コラム
2021年02月04日

20年を迎えた介護保険の再考(20)人材確保問題-制度の制約条件となりつつある人手不足

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3――さらに深刻化する人手不足

しかも高齢化で要介護者が増える一方、生産年齢人口の減少が進むため、人手不足は深刻になると思われます。厚生労働省の推計によると、図6の通り、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年度になると、約55万人が不足するとしており、人手不足感は一層、強まりそうです。

では、こうした人手不足に対し、どのような手立てが講じられているのでしょうか。処遇改善など対応策を見て行きます。
図6:介護人材不足の予想

4――介護人材確保に関する施策

1|相次いだ処遇改善の動き
まず、介護職員の給与引き上げは段階的に実施されて来ました。本格的な制度改正としては、2009年度第1次補正予算で計上された「介護職員処遇改善交付金」が始まりになります。この時は月平均給与を1万5,000円引き上げたのですが、3年間の時限措置だったため、「介護職員処遇改善加算」として、2012年度介護報酬改定で本体に取り込まれました。さらに、引き上げられた消費税財源などを活用しつつ、2015年度(月平均1万3,000円)、2017年度(同1万円)、2019年度(同8万円、対象は勤続10年以上の介護福祉士)と段階的に処遇改善が図られて来ました。その結果、全産業平均との差は少しずつ縮小して来ましたが、それでも差が残っている点は既述した通りです。

このため、介護の業界団体や社会福祉の研究者の間では、一層の処遇改善を求める声が多く出ていますが、その場合の財源確保策は悩ましい問題です。実際、「例外的かつ経過的な取り扱い」としてスタートした介護職員処遇改善加算が拡充されつつ、10年近くも継続している点から見ても、恒久財源の確保が難題であることが分かります。
2|外国人労働者受け入れの動向
人材確保策の一つとして期待されているのは外国労働者の受け入れです。現在、外国人労働者を介護現場で受け入れる方法としては、(1)EPA(経済連携協定)に基づく制度、(2)専門的・技術的分野で外国人を受け入れる在留資格、(3)本国における技能の活用を想定した技能実習生、(4)深刻な人手不⾜に直面している産業分野における特定技能――の4つに大別され、最も新しい類型である(4)の特定技能が法制化される際、政府は介護分野で5年間に6万人程度を受け入れる方針を示しました8

確かに政府は「いわゆる移民政策をとることは考えていない」と説明しています9が、人手不足の解消策として、外国人の労働力が期待されているのは事実です。実際、特定技能の法制化を含めて、政府が外国人労働力の受け入れ拡大に舵を切った背景には、官房長官だった菅義偉首相が「介護現場の労働力不足で介護施設を開けない」という実態を地元経由で耳にしたことが大きいとされています10

しかし、現時点では手探りが続いている状況と思われます11。外国人にとっては日本語の習得や資格取得というハードルがありますし、介護事業者サイドも受け入れに際しての体制整備などの課題があります12。こうした中、「安い労働力を使う」という安直な考え方は人権問題になるだけでなく、長期的に見ると、働く場として日本を選んでもらえなくなる可能性も自覚する必要があります。

このほか、「現代の国家は、国境の外から迫る脅威の除去、自国経済に貢献する人手や人材の調達、人権の保障や人道問題の解決など、人の越境活動が活発になったことに起因する複数の政策課題を抱えている」との指摘がある13通り、外国人労働者を多く受け入れた他の先進国では、外国人排斥運動など様々な摩擦に直面しています。このため、異なる文化や宗教の人々を大規模に受け入れていく上では、介護現場だけでなく、社会全体の理解と寛容性も大きな論点となります。
 
8 2018年11月14日『日本経済新聞』配信記事。
9 2018年11月1日、第197回国会会議録衆議院予算委員会における安倍晋三首相答弁。
10 2018年8月14日『朝日新聞』によると、地元から「介護施設を開設しても介護福祉士不足で使えない」という声を耳にしたことで、方針転換が主導されたという。
11 ここでは詳しく触れないが、短期的には新型コロナウイルスの影響で外国人労働者の入国が難しくなっていることが影響している。2021年2月1日『毎日新聞』配信記事。
12 介護現場における外国人材の受け入れに関する課題や論点については、みずほ情報総研(2020)「外国人介護人材の受入れの実態等に関する調査研究事業報告書」(老人保健事業推進費等補助金)、上林恵美子(2015)「介護人材の不足と外国人労働者受け入れ」『日本労働研究雑誌』No.662などを参照。
13 明石純一(2020)『人の国際移動は管理されうるのか』ミネルヴァ書房p37。
3|「まんじゅう型」から「富士山型」への転換は可能か
そのほか、幾つか対応策が講じられています。例えば、介護人材の定着を支援するため、介護職員のキャリアアップコースを示す「介護プロフェッショナルキャリア段位制度」が導入されています。さらにロボットやICTの導入を図るため、見守り機器などの設置を後押しする加算が2018年度介護報酬改定で創設され、2021年度改定でも拡充される予定です。2021年度報酬改定では、少ない人数でも現場が回るような配慮として、人員基準の緩和も一部で実施されることになっています。

このほか、関係団体の代表で構成する「介護現場革新会議」が2019年3月に公表した基本方針では、(1)介護職の業務の切り分け、役割分担の明確化、(2)周辺業務における元気高齢者の活躍、(3)働き方改革を通じた人材の定着支援、(4)新規人材の確保、(5)生産性向上を目指す文書量削減――などが列挙されています。このうち、(4)の新規介護人材の確保に関しては、2021年度政府予算案で「地域医療介護総合確保基金」14のメニューとして、介護分野に転職を志す未経験者や福祉系学校に通う学生に対して資金を貸し付ける制度が加えられました。

注目すべきは、(1)の業務の切り分けと役割分担の明確化と思われます。厚生労働省の資料では図7の通り、介護職の仕事を「まんじゅう型」から「富士山型」に転換する必要性が指摘されています。
図7:厚生労働省が示している「まんじゅう型」から「富士山型」への転換
つまり、従来の介護職については、専門性が不明確であり、役割も混在していたため、キャリアパスが見えにくく、早期離職者が多かったと分析し、こういう状態を「まんじゅう型」と形容しています。

これに対し、新しい福祉人材については、「富士山」のように人材の裾野を広げつつ、専門性を明確化・高度化することで山を高くし、本人能力や役割分担に応じてキャリアパスの構築や定着の促進を図ることで、限られた人材を有効に活用するとしています。つまり、介護職の機能を分化させ、介護保険制度は身体介護に特化し、それ以外はボランティアに委ねる方向性が透けて見えます。

この動きについては、先に触れた介護現場革新会議で元気高齢者の活躍が言及されている点とか、第13回で述べた総合事業(介護予防・日常生活支援総合事業)を通じて、ボランティアによる支え合いが企図されている点とも符合します。さらに第4回で言及した通り、平均よりも遥かに多く生活援助を入れたケアプラン(介護サービス計画)について、ケアマネジャーに届け出させる制度が2018年度から導入されており、こちらも「生活援助の見直し→身体介護への特化→生活援助はボランティアに」という経路を通じて、介護職の機能分化を進めたい思惑を見て取れます。

しかし、利用者の生活は「13時半から生活援助」「14時から身体介護」と切り分けられるわけではありません。さらにヘルパーの仕事についても簡単に機能を分けられるわけではなく、「身体介護をやりつつ、高齢者や家族との雑談から生活上の悩みを聞く」とか、「生活援助の傍らで身体面の変化を把握する」といった形で業務を実施している面があります。

このため、業務をどこまで切り分けられるのか、あるいは簡単に「まんじゅう」「富士山」といった整理が可能なのか疑問もあります。こんなことは私のような外野が言わなくても、政策当局者や業界団体の方々は理解されていると思いますが、深刻な人手不足を受けた「苦肉の策」として、機能分化が論じられていると言えるかもしれません。
 
14 地域医療介護総合確保基金は「医療分」「介護分」に分かれており、医療・介護従事者の確保や病床機能再編、在宅ケアの整備などに充当できる。国が3分の2、都道府県が3分の1を交付する仕組みであり、財源は消費増税による増収分を充当している。2021年度政府予算案では事業費ベースで医療分に1,179億円、介護分に824億円が計上された。

5――ケア労働を社会化した影響

1|専門性が評価されにくい土壌
こうした議論の遠因として、元々は家族やボランティアで提供されていたケア労働を社会化したことで、介護職の専門性が重視されにくい土壌があります。実際、先行研究15では介護労働に関する国の説明ぶりが変遷したと指摘しています。具体的には、地域の支え合いなどの住民参加型活動は「有償無償を問わず介護労働と見なさない」という考え方が1990年代頃から始まり、介護保険制度の創設に伴って介護サービスに従事することを介護労働と見なす傾向が定着。しかし、近年の給付費抑制を踏まえ、「予防の観点から高齢者の具体的な作業行為のアナを埋めるものに限定する」「日常生活上の困難への応答は制度外で担われる」という表現が多くなったと論じています。

確かに先に触れた「まんじゅう型」から「富士山型」の議論についても、突き詰めて考えて行くと、「生活援助はボランティアでも可能」という議論になるわけで、介護職の専門性が評価されていない土壌が根底にあると言えるかもしれません。
 
15 森川美絵(2015)『介護はいかにして「労働」となったのか』ミネルヴァ書房。
2|生活支援、家事援助を巡る議論
しかも、制度創設時を振り返ると、生活援助(当時の名称は家事援助、2003年度に変更)の問題は「古くて新しい問題」であることに気付きます。「家事援助をどうやって介護保険に取り込むのか」「家事援助をどうやって介護報酬として評価するか」といった点が制度創設時に問われたためです。

具体的には、重度な要介護者の家事援助の必要性は認める一方、軽度な高齢者に関しては、「身体介護と家事援助の区分は困難」「家事援助を無限定に求められると困る」といった形で賛否両論16があり、1996年4月の老人保健福祉審議会(厚相の諮問機関)答申では、「虚弱老人に対しても、その状態に対応してどのようなサービスがどの程度必要かを判定する明確な基準を設定した上で、寝たきりの予防や自立ヘの支援につながるような形でのサービス提供を介護給付の対象とすべき」とする方針が定められました。さらに介護報酬の設定に際しても、身体介護と生活家事援助に切り分けたものの、両者を一体的に提供しているケースも想定されたため、「複合型」という類型が作られました17

ただ、制度が2000年4月にスタートすると、ヘルパーが家族の食事や洗濯など家事代行的な業務に従事する事態が問題視され、厚生省(現厚生労働省)は僅か3カ月後の2000年7月に「家事援助行為の不適切事例」を公表するなど改善に乗り出しました18。さらに、最初の制度改正となる2003年の介護報酬改定では複合型を廃止するとともに、短時間のサービス提供などを重点的に評価する適正化策が取られました。つまり、生活援助(家事援助)に関しては、以前から問題になっていたわけです。

ただ、今後は独居の要介護高齢者や認知症の人が増えるため、軽度者でも生活援助のニーズは高まります。一方、これからも人手不足が深刻化することを考えると、全てヘルパーに担ってもらうことも難しくなってくると思います。こうした中、第13回で述べた住民主体の支え合いを目指す総合事業の活用を含めて、「生活援助を誰が担うのか」という問題は今後も、一層問われることになりそうです。
 
16 介護保険制度史研究編著(2019)『介護保険制度史』東洋経済新報社pp143-145。
17 同上pp508-509。
18 『月刊介護保険』2000年12月号。

6――おわりに

今回は制度創設時に想定されていなかった人手不足を取り上げました。生産年齢人口が減少する中、単に介護報酬を引き上げるだけでは、人材確保は難しくなっており、制度の制約条件となりつつあります。実際、地方部を中心に、事業所の運営が難しくなっています。正直に言うと、良いアイデアは見付かりませんが、ボランティアとの連携など可能なことを積み上げていくしかなさそうです。

第21回についても、制度創設時に余り意識されていなかった問題を深堀することとし、ケアラー(介護者)支援を取り上げます。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2021年02月04日「研究員の眼」)

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【20年を迎えた介護保険の再考(20)人材確保問題-制度の制約条件となりつつある人手不足】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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