2021年12月20日

東南アジア経済の見通し~オミクロン株の影響に不安が残るが、22年は経済再開に伴って景気の回復が進む

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1.東南アジア経済の概況と見通し

(図表1)実質GDP成長率 (経済概況:感染再拡大を背景に成長率が再び低下)
東南アジア5カ国の経済は昨年、新型コロナウイルス感染拡大と各国の活動制限措置の影響が直撃した4-6月期に急速に悪化し、ベトナムを除く4カ国(マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン)がマイナス成長に落ち込んだ(図表1)。その後、各国の制限措置が続いたことから21年1-3月期まで経済の停滞が目立った。21年4-6月期は東南アジア地域でデルタ株が蔓延して感染再拡大が生じたため、各国政府は厳しい活動制限措置の実施を迫られ、実体経済が停滞した国が多かったが、成長率(前年同期比)は昨年の実質GDPが大幅に減少した反動(ベース効果)により大きく上昇した。しかし、7-9月期は更なる感染拡大により都市封鎖など活動制限が厳格化される傾向が強まり、成長率が大きく低下することとなった。

7-9月期の実質GDP成長率(前年同期比)は、フィリピン(同+7.1%)とインドネシア(同+3.5%)が昨年の実質GDPの落ち込みが大きかったためにプラス成長となったが、マレーシア(同▲4.5%)とタイ(同▲0.3%)、ベトナム(同▲6.2%)は活動制限による経済停滞によりマイナス成長に転落した。
(新型コロナ感染状況:活動制限強化により改善に転じる)
東南アジア地域の新型コロナ感染動向は総じて改善の動きがみられる(図表2)。今年に入って各国で感染再拡大の動きが始まり、6月以降はインドネシアをはじめとして、タイやマレーシア、フィリピン、ベトナムで感染ペースが次々に加速、インドネシアとフィリピン、マレーシアでは医療体制が逼迫する事態となった。しかし、各国の厳しい活動制限措置が1~2ヵ月実施されたことにより、インドネシアでは7月、タイでは8月、マレーシアとフィリピン、ベトナムは9月に新型コロナ感染がピークアウトし、感染状況が改善に向かっている。

各国政府は感染状況の改善の動きがみられると早いタイミングで首都圏の制限緩和に舵を切った。インドネシアは7月、マレーシアは8月、タイは9月、フィリピンとベトナムが9月後半に相次ぎ首都圏の制限措置を解除している(図表3)。各国は感染力の強いデルタ株の出現や厳しい活動制限措置による経済活動の制限、ワクチン接種の進展、医療体制の改善など様々な要因を考慮してウィズコロナ(新型コロナウイルスとの共存)を前提とする柔軟な感染対策をとるようになってきている。

足元でもインドネシアとタイ、マレーシア、フィリピンの4カ国では感染状況の改善が続いている。しかし、ベトナムはこれまで極めて厳格だった感染対策を経済再開に軸足を置いた柔軟な対策に切り替えたこともあり、11月に感染ペースが再び加速、感染者数が1日1万人を上回って推移している。
(図表2)新規感染者数の推移/(図表3)封じ込め政策の厳格度指数
(図表4)消費者物価上昇率 (物価:経済再開が進むにつれて緩やかに上昇)
東南アジア5カ国の消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は昨春、新型コロナ感染拡大に伴う活動制限措置やエネルギー価格の下落を受けて低下した後、デフレ圧力が働いて低水準で推移した(図表4)。今年に入ると、昨年の落ち込みからの反動増や国際商品価格の上昇が物価の押し上げ要因となっている。しかし、コロナ禍でサービス消費が抑制されており、現在のところ物価上昇は限定的となっている国が多い。

国別にみると、まずフィリピンは昨年の大型台風による作物被害やアフリカ豚熱の影響により、今年2月にかけて食品価格を中心に上昇すると、その後も中銀の物価目標圏(+2~4%)を上回る高めの水準で推移している。またマレーシアとタイ、ベトナムはそれぞれ今年3~4月にかけて昨年急低下した反動によって急上昇、その後は一時的に鈍化したが、足元ではエネルギー価格の上昇により再び上向いてきている。一方、インドネシアは大きな変動が見られないが、コロナ禍の需要の落ち込みを反映して停滞している。

先行きのインフレ率は、当面インフレ圧力の高い状況が続くと見られるが、足元のエネルギー価格の下落や、経済活動に一定の制限が残り需給面からの下押し圧力が続くため、上昇ペースは次第に鈍化するだろう。しかし、その後は国内外の経済再開が進むなかで労働需給が引き締まるため、賃金が上昇するにつれてインフレ率が次第に上向くと予想する。
(金融政策:22年は各国で政策金利を引き上げ)
東南アジア5カ国の金融政策は昨年、新型コロナの世界的な感染拡大の影響が直撃すると、各国中銀が段階的な利下げを実施、その後も緩和的な金融政策が維持されている(図表5)。
(図表5)政策金利の見通し 昨年、各国中銀が実施した累計の利下げ幅をみると、マレーシアが1.25%、タイが0.75%、インドネシアが1.25%、フィリピンが2.00%、ベトナムが2.00%と、積極的な金融緩和を実施してきた。しかし、年明け以降はインドネシア中銀が2月に0.25%の利下げを実施した程度であり、各国中銀の政策スタンスに大きな変化はみられない。

金融政策の先行きは、当面はインフレ率の持続的な上昇が見込みにくく、コロナ禍でダメージを受けた経済の回復を後押しするため、年内は各国の政策金利が据え置かれると予想する。しかし、22年半ば頃からワクチン普及に伴う経済活動の回復が続いて受給面から物価上昇圧力が働くようになるほか、米国の金融緩和策の縮小と政策金利の引上げに伴う資金流出が強まるため、各国中銀は利上げに踏み切るだろう。国別にみると、21年半ばにマレーシアとインドネシア、フィリピンが1回の利上げ、タイとベトナムが21年末に1回の利上げを実施すると予想する。
(経済見通し:オミクロン株の影響に不安が残るが、来年は経済再開に伴って景気の回復が進む)
東南アジア5カ国の経済は、オミクロン株の感染拡大が懸念されるなかで新型コロナウイルスの感染動向と活動制限措置によって経済活動が左右される状況が続く。今回の経済見通しを策定する前提として、オミクロン株の感染拡大は対面型サービス業を中心に一定程度経済活動に影響するものの、ワクチン接種の更なる進展等により各国が大規模な都市封鎖を実施するまでには至らないことを想定している。

東南アジア各国はワクチン普及が進むなかでウィズコロナを目指した柔軟な感染対策と経済活動の両立を図るようになっており、22年は景気の回復が軌道に乗ると予想する。足元では各国で外国人観光客の受け入れを再開する動きもあり、コロナ禍で低迷が続いた観光業が回復に向かうだろう。こうした中で労働市場や消費者・企業マインドが改善して、内需は民間部門を中心に次第に勢いを増していくとみられる。政府部門も引き続き景気回復をサポートする。各国政府は財政赤字拡大を時限的に許容して消費喚起や投資拡大のための施策を打ち出すなど積極財政を続けている。もっともソーシャルディスタンスの確保などの基本的な感染防止策は維持されるため対面型サービス消費が引き続き抑制されるほか、緩和的な金融政策が引き締め方向に転じることは内需回復の重石となるだろう。
(図表6)実質GDP成長率の見通し 外需は各国でワクチン証明や陰性証明の提示を条件とした外国人観光客の受け入れが進むため、サービス輸出が漸く回復へ向かうだろう。ワクチンの普及拡大により世界経済が回復に向かうが、21年と比べて財輸出の伸びは鈍化するほか、国内経済の回復で輸入が増えるため、外需の成長率寄与度は低下しよう。

以上の結果、21年は感染再拡大と厳しい活動制限措置の実施により経済活動は停滞したが、前年の大幅な落ち込みからの反動増により各国の実質GDP成長率は上昇するだろう。22年はワクチンの普及に伴い景気の回復が進むことから成長率は更に上昇すると予想する(図表6)。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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