2021年09月03日

奴雁の中央銀行-中央銀行のCultureと民主主義-

大阪経済大学経済学部教授 ニッセイ基礎研究所 客員研究員 高橋 亘

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5――憲法と中央銀行10

公的な組織の多くがそうであるように、「国のかたち」を表す憲法は、社会のなかでの中央銀行の果たすべき役割、あり方を考えるうえで原点ともいうべきものである。憲法は中央銀行という存在を理解するうえで多くの示唆を与えてくれる11

中央銀行が必ずしも民主主義と親和的でない面を持つのでれば、憲法とも相いれないのであろうか。現代の民主主義国家において憲法の原理には民主主義と並んで、権力の分立で象徴される立憲主義がある。中央銀行の独立性は、実はこの立憲主義と親和的である。中央銀行が立憲的な存在であることが理解されれば、社会の中央銀行の理解も深まることになる。しかしそのためには中央銀行が立憲的な役割を積極的に果たすことも必要となる。

立憲主義は、その根源は、基本的人権の尊重のためにある。窮極的には民主主義による多数決によっても基本的人権は侵害されないこと、これが立憲主義の主目的である。立憲主義による権力分立の典型が裁判所である。Goodhart等(2002)は、それぞれの国において中央銀行の独立性は最高裁判所の独立性と相似していること、しかし国際比較すれば、最高裁判所の独立性が各国で異なるように、中央銀行の独立性も各国で異なることを論じている12

それでは立憲制の下で、中央銀行の独立性はいかにあるべきであろうか。

立憲主義が示す権力間のかたちは、権力分立(separation of powers)である。その関係はチェック&バランスとして表現されている。すなわち相互に牽制(チェック)して均衡(バランス)が保たれるという力学的な関係が示されている。

しかしこうした理想に反して、中央銀行は、多くの国で政府との対立を避ける傾向にある。立憲制の下でも、政府は民主的なコントロールとして、中央銀行の役員の任命権を持つ13。また議会は中央銀行法を変える権限を持つ。こうした状況では、中央銀行は、政府や議会との対立を極力避けたいと思うのは自然である14

こうした状況でも、チェック・アンド・バランス(checks and balances)の立場からは中央銀行がより積極的に独立性を発揮し、政府とは異なる非政治的な立場、中長期的な視点から財政政策をはじめ経済政策に積極的に発言していくことが望まれる15(「積極的な独立性」の発揮16)。これはまた、前川総裁が示した「奴雁」の姿勢を具現化するものでもあろう。積極的な行動は批判にもさらされようが、批判にも積極的に対峙していくことこそが、立憲制のなかでの中央銀行という存在が社会に理解される途でもあろう。

英国では、金融政策について、財務大臣と中央銀行総裁の間で公開書簡を送る制度がある17が、現在のゼロ金利制約のもとでは、財政政策と金融政策が協調する必要があるという現実を踏まえて、財政政策について、中央銀行側から財務大臣に公開書簡を送る提案がされている18。これにより、財務省と中央銀行は相互に牽制することになる。

もっとも強い政治的なプレッシャーのもとでは、人事、法律の改正などで中央銀行に民主的コントロールの手段を持つ政府に対して牽制を行うことは難しい。こうした状況を打開するためには、社会全体でチェック・アンド・バランスという立憲的な枠組みの重要性が認識され、政府も中央銀行の独立性を尊重するようになることが望ましい。

政府からのコントロールが強い旧日銀法の時代においても、前川総裁時代に日銀は、国会審議中に予算書の書き換えを嫌う大蔵省の反対に抗して公定歩合の引き上げに踏み切った(1980年2月)。これには前川総裁が大平首相を訪ね、大平首相が日銀の決定を尊重し、公定歩合変更を了解したとの事情がある。
 
10 本節は多くを佐藤(2002)に負っている。髙橋(2013b)は、中央銀行の独立性の観点から憲法に考察を加えている。また髙橋(2020)は、中央銀行の役割の増大など最近の環境変化を踏まえて、立憲的なチェック・アンド・バランスの視点から、中央銀行の独立性の役割を論じている。
11 日本銀行法の改正は憲法上の問題とされるが、議論は憲法第65条(「行政権は、内閣に属する」)のなかで中央銀行に独立性が与えうるのかという点に集中しがちである。しかし憲法の原理である権力分立、チェック・アンド・バランスを踏まえることが、独立した中央銀行のあり方を考えるうえで重要である。
12 Goodhart and Meade (2002)
13 1997年の日銀法改正の議論では、日銀の独立性を公正取引員会のなどの独立行政員会での議論に準えて、人事任命権を合憲性の要件とした。しかし憲法上想定されているのは人格上の理由等一定の場合に限定された解任権であって、政府による任命権の掌握を合憲性確保の条件にしないとの見解もある(日本銀行金融研究所(2001))。
14 わが国において、全般的に立憲的な枠組みが活かされてこなくなっている現状については樋口(2019)など参照。
15 日銀はかつて、デフレの背景としては日本経済の成長力(潜在成長力)の低下が重要であることを主張したが、この指摘は政府との間でももっと真剣に議論されるべきであった。日銀の指摘は、当時金融緩和に積極的でないことの自己弁護と受け取られたともいわれているが、後述の第三者検証等ではこうした点も検討の対象とされることが望まれる。
16 髙橋(2020)は、独立性の保持のために政府との摩擦を避ける独立性の運用を「消極的な独立性」と呼び、これと対比して、中央銀行がチェック・アンド・バランスを発揮し。政府を牽制する「積極的な独立性」を発揮することが望ましいと論じている。
17 イングランド銀行総裁と英財務大臣との公開書簡は、金融政策についてはインフレ目標を未達成の時に、総裁から大臣に公開書簡が送付され、返信される(Exchange of letters)。一方、財務大臣は金融政策運営や金融安定化政策についても定期的にイングランド銀行向けに、公開書簡として付託事項(remit)を送り、イングランド銀行が返信している。最近(2021年3月)では、金融政策及び金融安定化政策の双方に気候変動対策を政策の使命とすることを要望し合意している。
18 これは、労働党Blair政権のなかで、1998年のイングランド銀行の独立性を起案したEd Ballsなどのよって提案されている(Balls, Howat and Stansbury (2018))。

6――説明責任

6――説明責任(Accountability)

独立した中央銀行にとって、政府や議会による民主的コントロールに代替的なものとして重視されてきているのがAccountabilityである。Accountabilityが発揮され、中央銀行が広く一般国民に理解されることが望ましいことは言うまでもない。金融政策の性格や独特のCultureに加え、中央銀行の多くの業務が国民と距離のある場で営まれていることを考えるとより一層の努力が必要とされる。このため中央銀行はホームページの充実や博物館の充実などにより、マスコミ向けなどばかりでなく国民への直接の広報などを強化している。例えば国民との直接のcommunicationとして、イングランド銀行では、市民との直接対話を始めるなどの積極的な動きがみられている19

金融政策にはそもそも非民主主義的な側面があり、国民から理解を得るのには難しい側面もある。政治や世論におもねれば、本来の役割を果たせなくなってしまう一方、政治や世論を軽視すれば、独善に陥る可能性がある。

日本銀行法改正では、「開かれた独立性」として「独立性」と「透明性」が一体となって謡われた。この透明性を確保し、独立性を発揮しつつも独善に陥らないようにする最善の手段として考えられているのが、Accountabilityである。

ただ、現在Accountabilityには誤解もあるように思える。

Accountabilityの本来の意味は、「事後的に説明する(申し開きをする)責任」である。事前の情報開示だけではAccountabilityとは言えない。むしろ事前の情報開示は、事前に行動を制約するために問題が生じることもある。

例えば、現在Accountabilityとしては、あらかじめ政策目標を明示して達成されることが望ましいとされる。これは前述のように、政策の裁量性をなくし透明性(transparency)向上のためには重要である。しかし一方では、目標達成におわれ、金融政策の柔軟性が失われる「Accountabilityの罠」ともいわれる弊害も生じかねない。金融政策はなるべく自ら提示したルールに則して運営されることが望ましいが、一方では状況の変化に即応する柔軟性も必要とされる。目標を外したとしても、その理由を説明するのがAccountabilityの真意であり、Accountabilityが政策の制約になるのは本来の姿でない。このためAccountabilityの発揮のためには、事後的な検証が重要となる。
 
19 日本銀行は、従来から全国32の支店、12の国内事務所を通じて、地方経済の現状把握、地域との対話に努めてきている。またイングランド銀行は、地方の12のagentを通じて、地域経済の把握、地域住民との対話を強めているほか、2018年からは、Citizens’ Forumとして総裁以下幹部と市民との直接対話の機会を設けている。

7――内部的検証の充実

7――内部的検証の充実

事後的な検証として重要なのはまず内部的な検証であろう。日本銀行は、2013年4月に始まった量的・質的緩和において総括的な検証(2016年9月)や点検(2021年3月)を実施、公表している。一方、イングランド銀行は金融政策に限らず、金融安定化政策など様々な政策について内部に独立的な部署を新設し、検証の内容等も公表している。イングランド銀行は2014年に独立評価部署(IEO: Independent Evaluation Office)を設置したが、本稿との関連で注目されるのは、その設置の目的として、透明性、Accountabilityの強化と並んで “Learning Culture”をあげ国民からの信頼(trust)を高めることを謡っていることである。また公開された報告書の内容を見ると、金融政策全般に対する定期的なレビューといった定型化されたものではなく、例えば金融政策では「量的緩和政策」、金融安定化政策では決済システムなどの「金融インフラ(FMIs: Financial market infrastructures)の監視」、また「金融安定に属する各機関の利益相反の問題」をテーマとし提言に対するイングランド銀行としての回答も合わせて公表している。

8――歴史的検証と第三者検証の必要性

8――歴史的検証と第三者検証の必要性

Accountabilityを実現するさらに重要な手段が、内部検証に加えて歴史的な検証や第三者検証である。政策の範囲が広がり役割が増加した中央銀行にとって、民主的なコントロールの上でも国民の理解に資するためにもこうした検証がより重要になる。歴史的検証については、イングランド銀行などは、政府とは独立して政策業務文書を保存するアーカイブ(Archive)を整備しているほか、定期的に金融史の専門家を招いた「政策史」を編纂している20。日本銀行でも、アーカイブが整備され(1999年)、外部への公開に応えている。一方第三者機関による検証については、スエーデン中央銀行であるリクスバンクなども、最近の政策運営等について海外からの有力学者を招き報告を作成、そこであげられた疑問、論点についてのリクスバンク側の返答なども公開している21

こうした歴史的な検証、第三者検証では、情報公開等では秘匿されがちな情報も含めて検証されることが望ましい。例えば日本銀行の金融政策の場合、2%のインフレ目標を設定した2013年1月の政府との共同声明の政府との交渉過程などについては、ジャーナリストの論稿等では報じられている22ものの、公式文書等では明らかにされていない。歴史的検証、第三者検証では、証言等も含めて政府との交渉なども検証されることが望まれる。

またこれまで公表されている歴史的検証や、第三者検証は「公式」なものになれば、批判的な姿勢が弱まるようにみえるのも問題であろう。こうした傾向を是正するためには、わが国の場合には報告書の作成には、ジャーナリストや学界等で批判的な見解を持つメンバーを入れ、意見が一致しないときには、それぞれの見解を披露するなどの工夫が必要であろう。最近のわが国のように、金融政策と政府の経済政策の整合性が強調されるときには、狭い意味での金融政策の範囲を超え他の政府の政策等との関連での評価も必要となろう。そして現在イングランド銀行やリクスバンクの事例にみられるように中央銀行側の返答の公表も望まれる。
 
20 最新の出版は英国金融史の大家であるCity UniversityのCapie教授によって著された(キャピー(2015))。
21 第三者検証については、髙橋(2018)参照。Riksbankへの第三者検証は、King元イングランド銀行総裁と、金融論の大家であったGoodfriend教授による報告書が公表されている(King and Goodfriend(2014)。
22 軽部(2018)

9――結語

9――結語

中央銀行は、政策や業務の性格上、外部からの理解は難しい側面もある。中央銀行の伝統にも通じるCultureもまた理解を妨げている面もある。世論等を意識し理解を得る努力は必要であるが、一方それを意識しすぎれば、立憲上期待される独立性を発揮できないおそれも生じる。このバランスに正解はないが、独立を付託された中央銀行が様々な範囲でも独立性を積極的に発揮することが望まれる。一方それをチェックするためには歴史的検証や第三者検証を活用し、時として社会の批判にも対峙していくことが必要だ。そして独善性を排していくうえでもAccountabilityの強化によって、時代の変化に応じ社会の理解を得ていくことが一つの方向性であるように思える。

参考文献

軽部謙介、『官僚たちのアベノミクスー異形の経済政策はいかに作られたかー』、岩波新書1703、岩波書店、2018年
キャビー、フォレスト、「イングランド銀行 1950年代から1979年まで」。イギリス金融史研究会訳、日本経済評論社、2005年
清宮四郎、『憲法と国家の理論』、講談社学術文庫2670、講談社、2021年
佐藤卓也、『輿論と世論―日本的民意の系譜学』、新潮選書、新潮社、2008年
坂井豊貴、『多数決を疑うー社会的選択理論とは何かー』岩波新書1541、岩波書店、2015年
佐藤幸治、『日本国憲法と『法の支配』』有斐閣 2002年
髙橋亘、「『日銀理論』批判を考える(1)」ディスカッション・ペーパー・シリーズDP2013 -J02、神戸大学経済経営研究所、2013年a
―――、「中央銀行制度改革の政治経済的分析(試論);歴史的視点と憲法的視点」、ディスカッション・ペーパー・シリーズDP2013 -J02、神戸大学経済経営研究所、2013年b
―――、「出口の迷路:金融政策を問う(14)第三者検証で日銀は独立性を取り戻せ」『週刊エコノミスト』第96号、毎日新聞社、2018年、pp70-71
―――、「中央銀行の独立性再考―新たな環境のもとでー」、斉藤美彦、高橋亘著『危機対応と出口への模索』、晃洋書房、2020年、pp163-193
―――、「奴雁の中央銀行 ―中央銀行のCultureと民主主義―」、ディスカッション・ペーパー・シリーズDP2021 -J12、神戸大学経済経営研究所、2021年
日本銀行金融研究所、『日本銀行の法的性格』行政法研究双書15、弘文堂、2001年
樋口陽一、『リベラル・デモクラシーの現在―「ネオリベラル」と「イリベラル」のはざまで』岩波新書1817、岩波書店、2019年
Balls, E., Howat, J., Stansbury, A.: Central Bank Independence Revisited: After the Financial Crisis, What Should a Model Central Bank Look Like? M-RCBG Associate Working Paper No. 87 (2018)
Goodhart, C., Meade, E., ”Central Banks and Supreme Courts” Monede Y Credito, No. 218, 2004, pp11-42
Goodhart, C. A. E, Lastra, Rosa María, “Populism and Central Bank Independence” Discussion Paper, Centre for Economic Policy Research, No. 12122. 2017.
Haldene、Andy, “Thirty years of my hurt, never stopped dreaming”, Bank of England, 30 June 2021
King, Marvin and Marvin Goodfriend,“New external evaluation of the Riksbank’s monetary policy” Riksbank, 17/16/2014
Riles. Annelise, Financial Citizenship: Experts, Publics, and the Politics of Central Banking. Cornell University Press, 2018.
Tucker, P. Unelected Power: The Quest for Legitimacy in Central Banking and the Regulatory State, Princeton University Press, Princeton 2018
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大阪経済大学経済学部教授 ニッセイ基礎研究所 客員研究員 高橋 亘

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(2021年09月03日「基礎研レポート」)

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