通し

以上のように現在は習近平政権の目指す共同富裕の姿がおぼろげに見え始めた段階で、その影響を定量化するのは時期尚早と言えるだろう。しかし、共同富裕に向かうためには、これまで自由だった経済活動に制限を加えることが必要となる。貧富の格差や腐敗・汚職の蔓延が是正されれば持続可能性は高まるだろうが、企業家精神(アントレプレナーシップ)やイノベーションに対する打撃は避けられず、経済成長にはマイナスのインパクトをもたらすだろう。

一方、経済発展を止めてしまうようなことにもならないだろう。習近平政権は今後、前述した制度設計を具体化する段階に入るため経済が失速するリスクは高まる。しかし、鄧小平以来の歴代政権が尊重してきた科学的分析に基づく“実事求是”や“摸着石頭過河*2(踏み石を探って川を渡る)”の心構えを失わない限り、共同富裕モデル区における実証実験などで試行錯誤を繰り返しつつも、経済発展と共同富裕の最適バランスを探ることとなり、盲目的に共同富裕に邁進するとは考えにくい。したがって、共同富裕に向かうことで経済成長率は下がるだろうが、それは身の丈に合った経済成長率に戻るだけに過ぎないと筆者は考えている。
 
*2 摸着石頭過河とは必ず突破しなければならないことだが、確証がないものについては、しばらくは実践を重んじ、創造を重んじ、大胆に模索し、勇気をもって切り開くよう励まし、経験を得て見定めてから、再び押し開くように前進すること
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三尾 幸吉郎

研究・専門分野

(2022年01月11日「基礎研マンスリー」)

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