2021年05月25日

保険会社の気候変動リスクへの対応(欧州)-EIOPAの意見書の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

「ESG」のファクターである気候変動問題については、国際社会が一体となって直ちに取り組むべき重要な課題であるとされている。気候の変動そのものに加え、対応していく社会のそうした大きな変化が、保険・年金分野にはどんな変化をもたらすのか。それらを踏まえて、問題への取組み過程や、既存の業務運営の変更過程において生じるリスクに対応していく必要がある。

EUにおいては、ソルベンシーIIに基づいて、地域共通の尺度でのリスク管理手法や考えるべきシナリオについて、標準的な取組を示そうとしており、2021年4月19日にEIOPA(欧州保険・年金監督機構)が、こうした監督に関する意見書1を公表した。今回はこれについて紹介する。
 
1 Opinion on the supervision of the use of climate change risk scenario in ORSA( EIOPA 2021.4.19) https://www.eiopa.europa.eu/sites/default/files/publications/opinions/opinion-on-climate-change-risk-scenarios-in-orsa.pdf
 

2――気候変動問題への世界全体の取り組み状況の概説

2――気候変動問題への世界全体の取り組み状況の概説

1気候変動の概要
まずは、気候変動そのものについて、みておく2。気候変動の要因には自然の要因と人為的な要因とがある。

自然の要因には、大気自身に内在する要因のほか、海洋の変動に伴うもの(海流や海面水温などの変動など)、火山噴火によるエアロゾル(大気中の微粒子)の増加、太陽活動の変化、などがある。

一方、人為的な要因には、人間の活動に伴う二酸化炭素などの温室効果ガスの増加や、エアロゾルの増加、森林破壊などが代表的である。特に温室効果ガスの増加は、地上気温を上昇させ、森林破壊などの植生の変化は水の循環や地球表面の日射などに影響を及ぼす。

近年は大量の石油石炭などの化石燃料の消費による大気中の二酸化炭素濃度の増加による地球温暖化に対する懸念が強まり、人為的な要因による気候変動に対する関心が高まってきている。
2気候変動問題(人為的なもの)への、国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP)の動き
国際社会では1992年に採択された国連気候変動枠組条約に基づき、1995年より毎年、国連気候変動枠組条約締結国会議(COP)が開催され、世界での実効的な温室効果ガス排出量の実現に向けて、議論が行われてきた3

かつて1997年COP3において採択され2005年に発効した京都議定書(発効は2005年)に代わって、COP21(2015年パリ)において「パリ協定」が採択され、2016年に発効している。

京都議定書のケースでは、アメリカ、ロシアの批准が遅れるなどにより、発効までに相当の時間がかかった。パリ協定の場合は、「55か国以上の参加、世界の温室効果ガス総排出量の55%以上をカバーする国が批准すること」といった発効条件が相当厳しいものと思われていたが、米国、中国、インドなど大国の批准が速やかに行われた結果、早くも翌年には発効に至り、2017年8月時点では締結国全体が159か国、総排出量の86%をカバーするものとなっている4。その内容は、以下のようなものである。

・世界共通の長期目標として+2℃目標の設定。できれば+1.5℃に抑える努力をすること。
・主要排出国を含むすべての国が、削減目標を5年毎に提出・更新すること
・全ての国が、共通かつ柔軟な方法で実施状況を報告し、レビューを受けること
・適応の長期目標の設定、各国の適応計画プロセスや行動の実施、適応報告書の提出と定期的更新
イノベーションの重要性の位置づけ
・5年毎に世界全体としての実施状況を検討する仕組み(グローバル・ストックテイク)
・先進国による資金の提供、これに加えて、途上国も自主的に資金を提供すること
・二国間クレジット制度(JCM)も含めた市場メカニズムの活用  

3――保険・年金関係における対応策など

3――保険・年金関係における対応策など(今回紹介するEIOPAの意見書)

1EIOPAの基本的な方針
保険会社のリスク管理においては、ソルベンシーIIが中心的な役割を果たしている。基本的にはガバナンス、個々のリスク管理、ORSA(リスクおよびソルベンシーの自己評価)において、短期的なもの、長期的なものを含め、直面しているリスク全てを考慮することを要求しており、当然気候変動リスクも何らかの評価の対象となってくる。ただし定量的な評価をどうするかという問題は難しく、今後発展させていくことになるだろう。
 
まずは、EIOPAは各国の保険監督者に対して、保管会社に期待(すなわち要求?)すべきことについて述べている。現在のところ、ORSAの中で本格的にすなわち気候変動シナリオなどを用いてリスク評価を行っているのはごく少数の保険会社にとどまっており、それも短期間の予測に留まっているという調査結果があるとする。

気候変動リスクの分析は、保険を含む金融セクターにとっては比較的新しい領域であり、その監督当局も含めてようやく最近気候変動の影響への取り組みを始めたばかりか、あるいはこれからとりかかるという現状にある。気候変動リスクの分析はこれから様々な手法が開発され利用可能となるとし、保険会社もその中で経験を積んでいく必要があるとEIOPAは認識している。
2|気候変動がもたらすと考えられるリスクの種類
また保険会社に対して気候変動がもたらすリスクについては、大きく2種類あり、その中身として意見書では、以下のようなものを挙げている。これらはもちろん社会全体にもあてはまるものである。
 
1.移行リスク
これは社会全体、経済・産業の全体が低炭素温室効果ガスの発生を抑える方向に移行していくことから生じるリスクである。その例としては以下のようなものが挙げられている。

政策リスク
:例えば、エネルギー効率要件の規制が行われたり、石油・石炭といった化石燃料の価格を一時的に上昇させるような価格設定が打ち出されたりすることなど。

法的リスク
:例えば、気候への悪影響を回避したり、できる限り小さくしたりすること、あるいは何らかの別の方法で気候変動に適応することなどに、躊躇あるいは失敗した場合に、訴訟を起こされるリスク

技術上のリスク
:様々な分野で気候に悪影響を与えるやり方が、技術の進歩によって悪影響を小さくする方法に取って代わる変化

市場心理リスク
:消費者や顧客である企業の商品や取引先の選択が、気候への悪影響・被害が少ない製品やサービスにシフトしていくこと

風評リスク
:ある会社の経営方針や製品が、気候に悪影響を与えるとの評判がたった場合には、顧客・従業員・ビジネスパートナー・投資家をつなぎとめることが困難になろう。
 
なお、化石燃料の使用が計画通りに控えられるとすれば、将来的には石油石炭の価値が減少し、上記とは逆に資産価値がなくなる。そういった資産は一般に「座礁資産」と呼ばれ、気候変動との関連だけに関わらず広く財務会計上の資産評価やソルベンシーに影響するもの
である。

2.物理的リスク
これは直接気候変動の物理的影響からくるリスクで、例えば以下のようなものがある。

突発的な物理的リスク
:嵐、洪水、火災、熱波など気象関連で生じる突発事象が、生産施設を破壊したり、サプライチェーンを混乱させたりするリスク

慢性的な物理的リスク
:気温の上昇、海面上昇、水の利用可能性の低下、生物多様性の喪失、土地・土壌の生産性の低下など、直ちにではないが、気候の長期的な変化から将来生じることが予想されるリスク
3今後保険監督者が保険会社に期待(=要求)する対応
こうした気候変動リスクを特定するために、EIOPAは各国監督者に対し、保険会社が気候変動リスクを特定することを要求すべきであるとし、そのために定性的分析と定量的分析を行わせるように、と言う。

定性的分析においては、これまでの「伝統的な」リスクに関連して、気候変動がどのようにあてはまるか、あるいは新たに考慮するものかなどの状況を把握するものである。また定量的分析は移行リスク、物理的リスクともに保有資産や保険引受ポートフォリオのリスクエクスポージャーの評価に使うものである。

また特に定量的な分析のためには、気候変動のリスクシナリオを策定しなければならない。

長期のシナリオとしては2つあり、まずは先のパリ協定にもある地球の気温上昇が「2℃未満、できれば1.5℃以下」となるシナリオであり、もうひとつは2℃を超えてしまうシナリオである。さらに、各保険会社の特性に応じて、その組み合わせや別シナリオが必要となることも想定されている。また結果として「気候変動は重要ではない」と結論づける保険会社もあろうが、その場合は詳細な分析や対応は必要ないが、そのことはORSAで説明を要することとなる。

また長期的なシナリオについては、新しい重大なリスクエクスポージャーが生じていないと確認されれば、毎年更新する必要はないとされているが、新規の分析手法などが加わると部分的に更新することも想定される。

いずれにせよ、すべてがこれからという保険会社が多数である現状なので、長期的な気候変動シナリオの分析・設定から入って、徐々に洗練していくことが要求されている。
 

4――おわりに

4――おわりに

保険会社が抱えるリスクとして、気候変動リスクが存在することには違いないが、現時点のこの意見書は、各国監督者(の監督?)の立場からみて、やるべきことの原則を示し、今すぐにとは言わないが将来は完成させるという基本方針あるいは将来の理想形であり、それに向けた実務上の可能性はこれからみていくという立場であろうとの印象を受けた。

実際、今後2年間はこの意見書の方針で各国監督者や保険会社が取り組んでいくのをモニタリングするということになっている。

そしてまた保険引受としては、損害保険の方が自然災害による保険金支払いの増加の影響を受けやすいので、直接(上記物理的リスクにあたるもの)影響を受けることが容易に想定される、一方、生命保険会社にとっては、むしろ資産運用において、どの企業が「地球に優しい」かといった選別がなされることから、影響を受けることが多いのではないか。気候という自然の影響よりもそれを受けたあるいは将来を見越した政策・風評といった人為的なものに対応するのが主となりそうな印象がある。

こうしたことは、日本においても同じ状況であるため、欧州の対応例に注目しておくと、参考になる場面があるように思われる。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2021年05月25日「保険・年金フォーカス」)

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