コラム
2021年12月28日

コロナ禍における保健所の機能と課題(2)-コロナ対策特有の保健所業務1-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1.はじめに

前稿では、「コロナ禍における保健所の役割と課題(1)−保健所の機能と平常時の感染症対策−」について概説した1。本稿では、平常時の感染症対策と新型コロナウイルス感染症に対する対策との相違点に触れながら、コロナ禍特有の保健所業務(相談から患者届まで)と課題について概説する。

2.コロナ禍における保健所業務

1)トリアージ業務
新型コロナウイルス感染症に関する実際の保健所業務としては、2020年2月に「帰国者・接触者相談センター」業務が各都道府県保健所へ委託されたことを受け2、感染疑い者に対する「帰国者・接触者相談センター」での電話相談トリアージを実施するようになった3。トリアージフローを図1に示す4

トリアージとは本来、災害時発生現場等において傷病者が多数同時に発生した場合に、救急隊や看護師が呼吸、循環、意識状態等の簡易的な指標で傷病者をグループ分けするスタート方式(START: simple triage and rapid treatment)により、各グループの傷病者をトリアージ・タッグを用いて5、緑(III):軽症群、黄色(II):中等症群、赤(I):重症群、黒(0):死亡群等に識別することである3)。この重症度に基づいて、治療順位や緊急搬送の順位を決定する。医療資源や設備が限られた状態では、すぐに処置を施さないと助かる見込みのない重症者より、救命確率が高い軽症者や中等症者を優先する場合があることが特徴的である。

平常時の感染症対策では、主に医療機関にて相談や受診、検査・診断を経るものであるため、これまで多くの保健所では、トリアージ業務に関する経験は蓄積されていなかった。しかし、今回の新型コロナウイルス感染症対応においては、コロナ重症者病棟における病床不足などの医療体制の逼迫を受けて、感染者の重症度によって入院・宿泊療養もしくは在宅療養にトリアージする必要性が生じていた6。トリアージには、適切な判断力と蓄積された経験が必要であり、目の前の人間の生命を委ねられる責務は計り知れない7。普段トリアージ業務を経験していない専門職が、今回の新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて、急にトリアージ業務を担わされるようになったことは、相当な負荷を伴うものと推察される。
 
2 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部(2020)「帰国者・接触者相談センターの運営について」
3 名称こそ異なるが、「発熱相談センター」なども同様の役割を担い、保健所のみならず、発熱外来などを設置している病院等でも、相談業務及びトリアージを請け負っている現状にある。
4 厚生労働省(2020)「帰国者・接触者相談後のフロー別添1」
5 東京消防署庁HP(2021)「トリアージタグ」
6 神奈川県等の一部自治体では、入院優先度判断スコアを作成し、医師(保健所長等)の判断により調整している。
7 野島 敬祐(2016)「救急外来におけるトリアージナースのストレッサーについて ―役割や能力に関するストレッサー内容―」、日本救急看護学会雑誌:18(2)
2)受診搬送における救急車両の配備
上述の「帰国者・接触者相談センター」への相談内容から、「帰国者・接触者外来」へ受診が必要と判断した場合には、対象者に対する受診勧奨やその後の案内、病院との受診調整が必要となる。また、感染疑い患者の搬送について、他者との接触を避けた状態で移送する必要があるが8、第1波・第2波の時期は搬送体制が確立していなかったこともあり、消防庁の救急車や民間の救急車両も手配が困難となり、保健所車両を応急的に改装し搬送する事態も生じていた9,10。病院・クリニックで実施したPCR検査の検体回収・健康安全研究センターへの検体搬入、入院先の調整・搬送、入院中の転院調整などの対応も担うなかでは、感染疑い患者の搬送は他の業務への対応を圧迫する要因にもなった考えられる。
図1-1.帰国者・接触者センターへの相談後のフロー
図1-2.帰国者・接触者センターへの相談後のフロー
図1-3.帰国者・接触者センターへの相談後のフロー
 
8 厚生労働省 新型コロナウイルス感染症対策推進本部(2020)「新型コロナウイルス感染症患者等の移送及び搬送について」
9 伊賀タウン情報ユー(2020)「新型コロナ 患者搬送の隔壁付き専用車 伊賀保健所にも配備」
10 山口新聞(2020)「コロナ患者搬送、保健所に専用車 二次感染防止へ隔壁、後部気圧下げ」
3)患者発生届
PCR検査の結果、陽性が判明し、医師から「新型コロナウイルス感染症発生届」11(参照:図3)を保健所が受理した場合には、各関係機関へ報告し情報を共有する。これは、平常時の感染症法に基づく感染症患者の届け出及び受理と同様の業務である。

しかし、今回導入された新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)では、インターネット接続環境の整備から始まり、個別のID及びパスワードの取得、電話認証にセキュリティー保護などの手順が必要である。続いてHER-SYSへのサインイン後の新規患者登録では、診断した医療機関情報や陽性者の住所、未成年者の場合には保護者の情報、症状、診断方法、感染原因や感染経路、地域場所まで入力する必要がある12,13。感染経路や接触した可能性のある人物や場所まで、詳細に確認するには、一定の時間を要する。患者が有症状の場合、症状が安定していなければコミュニケーションが取りづらい場合もある。さらに、濃厚接触者を確定するには、患者のプライベートな行動履歴を詳細に把握する必要があるため、調査を拒否され濃厚接触者が特定できない事態も生じていた14,15

このように患者登録時に入力を求められる情報は多岐にわたる上、今までの患者登録とは患者発生のスピードが格段に早く、即日に患者登録を行うよう迅速な対応を求められては業務が逼迫するのも無理はなかったであろう。
 
11 厚生労働省(2021)「様式6−1新型コロナウイルス感染症発生届」
12 厚生労働省(2021)「HER-SYS簡易操作マニュアル 医療機関向け 2021.5」
13 厚生労働省(2020)「感染症発生動向調査事業実施要綱」
14 讀賣新聞オンライン(2020)「調査の電話に出てくれない 感染拡大の若年層、追跡拒否のケースも」
15 NEWSポストセブン(2021)「濃厚接触者になったらどこまで伝えるべきか? 事実上の「黙秘権」も」

3.まとめ

このように、新型コロナウイルス感染症の相談から受診、陽性者の確定から患者登録まで、コロナ禍における保健所業務は多岐にわたることから、第5波の収束まで保健所業務は逼迫する事態が生じていた。未だ対応するための知識の集積が未熟な新型コロナウイルス感染症におけるトリアージでは、軽症者が急変する事態も生じており、保健所職員のトリアージ判断が適切であったのかも判断がつかない。一部の自治体では、入院優先度判断のためのスコア評価等も用いられており、より迅速にトリアージを行うためには、重症度判断のスコア評価の様な画一的なマニュアルやガイドラインの作成・導入も全自治体で検討しなければならない。また、感染症患者の搬送・医療機関の選定は保健所の責務であり、感染症対応型の搬送車両などを平常時から整える必要があるなど多くの課題が残る。

次稿では、療養中の患者への健康観察から保健所の連携体制に関する実態と課題について述べる。
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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

経歴
  • 【職歴】
     2012年 東大阪市 入庁(保健師)
     2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了
         (看護学修士)
     2019年 ニッセイ基礎研究所 入社
     2019年~大阪市立大学大学院 看護学研究科 研究員(現:大阪公立大学 研究員)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

(2021年12月28日「研究員の眼」)

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