2021年08月11日

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について -EU、英国及びIASBにおける検討状況-

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1―はじめに

保険契約のための新たな国際的な会計基準である「IFRS第17号(保険契約)」については、IASB(International Accounting Standards Board:国際会計基準審議会)が、2017年5月18日に基準の最終案を公表し、その後2020年6月25日に修正基準を公表して、その基準内容が確定した状況になってから、1年以上が過ぎた。IFRS第17号は、2023年1月1日からの適用が想定されている。

EUを始めとしたIFRS(国際財務報告基準)を採択している国や地域の保険会社は、いまだそれぞれの国や地域で適用される基準内容が最終確定していない中にあっても、基本的にはこの最終修正版のIFRS第17号に基づいて、その適用に向けて、各種の準備を進めているところである。

一方で、この間において、EU(欧州連合)では、EFRAG(European Financial Reporting Advisory Group:欧州財務報告諮問グループ)がIFRS第17号の承認の検討を行う等、各国・地域での会計基準設定機関において、IFRS 第17号の自国基準への採択に向けた動きが順次進められてきている。

今回のレポートでは、こうしたIFRS第17号の最終基準の公表を受けてのEU及び英国における採択に向けての動き及び適用初年度の時期を1年半後に迎える中にあっての最近のIASBにおけるIFRS第17号へのさらなる修正の動きについて報告する。
 

2―EUにおける採択に向けた検討状況

2―EUにおける採択に向けた検討状況

1|欧州委員会等の監督・規制当局での検討
7月16日に、欧州委員会のARC(Accounting Regulation Committee:会計規制委員会)は、EFRAGからの助言に従い、IFRS第17号の承認に賛成票を投じた。ただし、ARCの投票決定は、キャッシュフローが一致する契約及び世代間の相互化を伴う契約の年次コホートをカーブアウトする、というIASBによるIFRS第17号からの修正を含んでいる。

即ち、提案された修正案では、会社に年次コホートを適用しないオプションを与え、会社がこのオプションを採用する場合には開示要件を課している。

「年次コホート」とは、契約が発行された年に従ってグループ化されるというIFRS第17号の要件を指している。一部の保険会社は、これは事業の運営方法を反映しておらず、この方法での契約の会計処理は複雑で費用がかかると不満を述べていた。

こうした意見を踏まえて、EFRAGは、3月31日に欧州委員会に提出したIFRS第17号に関する最終承認勧告1の中で、基準の1つの側面、つまり世代間で相互に関連し、キャッシュフローが一致する契約に年次コホートを適用する要件、について合意に達することができなかったと述べていた。7人のEFRAG理事会メンバーは、年次コホート要件がEUの承認基準を満たしていると信じていたが、7人のEFRAG理事会メンバーはそうではないと信じており、2人のEFRAG理事会メンバーは棄権していた。

また、一部のEFRAG利害関係者によって、開示を要件に、年次コホート要件の適用からのオプションの免除を含めることが提案されていた。

今回の投票を受けて、欧州委員会は、7月22日に、3か月の精査期間のために、欧州議会と理事会に規則案を提出した。この期間に異議がなければ、欧州委員会は10月末に向けて規則を採択し、11月初旬に公表することができることになる。

欧州議会と理事会はARCの投票決定に従う必要はないが、両機関がこの問題について懸念を表明することは想定されていないようである。EUにおける最終的な承認は2021年の第4四半期に予定されている。

なお、欧州委員会は、IASBによるIFRS第17号の実施後のレビューの結果を考慮して、2027年12月31日までに世代間相互化及びキャッシュフローが一致する契約の年次コホート要件の免除をレビューする、としている。
2|今回の決定に対する保険業界団体の反応
今回の欧州委員会の決定を受けて、欧州の保険業界団体であるInsurance Europeの副局長であるOlav Jones氏は、以下のように述べて、今回の決定を歓迎した2

「Insurance Europeは、欧州委員会が作成した年次コホートに関する修正を含む、IFRS第17号の承認を支持しており、ARCがテキストを承認する決定を歓迎する。この決定はまた、遅延を回避するのに役立ち、IASBのスケジュールに沿って、2023年1月1日からEUでIFRS第17号を適用できるようになる。」

「IASBの要件はコストを追加し、特定の保険商品の真の経済的性質を適切に反映していなかったため、年次コホートの問題は保険会社にとって根本的な懸念事項だった。欧州委員会によって提案された修正は、欧州の保険会社に、世代間で相互化され、キャッシュフローが一致する契約をIFRS第17号の年次コホート要件から免除するオプションを認める。」
3|こうした動きに対するその他の反応
国際会計基準審議会(IASB)は、利害関係者、特に欧州からの圧力が高まっているにもかかわらず、これらの契約の年次コホートを削除する要求を繰り返し拒否してきた。

IASBの前会長であるHans Hoogervorst氏は6月3日に、その退任に伴うスピーチ3の中で、EU版のIFRS第17号を支持しないと述べたが、カーブアウトが認められた場合、保険会社は少なくともこの情報を投資家に開示するように要求されるべきだ、と付け加えていた。

具体的には、以下のように述べていた。

「IFRS 第 17 号の承認を密接にフォローしている人は、欧州が最終的に一部の保険会社に対してこの基準の年次コホート要件をカーブアウトすることになる可能性があることを知っています。これにより、保険会社は、古い利益(既に、保険期間が終了した契約であっても)と、低金利のためにより低くなる新しい利益を混在させる可能性があります。結果として生じる損益計算書は、人為的に高い利益を示し、損失を隠すことさえあります。EUがそのようなカーブアウトを進めた場合、投資家がこれを適切に考慮できるように、会社がカーブアウトを使用していることを確実に開示するための取り組みが行われることを願っています。」

3―英国における採択に向けた検討状況

3―英国における採択に向けた検討状況

英国においては、UKEB(UK Endorsement Board:英国承認委員会)がIFRS第17号の採択の検討を進めている4
1|Webinarの開催
UKEBは、2021年3月30日に、IFRS第17号の英国における承認に関するWebinarを開催した。IASB理事会メンバーのNick Anderson氏によるIFRS第17号の仕組みとそれが導入するいくつかの重要な改善点についてのプレゼンテーションが行われた。また、基準が保険事業の分析にどのように影響するかについて、株式アナリスト及び格付け機関の観点からの最初の見解も示された。
2|ユーザー調査の実施
UKEBの事務局は、4月21日に、英国の保険会社の財務報告に関心のあるユーザーがこの主要な基準の評価に従事する機会として、ユーザー向けのIFRS第17号(保険契約)調査(調査の完了期限は2021年5月12日)を行った5

この調査では、以下の点についての意見を求めていた。

1.IFRS第17号の影響と保険会社との関与のレベルの認識
2.保険会社のアカウントのユーザーに期待されるメリット
3.実施後の投資家にとっての保険業界の魅力
4.潜在的なより広い影響
5.保険会社のアカウントのユーザーの実装コスト
3|採択のタイムライン
英国の最終的な採択決定のタイミングは、政府によって作成される法律に依存するUKEBへの権限の委任のタイミングを含む、不確実ないくつかの要因に依存している。

基準の採択を検討する前に必要なかなりの量の作業に照らして、UKEB事務局は、採択の決定を通知するために必要となるいくつかの基礎作業を開始している。採択基準に照らしてIFRS第17号を評価するために必要な作業には、財務諸表の作成者やユーザーを含む、英国の保険セクター全体の利害関係者グループの代表者へのアウトリーチが含まれる。また、基準の使用から生じる可能性のあるコストと利点を含む、基準の影響の評価も含まれる。

採択基準に対するIFRS第17号の評価の結果は、基準の採択に先立ってパブリックコンサルテーションのために公開される。
4|UKEBにおける検討状況
UKEBによると、割引率、契約サービスマージン(CSM)の割当及び年次コホートが、IFRS第17号から生じる英国の保険会社にとって最も重要な懸念事項として提案されている。

このうち、英国での年金及び一括購入ビジネスの普及を考えると、CSMの割当が、英国にとって特に問題とされている。UKEBは、7月20日に、割引率と年金のCSMの割当の2つのトピックに関するテクニカル・ペーパーを公表している6。これらのペーパーの具体的な内容については、別途のレポートで報告することとするが、このうちのCSMの割当に関して、UKEBは、保険会社や監査人を含む保険業界関係者がCSMの割当に関するガイダンスを作成することを推奨している。

年次コホートについては、英国の保険会社の年次コホートに対する懸念はEUの保険会社ほど大きくはないが、EUがカーブアウトする場合には、EUの保険グループとの比較可能性及び競争力という面において、英国の保険グループへの意味合いがある。UKEBの事務局は、有配当契約と併せて、9月に年次コホートに関するペーパーを提出する予定となっている。

ペーパーはまた、リスク調整、変動手数料アプローチの適格基準、及び時間の経過とともに性質が変化する契約など、基準に関する他のいくつかの技術的課題について概説している。

これらの問題を含めて、次回9月17日のUKEBにおける協議のために発行される予定の理事会の承認基準評価案(DECA)の全体的なレビューの一部として対処されることになっている。

4―IASBによる修正提案

4―IASBによる修正提案

IASBは、7月28日に、IFRS第17号及びIFRS第9号を初めて適用する保険会社の移行要件の軽微な修正を提案7しているので、ここではこの内容を報告する。
1|今回の修正提案の背景及び主旨
多くの保険会社はまだIFRS第9号(金融商品)を適用しておらず、IFRS第17号(保険契約)を適用すると同時に最初に適用する方針である。ただし、2つの基準は、初期適用時(適用初年度)に提示される比較情報に対する要件が異なる。IFRS第17号は、企業に対して1つの再表示された比較期間を提示することを要求しているが、IFRS第9号は、比較期間の修正再表示を許可しているが要求しておらず、企業が比較期間中に認識を中止した金融資産にIFRS第9号を適用することを禁じている。

多くの保険会社は、2023年から初めてIFRS第17号及びIFRS第9号を適用し、これらの新しい基準を適用する準備を進めている段階にある。ただし、これらの保険会社の一部は、会計の変更を投資家に伝えることをより困難にする可能性のある新しい基準の最初の適用に関する重大な一時的な会計のミスマッチを審議会に通知した。これらのミスマッチは、IFRS第17号及びIFRS第9号が最初に適用されたときに提示された前期の金融資産の会計処理にIFRS第9号が反映されていない状況で発生する。

IFRS第17号の修正案は、これらの保険会社がIFRS第9号と一致する方法で特定の金融資産の比較情報を提示するオプションを提供することにより、この問題に対処できるようにするものである。
2|今回の修正提案の概要
今回の修正は、比較情報がIFRS第17号とIFRS第9号の初期適用時に提示されているが、この情報がIFRS第9号について再表示されていない金融資産に関するものである。修正提案では、会社は、 IFRS第9号の分類と測定要件が以前にその金融資産に適用されていたかのように金融資産についての比較情報を提示することが可能になる。IFRS第9号の移行要件に対する変更提案はない。

修正提案により、保険会社は、両方の基準の最初の適用で提示された比較期間に分類オーバーレイアプローチを適用することができる。

提案された分類オーバーレイは次のようになる。

a  保険契約負債に関連し、比較期間中にIFRS第9号が適用されていない金融資産に適用される。
b  IFRS第9号の最初の適用時にこれらの資産がどのように分類されるかについての合理的な予想に基づいて、比較期間においてこれらの金融資産を分類することを会社に認める。
ⅽ  IFRS第17号について修正再表示された比較期間(即ち、IFRS第17号の移行日から最初の適用日まで)に適用される。
d 商品毎に適用する。
3|今後の予定
今回の「IFRS第17号及びIFRS第9号の初期適用—比較情報」の公開草案は2021年9月27日までコメント可能となっている。

IASBは、公開草案について受け取ったコメントを検討し、提案された修正を行うかどうかを決定する。IASBは、2021年末までに結果として生じる修正を完了する予定である。
4|今回の修正提案の効果と関係団体の対応
今回の修正提案により、資産を、純損益を通じて公正価値で会計処理する英国、カナダ、オーストラリアといった国々の保険会社よりも、償却原価又はその他の包括利益を通じて公正価値で会計処理する欧州大陸及びアジアの保険会社がより恩恵を受けることになる。

EFRAGはこの問題を検討しており、8月5日には、コメントレター案を発行している8。これによれば、全体として、EFRAGは、現在の状況に対して明確な改善を形成しているため、公開草案のIASBの提案に同意しているが、「予備的なフィードバックに基づくと、分類オーバーレイとIFRS第9号の適用の一時的な免除との間の範囲の違いは、連結財務諸表の不整合および不必要な運用の複雑さにつながる可能性がある。」と言及している。

UKEBも、先に述べたIFRS第17号の採択の検討の中で、IASBの修正提案についても検討しており、8月9日にドラフトコメントレターを公表 している。これによれば、UKEBも今回の修正を支持しているが、この分類オーバーレイの結果としてIFRS第9号の減損要件が適用されないことを懸念し、IASBにこの点を明確にするよう求めている。さらに、提案された分類オーバーレイのオプショナルな性質を考慮して、保険会社に対して、分類オーバーレイの使用の有無やIFRS第9号の予想信用損失モデルの適用の有無等に関する開示を求めることを推奨している。なお、このドラフトに対するコメント期限を8月30日としている。

5―まとめ

5―まとめ

以上、今回のレポートでは、IFRS第17号の最終基準の公表を受けてのEU及び英国における採択に向けての最近の検討状況及び適用初年度の時期を1年半後に迎える中にあっての最近のIASBによるIFRS第17号へのさらなる修正の動きについて報告してきた。

IFRS第17号の適用に関するIASBや欧州の動きは、関係者の関心の高い事項であることから、今後ともその動向を引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2021年08月11日「保険・年金フォーカス」)

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