2021年07月01日

欧州保険会社が2020年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(2)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その1)-

中村 亮一

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1―はじめに

欧州の保険会社各社が4月から5月にかけて公表した単体及びグループベースのSFCR(Solvency and Financial Condition Report:ソルベンシー財務状況報告書)については、前回のレポートでその全体的な状況について報告した。

今回のレポートでは、欧州大手保険グループのSFCR(含むQRTs(定量的報告テンプレート))の内容から、長期保証措置と移行措置の適用による影響の説明について報告する。
 

2―長期保証措置と移行措置の適用による影響

2―長期保証措置と移行措置の適用による影響

1|長期保証措置と移行措置について
ソルベンシーIIにおいては、景気循環効果を制限して、ソルベンシーIIの新しい規制枠組みへの円滑な移行を促進し、特に困難なマクロ経済環境に適応するために必要な時間を会社に提供すること等を目的として、1)リスクフリー金利の補外、2)マッチング調整、3)ボラティリティ調整、4)リスクフリー金利の移行措置、 5)技術的準備金に関する移行措置、6)ソルベンシー資本要件に違反した場合の回復期間の延長、といった「長期保証(LTG)措置」や「移行措置」が導入されている。さらに、今回のレポートでは触れていないが、7)株式リスクチャージの対称調整メカニズム、8)デュレーションベースの株式リスクサブモジュール、といった「株式リスク措置」も導入されている1
 
1 これらの概要については、保険年金フォーカス「EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(1)-EIOPAの2020年報告書の概要報告-」(2020.12.17)等を参照していただきたい。EIOPAの報告書では、「長期保証(LTG)措置」と「移行措置」を合わせて、「長期保証(LTG)措置」と呼んでいる。
2|長期保証措置と移行措置の適用による影響
(1)適格自己資本やSCR(ソルベンシー資本要件)への影響
SFCRのQRTsのS.22.01.22においては、このうちの、2)マッチング調整、3)ボラティリティ調整、4)リスクフリー金利の移行措置、 5)技術的準備金に関する移行措置、の適用に伴う影響額が開示されている。

以下の図表が、欧州大手保険グループ5社(AXA、Allianz、Generali、Aviva、Aegon)の数値をまとめたものである。EIOPA(欧州保険年金監督局)は、2020年12月3日に、「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2020(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2020)」公表2しているが、ここでは、2019年における各国別のLTG措置や移行措置の適用状況についての報告が行われていた。今回のSFCRでのQRTs 等の公表では、2020年における個別会社・グループ毎の数値が明らかにされている。
長期保証(LTG)措置及び移行措置の適用による影響(2020年末)
これによると、ボラティリティ調整については、各社が適用しており、それによるSCRへの影響額はかなり幅のあるものとなっている。なお、上記の図表の数値は、例えば、ボラティリティ調整をゼロにした場合の影響額を示している。基本的には、これにより割引率が低下することから、技術的準備金が増加することで、SCRは増加し、適格自己資本は減少することになる。ただし、Allianzの場合、ドイツの生命保険会社において、SCRの増加に伴う利用不可能な控除の減少が適格自己資本にプラスに働く要素が大きくなっていることから、他の4グループとは異なり、適格自己資本への影響がプラスになっている。

Avivaは、マッチング調整の影響が大きなものとなっており、さらに技術的準備金に対する移行措置を適用することで有意な効果を確保している。Aegonの場合、基本的にはボラティリティ調整のみを適用しているが、英国の子会社等でマッチング調整を適用している。

Allianzは、2020年第2四半期から、Allianz Lebensversicherungs-Aktiengesellschaft と Allianz Private Krankenversicherungs-Aktiengesellschaftにおいて、技術的準備金に関する移行措置を適用しており、その影響が大きなものとなっている。

Generaliも、2020年12月31日の評価から、Seguradoras Unidasの買収と引き続くGenerali Segurosのポルトガル会社の再編によるポルトガルのポートフォリオに対して、技術的準備金に関する移行措置を適用しているが、その影響は限定的である。
(2)SCR比率への影響
上記の影響額に基づいて、SCR比率(=適格自己資本/ソルベンシー資本要件)への影響を試算すると、以下の図表の通りとなる。

これによると、これらの措置を適用しなかった場合でも、Aviva以外は100%を超えるSCR比率を確保している。この状況は2019年末と同様である。また、長期保証措置や移行措置を適用したことによる影響度合いは、2019年末に比べて、ほぼ同水準のAviva以外は、2020年末の方が大きくなっている。
長期保証(LTG)措置及び移行措置の適用によるSCR比率への影響(2020年末)/(参考)長期保証(LTG)措置及び移行措置の適用によるSCR比率への影響(2019年末)
Avivaの長期保証措置や移行措置の適用による影響を分解してみると、以下の通りとなっており、マッチング調整適用による影響がかなり大きなものとなっていることがわかる。

1) 技術的準備金に関する移行措置を非適用とした場合 : 151%(▲27%ポイント)
2) ボラティリティ調整を非適用とした場合      : 156%(▲22%ポイント)
3) マッチング調整を非適用とした場合        :  93%(▲85%ポイント)

Allianzの長期保証措置や移行措置の適用による影響を分解してみると、以下の通りとなっており、技術的準備金に関する移行措置やボラティリティ調整の適用による影響は、それぞれが大きなものとはなっているが、これらをともに非適用とした場合でも、Allianz は174%と高いSCR比率水準を維持している。

1) 技術的準備金に関する移行措置を非適用とした場合 : 207%(▲33%ポイント)
2) ボラティリティ調整を非適用とした場合      : 201%(▲39%ポイント)

Aegonの長期保証措置や移行措置の適用による影響を分解してみると、以下の通りとなっており、マッチング調整の適用による影響は限定的なものとなっている。

1) ボラティリティ調整を非適用とした場合      : 164%(▲32%ポイント)
2) マッチング調整を非適用とした場合        :  195%(▲ 1%ポイント)
3|長期保証措置と移行措置の適用対象等
上記図表で示されている情報以外に、長期保証措置と移行措置の適用対象やDVA(動的ボラティリティ調整)の適用等について、各社は以下の通り説明している(なお、会社によっては、MA(マッチング調整)、VA(ボラティリティ調整)の略称を使用しているので、それに従っている)。

(1)AXA
市場リスクに関する内部モデルには、ボラティリティ調整の将来の変化を予測する「動的ボラティリティ調整」のモデル化が含まれている。これは、スプレッドの拡大による資産側の損失が、ボラティリティ調整の変更による負債側の動きによって部分的に相殺されることを考慮に入れる経済的アプローチを反映している。内部モデルでは、ボラティリティ調整のレベルは、企業や政府のスプレッドの動きに応じて評価され、負債への影響が評価される。動的ボラティリティ調整のモデリングは、投資資産に起因するスプレッドリスクを部分的に相殺する。動的ボラティリティ調整のモデリングには、EIOPAが提供するパラメーター(ウェイト、参照ポートフォリオ、基本スプレッド)が使用される。保守性を追加し、モデリングの潜在的な制限を反映するために、企業のスプレッドレベルの変動に25%のヘアカットが適用される(つまり、特定のシナリオで企業のスプレッドが+ x bps移動した場合、xの75%のみがこのシナリオの新しいボラティリティ調整を得るために考慮される)。

(2)Allianz
VAについて、生命保険契約については、変額年金を除く全ての契約に対して適用しており、技術的準備金への影響は1,321百万ユーロ(2019年末は937百万ユーロ)となっている。損害保険契約については、監督当局が適用を承認した会社に対して適用しており、技術的準備金への影響は362百万ユーロ(2019年末は285百万ユーロ)となっている。

技術的準備金の評価については、リスクフリーレート曲線の上にボラティリティ調整(VA)が適用される。VAはクレジットスプレッドから導出されるため、クレジットスプレッドのシミュレートされた変更は、概念的には、リスク計算の基礎となる各シナリオで使用されるVAの変更も意味する。したがって、これらの変更は、リスク資本に反映するために、基礎となる各シナリオの技術的準備金の評価に参加し、検討することができる。したがって、内部モデルには、この影響をカバーする動的コンポーネントが含まれている。動的コンポーネントをモデル化するためのAllianzのアプローチは、標準式で適用されている静的EIOPA VAの概念とは方法論的に異なる。リスク資本の計算では、Allianzのポートフォリオの信用スプレッドの動きに基づくVAの動的な動きの影響を反映している。この資産側の効果は、資産と負債のデュレ―ションを使用して負債側に移転される。EIOPA VA方法論に関する逸脱を説明するために、Allianzは、動的ボラティリティ調整に対して、より保守的で削減された適用比率を適用している。アプローチの適切性と慎重さを検証するために、定期的な検証が実行される。

(3)Generali
VAは、生命保険ポートフォリオの99%、損害保険ポートフォリオの93%に対して適用している。

VAをゼロとした場合の影響について、技術的準備金が1,598百万ユーロ(2019年末は1,175百万ユーロ、内訳は、生命保険で1,524百万ユーロ、損害保険で74百万ユーロ(再保険控除ベース))増加する一方で、繰延税金で422百万ユーロ、規制上のフィルターで79百万ユーロの相殺効果があり、結果として自己資本は1,085百万ユーロ減少している。

(4)Aviva
MAは、Aviva Life & Pension UK Limited(UKLAP)、Aviva International Insurance Limited (AII)の一定の負債に適用している。

VAは、英国では、UKLAP、Aviva Insurance Limited(AIL)(損害保険業務)及びAII(生命保険及び損害保険業務)等に適用、フランス及びイタリアでは承認申請の必要がない。適用可能な場合、UK Lifeにおけるユニットリンク契約を除いて、MAが適用されない全ての負債に対して、VAが適用される。トルコ、シンガポール及びインドでは、EIOPAやPRAによってVAが提供されていないことから、VAが適用されていない。

また、Aviva Vie S.A.とAviva Epargne Retraite S.A.に対して動的VAを適用しており、その影響は2020年末でグループのSCRで18億ポンドの減少となっている。

技術的準備金に関する移行措置は、UKLAP、AIIに適用している。

なお、各措置の適用対象や承認の状況等を附属資料に添付している。

(5)Aegon
MAは、Aegon UKに適用している。

VAは、Aegon the Netherlands、Aegon UK、Aegon Spainに適用している。なお、Aegon the Netherlandsは、動的VAモデルを適用し、シナリオ分析を通じてスプレッドの変化が資産に与える影響を評価している。また、SCRの利益の1,468百万ユーロは、主にSCR計算における動的ボラティリティ調整の影響に起因している。

また、Aegon Spainは2018年までは、MAと技術的準備金に対する移行措置を適用していたが、保険監督当局(DGSFP)の指示により、2019年以降は適用していない。なお、これにより、2019年末におけるAegon SpainのSCR比率が100%を下回ったことから、資本注入を実施して100%の水準を回復している。
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中村 亮一

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