2021年08月04日

治験の実務-臨床試験の現状 (後編)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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3――治験を支えるスタッフ (実施医療機関側)

本章では、実施医療機関と、それを支援する治験施設支援機関(SMO)に所属する職種をみていく。

1|実施医療機関側では、治験責任医師が中心的
治験責任医師は、実施医療機関で治験を実際に進めていく、治験の実施責任者としての役割を担う。GCP省令には、治験責任医師の要件や役割についての定めがある。十分な教育訓練を受け、十分な臨床経験を有すること(①)、PC、IB等に精通していること(②)、治験に必要な時間的余裕を有すること(③)、とされている。このため、たとえば、「治験のことはよくわからない」、「一般診療等で忙しくて時間がない」といった医師は、治験責任医師になることはできない。
図表7. 治験責任医師の要件 (GCP省令より)
つぎに、治験責任医師の役割をみてみよう。治験開始前は、治験実施計画書(PC)についての協議・合意や同意文書・説明文書7の作成など。治験中は、被験者の選定・同意確保や症例報告書(CRF)の作成・提出など。治験終了時は、被験者への適切な医療の提供、記録の保存など、と多岐に渡る。
図表8. 治験責任医師の役割 (主なもの)
 
7 被験者に対して、インフォームド・コンセントを行うために、被験者への説明や、被験者からの同意を取り付ける際に使用する文書。両文書が一体となった「同意説明文書」(Informed Consent Form, ICF)が用いられることもある。
2|治験分担医師は治験責任医師に協力して治験を進める
治験は、一定数の症例に対して、治験薬を投与することが基本となる。一定数の症例を診るためには、治験責任医師に協力する、治験分担医師が必要となることが多い。

GCPには、治験分担医師の役割について、つぎのような事項が定められている。
図表9. 治験分担医師の役割 (主なもの)
3|実施医療機関の長は、標準業務手順書 (SOP) を作成・設置する
実施医療機関の長は、治験に関して、標準業務手順書(SOP)を作成しておかなくてはならない。SOPは、治験に必要となる手続きや運営上の規定を、組織体制や人員に応じて整備したもので、個々の治験ごとに作成する必要はない。治験の実施時のSOPの参照はもとより、CRAのモニタリング、QCの品質管理、QAの監査、の各場面で、SOPの遵守が問われることとなる。SOPは、医療機関の組織変更や、GCPなどの規制の変化に応じて、見直しや改訂が必要となる8
 
8 日本医師会は、SOPの雛型を公開している。
(参考) 標準業務手順書 (SOP)
SOPは、GCPを遵守したものであることが必要とされる。GCPには、日本で用いられているGCP省令(J-GCP)と、国際的なルールとされているICH-GCPがある9。これに応じて、SOPにも、J-GCPを遵守した「ローカルSOP」と、ICH-GCPを遵守した「グローバルSOP」がある。

国内の医薬品メーカーが海外での承認を目指して治験を行う場合、実施医療機関は、既存のローカルSOPに加えて、グローバルSOPも設置しておく必要がある。
 
9 ICHは、医薬品規制調和国際会議の略称。(詳しくは、前編をご参照いただきたい。)
4|治験コーディネーター (CRC) は実施医療機関で、さまざまな調整を行う
治験コーディネーター(Clinical Research Coordinator, CRC)は、1998年に誕生した比較的新しい職種である。実施医療機関で、治験の円滑な実施に向けて、さまざまな調整を行う。主な業務として、(1)被験者に対するケアと総合窓口機能、(2)治験責任医師・治験分担医師への支援、(3)治験依頼者への対応、(4)治験に関する院内各部門の調整があげられる。

CRCは、病院の仕組みや組織に詳しいことや、被験者とのコミュニケーションが必要となることから、看護師資格の取得者が就くケースが多い。

なお、CRCが治験以外の医療業務に関与可能かどうかは、CRCの所属によって異なる。実施医療機関に所属しているCRCは、看護師等の医療資格を保有していれば、患者の採血等の医療資格に基づく業務ができる。しかし、SMOに所属しているCRCは、治験以外に、医療資格に基づいて医療機関の仕事をすることはできない。これは、SMOに所属しているCRCは、SMOから派遣されてきた、という位置づけのため、受託範囲を超えた仕事ができないことによる。

5|治験審査委員会 (IRB) は、治験実施の適否判断や、治験に関する調査・審議を行う
治験においては、倫理的規範であるヘルシンキ宣言を遵守して、倫理的・科学的かつ医学的・薬学的な観点から、治験実施の適否の判断や、治験に関する調査・審議を行う必要がある。そのための組織として、治験審査委員会(Institutional Review Board, IRB)が、治験依頼者から独立した第三者機関として設置され、GCPに基づいて公正に審議を行っている10

IRBは、治験依頼者(医薬品メーカー)が作成した治験実施計画書(PC)・治験薬概要書(IB)や、治験責任医師が作成した同意文書・説明文書などの資料をもとに、治験の計画、目的、方法などを審査したり、被験者の人権保護や安全性確保の観点から治験の実施の妥当性について判断したりする。

IRBが治験の実施を承認すると、その治験は社会的に保証された治験とみなされる。IRBが不承認とした場合は、実施医療機関の長などが、その裁量をもとに結果を覆して、承認に変更することはできない11

なお、IRBの構成要件や、審議・採決に参加できない委員については、次表のとおり、GCPで具体的に定められている。
図表10. 治験審査委員会 (IRB) の構成と審議・採決に参加できない委員 (GCP規定)
 
10 大病院の場合は、病院独自にIRBを設置することが一般的。一方、小さな病院や診療所の場合は、他の医療機関との共同IRBの設立や、公益法人などの外部IRBに、調査・審議を委託することもある。
11 IRBが承認しても、実施医療機関の長が、治験の実施を了承しない、とすることはできる。
6|治験事務局は事務的な業務を行う
通常、治験においては、治験事務局が設置される。治験事務局担当者は、実施医療機関の長により選任される。治験依頼者からの申請書類の受付や契約に関する事務、治験に関する諸経費の算出、治験依頼者への請求、記録の保存などが主な業務となる。

また、IRBを運営するために、IRB事務局が設置される場合もある。IRB事務局は、治験事務局が兼ねることもできる。さらに、実施医療機関によっては、CRCが治験事務局やIRB事務局の業務を兼任する場合もある。
 

4――被験者への配慮

4――被験者への配慮

治験は、新薬や新たな治療法の承認を主たる目的として行われる。その際、被験者の人権や、安全性の確保を欠くことがあってはならない。本章では、被験者に対する配慮について、みていこう。

1|治験には被験者のインフォームド・コンセントが必須
治験に限らず、医学研究を行う際の倫理規範として、ヘルシンキ宣言がある。そこでは、新しい医学的な知識を得るという医学研究の主たる目的が、被験者の権利および利益に優先することがあってはならない、とされている。また、医学研究の被験者について、インフォームド・コンセントを与える能力がある個人の参加は、自発的でなければならない、ともされている12,13

治験の場合、まず被験者の候補者に対して、治験に関する説明を十分に行う。その際に、説明文書が使用される。そして、候補者が、説明内容を理解し、自由意思に基づいて治験への参加を意思表示することがインフォームド・コンセントである。参加に同意する意思の確認文書が、同意文書となる。

説明文書には、治験の目的、方法、参加する期間、参加に関する秘密の保全、健康被害の補償などの項目について、記載することが必要とされている。

一方、同意文書には、同意の日付と署名の記載が必須となる。記載の対象者は、(1)治験責任医師または治験分担医師、(2)被験者となるべき者、(3)代諾者・立会人14がいる場合は当該者、(4)補足的説明を行った場合は、治験協力者、となる。
図表11. 説明文書に記載が必要な項目
図表12. 同意文書のイメージ
 
12 ヘルシンキ宣言の内容については、前稿(前編)をご参照いただきたい。
13 未成年者、知的障がい者、精神障がい者を被験者とする場合、理解力や判断力の点から同意能力が不十分な場合がある。そのような場合でも、可能な限り、被験者が理解できる説明文書を準備し、本人の意思を尊重する努力が払われなければならないとされている。(後述の「(参考) インフォームド・アセント」もご参照いただきたい。)
14 立会人とは、当該治験の実施とは独立した立場にあり、治験に関与する者から不当に影響を受けず、同意取得の過程に立ち合う者を指す。治験責任医師、治験分担医師、治験協力者が立会人になることは認められない。

(参考) インフォームド・アセント
小児が被験者となる場合、代諾者である保護者のインフォームド・コンセントを行うことは必須であるが、それだけではなく、小児の被験者本人からも法的規制を受けない同意である「インフォームド・アセント」を得ることがICHガイドライン15で求められている。アセントとは、治験への参加に対する子どもからの了解(賛意)と解されている。

インフォームド・アセントにあたっては、対象者の年齢等を考慮して、イラスト等を用いながら、わかりやすい言葉や表現で、治験の説明を行うことが求められる。
 
15 ICH E11「小児集団における医薬品の臨床試験」およびICH E11 (R1)「小児集団における医薬品の臨床試験に対する補遺」

2|保険が適用されない医療費は治験依頼者が負担 (企業治験の場合)
被験者は、治験のために医療機関で医療を受ける。治験に参加することで発生する費用の負担についてみてみよう。

(1) 負担軽減費
一般に、被験者は治験に伴う検査や診察のために、医療機関へ何回も通院することとなる。その結果、通院費用の増加や生活時間の拘束が生じる。また、治験薬の投与に伴う、副作用等の身体的・精神的負担に苦しむケースもある。

こうした費用や負担を軽減するための措置として、企業治験では、1999年に、被験者に負担軽減費が支払われることが制度化された。この費用は、治験依頼者が用意する。金額は通院1回につき、7,000円~10,000円などとされており、被験者に対しては、治験参加時に説明文書のなかで説明される。

なお、医師主導治験の場合には、限られた研究費の中で治験を実施しなければならないため、負担軽減費が支払われないケースもある。

(2) 治験に関する医療費
治験には、保険診療は適用されない。ただし、治験は、評価療養として認められており、他の保険診療と併用する「保険外併用療養費制度」の対象となる。

企業治験の場合、治験実施期間中16、(1)検査および画像診断、(2)被験薬の同種同効薬17(投薬および注射)、(3)治験薬の費用は、保険外併用療養費の給付対象外となり、治験依頼者が負担する。

このうち、(1)については、治験とは無関係の検査や画像診断の費用も、すべて治験依頼者が負担する。それ以外の基本診療料や、処置・手術等の費用は、保険外併用療養費の給付対象となる。

治験実施期間前後の観察期間中は、治験に関するものを含めて、すべて通常の保険給付となる。

一方、医師主導治験の場合、上記(1)~(3)のうち、(3)の治験薬の費用のみが、保険外併用療養費の給付対象外とされている。そこで、(3)については、自ら治験を実施する者(治験責任医師等)が研究費から負担するか、もしくは治験薬提供者(医薬品メーカー)から提供を受けることとなる。

これを図示すると、つぎのとおりとなる。ピンク色部分が被験者である患者の負担、青色部分が保険給付、黄色・オレンジ色部分が治験依頼者や治験責任医師等の研究費からの負担となる。
図表13. 治験と通常診療の医療費負担 (医薬品の治験)
 
16 治験実施期間の定義 : 単回投与かつ治験薬の効果が投与当日限りの場合、投与当日のみ。治験薬の投与が一定期間をおいて繰り返される場合、投与開始日から最終投与日まで。有効成分が一定期間体内に残存し、持続的に効果を生じる場合、治験薬の予定される用法または用量にしたがって設定される。なお、観察期間(治験開始前に、被験者の身体の状態を確認する期間)やウォッシュアウト期間(治験開始前に、被験者が服用している薬の投与をやめる期間)にプラセボを投与する場合、その期間も治験実施期間に含める。
17 被験薬で予定される効能・効果と同様の効能・効果を有する医薬品。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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