2021年01月19日

2020年 年金改革の全体像と次期改革の展望

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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1 ―― 2020年改革の背景

公的年金制度は、2004年の改革で基本的な仕組みが大きく変わった。2004年の改革以前は、大まかに言えば、少子化や長寿化の進展にあわせて将来の保険料を引き上げ、年金財政をバランスさせる仕組みだった1。しかし、2002年に公表された試算では、当時の給付水準を維持するには厚生年金の将来の保険料を当時の2倍近い水準(労使合計で年間給与の23.1%)へ引き上げる必要がある、という結果になった(図表1)。

そこで、2004年の改革では、将来の企業や現役世代の負担を考慮して保険料(率)の引上げを2017年に停止し2、その代わりに将来の給付水準を段階的に引き下げて年金財政のバランスを取ることになった。この給付水準を引き下げる仕組みが、「マクロ経済スライド」と呼ばれるものである。この仕組みは年金財政が健全化するまで続くが、年金財政がいつ健全化するかは人口や経済の状況によって変わる。
図表1 厚生年金の保険料率の推移
2019年8月に公表された将来見通し(財政検証の結果)を大まかに整理したのが図表2である。女性や高齢者の就労が進むなど政府の計画通りに経済が成長し、かつ出生率が低下しない場合には、厚生年金(2階部分)では2018~25年度に、基礎年金(1階部分)では2042~47年度に、給付調整を停止できる見通しとなった。その結果、給付水準は、厚生年金(2階部分)が2019年度と比べて0~3%、基礎年金(1階部分)が同じく22~28%、段階的に低下する見込みとなった。他方、経済が低迷した場合や出生率が低下した場合には給付調整が長引き、厚生年金(2階部分)が4~16%、基礎年金(1階部分)が32~49%、低下する見込みとなった。
図表2 給付水準の低下率の見通し
このように、今後の給付水準は厚生年金よりも基礎年金で実質的な目減りが大きくなる見込みとなった。この図を見た方から「自営業の人は老後に基礎年金しか受け取れないから大変」という声を聞くことがあるが、問題は自営業の方にとどまらない。会社員や公務員の経験者が受け取る年金のうち、基礎年金(1階部分)は基本的に定額だが、厚生年金は基本的に現役時代の給与や賞与が多いほど年金額も多くなる仕組みである。そのため、現役時代の給与が少ないほど受け取れる厚生年金が少なく、年金全体に占める基礎年金の割合が大きくなる。これと、図表2で見た基礎年金の低下率がより大きい点を合わせて考えれば、割合が大きい部分の低下率が大きいため、現役時代に給与が少ないほど年金全体の低下率が大きくなる(図表3)。

この傾向は、2009年に公表された将来見通しから示されていた。政府は制度改正を順次実施してきており(図表4)、今回の改正もその延長線上にある。
図表3 給付水準低下の影響
図表4 近年の主な年金改革
 
1 2004年改革までの大まかな流れは、マネックス証券へ寄稿した拙稿「公的年金のタテ(年金財政や世代間バランス)の問題」、および関連する「年金制度と年金問題を、ざっくりと整理」「公的年金のヨコ(世代内のバランス)の問題」を参照。
2 厚生年金の保険料率は18.3%で固定された。国民年金の保険料(額)は2017年度に実質的な引き上げが停止され、以降は賃金上昇率に応じた改定のみが行われている。この改定は、厚生年金において保険料率が固定されても賃金の変動に応じて保険料の金額が変動することに相当する仕組みと言える。
 

2 ―― 2020年改革の概要

2 ―― 2020年改革の概要

今回の改正内容は、(1)厚生年金の適用拡大、(2)高齢期就労の阻害防止、(3)確定拠出年金等の規制緩和、の3つに大きく整理できる(図表5)。
図表5 2020年年金改革の主な内容
まず、(1)厚生年金の適用拡大は、厚生年金の加入対象をパート労働者等にも拡大し、老後に厚生年金を受給できるようにする取り組みである。2000年代の初頭から議論されてきたが、基礎年金の大幅な水準低下の見通しを受けて、その重要性が高まっている。今回は、これまでの短時間(パート)労働者の適用拡大に加え、1953年以来となる適用業種の見直しが盛り込まれた。

次に、(2)高齢期就労の阻害防止も長年の課題である。特に現在は、就労を延長して年金の受給開始を繰り下げることが、給付水準の低下を補う対策として注目されている。今回の改正には、繰下げ受給の柔軟化や高齢期に就労した場合の年金を充実する見直しが盛り込まれた。

また、公的年金の水準が低下していくため、今後は私的年金(企業年金や個人年金)が重要になる。これは、2019年に話題になった老後資金2000万円問題の火種となった報告書のテーマでもある。しかし現実には、中小企業を中心に企業年金の実施率が低下している。そこで、企業年金の実施率の向上や個人での自助努力を支援するための見直しとして、(3)確定拠出年金等の規制緩和が盛り込まれた。
 

3 ―― 次期改革の展望

3 ―― 次期改革の展望

前述したいずれの改正も課題解決に向けて一歩前進する内容だが、さらに改善すべき点も残されている。

前回(2016年)の改革過程から、5年に1度行われる将来見通しの作成(財政検証)に合わせて、制度改正の議論に資するための試算(オプション試算)が示されるようになり、これを基礎として法案化に向けた議論が進められてきた。しかし、オプション試算の項目はあくまで選択肢(車を購入する際のオプションと同様の意味)であり、オプション試算に盛り込まれた項目が必ず制度改正に盛り込まれるわけではない。逆に、オプション試算に盛り込まれていなかった項目が、制度改正に盛り込まれる場合もある。

2020年改革には前述の内容が盛り込まれたが、2016年改革後に積み残しの課題となっていたマクロ経済スライドの徹底(常時完全適用)や基礎年金の加入期間延長、65歳以降の在職老齢年金などは、今回も改正に盛り込まれなかった(図表6)。また、短時間労働者に対する厚生年金の適用拡大は、2019年8月のオプション試算には3通り(125万人・325万人・1050万人)の案が盛り込まれていたが、最終的な改正内容は65万人規模の拡大にとどまった。その結果、当初の法案にも3項目の検討規定があったが、国会審議の過程でさらに3項目が追加され(図表7)、政府に検討を求める附帯決議も行われた3

その中でも注目されるのが、検討規定の第1項に盛り込まれた「所得再分配機能の強化」である。これは、図表4で説明した現役時代に給与が少ないほど年金全体の低下率が大きくなる問題、すなわち現行制度を継続した場合に生じる所得再分配機能の低下への対処を求める項目であり、国会で追加された第3項の「基礎年金部分の比率の低下を踏まえて」も同様の主旨である。

この問題への対策の一案として、厚生労働省は2020年12月の社会保障審議会年金数理部会へ新たな試算を示している4。この試算では、基礎年金と厚生年金の削減停止時期が揃うことで再分配機能が維持され、働き方や給与水準、世帯構成に関係なく同じ低下率となっている。具体的な内容はまだ明らかになっていないが、次期改革に向けた大きな論点の1つとなるだろう。
図表6 前回と今回の改革に向けた議論の推移 (公的年金)
図表7 2020年年金改革法の検討規定の概要
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

(2021年01月19日「基礎研レポート」)

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