2021年02月03日

メトロコマース事件最高裁判決を考える

慶應義塾大学大学院 法務研究科(法科大学院)   森戸 英幸

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正社員のみを対象に退職金・企業年金制度を実施することに法的な問題はないのか。これについてはすでに別稿1でも論じたが、そこで地裁判決を紹介したメトロコマース事件につき、昨年10月に最高裁による終局的な判断がなされた(最三小判令和2.10.13裁時1753号7頁)。以下ではこの判決の意義を明らかにし、今後の実務への影響について考察を行う。
メトロコマース事件では、地下鉄の売店業務に従事する非正社員(「契約社員B」というカテゴリーの有期雇用労働者)と正社員との労働条件に関する様々な格差が、「不合理な」待遇の相違を禁止する労働契約法20条に違反しないのかが問題となった。第1審東京地裁が、契約社員Bについては退職金が一切支給されなくても違法ではないとしたのに対し、第2審東京高裁がこれを覆し、契約社員Bにも少なくとも正社員と同一基準で算定した額の4分の1の退職金が支給されなければ不合理であるとしたため、最高裁の判断が注目されていた。

最高裁では再び判断が覆り、契約社員Bに退職金を支給しなくても不合理な待遇格差とはいえないとされた(図表1)。要するに、長期雇用制の下にある典型的な正社員――(職務給ではなく)年齢給と職能給が支給され、人事異動を経ながら継続的に勤務する――のために用意した制度である以上、契約社員が対象とならなくても不合理とまではいえない、ということのようであるが、ではなぜそうなのかについては必ずしも明確に示されていない。
図表1:メトロコマース事件最高裁判決の要旨
最高裁は、同日に出された大阪医科薬科大学事件・最三小判令和2.10.13裁時1753号4頁においても、ほぼ同様の理屈で「アルバイト社員」への賞与の不支給を不合理でないと判断している。他方でその2日後の日本郵便事件3判決(最三小判令和2.10.15裁時1754号1頁・2頁・5頁)では、「相応に継続的な勤務」が見込まれる「時給制契約社員」について、正社員と同様に有給病気休暇を付与し扶養手当を支給すべきであるという判断がなされた。休暇や手当などその労働条件の趣旨や目的がある程度明確なものについては不合理性を厳格に判断するが、賞与や退職金などそれ自体の趣旨・目的を特定しづらい労働条件については、日本的な長期雇用システムの構成要素であることにも鑑み、「正社員のための制度である」という使用者の意図を尊重する、という線引きがなされたということであろうか。

非正社員には退職金制度がなくても違法ではないという判断がなされたことで、とりあえず胸を撫で下ろした実務担当者も多いかもしれない。しかしこれで安心してはいけない。まず、本判決には宇賀判事の非常に説得力のある反対意見が付されている(図表2)。そして多数意見も、いかなる場合でも非正社員は退職金制度の枠外でよいと述べているわけではない。あくまでも今回のケースでは、ということである。
図表2:宇賀判事反対意見の要旨
労働契約法20条は昨年4月に削除され(中小企業については経過措置あり)、ほぼ同様の規制内容がパートタイム・有期雇用労働法8条に引き継がれた。本判決の判断枠組みは基本的には今後も維持されると思われるが、学説には立法趣旨の違いから新法下では不合理性をより広く認める方向での判断がなされることになるという見解もある。いずれにせよ今後の裁判例の蓄積を待たねばならないが、同法が待遇の相違についての理由説明義務を規定している(14条2項)ことには注意が必要である。たとえ訴訟にまで至らなくても、非正社員から「なぜ私たちには退職金がないのですか?」と問われたら、企業は退職金制度の趣旨や目的を踏まえてその理由を説明しなければならないのである――「正社員ではないからです」では通らないのは言うまでもない。

本判決は内部留保型の退職金制度に関する判断であるが、最近改正された確定給付企業年金法及び確定拠出年金法の法令解釈通知2は、確定給付企業年金及び企業型確定拠出年金が、パートタイム・有期雇用労働法のいわゆる「同一労働同一賃金ガイドライン」3が「不合理と認められる待遇の相違の解消が求められる」とした「退職手当・・・・等」に含まれるという前提に立っている。退職金・企業年金制度を実施する企業は、退職給付制度全体について、その支給対象者や給付額につき、正社員・非正社員の間に説明の難しい不合理な格差が存在しないのか、改めてチェックする必要があろう。
 
2 「確定給付企業年金制度について」(平14年発0329008号、最終改正令2年発0930-30号)、「確定拠出年金制度について」(平13年発213号、最終改正令2年発0930-29号)
3「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(平 30厚労告430号)
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慶應義塾大学大学院 法務研究科(法科大学院)

森戸 英幸

研究・専門分野

(2021年02月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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