2021年07月30日

“DXの勝者”が次に目指しているもの~「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代

立教大学ビジネススクール 大学院ビジネスデザイン研究科 教授 田中 道昭

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1――「CES2021」で提示された新しい価値観代

1ボッシュのカーボンニュートラル達成とGMが示した変曲点
例年ラスベガスで開催される世界最大のテクノロジー見本市CESは、2021年は新型コロナ禍の影響でオンライン開催となった。CESの冒頭では「Tech Trends To Watch」と題してその年のテクノロジートレンドを論じるセッションが開かれるのが恒例となっているが、筆者は、CES2021においては次の発言が強く印象に残った。
 
「イノベーションは、経済的に厳しい時に加速し、集中して起き、その力は解き放たれ、経済が復活し始める。そして、力強い新たなテクノロジーの変化の波を先導していく」(英国のエコノミスト、クリストファー・フリーマンによる発言)
 
「私たちは、2カ月間で2年分のデジタルトランスフォーメーションが起きるのを経験した」(マイクロソフトCEO、サティア・ナデラ氏による発言)
 
2020年は、まさにこの2人の発言のとおりの年であった。新型コロナ禍による深刻な経済的ダメージを受けながら、デジタル化というイノベーションの波が、世界を席巻した。それはCESで発表された数字からも、明らかである。
 
「Eコマースのボリュームは8週間で10年分増加した」
「オンライン予約のボリュームは、15日間で10倍に増加した」
「(新型コロナ禍の直前にスタートしたディズニー公式動画配信サービス)ディズニープラスは、ネットフリックスが7年間で獲得した有料視聴者数を5カ月間で獲得した」
「オンライン学習は、2週間で2億5000万人の生徒を獲得した」
 
新型コロナ禍の今後の動向はいまだ不透明であるが、デジタル化の波は、加速しこそすれ、とどまることはないだろう。CES2021でも、2021年の6つのキートレンドとして、デジタルトランスフォーメーション(DX)、デジタルヘルス、ロボット&ドローン、モビリティテクノロジー、5Gコネクティビティ、スマートシティが挙げられていた。
 
しかし、CES2021で筆者が最も大きなインパクトを受けたセッションは、「デジタル化」を直接のテーマにしたものではなかった。
 
自動車部品最大手の独ボッシュは基調講演において、自社の事業所の二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルを「2020年に達成した」と発表した。これは、グローバルな製造業では初めての快挙である。ボッシュはもともと2019年の段階で「2020年までに製造、開発、運営にかかわる世界約400カ所の拠点でカーボンニュートラルを目指す」と発表していたが、まさに有言実行した形である。
 
ボッシュはこれをバリューチェーン全体に広げていく方針である。それも脱炭素にとどまらず、省エネルギー、節水、廃棄物削減までを含めたサステナビリティ方針として、CES2021の壇上から「live sustainable like a Bosch(ボッシュのように持続可能な暮らしをおくる)」と呼びかけていたのが印象的であった。
 
ボッシュのセッションでは、IoT(モノのインターネット化)とAIを組み合わせた「AIoT」によって製造業のDXに注力していることも話題にのぼったが、これも単なるDXの枠内にとどまるものではない。DXであると同時に、製造業におけるエネルギー効率を向上させることでCO2排出量を削減する。気候変動対策にも貢献しようとしているのである。
 
従来、気候変動対策で先鋭的なビジョンを掲げるグローバル企業といえば、アップルが知られていた。とはいえ、アップルはファブレス企業であり、自社工場を持たない。一方、ボッシュといえば、自動車部品のメガサプライヤーであり、従来型の製造業である。自社工場も多く所有している。そんな企業がカーボンニュートラルを果たすというのは、むしろアップルよりも先鋭的な取り組みと言えよう。
 
もう1つ、CES2021に大きなインパクトを残したのは、GM(ゼネラルモーターズ)のメアリー・バーラCEOによる基調講演であった。その講演は、GMのEVへの注力や、時速90キロで飛行するという「空飛ぶクルマ」のコンセプト動画のお披露目でも話題となったが、筆者が感銘を受けたのは別のところであった。
 
バーラCEOは「変曲点(INFLECTION POINT」と題された講演の冒頭で、バイデン政権の4大施策である新型コロナ対策、経済対策、人種差別問題、気候変動対策と、それぞれに対応するGMの施策に言及した。特に気候変動対策としてのEVについては、「Putting Everybody in An EV(すべての人をEVに)」を掲げ、ラインナップのEV化をうたった。
 
もっとも、自動車メーカーが気候変動対策をうたうのは今や当たり前のこと。それ以上に、GMが黒人問題をはじめとする人種差別の問題に立ち向かうと強調した点に、筆者は何よりも感銘を受けた。それは、昨今重要性を増している「エクイティ(公平・公正)」という価値観とも呼応するものであるからである。
 
こうした姿勢は、GMに限ったものではない。ボッシュを含めて、CES2021に参加したどの企業にも、多かれ少なかれ共通していた。
 
CESは世界最大のテクノロジーショーであると同時に、「最も影響力が大きい」テクノロジーショーでもある。そのため、テクノロジーのトレンドを紹介するだけでなく、これから大きなトレンドになるであろう新しい価値観が提示されるのが常である。ある年は「データの利活用」が、またある年は「データの利活用とプライバシーの両立」がテーマになった。基調講演やセッションのスピーカーの話にも、こうした価値観の変化は如実に表れるものである。
2デジタル、グリーン、エクイティを三位一体で考える
CES2021において打ち出された価値観を3つのキーワードに落とし込むならば、それはデジタル、グリーン、エクイティであった。
 
デジタル化の流れが不可避であることについてはあらためて詳述するまでもないが、私たちの暮らしを便利にすることに終わらず、デジタル×グリーン×エクイティの三位一体の中で追求していく必要があるとの問題意識が、各社には感じられた。
 
例えばアマゾンにしても、ビッグデータ×AIを武器に究極のカスタマーセントリック(顧客中心主義)を追求してきたこれまでの姿から、変質があるように見て取れる。従来のアマゾンは、カスタマーセントリックを志向しながらも、アマゾンのカスタマーとして見なされない中小の小売業などついては、「アマゾンエフェクト」によって容赦なくなぎ倒していく負の一面もあった。
 
しかしここにきて、創業者で前CEOのジェフ・ベゾスは、教育支援や恵まれないファミリーを支援する慈善活動基金の「DAY1(デイワン)ファンド」や、気候変動対策を行う「ベゾス・アース・ファンド」を設立するなど、社会問題の解決へと舵を切ろうとしている。また株主らに宛てた年次書簡では、「われわれは『地球上で最も素晴らしい雇用主』がいる『地球上で最も安全な職場』になろうとしている」とベゾスは書いている。これまで「地球上で最も顧客中心主義の会社」を目指してきたアマゾンが、同時に「地球上で最も素晴らしい雇用主」にもなろうとしている。これは大きな、そして喜ぶべき軌道修正だと言えよう。
 
デジタル化の追求を止める必要はなく、また止めようもない。しかし、ボッシュのAIoTの取り組みに見るように、デジタル化がすなわち気候変動対策に、またデジタル化がすなわち格差の解消につながるようなあり方が、いま問われているのである。
 
グリーンについても同様である。気候変動対策が喫緊の課題であるのは言わずもがなである。しかし今、企業に求められているのはグリーン×デジタルの取り組みである。2021年3月に開催されたデジタルシフトサミットにおいて、日本のDXというこれまでにない難題に取り組んでいる平井卓也デジタル改革担当大臣と対談した際、次のような言葉が聞かれた。
 
「デジタル化が止まってしまうことは、おそらくこれから50年100年ないと思います。デジタル社会イコール電気を大量に使う社会ということですから、グリーンとデジタルは、もう絶対に不可分です。その電気をいかにグリーンに確保していくかという意味でも、これは各企業セットで考えないといけませんね」(デジタルシフトタイムズ2021年3月8日)
 
そしてエクイティである。アップルは2021年、「人種の公平性と正義のためのイニシアチブ」に1億ドルを拠出し、人種差別など不当な差別に苦しんできたコミュニティに支援することを発表した。
 
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I:多様性と包摂性)が推進されている昨今であるが、近年はそこにエクイティを加えた「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DEI)」を掲げる企業が増えてきている。新型コロナ禍が格差拡大を助長し、差別や貧困に苦しむ層ほど気候変動問題の影響を強く受けるという社会構造が明らかとなった今、多様な価値観や個性を包摂的に受け入れ、なおかつ公平・公正に扱うことができる世界が希求されている。
 
筆者は、いまやデジタル、グリーン、エクイティは個別ではなく、三位一体で考える必要があることを確信する。それによって初めて、人と地球環境がともに持続可能な未来を創造することができるからである。
 

2――「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代

2――「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代

1「顧客」中心から、「人間」中心、「人×地球環境」中心へ
「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代における新たな世界観とは、顧客中心でも、人間中心でもない、「人×地球環境」中心の世界観であろう。
 
顧客中心主義や人間中心主義を捨て去るわけではない。むしろ、顧客中心主義や人間中心主義を前提とした、新しい世界観として「人×地球環境」をとらえたい。
 
現在進行中のデジタルトランスフォーメーション(DX)は、顧客中心主義が生命線である。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に代表されるテクノロジー企業は、究極の顧客中心主義を実現する手段としてDXを活用しており、だからこそユーザーから圧倒的な支持を勝ち得ることができた。
 
ところが、GAFAの台頭とともに「顧客中心主義の弊害」も指摘されるようになった。2021年3月には、米連邦取引委員会(FTC)の委員に、反アマゾンの急先鋒として知られる法学者、リナ・カーン氏が選ばれた。同氏は「アマゾンの反トラスト・パラドックス」と題した論文で、従来の反トラスト法(米国の独占禁止法)ではGAFAを取り締まれないと主張している。
 
アマゾンは、その顧客中心主義によって究極的なカスタマーエクスペリエンスを提供してきた。しかし同時に、アマゾンの「顧客」と見なされず、アマゾンのインフラから外れた産業、企業をスポイルし、新しい事業機会や成長機会を奪い続けてもいる。筆者とリナ・カーン氏は問題意識を共有している。
 
もっとも、「顧客中心主義をとらない」選択肢が民間企業にあるとは思えない。顧客中心主義をとらない企業は、顧客から支持を集められず、市場競争の中で早晩淘汰される運命にあるからである。
 
しかしながら、アマゾンのジェフ・ベゾスが指摘してきたように、人間の欲望はエンドレスで先鋭化していくものであり、そのため人間の欲望を満たそうとする顧客中心主義には果てがない。多くの犠牲を払いながら、それでも顧客中心主義の追求がやめられない。その弊害が、現在の気候変動問題であり、格差拡大といった社会問題と考えるならば、顧客中心主義こそが、顧客をはじめ、従業員、地域社会など、ステイクホルダーすべての利益を損ねている、とも言える。
 
こうした反省から議論されるようになったのが、「人間中心主義」なのかもしれない。人間中心主義とは、顧客のみならず、従業員、取引先、地域社会といったすべてのステイクホルダーを大切にする考え方のことである。
 
日本政府がデジタルを活用して実現しようとしている「Society 5.0」も、この人間中心主義が背景にある。
 
「これまでの情報社会(Society 4.0)では知識や情報が共有されず、分野横断的な連携が不十分であるという問題がありました。人が行う能力に限界があるため、あふれる情報から必要な情報を見つけて分析する作業が負担であったり、年齢や障害などによる労働や行動範囲に制約がありました。また、少子高齢化や地方の過疎化などの課題に対して様々な制約があり、十分に対応することが困難でした。
 
Society 5.0で実現する社会は、IoT(Internet of Things)で全ての人とモノがつながり、様々な知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことで、これらの課題や困難を克服します。また、人工知能(AI)により、必要な情報が必要な時に提供されるようになり、ロボットや自動走行車などの技術で、少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題が克服されます。社会の変革(イノベーション)を通じて、これまでの閉塞感を打破し、希望の持てる社会、世界を超えて互いに尊重し合える社会、一人一人が快適で活躍できる社会となります」(内閣府)
 
ここで重要なのは、人間中心主義もまた、顧客中心主義を踏まえ、進展させたものだということである。顧客中心主義さえおぼつかない企業が一足飛びに人間中心主義を謳うのは、現実的ではない。
 
民間企業が事業を営む以上、まず優先しなければならないステイクホルダーは顧客である。顧客に対し製品やサービスの形で何らかの価値を提供することが、事業の生命線である。そこで生まれた利益があればこそ、従業員を雇用し、地域社会にも貢献できるのであるから。すべてのステイクホルダーに貢献する人間中心主義の時代であっても、製品・サービスを考える起点は、やはり顧客中心主義だと言える。
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