2021年02月01日

米バイデン大統領就任演説から政権の今後を占う

立教大学ビジネススクール 大学院ビジネスデザイン研究科 教授 田中 道昭

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1――はじめに

厳重な警戒体制の中、ジョー・バイデン第46代アメリカ合衆国大統領の就任式が1月20日に終了した。
 
米国は、トランプ前政権の4年間はもとより、その歴史においても最大級の危機的な分断を経験している。大統領就任式2週間前の1月6日には、トランプ前大統領の集会演説を受けて、支持者らによる連邦議会議事堂への乱入事件が発生した。それに対して、民主党側ではトランプ前大統領に事件を扇動した責任があるとして弾劾決議案を提出、同案は下院本会議で可決され、退任した大統領としは史上初の弾劾裁判が2月にも始まるとされている。
 
バイデン大統領は昨年11月7日の大統領選勝利演説で「私は分断ではなく統合を目指す大統領になることを約束する」と宣言していたが、その後さらに分断が最大級に拡大した中で行われた大統領就任演説は、米国内外から大きな注目を集めるものとなった。
 
本稿では、米国のマーケティング専門領域の一つであり、選挙や政権運営において投票者・有権者との関係構築手法として浸透している「政治マーケティング」の視点から、大統領就任演説を分析するための7つのポイント-(1)演説の対象(国内)、(2)演説の対象(国外)、(3)対立構造、(4)ビジョン、(5)世界観、(6)価値観、(7)セルフブランディング(ポジショニング)-を設定し、4年前のトランプ前大統領就任演説と今回のバイデン大統領就任演説の比較分析を行う。また、同分析を踏まえた上で、バイデン政権の今後について5つのポイントを挙げて考察する。
 

2――7大注目ポイントからトランプ前大統領とバイデン大統領の就任演説を比較分析する

2――7大注目ポイントからトランプ前大統領とバイデン大統領の就任演説を比較分析する

「今日は民主主義の日だ」。バイデン大統領就任演説の冒頭部分での最重要メッセージである。
 
これは、4年前のトランプ大統領の就任演説では「民主主義」という言葉が一度も使われなかったのとは対照的であった。バイデン大統領は「一大統領候補の勝利ではなく、民主主義の勝利」とも述べたが、演説全体を通して「民主主義」がこれまで米国が直面した脅威に何度も勝ってきたこと、そしてこれからも米国は「民主主義」のもとに結束すべきであることを強調している。
 
それでは、先に述べた7つのポイント-(1)演説の対象(国内)、(2)演説の対象(国外)、(3)対立構造、(4)ビジョン、(5)世界観、(6)価値観、(7)セルフブランディング(ポジショニング)-に従って、バイデン大統領の実際の就任演説をトランプ前大統領の就任演説と比較しながら分析していく。
(図表)トランプ大統領とバイデン大統領の就任演説比較分析
1演説の対象(国内)
2017年1月20日のトランプ前大統領就任演説における特徴の一つは、大統領選挙勝利演説で語られた「すべての米国人の大統領になる」という明快な表現や「民主主義」「人権」という伝統的価値に関する言葉は就任演説では使われなかったことである。トランプ前大統領就任演説の対象は、多少「分断から結束へ」というテーマに時間は割かれたものの、全体としては自らの支持層が中心であった。「政権移行期間中の次期大統領としての好感度」が40%と、近年の大統領では極めて低評価を受けていた中で、大統領就任演説という「晴れ舞台」で選挙期間中に留めておく表現を使わざるを得なかったことに、筆者はトランプ前大統領の余裕のなさを感じずにはいられなかった。
 
それに対して、バイデン大統領は、就任演説で「すべてのアメリカ国民の大統領になる」「私を支持しない国民のためにも、私を支持する国民のためにと同様に、懸命に闘っていく」と述べた。また、演説の中で結束や団結を意味する「Unity」という単語が多く使われ、分断の様相が依然際立つ状況下で、「分断から結束へ」が強く訴えかけられた。
 
バイデン大統領は、昨年8月20日の民主党全国大会で行った大統領候補指名受諾演説においては「私は、民主党の候補であるが、アメリカの大統領になる。私は、私を支持しなかった人々のためにも、私に投票してくれた人々のためにと同じように、懸命に任務を果たしていく」「今は“政党のとき”ではない。今は“アメリカのとき”でなければならない」「アメリカは単に“赤い州”と“青い州”という対立する利害の集合体ではない」、また冒頭で挙げたように、大統領選勝利演説においては「私は分断ではなく統合を目指す大統領になることを約束する」と宣言、一貫して「分断から結束へ」を強調してきていた。
 
国民全員に向けて「分断から結束へ」を訴えるバイデン大統領の姿勢は、邦議会議事堂乱入事件やその後の出来事などから見て取れるように、分断の様相が依然混迷をきわめる状況下で、トランプ前大統領との最も際立った違いとなった。
2演説の対象(国外)
米国の大統領就任演説の対象は、一元的にはもちろん米国国内である。もっとも国際社会に対する米国の軍事、外交、政治、経済などでの影響力に鑑みれば、その対象は実質的に国外にもおよぶと捉えるのが自然である。
 
トランプ前大統領は、選挙戦から就任演説に至るまで、「アメリカ・ファースト」「アメリカを再び偉大な国に」といった内向きのスローガンを繰り返し唱えた。海外へのメッセージとしては、各国も自国の利益を優先するべきであり、米国はその成果を出すことで模範となるという趣旨のことを述べるに留まった。つまり、トランプ前大統領就任演説の対象は、国際社会に向けたものではなく、米国第一主義、自国利益優先の原則のもとで自国民中心となった。結果として、トランプ前政権下ではテクノロジー覇権をめぐる戦いや米中新冷戦が顕在化した。
 
バイデン大統領は、就任演説で、「世界が私たちを注視している」「国境を超えた国外の人々への私のメッセージ」と述べたあと、「私たちは同盟関係を修復し、もう一度世界と一緒に関与をしていく。過去の挑戦ではなく、現在、そして未来の挑戦へ向き合っていく」と明快に世界へとメッセージを発した。
 
バイデン大統領は、就任前から、米国第一主義から国際協調主義への転換を謳い、気候変動対策や対中国政策などで同盟国と協調して政策を進めていくことを明らかにしていた。バイデン大統領が唱えてきたスローガン「よりよい復興の実現(Build Back Better)」は、同盟国や友好国との連携強化によって米国の低下した戦略的地位を回復するという意思も含まれていた。そして実際に大統領就任当日に、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」への復帰やWHO脱退の撤回等、世界との協調を裏付けるような大統領令に署名している。
3対立構造
演説の対象や聴衆を巻き込んだり味方に引き入れたりする最もシンプルなコミュニケーション手法は、対立構造を創り出すことである。
 
トランプ前大統領は、選挙期間中は「親トランプvs.反トランプ」「“赤い州”vs.“青い州”」といった扇動的な対立構造を創ってきたが、就任演説では対立軸の相手を「エスタブリッシュメント」「ワシントン」と表現した。
 
バイデン大統領は指名受諾演説で、パンデミック(新型コロナウイルス)、経済危機、人種差別、気候変動という「4つの歴史的危機」に同時に直面していると訴え、それら不平等や不正義の修復に取り組むと述べていた。さらに、勝利演説でも、「アメリカ国民は、私たちに、私たちの時代の大きな闘いのために礼節の力、公平さの力、科学の力、希望の力を結集する(marshal)よう求めている。闘いとはウイルスを制御する闘いであり、繁栄をもたらす闘いであり、家族の健康を守る闘いであり、また人種的正義を実現する闘いであり、人種差別を根絶する闘いである」「気候をコントロールして地球を救う闘いであり、品位を回復して民主主義を守る闘いであり、そしてこの国のすべての人に公平な機会をもたらすための闘いである」と強調していた。
 
バイデン大統領の実際の就任演説では、明確に「敵」という表現を使った部分において、その「敵」として怒り、恨み、憎しみ、過激主義、無法、暴力、病気、失業、絶望を挙げ、それらに全国民が結束して戦っていくという構図を示した。
4ビジョン
国民を結束させていくには、対立構造を描くよりも「共通のビジョン」を国民が持つことの方が効果的である。
 
トランプ前大統領は、就任演説で「私たちは大きく考え、大きな夢を見るべきである」と語ったほか、「ニュー・ミレニアム」(新世紀)というビジョンを示すような言葉も使った。しかし、その内容としては、「宇宙の謎を解き明かし、地球から病をなくし、明日のエネルギー、産業、技術をさらに発展させる」という抽象的な表現に留まった。一方で、トランプ前大統領が明快に掲げたのは、「アメリカ・ファースト」というビジョンである。トランプ前政権下では、同ビジョンにそって国益が最優先される政策が展開された。「パリ協定」や環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱したこともこのビジョンに沿ったものであった。
 
それに対して、バイデン大統領就任演説では、これまで述べてきたように「全国民を一致団結させる」という政権運営のビジョンが明確に提示されたことに加え、米国外に対しても国際協調によって様々な課題に対処していくことが示された。
5世界観
トランプ前大統領は、就任演説で「母親と子どもたちは貧困にあえぎ、国中に、さびついた工場が墓石のように散らばっている。教育は金がかかり、若く輝かしい生徒たちは知識を得られていない。そして犯罪やギャング、薬物があまりに多くの命を奪い、可能性を奪っている。このアメリカの殺戮は、今、ここで、終わります」と述べた。「アメリカの殺戮」という過激な表現を使い、超絶暗い過去から明るい未来へという世界観を提示したのである。
 
大統領就任演説において過去・現在・未来のストーリー展開、暗い過去から明るい未来へのストーリー展開は常套手段であるが、実際にトランプ前大統領に対する米国メディアの反応では、「米国民はそこまでの過激な歴史観や世界観はもっておらず、現在以降のことを言っているわけではないのにあまりにも暗い」「トランプに反対票を投じた有権者の共感は低い」といった批判が多く見受けられた。
 
バイデン大統領就任演説では、国民の一致団結という大きな目標に対して、「必ずできるという可能性ある世界観」を提示するのに相当の時間が投じられた。「状況が変わる」「状況は変えられる」ということを示すのに、キング牧師が夢を語ったのと同じ場所に女性初の副大統領となったカマラ・ハリス氏が立っていることをその成功性として紹介したのである。
 
バイデン大統領は、勝利演説でも「私は、アメリカは一語で定義することができる、と常に信じている。それは“可能性”である。アメリカでは、誰もが、自分の夢と神から与えられた能力がある限り、行き着けるところまで行く機会が与えられなければならない」と述べていた。また同勝利演説では、リンカーン、ルーズベルト、ケネディ、オバマという4名の元大統領を挙げ、それぞれがそれぞれの変曲点で「絶望に打ち勝ち、繁栄と目的のある国を作る機会」をつかんできた、「私は、私たちが成し遂げられることを知っている」「私たちが結束したときには、成し遂げることができなかったものは何一つない」と訴えていた。
 
バイデン大統領が就任演説で「必ずできるという可能性のある世界観」を国民に示し共感を得ることは、分断という歴史的危機の中で極めて重要であったのである。
6価値観
多様性が重視されるアメリカでは、これまで同国がどのような価値観を大切にしてきたのか、これから新政権はどのような価値観を大切にしていくのかといったことを国内外に示すことが非常に重要である。
 
トランプ前大統領就任演説では、本音、正直、変化という価値観が提示された。また、筆者が注目したのは、トランプ前大統領就任前の1月10日に行われたオバマ元大統領退任演説との比較である。オバマ元大統領は、そこで「民主主義」という言葉を20回も使い、その重要性を強調。さらに直後に就任するトランプ前大統領を意識して民主主義の継続性に懸念を表明した。一方、本節の冒頭で述べたように、トランプ前大統領就任演説では「民主主義」という言葉は一度も使われなかった。また米国が伝統的価値観として重視してきた「人権の尊重」などの価値観も演説では登場しなかった。
 
バイデン大統領就任演説では正義、礼節、公平という価値観に加えて、歴史、信仰、理性が同時に提示されるとともに、寛容さ、謙虚さ、愛などが強調されたことが、新たな政権誕生を大きく印象付けた。バイデン大統領が強調したこれら価値観は、明らかにトランプ前大統領が欠いていたものである。
7セルフブランディング(ポジショニング)
トランプ前大統領は、就任演説で自らを「強くて×本音」の大統領というセルフブランディングにポジショニングした。ヒラリー・クリントン大統領候補との選挙戦に挑むに際し「強さ」が求められ、オバマ元政権下の「ポリティカル・コレクトネス」で白人中間層が過ごしにくい社会となった中では「本音で生きられること」が支持者からは求められた。
 
バイデン大統領は、就任前から自らを「正義をもって×よりよい復興の実現(Build Back Better)」にポジショニングしていた。特に、「正義(Justice)」は、パンデミック(新型コロナウイルス)、経済危機、人種差別、気候変動という「4つの歴史的危機」、及びそれらを解決していくための政策を語る際にもバイデン大統領が多用してきた言葉であった。そして、「よりよい復興の実現」には、選挙期間中は「トランプ大統領を信任しない」「不信任である」という想いが込められていたが、就任演説では「4つの歴史的危機」に対する重点政策においてよりよい復興を実行していくという強い決意が込められることが予想された。
 
実際のバイデン大統領就任演説においては、正義は、「全ての人のための正義という夢は、もう先送りすることはできない」等の重要な箇所で使われた。「正義という夢」と表現したことについて、筆者は本音と正義という誰もが双方をもっている価値観がそれぞれの人の中で戦っていることを感じた。「よりよい復興の実現」に関しては、よりよくなるという表現が多く使われていた一方で、演説の最後で言及された「これからのアメリカの物語」について、「恐怖ではなく希望の物語」「分断ではなく約束(の物語)」「暗闇ではなく光明(の物語)」にしていくという部分に、「よりよい復興の実現」を成し遂げていくという強い決意が込められている。
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