2021年07月07日

2021年度介護報酬改定を読み解く-難しい人材不足への対応、科学化や予防重視のプラス、マイナス両面を考える

基礎研REPORT(冊子版)7月号[vol.292]

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1―はじめに

2021年4月から介護保険の「公定価格」である介護報酬が変わった。介護報酬は3年周期で見直されており、0.7%増となった今回の改定では、新型コロナウイルスや水害被害を受けて、感染症や災害対応に備える業務継続への支援に力点が置かれたほか、データに基づく介護を目指す「科学的介護」に関する加算が創設されるなど、予防重視の傾向が一層、強まった。さらに、人材不足に対応するための人員基準の緩和も盛り込まれた。

本稿では、改定内容から見えて来る制度の課題を読み解く。その際には人材と財源の「2つの不足」、中でも人材不足が制度の制約条件となりつつある点を念頭に置きつつ、科学化や予防重視によるプラス、マイナス両面を考える。

2―介護報酬改定の全体像

介護報酬は3年周期で改定されており、今回は0.7%増となった。これは3年前の改定率(0.54%)を上回る規模であり、新型コロナウイルスに対する特例的な評価として、基本報酬が2021年9月末まで0.1%上乗せされた。なお、2021年10月以降の取り扱いに関して、感染状況などを踏まえて今後、議論するとされている。

改定の柱については、(1)感染症や災害への対応力強化、( 2)地域包括ケアシステムの推進、( 3)自立支援・重度化防止に向けた取組の推進、( 4)介護人材の確保・介護現場の革新、(5)制度の安定性・持続可能性の確保――で整理されている。これを前回改定と比べると、言葉遣いの微妙な違いは別にしても、1番目を除く4つは共通している。

以下、報酬改定の詳細は末尾に紹介した拙稿をご覧頂くとして、今回の主な改定内容を探る。

3―主な改定内容

1|感染症と災害への対応
まず、感染症対応と災害への対応強化である。コロナ対応では様々な特例が設けられているが、今回の改定では、ほぼ全てのサービスで基本報酬が上乗せされたほか、感染症や災害の時にも業務を継続できるように計画策定、訓練の実施を義務付ける制度などが導入された。

さらに、感染症や災害で利用者数が減った際の対応策として、通所介護などで2つの特例が認められた。1つ目としては、延べ利用者数実績が前年度から5%以上減った場合、3カ月間は基本報酬を3%加算できる特例である(図1左の赤い部分の解説及び赤の矢印)。もう1つは事業所の規模別で定められた報酬区分を変えられる特例であり、利用者数が減った場合、一つ上の規模区分に変更が可能とされた(図1右の青い部分の解説及び青い矢印)。ただ、2つの特例を同時に申請することは認められていない。
[図表]感染症や災害に対応したデイサービスに関する特例
2|「地域包括ケア」関係の内容
第2に、「地域包括ケアシステムの推進」と説明されている部分であり、(1)認知症ケアの強化、(2)看取りの充実、(3)医療と介護の連携の推進、(4)介護施設や高齢者住まいにおける対応の強化、(5)ケアマネジメントの質向上と公正中立性の確保――などの内容が盛り込まれている。

具体的には、▽訪問介護などに関する認知症ケアを後押しする「認知症ケア専門加算」の創設、▽かかりつけ医と老人保健施設の連携を評価する「かかりつけ医連携薬剤調整加算」の見直し――などが盛り込まれた。さらに、介護保険サービスを利用する際の「入口」となるケアマネジメントに関しては、(1)ケアマネジメントを担うケアマネジャー(介護支援専門員)が勤める居宅介護支援事業所同士の連携に向けた支援、(2)ICTを用いた事務効率化に向けた支援、(3)利用者が医療機関で診察を受ける際、ケアマネジャー同席による医師などへの情報提供――に関して加算措置が盛り込まれた。
3|自立支援・重度化防止関係
3番目の柱では、(1)リハビリテーション・機能訓練・口腔・栄養の取組の連携・強化、(2)介護サービスの質の評価と「科学的介護」の推進、(3)寝たきり防止など重度化防止――の3つに関して、細かい改定が重ねられた。

最大のポイントは科学的介護の推進である。この関係では、厚生労働省の検討会で5年前から議論が積み重ねられ、利用者の基本情報やADL( 日常生活動作)、食事、栄養状態などのデータを集めるデータベースが2020年度から創設された。一方、リハビリテーション系の情報を集める別のデータベースが設けられていたため、両者を統合した「科学的介護情報システム」(LIFE、Long-term care information system for evidence)というデータベースが2021年度から構築された。その上で、厚生労働省は加算の取得要件などに際して、介護事業者に対して情報の提供を義務付けた。

さらに、ほぼ全てのサービスについて、「科学的介護推進体制加算」も創設され、厚生労働省は主に身体的自立の改善、つまり介護予防を重視する観点に立ち、「計画書の作成→ケアの実施→利用者の状態などの評価・記録・入力→フィードバックによる改善」というサイクルが生み出されることを期待している。

さらに通所介護での身体的自立を支援する「ADL維持等加算」についても要件緩和、加算額の拡充などが図られた。
4|人材確保・介護現場の革新
4点目では深刻化する人手不足に対応するため、人員基準・運営基準の緩和を通じたテクノロジーの導入などが企図された。具体的には、特別養護老人ホームなどで見守り機器の導入を図るため、少ない人員配置を認める特例が導入された。
5|制度の安定性・持続可能性の確保
最後の部分は給付費抑制に繋がる内容が盛り込まれた。例えば、高齢者向け住宅で系列事業所のサービスを多く使わせる「囲い込み」を制限するための措置に加えて、「訪問介護がサービスの大部分を占める」などの要件を満たす介護サービス計画(ケアプラン)を点検する仕組みが2021年10月から始まることになった。

4―改定から見える制度の将来像

1|人材、財源の「不足」への対処
以上、改定項目を整理したが、細かい内容にこだわると、制度の現状や課題、将来像が見えなくなる危険性がある。

そこで、制度の課題を俯瞰すると、人材と財源という2つの「不足」に見舞われている点を踏まえる必要がある。つまり、人材不足の関係では、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上となる2025年に向けて、約55万人の労働力が不足すると試算されている。一方、財源不足という点でも、高齢者に課される介護保険料の平均基準保険料(2021~2023年度)は全国平均で月額6,014円であり、これは天引きされる基礎年金の平均支給額の1割近くに相当する。このため、大幅な引き上げは困難な情勢となっている。実際、保険料の滞納者は少しずつ増えており、2019年度現在で5年前の約2倍に相当する1万9,221人に上る。

中でも、悩ましいのが人材不足の問題。過去にも、(1)介護職の給与を引き上げる処遇改善、(2)外国人労働力の受け入れ拡大、(3)介護ボランティアの受け入れ拡大、(4)技術革新、ロボットの導入、(5)文書量削減――などが進められてきたが、これらで慢性的な人材不足を根本的に解消するとは考えにくい。そこで今回の改定では、人員配置基準の見直しが盛り込まれたことで、人材不足への対応策として、「報酬・人員基準の緩和」という選択肢が加わったと考えられるが、それでも問題が解決するとは想定しにくい。

この結果、科学的介護に代表される通り、給付を減らすための予防重視の傾向が一層、加速する可能性が考えられるが、これにも問題点が想定される。

具体的には、「要介護状態になったらサービスを受けられる前提で保険料を支払ったのに、要介護状態になっても、給付を受け取れず、その代わりに予防を求められる」という矛盾した状況であり、予防を重視する流れが一層、強まるのであれば、予防に振り向ける財源は反対給付を前提としない租税を用いるなどの議論が必要になる。

しかし、そうした機運は現在、見受けられず、今後は保険料財源で予防に力を入れるという矛盾が顕著になる可能性がある。
2|データを重視し過ぎる弊害
データを重視し過ぎる弊害も指摘できる。医療に比べると、介護の成果は評価しにくく、データで測定できる範囲だけ見ようとすると、利用者の価値観や生き甲斐などを見落とす危険性がある。もちろん、身体的な改善を期待できる軽度者を中心に情報を蓄積することで、より効果的な介護予防を進められるプラス面も想定できるが、介護の基本は生活支援であり、データで把握し切れない要素を加味する必要がある。

データの利活用策について、厚生労働省から明快な説明が示されていない懸念材料も指摘できる。厚生労働省は「現場へのフィードバック」を掲げているが、具体的なイメージは明示されておらず、現場ではデータ入力などに伴う負担増に対する不安の声も耳にする。今後は介護現場の意欲と関心を引き付けるため、「何のために情報を集めるのか」「どんな有効活用が考えられるのか」といった点を詳しく説明するとともに、データを現場とのコミュニケーションツールとして活用する必要がある。

5―おわりに

介護保険は「人材」「財源」という2つの不足に直面しており、今回の報酬改定を経ても、解決策に至るとは考えにくい。さらに、科学的介護の本格化に見られるような予防重視の方針が権利性を失わせる矛盾とか、データ重視の弊害が大きくなる危険性も想定される。

今後は財源や人材の制約条件を踏まえつつ、財源確保や給付範囲の縮小などの選択肢も含めて、制度の在り方を議論する必要がある。
 
本稿は2021年5月14日発行のレポートを再構成した。
 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=67772?site=nli
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2021年07月07日「基礎研マンスリー」)

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