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欧州委員会がソルベンシーIIのレビューに関する提案を公表-提案の具体的内容とその影響-
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1―はじめに
ECは、EIOPAの最終意見を踏まえて、検討を進めてきたが、2021年9月22日に、影響評価を含めて、ソルベンシーII のレビューの提案内容を公表3した。これに対して、EIOPA、欧州の保険業界団体であるInsurance Europe(保険ヨーロッパ)、AMICE(欧州相互保険会社及び保険協同組合協会)等が、意見表明を行っている。
前回のレポートでは、ECの提案の全体概要と、今回の提案を受けてのEIOPA、Insurance Europe及びAMICEの意見表明、さらに保険業界とは異なるスタンスからの批判的な意見を有する欧州議会議員等の関係団体等の意見の内容を報告した。
今回のレポートでは、ECの提案の具体的な内容について報告する。
1 https://eiopa.europa.eu/Publications/Requests%20for%20advice/RH_SRAnnex%20-%20CfA%202020%20SII%20review.pdf
2 https://www.eiopa.europa.eu/content/solvency-ii-review-balanced-update-challenging-times_en
3 https://ec.europa.eu/info/publications/210922-solvency-2-communication_en
2―ECの提案の背景と目的等
今回のレビューが行われている背景として、以下の点が挙げられている。
ソルベンシーII指令には、ECが健全性規則の主要な要素の機能をレビューするために、以下のようないくつかの義務が含まれている。
・保険会社のソルベンシーポジションに対する短期的な市場変動の影響を緩和することを目的とする「長期保証措置」の機能の評価
・リスク感応度の妥当性を検証するための資本要件の計算のレビュー
・保険及び再保険グループ内の資本管理に関係した規則
・危機管理と保険保証制度に関する保険規則をさらに整合させるための事案評価
ECは、さらに法の規定を超えて、今回のレビューは、規則が施行されて以来学んだ教訓をより広く反映する機会である。
また、保険会社と再保険会社によって管理されている投資の膨大な量を考慮して、このセクターがEUの政治的優先事項、特に資本市場連合及び欧州グリーンディールの下での気候と環境の目標に貢献できるかどうかを評価する。
ソルベンシーIIに規定された比例原則、すなわち、保険会社の事業に固有のリスクの性質、規模及び複雑さに比例した方法での規則の適用は、改善され得るという利害関係者間の合意がある。
ソルベンシーIIは、信用機関に対する健全性の枠組みとは異なり、システミックリスクの蓄積に明確に対処するための具体的なマクロ・プルーデンシャルの手段を現時点では有しておらず、保険契約者及び一般市民の利益のために、破綻しつつある保険会社に対する危機への備え及び破綻処理のための専用の共通の枠組みは今のところ存在していない。
今回のレビューの目的として、以下の点が挙げられている。
・保険会社が経済の長期的かつ持続可能な資金調達に貢献するインセンティブを提供する。
・リスク感応度を改善する。
・保険会社のソルベンシーポジションの過度の短期的変動を緩和する。
・比例性を改善する。
・EU全域で保険監督の質、一貫性、調整を強化し、保険会社が破綻した場合を含め、保険契約者と受益者の保護を改善する。
・保険セクターにおけるシステミックリスクの潜在的な蓄積に対処する。
・再建あるいは破綻しつつある保険会社や再保険会社の破綻処理が必要となるような極端なシナリオへの備えを改善する。
なお、サステナビリティ(持続可能性)に関して、長期的な気候シナリオ分析を実施する義務を追加することにより、保険会社及び再保険会社のリスク管理要件を修正することを提案しているが、これは、気候リスクが管理され、金融システムと2021年の戦略的展望レポートで示された戦略的行動分野に統合されるという欧州グリーンディールの目標に貢献する。また、既存のソルベンシーIIのグリーン資産に対する自己資本比率規制の適合性を評価するための作業も開始される。
今回のレビューを受けて、ECはソルベンシーII指令2009/138/ECを改正し、保険会社及び再保険会社の再建と破綻処理のためのEUの枠組みを創設するための立法案を提出している。
今回のレビューは、規制枠組みの特定の要素を対象とすることにより、以下の複数の目的を達成する。
・リスク感応度の改善と過度なボラティリティの緩和は、長期保証措置の変更、特に保険負債の評価に用いられるリスクフリーレートの補外とボラティリティ調整を通じて達成される。
・より小規模な保険会社がソルベンシーIIの規制から除外されることを認め、リスクプロファイルの低い保険会社として特定された保険会社により適した枠組みを作成することにより、健全性規則をより比例的にすることが可能となる。
・透明性に関するルールの改善は、保険会社に要求される開示を、保険契約者向けの情報とアナリスト向けの情報に区別して、受取人が必要とする情報により良く適合させることにより、達成される。
・監督の質の向上と競争条件の平準化は、特に健全性規則の継続的な遵守、国境を越える保険会社及び保険グループに関してのいくつかの変更を通じてもたらされる。
・長期的な気候変動シナリオ分析に関する新たな要件を導入することにより、気候リスクとシステミックリスクがより適切に管理・監督されるようにする。
ソルベンシーIIとその委任規則 (EU) 2015/35との間には密接な関係があることから、レビューの全ての目的を達成するためには、両方の法令の改訂が必要となる。
ソルベンシーII指令は、委任法を通じて特定の規則を採択する権限を欧州委員会に与える。多くの分野において、欧州委員会は、このレビューの下での目的をより良く達成するために、これらの権限付与の調整を提案している。このような場合、欧州委員会は、委任規則に対する必要な変更を実施する前に、立法プロセスの最終化を待たなければならない。したがって、ソルベンシーIIの枠組みのレビューの一貫性のある実施を確保するため、及び異なるトピック間の密接な相互作用を考慮して、欧州委員会は現段階で委任規則に変更を導入していない。
ただし、委任規則の変更を必要とする論点の重要性を考慮して、欧州委員会は、加盟国、欧州議会及びその他の利害関係者と協力し、これらの変更の可能な内容についての議論を遅滞なく開始することにコミットする。このような議論は、ソルベンシーIIを改正するための立法プロセスと並行して行われる。欧州委員会は、銀行・決済・保険・破綻処理に関する専門家会合を開催する。
結論として、保険・再保険セクターは、いくつかの優先順位の高いEUの目標を達成するために重要な役割を果たす。ソルベンシーIIの見直しは、このセクターの回復力と効率性を高めるとともに、投資能力を高めるため、その点で有用である、としている。
したがって、欧州委員会は欧州議会及び理事会に対し、指令2009/138/ECの改正及び保険会社のための破綻処理枠組みの創設に関する組織間交渉を迅速に進めるよう要請する、としている。
3―再建と破綻処理指令
破綻処理カレッジの設立を通じて、関連する監督者と破綻処理当局は、国境を越えた(再)保険グループ内で発生する問題に取り組むために調整されたタイムリーで決定的な行動をとることができ、保険契約者とより広い経済に可能な限り最高の結果を保証する、としている。
再建・破綻処理案の目的は、(再)保険会社と関連当局が、当該セクターにおいて深刻な財務的破綻が生じた場合に、その破綻を緩和するためにより適切に対処できるようにすることにある。それはまた、保険契約者のための保険保障を維持し、破綻した保険会社のための秩序ある破綻処理プロセスを通じて実体経済、金融の安定、納税者を保護するのに必要な手段を政府当局に与える。
ソルベンシーIIによって構築された強固な健全性の枠組みにもかかわらず、財務的破綻の状況を完全に排除することはできない。保険会社の無秩序な破綻は、特に、重要な保険サービスを合理的な期間と費用で代替することができない場合、保険契約者、受益者、被害関係者又は影響を受ける事業者に重大な影響を与える可能性がある。特定の(再)保険会社、特に国境を越える大規模グループの破綻寸前や破綻、又は複数の(再)保険会社の同時破綻もまた、金融の不安定性を発生させ、拡大させる可能性がある。
この提案は、ソルベンシーIIの枠組みと完全に整合的に策定されており、(再)保険会社の特殊性に比例している。ソルベンシーIIの枠組みの改定を補完し、EUの保険セクターへの信頼を強化することで、資本市場組合と欧州グリーンディールの政治目標に沿って、COVID-19危機後の経済回復においてEUが十分な役割を果たせるようにする。
4―ソルベンシーIIレビューの改正内容等
株式保有、特に長期株式保有に対する適切な資本チャージの問題については、2018年のレビューにおいても修正が行われ、少なくとも5年間保有していることを証明できれば、22%の低いチャージを適用することが認められたが、十分にワークしなかったという経緯がある。
今回は、既存の長期株式資産の適格基準を見直して、39%(OECD)又は49%(非OECD)の標準的な株式への資本チャージと比較して、より低い22%の資本チャージの対象となる資産を増やすことで、長期株式投資を優遇する、ことを提案している。
ECによれば「追加の株式の15%のみが長期として適格であると仮定した慎重なシナリオの下では、株式リスクの自己資本要件の削減が約105億ユーロで現行水準の6%超の減少となる。」としている。
ソルベンシーIIの見直しの一環として、経済の長期資金調達を改善する意図は、2020年9月24日に採択された新しい資本市場同盟計画に言及されている。
具体的には、計画で公表されているように、欧州委員会は、過度の景気循環的な行動を回避し、保険事業の長期的な性質をよりよく反映することを目的として、長期的な株式投資の基準、リスクマージンの計算及び保険会社の負債の評価に関するソルベンシーIIのルールの妥当性を評価する予定である、としていた。
欧州委員会は、委任規則 (EU) 2019/931 (元のソルベンシーII委任規則を改訂) を通じて導入された長期株式資産クラスの適格基準の改訂を検討する。
特に、インフラファンドを含む出資を「長期」とする条件の簡素化を検討する。これにより、(上場株式では39%、非上場株式では49%を参照するかわりに)より有利な22%のリスク・ファクターの対象となりうる株式の範囲が拡大する。
この段階では、見直し基準に基づく長期投資優遇措置の対象となり得る株式投資の額を評価することは困難である。追加的な株式の15%のみが長期的なものと仮定した慎重なシナリオの下では、株式リスクに係る資本要件の減少は、約105億ユーロ(標準的な計算式を用いた保険会社の現在の水準と比較して6%超の減少)となる。このお金は経済にさらに投資することができる。
したがって、長期株式投資の優遇措置の利用を促進することにより、長期株式資産クラスの適格基準の見直しは、保険会社が景気回復及び中小企業を含む欧州企業及びインフラの長期資金調達に貢献することを助けることになる。
同時に、欧州委員会は、長期株式投資の枠組みは、資本市場同盟のための新たな行動計画に沿って、保険契約者の保護と金融の安定性を損なうことのないよう、慎重に強固なままであるべきであると考えている。
(2021年10月22日「保険・年金フォーカス」)
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