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オンライン診療の特例恒久化に向けた動向と論点-初診対面原則の是非が争点、曖昧な「かかりつけ医」をどうするか

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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5――医療サービスの特性から見た論点
まず、医療サービスでは「規制は少ないほど良い」という市場経済的な解決方法が取りにくい点を考察する。ここでは、医療サービスの特性を考えるための比較として、ファストフードで「ポテトは如何ですか」と店員から声を掛けられたケースを考える。この瞬間、消費者である私達はフライドポテトを食べることによる効能(満足度)、価格、味、健康への影響、ポテトの代わりに別の食べ物を食べる満足度などを瞬時に勘案し、フライドポテトを買うか、否かを考えている。計画経済よりも資本主義が優れているのは、それぞれの消費者が合理的な判断を下せる点にあり、こうした場面では食品規制などを除けば政府の規制は不要である。つまり、「(筆者注:市場の)働きにまかせてもらえさえすれば、(略)政府による規制やその他の活動よりも、消費者をはるかによく保護してくれる」8という経済学の教科書的な考え方はダイレクトに適用されやすい。
では、診察室で医師から「検査しますか」と薦められた時はどうだろうか。追加的なサービス購入を求められている点ではフライドポテトと同じなのに、患者は医師の薦めを断りにくい。これは患者―医師の情報格差が大きいため、「医師の薦めが医学的に妥当なのか」「どれぐらい費用は掛かるのか」「目の前の医師が提供する医療の質が高いのか」「検査に代わる代替手段が存在するのか」といった点を患者が理解することは難しく、患者は医師の判断を最後は受け入れるしかない点が影響している。こうした場面で「規制は少ないほどいい」という市場経済的な考え方は成立しにくくなる。
8 引用部分については、Milton & Rose Friedman(1980)“Free to Choose”[西山千明訳(2012)『選択の自由』日本経済新聞出版社p353]を参照。ミルトン・フリードマンは新自由主義的な経済政策の旗手だった経済学者。
むしろ、医療は信頼財(credence goods)の側面を持っている。これは一般的に「消費した後でも品質評価が難しい財」を指しており、医療サービスに関して、契約の概念よりも信認(信任)関係が重視されるという社会保障法学の考え方とも符合している9。このため、医療制度を考える上では、患者―医師の信頼関係を増幅できるような制度改正を意識する必要がある。
では、患者―医師の信頼関係はどう構築されるべきだろうか。まず、患者の立場で考えると、医師の専門技能や専門知識だけでなく、「どんな態度で接してくれるか」「不安や疑問に対して分かりやすい言葉で説明してくれるか」といった点が気になる。一方、医師も視覚、聴覚、臭覚、触覚などを通じて患者の状態を把握することが必要になる。その点で言うと、オンラインは空気感を把握できないし、触診などの情報も得にくいため、対面よりも取れる情報が少なくなる点は否めない。
しかも医療の場合、患者の個体差が影響するため、この後に患者の状態がどうなるのか、事前の把握は難しく、患者だけでなく医師さえも不確実な意思決定に曝されている。このため、対面診療よりも入手できる情報が限られるオンライン診療について、医師が安全性を意識するのは当然と言える。
実際、検討会でも現場の中堅医師が「全くの初診、初めての患者さんに関しては、これは正直な感想で申しまして、怖いなということがございました」「患者さんの言葉で、例えばこれはいつもと同じような感じですよというせき払いであっても、この方がいつもせき払いをされている方なのか、今、本当に何かしらの症状でせきをしているのかを、患者さんの言葉だけで、客観性であるとか、または患者さんのいつもと比較することができない」と述べていた10ことは注目に値する。
このため、医療サービスの特性を踏まえれば、「初診は対面で」「かかりつけ医を中心に」という日医の主張は一定程度、正しい内容を含んでいると考えられる。
9 樋口範雄(1999)『フィデシャリー[信認]の時代』有斐閣では、幅広く信認関係が成立する一例として、患者―医師関係を挙げている。
10 2020年11月2日の第11回検討会における多摩ファミリークリニック院長の大橋博樹構成員による発言。
しかし、オンライン診療を「対面の補完」と限定的に考える必要性を特に感じない。例えば、慢性疾患で状態が安定している患者への対応とか、薬の処方を受けるだけの診察であれば、オンライン診療による状態確認で済む可能性が高い。さらに、医師が処方しなくても繰り返し使用できる「リフィル処方箋」や薬剤師による「オンライン服薬指導」などを絡めれば、患者のアクセス改善だけでなく、医師の負担軽減なども図れる。このため、オンライン診療を「対面の補完」、つまり「対面の劣化版」のように限定的に考える必要も感じない。
6――「かかりつけ医」とは何か
このため、極論すれば筆者が知り合いのA医師に対し、「何かあったら宜しくね」とお願いするだけで、かかりつけの関係は成立する。つまり、患者の個人的な判断に頼っている分、かかりつけ医の位置付けは非常に曖昧になる。
こうした曖昧な点は新しい指針案で使われた「かかりつけの医師」でも変わっておらず、「『かかりつけの医師』以外の医師」が「かかりつけ医の医師」に切り替わる基準は不明確である。このため、「かかりつけの医師」の要件など制度的な位置付けを明確にしなければ、「オンライン診療を幅広く広げるべき」「いや、オンラインは情報量に劣るので、初診対面が優先」「かかりつけ医だったら初診からオンラインOK」「ただ、かかりつけ医は曖昧」といった堂々巡りにも似た議論が続く危険性がある。
11 2020年8月16日拙稿「医療制度における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。
12 かかりつけ医の定義については、日医などが2013年8月にまとめた報告書で、「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」とされている。
7――おわりに
こうした議論になった背景には、初診対面原則の是非に関心が集中したことが影響している。その結果、曖昧な「かかりつけ医」機能の明確化とか、診療報酬の問題、医療情報の集約化といった重要な論点が抜け落ちてしまった感もある。
今後は患者―医師の関係を固定化させる制度13の是非も含めて、かかりつけ医の機能を明確にする制度化の可能性を探るとともに、その一つとしてオンライン診療を位置付けるような議論が求められるのではないだろうか。
13 なお、選択肢としては、イギリスのように患者―医師関係を完全に固定させる登録制だけでなく、フランスのように登録制度と患者負担を組み合わせる方法も考えられる。その論点としては、2020年8月16日拙稿「医療制度における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。
(2021年12月28日「保険・年金フォーカス」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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