2021年09月10日

成約事例で見る東京都心部のオフィス市場動向(2021年上期)-「オフィス拡張移転DI」の動向

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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4|Aクラスビルのオフィス拡張移転DIが大きく低下し50%を下回る
オフィス拡張移転DIをビルクラス別に比較すると、2021年上期はAクラスビルのオフィス拡張移転DIが大きく低下し50%を下回った(図表9)7。2019年のAクラスビルの拡張移転DIは92%と、ほとんどのテナントが拡張移転であった。当時は、IT企業を中心に企業の拡張意欲が強く、人材確保や働き方改革を目的としたオフィス移転も多く見られるなか、立地やスペックに勝るAクラスビルがこれらの需要の受け皿となった。

しかし、コロナ禍以降、Aクラスビルの拡張移転DIは、2020年に61%、2021年上期には35%まで低下した。Bクラスビル(2019年85%→2020年67%→2021年上期59%)やCクラスビル(同79%→63%→63%)と比較しても、Aクラスビルの下落幅が大きい。現状、Aクラスビルへの拡張移転を決める企業は少なく、グループ会社の集約などを中心とした縮小移転が多いようだ。
図表9:ビルクラス別のオフィス拡張移転DIの推移(東京都心部)
ただし、Aクラスビルのオフィス拡張移転DIが大幅に低下したにもかかわらず、空室率の上昇は小幅にとどまる(図表10)。2021年第2四半期末の東京都心部Aクラスビルの空室率は1.9%と、Bクラス4.0%、Cクラス3.6%を下回る。Aクラスビルは、解約時期が限られる定期借家契約や大企業の割合が高いため、今のところオフィス床を実際に解約する動きは限定的である。また、大口のオフィス需要が乏しいなか、賃借面積の縮小と引き換えに立地やスペックなどのオフィス環境の改善を目的とした需要を小まめに拾い上げているほか、賃料を柔軟に調整することで空室の早期解消を図っていることが考えられる8。しかし、オフィス拡張移転DIが示す通り、Aクラスビルにおける企業の拡張移転意欲は乏しく、今後は空室率が想定以上に上振れする可能性もあり、定借期限を迎える大口テナントの動向や企業のオフィス戦略の動きを注視したい。
図表 10:ビルクラス別の空室率の推移(東京都心部)
 
7 各クラスは、三幸エステートの定義を用いる。三幸エステートでは、エリア(都心5区主要オフィス地区とその他オフィス集積地域)から延床面積(1万坪以上)、基準階床面積(300坪以上)、築年数(15年以内)および設備などのガイドラインを満たすビルからAクラスビルを選定している。また、基準階床面積が200坪以上でAクラスビル以外のビルなどからガイドラインに従いBクラスビルを、同100坪以上200坪未満のビルからCクラスビルを設定している(詳細は三幸エステート「オフィスレントデータ2021」を参照)。
8 Aクラスビルの成約賃料(2021年第2四半期)は、直近ピークの2019年第4四半期から▲16.4%下落した。

3――おわりに

3――おわりに

本稿では、三幸エステートとニッセイ基礎研究所の共同研究の一部であるオフィス拡張移転DIをエリア別・業種別・ビルクラス別に分析し、2021年上期の企業のオフィス移転動向を確認した。そのなかで、

(1)オフィス拡張移転DIは、企業の拡張・縮小意欲が拮抗する水準で横ばいとなり、昨年来の低下に歯止めがかかる一方で、オフィス床解約の影響が大きく、空室率の上昇が続いていること

(2)業績悪化を理由とした縮小移転の動きは昨年で一巡し、コロナ禍を起点とした企業のオフィス再構築の動きが顕在化し始めた可能性があること

(3)Aクラスビルのオフィス拡張移転DIが大幅に低下するなか、定借期限を迎える大口テナントの動向や企業のオフィス戦略の動きによっては、空室率が想定以上に上振れする可能性があること

を確認した。

ポストコロナにおけるワークプレイスやワークスタイルの最適解は依然として不透明で、オフィス市場の不確実性も高いため、データを丹念に確認していくことが求められる。

参考資料

【参考資料1】 オフィス拡張移転DIについて

オフィス拡張移転DI9は、オフィス移転後の賃貸面積が移転前と比較して(1)拡張、(2)同規模、(3)縮小、した件数を集計し、次式により計算している。
 
オフィス拡張移転DI
=1.0×拡張移転件数構成比+0.5×同規模移転構成比+0.0×縮小移転件数構成比

オフィス拡張移転DIは0%から100%の間で変動し、基準となる50%を上回ると企業の拡張意欲が強いことを表し、50%を下回ると縮小意欲が強いことを表す。例えば、図表11のように、オフィス移転が合計500件あり、そのうち拡張移転が150件、同規模移転が300件、縮小移転が50件の場合、オフィス拡張移転DIは60%となり、企業の拡張意欲が強いことを表す。
図表11:「オフィス拡張移転DI」の例
 
9 DIはDiffusion Index(ディフュージョン・インデックス)の略、変化の方向性を示す指標のことである。DIの代表例としては、経済分野では日本銀行の 全国企業短期経済観測調査(日銀短観)や内閣府の景気動向指数、また不動産分野では土地総合研究所が公表する不動産業業況等調査(不動産業業況指数)がある。

【参考資料2】 本稿の東京都心部16エリアと三幸エステート「オフィスレントデータ2021」記載エリアの対応表

本稿では、東京都心部の16エリアについて分析を行った。同16エリアは、三幸エステート「オフィスレントデータ2021」における東京都心部の29エリアを、図表12の通り、一部集約したものである。
図表 12:本稿における東京都心部16エリアと三幸エステート「オフィスレントデータ2021」の東京都心部29エリアの対応
 
 

(ご注意)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2021年09月10日「不動産投資レポート」)

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